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008.Masterpiece

 タワーマンションの一室。


「あら、ノエル君どうしたの?」


 帰宅したリコの母親が、ロングソファに横になっているノエルに声を掛ける。

 首にリコが用意した氷嚢を当てているのは、軽いムチウチになっている所為だろう。


「軍隊格闘技の授業で、エイミーにノックアウトされたの!」


「あらら、あの子いつの間にか強くなってたのね。

 まぁ背格好が同じでも、筋力とか瞬発力が違うものね」


「???」

 エイミーの出自を詳しくは知らないノエルは、リコの母親のコメントに首を捻っている。


「でも母さん、エイミーの動きは予測できた筈なのに、なんでノエルはパンチに対処できなかったのかな?」

 リコも彼女の母親も、ノエルと同じアノーマリーとして分岐予測の能力を持っているので、簡単にノックアウトされたのには納得が行かないのであろう。


「貴方は格闘技は素人だから分からないだろうけど、相手の動きがあまりに速すぎると対処できないものなのよ。それにノエル君はもともと打撃系の防御技術は、ほとんど持っていないんじゃないかな」


 ノエルは横になりながら、小さく頷いている。


「なるほど。

 まぁエイミーは持って生まれた能力に加えて、教わった事に関して吸収力が凄いからね。

 ニホン料理に限れば、シンよりも美味しいお皿をどんどん作るし」


「……あの、もう大分回復しましたから、もうそろそろ自分の部屋に戻ります」

 ノエルはソファから起き上がろうとしているが、動きが緩慢でダメージから回復しているようには見えない。


「だ〜め!今日は私の作った夕飯を食べないと、返さないわよ。

 もう暫く横になってなさい!」


「そうそう!

 観念して、もう暫く大人しくしていた方が身の為だよ。

 うちの母さんも、ユウさん並に腕っ節は強いんだから」


「……了解(10−4)


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 夕食時。


 やっと元気を回復したノエルは、リコ親子と一緒に食卓を囲んでいた。

 食欲もあるようなので、懸念された脳のダメージに関しては問題無いのであろう。


「君の母さんから昔教わったポトフだよ。

 全く同じ味かどうかは自信が無いけど、食べてみて」


 TOYSOLDERS(玩具の軍隊)と揶揄されているように、義勇軍は要員数に乏しいのが現状である。もちろん陸・海・空の区別など無いので、パイロットであったリコの母親が局地戦のエキスパートだったノエルの母親と知古であったとしても不思議は無いのである。


