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016.Feel Like Flying

 Tokyoオフィス・メインエレベーターの中。


「此処って、こんなに巨大な建物だったんですね」


 エレベーターの地階に向かう複数のボタンを見ながら、ノエルが呟く。

 年齢の割に社会経験が豊富である彼は物流倉庫に出入りした経験があるので、威圧感がある大型エレベーターの中でも気後れした様子は無い。


「上建てはダミーみたいなもので、地下施設はメトロの深度まであるからね」


 案内役のユウが、エレベーターのボタンを操作する。

 縦開きのドアが閉まるブザー音は仰々しいが、操作自体は普通のエレベーターと同じである。


「今セスナ・シミュレーターをマイラが使ってるから、ちょっと待ち時間が入るかな」


 かなり深い地階で降りた一行は、薄暗い廊下の中で唯一照明が付いている部屋へ歩いていく。


 19inchラックがずらりと並んだその部屋は、室内が強制空冷されているのでかなり肌寒い。

 さらに部屋の奥には、ゲームセンターにあるような小規模のシミュレーター端末が並んでいる。

 その中でも天蓋が付いていないシンプルなシミュレーターで、小柄な人物が操舵輪を握っているのが見える。

 ラダーペダルにはぎりぎり足が届いているが、目線が下がってかなり不自然な姿勢になっているのは身長が低い所為であろう。


「へえっ、かなり余裕があるように見えますね」


 マイラが操縦している様子は、ガラスで隔てられたモニタールームの大型液晶にも表示されている。

 其処にあるコンソールから、シミュレーターの動作をコントロールするのであろう。


「うん。マイラはカーメリではすでに実機を操縦してるからね。

 年齢制限が無ければ、問題無くライセンスを取得できるレヴェルかな」


 数分後、マイラがソロフライトから帰還しモニタールームに現れる。


「ああ!リコとノエルだぁ!

 今日は二人ともどうしたの?」


「うん。

 僕もシミュレーターを使ってみようと思って、リコに連れてきて貰ったんだ。

 マイラはセスナの操縦が上手なんだね」


「ありがとう!

 カーメリでは滞空時間も稼いだし、早くソロフライトするのが目標なんだ。

 ねぇ、ノエルも操縦を勉強してるの?」


「ううん。

 これからどうするかは、シミュレーターの様子を見てから決めようかと思って」


「……それじゃ、ユウさんお願いします」


 ユウの前では何故か口数の少ないリコは、ユウにセスナ・シミュレーターのスタートを促す。

 ノエルの性格をまだ把握していない彼女は、彼がセスナの操縦に関して大言壮語をしていると思っているのかも知れない。


 シミュレーターの席に収まったノエルは、ユウの操作で目の前のスクリーンが離陸体勢に入れる滑走路のシーンに切り替わったのを認識する。コックピットのマスタースイッチは既にエンジンがスタートした状態になっている。


「ノエル君、君の機体のコールサインは『カリブーワン』ね。

 管制より『カリブーワン』離陸を許可する」


「カリブーワン、離陸します」

 ヘッドセットの位置を調整しながら、ノエルが離陸を開始する。


「……へえっ」

 コンソールを見ながら、ユウが感心したような声を上げる。


「どうかしました?」

 ノエルの操縦の様子を凝視していたリコが、ユウに声を掛ける。


「うん。ノエル君は離陸の時に右ラダーをちゃんと踏んでるからさ。

 本当に実機を操縦した経験があるみたいだね」


「……」


 Congohが開発した高性能シミュレーターは、プロペラの反作用や後流の影響も忠実に再現している。

 高性能なコンピュータゲームのフライトでも、ここまで自然環境や細部を再現するのは難しいであろう。


 数分後。

 鮮やかな着陸で、ノエルはシミュレーターのフライトを完了する。

 途中で操縦について尋ねられるのを想定していたユウは、結局ノエルにアドバイスの一言も発する事は無かったのであった。


「いやぁ、参った!

