015.Different People
Tokyoオフィス。
ロングソファに腰掛けるユウの膝の上には、長年の相棒である黒猫が収まっている。ここしばらく多忙なユウに構って貰えなかった彼女は、現在オフィスに缶詰状態になっているユウにしっかりと甘えているようだ。
「今日はお取り寄せの面白い弁当があるから、食べていかない?」
リビングの大テーブルに積み上げられている弁当は、冷蔵便で製造工場から直送されたものである。
そのまま冷蔵庫に入れると食べる時にも冷たいままなので、わざわざテーブルの上に並べているのであろう。
「これって、デパ地下でも売ってる有名な弁当ですよね?」
「うん。さすがノエル君は研究熱心だね。
食べた事はある?」
「いいえ。見本を見てもあんまり美味しそうじゃないですし、パスしました。
でもこれって賞味期限が短いんですよね?」
「この弁当は、カーメリからもリクエストが多くて『ジャンプ』で運んでるんだ。
工場から直に受け取って、そのままチルド状態でイタリアへ送ってるから」
「さっき言ってた、特殊な輸送方法ですね」
「そうそう。
これはマリーの分と予備分だから、まだ数は余裕があるんだ」
「櫃まぶしとか牛肉弁当なら兎も角、わざわざカーメリからリクエストがあるなんて不思議ですね。
これって、食べる時に温めないんですか?」
「うん。これは経木の弁当箱に入ってるし、このまま食べた方が美味しいと思うよ」
「色合いも地味ですし、なんかパッとしない見栄えですよね?」
ユウに促されて弁当を手に取ったノエルは、蓋の薄い経木を開く。
シューマイ弁当という商品名だが、実際には焼売がメインの和風弁当という内容である。
「ははは、確かに。
でもこれって、発売開始から90年も経ってるんだって」
「ロング・セラーってヤツですね。
あれっ、冷たいご飯なのに……なんかもちっとしてますよね?」
「おこわみたいに、蒸して調理してるんだろうね。
まぁ駅弁の中でも、和食調理の良さが詰まっている弁当だから」
「ああ、これは筍の醤油煮ですね。
色合いは地味だけど、食感が違うおかずを組み合わせてるんですね」
「この魚の照り焼きや卵焼きも美味しいですね」
「このオレンジ色なのは、ドライフルーツですか?」
「アプリコットじゃない?
口直しに入ってるんだろうね」
「ああ、もう無くなっちゃった。
ご馳走様でした!」
「薄い味付けから、濃い口まで組み合わせが良かったでしょ?」
「はい。
長年作り続けられてるのが、納得できるお弁当ですね」
「カーメリの連中も少しづつニホン食の良さに目覚めて、こういう渋い弁当の味が分かるようになったみたい。
カツカレーとか、洋食っぽいメニューの評判が高いのは変わらずなんだけどね」
☆
翌日の学園のカフェテリア。
徐々に履修科目を増やそうとしているノエルだが、今日は空き時間にカフェテリアでのんびりしている。
ノエルは既にGEDを取得しSATでも高得点を上げているので必須科目というものは無く、興味がある授業のみを選択することが出来る。
流石に昼間からビールは飲んでいないが、教職員はカフェテリアでワインやビールを嗜むのが自由なかなり緩い校風なのである。
「へぇA4まで操縦できるなんて凄いね。
セスナなら、自分も無免許で操縦した事があるんだけど」
同席しているリコもほぼノエルと同じ境遇なので、学園には頻繁に登校しているがやはり受講科目については融通が効く状況である。彼女にとっては必須と言える講義は、現状ではカーメリでしか受講出来ない士官教育だけなのである。
「じゃぁ操縦訓練は、ちゃんと受けてるんだね」
「いいえ。
口頭で操作を聞いて、ぶっつけ本番だったね」
リコの方が年上ではあるが、ニホンゴの難しい敬語の使い方をマスターしていないノエルはいつでもタメ口である。
「……うそっ!