 ノエルに配膳されたポトフは、大きな深皿に盛り付けられていてかなりのボリュームだ。

 大量のソーセージや野菜類に加えて、圧力鍋で下調理した牛すじ肉が加えられているのが目立った特徴であろう。


「ああ、味付けに関してはあのブイヨンを使ってるなら大丈夫ですよ。

 他の材料はまちまちでも、『マ●ーの赤箱』を使ってれば同じ味になりますから」


 ノエルは室内に漂っている香りで、使っている調味料についてはすぐに気がついたようである。


「ははは、確かに。

 でも料理に込める愛情は、彼女には勝てないかな」


「いえ、大雑把な母さんが作ったよりも数段美味しいです。

 この焼き立てのバゲットは、何処で入手したんですか?」


 ノエルは卓上にあったバターを厚く塗りつけ、バゲットを頬張っている。クラストがパリパリとはじける硬いバゲットは、中身は気泡が多く絶妙のバランスに仕上がっている。


「ああ、これはユウおすすめのブーランジェリーに注文した分ね。

 Tokyoオフィスとか学園寮のパンは、いつもこの店から仕入れてるんだって」


「へえっ、ご近所にこんな良い店があったんですね。

 見逃してました」


「ソーセージはスーパーで手に入れたメーカー製だけど、どう?」


「癖が無いので、ポトフに入れるにはちょうど良い感じですね。

 アンドゥイエット(臓物ソーセージ)は、ポトフに入れるのは無理がありますから」


「ニホンで、臓物ソーセージを手に入れるのは無理じゃないかな。

 匂いがきついから万人向けじゃないし、ソテーした料理としてなら近所のビストロで食べられるけどね」


「ああ、その店の事は聞いています。

 今度マリー(姐さん)に連れて行って貰おうかと」


「でもノエル君は、食事に苦労してるって感じでは無いわね。

 ニホン食は口にあってるのかな?」


「はい。

 カフェテリアで食べるメニューも美味しいですし、外食でいろんな料理を覚えるのが楽しみなんです」


「食事の面では、どんな国の料理でもTokyoなら食べられるからね。

 でもニホンの定食屋さんは、何処で食べてもレベルが高いでしょ?」


「はい。

 マリー(姐さん)は、他の国に行くのはもう嫌だと言ってますね」



                 ☆



 翌週の軍隊格闘技の授業。


 前週と同じメンバーが揃っている授業には、ノエルも懲りずにしっかりと参加している。


「ユウさん、今日もエイミーと組手をやらせて下さい」


「へえっ?君がそういう粘着するタイプだとは知らなかったな」


「いいえ。リベンジ(仕返し)のつもりはありません」


「エイミー、どうしようか?」


「私は構いませんよ」

 エイミーは笑顔で、ノエルの要望を受け入れる。

 彼女が入念に行っているストレッチは関節を自由自在に動かしているので、あまりの柔軟性に驚いている生徒も居るようだ。


「それじゃ、初め!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 今回は鮮やかにノックアウトこそされなかったが、ノエルはエイミーの重い打撃を全身に受けていたのでやはりフラフラの状態である。今回もユウの指示を受けて、エイミーはタクシーで彼を寮に連れ帰っている。


「暫くソファで横になっていて下さいね。

 私は夕食の仕込みがあるので。

 マイラ、何かあったら声を掛けてくれる?」


「うん!、任せて!」

 マイラはノエルのソファの横に座り、ご機嫌な様子である。

 一緒に街歩きをする機会もあったので、個人的に親しくなっているのだろう。


「あっ、アイさんだ!」

 厨房からエイミーと入れ違いで、エプロン姿のアイが現れる。

 直弟子であるシンが寮を長期不在にしているので、寮の様子を見に来たのであろう。


「君がノエル君ね」


 エプロンを外してソファに腰掛けたアイの膝上に、いつの間にかマイラが収まっている。

 アイもアイラの身体に手を回して、無邪気に甘えてくる彼女をしっかりと抱き締めている。

 母親の記憶が殆ど無いマイラにとっては、母性を強く感じさせるアイはもしかして特別な存在なのかも知れない。


「……はい。

 宜しくお願いします」


 姿勢を起こしながら、ノエルが緊張した表情で挨拶を行う。

 アイについては以前から噂レベルで、その恐ろしさを聞いていたのであろう。


「ああ、まだ起き上がらないで寝てなさい。

 君は父親じゃなくて、母親似みたいね」


「……いえ、自分は父親に会ったことが無いので分かりません」


「まぁこのままニホンに居れば、合う機会はすぐに来ると思うけどね」


「……」


「ところで君は、なんでエイミーに腕っ節で敵わないと思う?」


「……わかりません。

 自分は白兵戦の経験もありますし、全く手加減はしていないんですが」


「まぁ同じ体格の相手に、エイミーが体術で不覚を取る事は想像できないけどね。

 あの子の筋力とバランス感覚は、メトセラであっても到底敵わないレヴェルだから」


「……」


「ただし、あの子は残念ながら戦場では君ほど役に立たないというのが、現実なのだけれど」


「どういう意味ですか?」


「あの子が体術を習っているのは、あくまでも自己防衛(セルフディフェンス)の為だから。

 どんな場合でも、彼女は相手の命を奪う事は許されていないからね」


「???」

 ノエルは彼女の出自を知らないので、残念ながら首を傾げるばかりなのであるが。


「さぁ、残りの作業を片付けに行かなきゃ。

 マイラ、夕飯は『Boeuf Bourguignon』だよ」


「うわぁ、久しぶりだから楽しみ!」

 膝の上から離れて名残惜しそうにソファに座り直したマイラの頭を、アイがグリグリと撫で回す。


「あの……もう体調も良くなったのでかえ……」


 ノエルの言葉を遮るように潤んだ瞳でノエルをじっと見るマイラが、今度は彼の腕をしっかりと掴んでいる。


「ええっ帰っちゃうの?……一緒にご飯を食べるのを楽しみにしてたのに!」


「……いや、じゃぁご馳走になってから帰ろうかな」

 ノエルの腕をしっかりと確保しながら、マイラは満面の笑みを返したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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