 完璧な操縦だったじゃない?」

 ノエルの操縦技術に関して懐疑的だったリコは、早々と白旗を上げる。

 軍隊格闘技で何度もエイミーにノックアウトされたのを見ていた彼女は、ノエルの格闘技以外の能力を見誤っていたのかも知れない。


「ノエル、とっても上手!」

 熱心にコントロールルームから見学していたマイラは、素直に拍手喝采である。


「身体は一回経験した操作は、覚えてるものですね」


「……ねぇノエル君、次のオワフ島の訓練にマイラと一緒に参加しない?」


 ノエルが腕試しをする羽目になった顛末を知らないユウは、ノエルのパイロット適性を正しく判断したのであろう。ちなみにオワフ島での操縦訓練については、雫谷学園の履修単位として正式に認められているのである。


「ええっと、僕は別にパイロット志望じゃないですけど?」


「好き嫌いは兎も角、ジェットまで乗れるようになっておくと便利だよ。

 何より学園の履修単位になるから、訓練費も一切掛からないしね」


「う〜ん、どちらかと言えばヘリの免許の方が欲しいかも知れません」


「ああ、君もシンと同じ考えなんだ」


「えっ、そうなんですか?」


「まぁ時間的余裕があるなら、教官を呼び寄せれば同時進行も可能かな。

 カーメリならいつでも出来るんだけどね」


「……ちょっと考えさせて下さい」


「ふふっ」


「どうかしましたか?」


「いや。

 最近ノエル君に、何度もその台詞を聞かされてるから。

 私ってやっぱり、頼りないのかなぁって」


「いえ。そんな事は全く無いですよ。

 自分はユウさんの事が大好きですし、いつでも頼りにしてますから」


「そう。

 ありがとう」


「でも、それと此れとは話が違いますからね。

 操縦訓練は引き受けても問題ありませんけど、業務のお手伝いは気安く返答出来ませんから」



                 ☆



 須田食堂。


「リコは、オワフ島で操縦訓練を受けた事があるの?」


「うん。

 あと数回カーメリで訓練を受ければ、尉官に昇官出来る予定なんだ」


「ノエルちゃん、おまたせ!

 今日はウインナー炒めと唐揚げの盛り合わせだよ」

 既に顔見知りになっているに関わらず、店のおばちゃんは未だにノエルをちゃん付けで呼んでいるようだ。


「いつもありがとうございます!」

 ノエルに配膳された『いつもの定食』は、山盛りの炒めウインナーと唐揚げの合盛りである。もちろんご飯や豚汁も普通サイズでは無く、大きなラーメン丼に盛り付けられている。


「ねぇ……ノエルもマリーと同じ側の人だったのね」


 普通サイズのカツ丼を受け取ったリコだが、大盛りを指定していない割には丼からカツがはみ出しそうなボリュームである。もともと市場関係者に利用されていたこの店は、盛りの良さは当時から変わっていないのであろう。


「いや、食べ盛りだからこれくらい普通でしょ?

 この炒めたウインナーって、香ばしくて美味しいんだよね」


「うっ、見てるだけでも胸焼けしそう」


「それでオワフ島での訓練だけど?」


「ああ、向こうの米帝空軍との兼ね合いがあるから、軍の滑走路と空域を貸してもらって訓練するんだ。

 セスナの訓練だけだったら時間的な余裕があるから、ハワイベースで海水浴をする余裕はあるかな」


 カツ煮を丼の蓋に一部退避させて、リコは汁が染みたご飯を頬張っている。

 彼女もニホン風の甘辛い味付けが好きなようで、表情がふにゃりと緩んでいる。


「へえっ、それなら行ってみようかな」

 ノエルは会話しながらも、黙々とてんこ盛りのご飯を口に運んでいる。


「でも回転翼の訓練と同時進行だと、その余裕は無いみたいだけどね」


「欧州に居た時の同僚にもヘリの操縦が出来る人が居てね、その人のお陰で何度か命拾いした経験があるんだ」


「……なるほど」


「また戦場に戻るつもりは無いけど、UH−60とかの双発ヘリを操縦できるようになれば嬉しいかな」


「ああそういえば、UH−60はカーメリにも駐機してたかな。

 いきなり双発ヘリは難しいけど、シンは攻撃ヘリも操縦してたからね」


「……あのシンさんって、やっぱり何でも出来るんだね。

 学園で見掛けた時には、怖い人って印象しか無かったけど」


「怖い人?」


「うん」


「シンに対してそんな印象を持った人を、私は初めて見たよ。

 私や寮のメンバーは、シンが感情的になるのさえ見たことが無いし」


「……」


「ああ、でも私は一度だけ凄い勢いで怒られた事があったかな。

 飛行訓練がキツすぎて弱ってた時に、物凄い剣幕で怒られたっけ」


「……」


「母親と妹を同時に亡くしてるから、身近な人に何か起こるのが本当に嫌なんだろうね。

 でもあの出来事のお陰で、本当にシンと仲良くなれたような気がするけど」


 リコの一言に反応せずに、ノエルは焼きウインナーをポリポリと頬張りながら何か考え事をしているようだ。


 身近な人間ですら把握出来ていないシンの隠された能力を、もしかしたらノエルだけは本能で察知しているのかも知れないとリコはぼんやりと考えていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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