セスナの操縦って、そんな簡単じゃないでしょ?」
実は同じような状況でマイラが楽々とシミュレーターを操縦していたので、前例が皆無では無いのであるが。
「いちおう問題無く着陸まで出来たけど、そんなに難しく無かったけどなぁ」
「う〜ん、別に信用しないワケじゃないけどそこまで言うなら、今度シミュレーターで操縦を見せてくれる?」
「ああ、別に良いよ。
でも民間人が使える本物のシミュレーターなんて、あるのかなぁ?」
「灯台下暗しというのは、こういう時に使う諺だよね。
SID、ユウさんに繋いでくれる?」
☆
数日後。
本日の姉御からの呼び出しは、いつもの商店街の中にある飲食店であった。
現在のノエルは多忙にはほど遠い状況ではあるが、いつ何時でもお誘いを断らないのはやはり姉御の事を気に入っているからであろう。
「今日はトンカツ屋さんなんですか?」
待ち合わせの店の前で、マリーの姿を見つけたノエルが挨拶もそこそこに声を掛ける。
以前は迷彩服とビーサン等の奇抜な服装をしていたマリーだが、最近はカジュアルながらもジーンズとダンガリーシャツ等の普通の格好をするようになっている。
「ここはご飯と豚汁がお代わりできる、とっても良い店」
カウンターに店主本人が居る中でも、マリーのコメントはいつでも本音オンリーである。
尤もこの商店街ではマリーが出入りしている飲食店は必ず繁盛すると言われているので、出禁になっている回転寿司店以外では彼女が邪険にされる事はあり得ないのであるが。
「……うわぁ、メニューが豊富で良心的な値段ですね。
迷っちゃうな」
「私はロースの特大で。
ノエルはどうする?」
「う〜ん、それじゃ自分も同じものを下さい」
今日は他のメンバーは都合が付かなかったようで、マリーとノエルのツーショットである。
ノエルは小柄なマリーとほぼ同じ身長なので、傍で見ていると『仲良し美少女姉妹』にしか見えないであろう。
数分で配膳された定食は、ご飯や豚汁が見本写真とは違う大きな丼で提供されている。
ロースカツの衣はパン粉が良く立った黄金色で、見るからに美味しそうである。
マリーは卓上にあるソースをたっぷりと掛けているが、ノエルはまず端っ子のカツに塩を付けてから頬張っている。
脂身が適度に入っている上質な豚肉は、塩の味付けがとてもマッチしているようだ。
「まず塩で食べるなんて、ノエルもわかって来たね!」
「……いえ、実はユウさんの受け売りなんです。
ソースじゃなくて、塩で食べるのも中々ですね」
「●ルドックソースに限らずニホンのソースはどれも美味しいけど、偶には違う味付けで食べた方が飽きがこない」
マリーはラーメン丼サイズのご飯をお代わりしながら、特大ロースカツを追加注文している。
ほんのりと甘みがある銘柄米は、揚げ物との相性が抜群である。
「僕は……カキフライを追加で」
「あのさりげない貼り紙に気がつくとは、やはりノエルは成長している!
私は、恐ろしい怪物を生み出してしまったのかも知れない」
壁に小さく貼られた『生カキフライはじめました』は、季節商品である冷やし中華と同じような文言である。
「ごめんなさい。これもユウさんからの入れ知恵です。
ニホンで牡蠣を食べた事が無いなら、絶対にカキフライがオススメと言われたので」
「私もユウから教えて貰ったから、同じ。
とんかつ屋さんは揚げ物に関して技術が高いし、牡蠣も冷凍モノを使ってる事が少ない。
だから格段に美味しいと聞いている」
幸いにしてこの部分の複雑な会話はフランス語だったので、店主には会話の内容を聞き取れなかった様だ。
「おおっ、これはソースが合いますね!
フライドオイスターは食べた事があったけど、こっちの方がだんぜん美味しい」
米帝でもニッチなメニューであるフライドオイスターを、ノエルは何故か食べた事があるようだ。
「ノエルと一緒に食事をすると、自分が忘れていた事を思い出させてくれる。
それにいつでも美味しそうに食べるから、私も一緒に居て気分が良い!」
自分の食べっぷりを横に置いてノエルを褒めちぎるマリーだが、お代わりを何度もリクエストする丼には米粒一つ残っていない。
その綺麗な食べ方も、マリーが商店街の飲食店で好感を集めている利用なのであろう。
「私もカキフライ追加で!」
フードファイター顔負けのマリーのいつもの一言に、カウンターで忙しく調理している店員さん達も微笑みを浮かべていたのであった。
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