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005.Another Day Gone By

 トシマ区某所にあるタワーマンション。


 上層階にあるノエルの居住している部屋は俗に言われる億ションであり、居住しているのは外交官や企業経営者などの富裕層ばかりである。もちろん住民による自治会等は存在しないので、ニホン特有の人付き合いに関する煩わしさは全く無い。


 だがエレベーターで頻繁に合う住民同士には、欧米で良くあるコミュニケーションが自然に発生する。挨拶や雑談は自らの安全を確保するための手段であり、トラブルを事前に避けるための自衛手段でもあるのだ。


「ノエル君、おはよう」


「おはようございます」


「だいぶニホン語が流暢になってきたわね」


「ええっと、ぼちぼちです」


「ふふふ。

 学園ではリコに会ったかな?」


「ぼくはまだりしゅうとうろく(履修登録)をほとんどしていないので」


「そう。

 まぁ急がなくても、ニホンに居る間はゆったりと過ごすのが良いわね」


 メインエントランスで降りたノエルにウインクして、地下駐車場へ向かう彼女はノエルの直接的な保護者であるピアの知り合いである。

 20代中盤にしか見えないが、ノエルより年齢が上の娘と一緒に住んでいるらしい。


 カフェテリアがあるエントランスでエレベーターを降りたノエルは、カウンターに腰掛けていつものメニューであるライ・サンドイッチを頬張っている。

 此処のカフェテリアは住民の自室にルームサービスも可能なのだが、ノエルは毎朝店舗で朝食を食べるのを習慣にしている。

 煎れたてのカフェオレや具材が沢山挟まったサンドイッチはノエルにとっては贅沢な朝食であり、朝食からしっかりと食べるようになったのはニホンに来てからの習慣である。


 店の大画面で流されているCNNの音をバックグラウンドに、ノエルは備え付けのスポーツ新聞をじっくりと見ている。

 それは重賞レースについての予想解説というよりも、純粋に出走馬についての事前情報を得るためである。

 彼のプロヴィジオ(分岐予測)は紛争地域で鍛えられてはいるが、予知能力では無いのでパドックで出走馬を判別しない限りは能力を十分に発揮できないのである。



                  ☆



 フナバシからの帰路の電車内。


 ノエルが所有しているミルスペック・スマホが小さな着信音を立てる。

 発信者は、数少ないニホンの知り合いである。


「ノエル、焼鳥食べない?」

 通話相手を一々確認しないマリーは、いつもながらのマイペースである。


「ねえさん。

 すぐにいきますので、みせをおしえてください」


 かろうじて聞き取れるちいさな声量で、ノエルは返答する。

 ニホンの習慣に適合しているというよりは、彼自身が不必要な音を立てないという習慣の所為であろう。


「商店街の中ほどにある、古い店」


「Copy That(了解)。いまいどうちゅうですので、1じかんくらいでつきます」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「急にマリーが呼び出しちゃってゴメンね」

 4人掛けテーブル2つを専有しているのは、Tokyoオフィスのメンバーに加えてケイとパピである。

 ノエルはユウの横の開いている椅子に腰掛ける。


「いいえ。ユウさんによんでもらえるのはうれしいです」


「今日はTokyoオフィスの夕食会で、皆でお邪魔してるんだ。

 お腹空いてる?先に丼を頼もうか?」


 テーブル毎に置かれた大皿には、様々な部位の焼き鳥が山のように盛り上げられている。

 尤もこの食欲旺盛のメンバーならば、あっという間に空き皿になるのは確実なのであるが。


「はい。おねがいします」


「ノエル、ここの親子丼は絶品」


「ねえさん、なんばいめ?」

 このメンバーに馴染んでいるとは言えないノエルではあるが、舎弟認定されているマリーにだけは気安い口調で話せるのであろう。


「まだ3杯目」


「フウさん、彼に飲ませても良いですか?」

 ユウは念のためにフウに確認している。


「ああ、ほぼ16才ということでビールかサワーなら問題無いな」


「あの……できればみなさんとおなじものをもらえますか?」

 着席している全員が申し合わせたように柑橘の香りがする飲料を飲んでいるのを、ノエルは気が付いていた。


「マスター、親子丼と生レモンサワー追加で!」

 ケイが炭火の焼台に居るマスターに、声を掛ける。


「はいよっ!」


「此処のレモンサワーは自家製だから、とっても美味しいんだよ」

 前回の演習で顔見知りになっているパピが、気安い口調で説明する。


「この間はヘルプしてくれて助かったよ」


「ケイさん、きょうはひばんだったのですか?」


ひばん(非番)……うん。それにしても、短期間でずいぶんとニホン語の語彙が増えてるね」


「ありがとうございます。なによりせいかつにひつようですから」


「はいっ、お待ちどうさま」

 フロア担当のお姉さんが、ノエルに丼とジョッキを配膳してくれる。

 美女だらけの一行にさらに美少女に見えるノエルが参加したので、彼女は眩しいものを見ているような表情をしている。


「あ、すいません。

 それでは、いただきます」


 お姉さんに笑顔を向けて礼を言いつつ、ノエルは丼を先に受け取る。

 箸ではなくレンゲで食べ始めたノエルは、口に入れた瞬間にほうっと声を上げている。

 出来たての親子丼の味を、とても気に入ったのだろう。


「あれっ、ねえさんがおさけをのんでるのはめずらしいですね」


「生サワーは、ワイン以外でマリーが飲める唯一のアルコール飲料だからね」

 マリーの食育担当?であるユウが、ノエルに解説する。

 ちなみにここのサワーはウオッカをベースにしているので、かなり度数が高そうである。


「……コンビニで間違って買ってから、好きになった!」


「そうそう。

 ストロングチューハイで酔ってるマリーを見て、ビックリしたもの。

 まぁお陰で、こうして焼鳥屋さんでの夕食にマリーが問題無く同席できるようになったから」


「ノエル、親子丼はどう?」


「とりにくがすごくおいしいですね。

 ブレスみたいなこうきゅうなあじがします」


「マスター、ブレス鶏を食べ慣れているノエルから、お褒めの言葉を頂戴したよ」

 フウは正肉の串を頬張りながら、面白がっている口調である。


「ありがたい褒め言葉ですけど、うちの鶏肉はそんなに高級品じゃないですよ」


「いや、ここの鶏肉は本当に美味しいですよ。

 あとでこっそりと仕入先を教えて欲しいな」

 Congohの国内仕入れを担当しているユウは、急に真面目な表情になっている。

 地鶏のブランドは沢山あっても、仕入れ値との兼ね合いで選定にはかなり苦労しているのだろう。


 Tokyoオフィスや学園寮の定期配送便は注文すれば何でも手に入るが、あくまでも適正な価格で仕入れが可能というのが大前提になっているのである。


「ノエルは好き嫌いが無さそうじゃない?」

 アンはめずらしい部位の串を立て続けに食べているノエルに、かなり驚いているようだ。


「はい。

 じぶんでも鶏はさばいてたべていたので、どこのぶぶんなのかはだいたいわかります」


「『ちょうちん』とか『白子』を躊躇せずに食べるなんて、かなりの通だよね」

 かく言うパピはひたすら鶏皮をリピートし、他の部位は殆ど食べていない。

 この店は関東では珍しく、博多風の手間がかかる鶏皮メニューを常時提供しているのである。


「みなさんも、かわったぶいがすきですよね」


「本当に、食い意地の張った集団だからね」

 フウは一人で余りがちの正肉やつくねを頬張りながら、苦笑いしている。


 Tokyoオフィスのメンバーは、ルーと同様に皆ノエルの母親と同じ匂い(硝煙)がする。

 治安が良いニホンに居ながらも、やはりこのテーブルには剣呑とした雰囲気が漂っているのである。


 ノエルにとっては生まれながらに馴染んだ雰囲気なので、このメンバーとの会食は実に心地よく感じていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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