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016.Company

 エイミーの一日は密度が濃く、そして長い。


 起床に関しては早朝トレーニングを行うシンの方が早いが、寝起きの悪さとは無縁のエイミーは配達されたばかりの朝刊数紙に真っ先に目を通し早朝からエンジン全開である。

 学園に登校すると政治学や社会科学の授業には必ず顔を出し、ディスカッションにも積極的に参加する。

 お陰でたどたどしかったニホン語も、最近ではシンよりも流暢に使いこなしている程である。


 昼食はカフェテリアで小柄な身体に似合わない大盛りをモリモリと食べ、他の生徒との雑談にも余念が無い。

 誰からも好かれる笑顔と高い社交性を持っているエイミーは、校内でも頻繁に話しかけられ知り合いもどんどん増えている。

 放課後には美味しいおやつを求めてイケブクロの地下街を散策する事もあり、ニホンの珍味や食材にもかなり詳しくなってきた。

 またTokyoオフィスのマリーともよく一緒に映画やアニメを鑑賞しているので、サブカルチャーに関しても知識を蓄積しているようだ。


 そんなエイミーがシンと一緒に所属している雫谷学園には、『学級(クラス)』というものが存在しない。

 もちろん在籍している生徒が少ないというのも大きな理由の一つだが、生徒個人の興味や適性によって行われる個人授業の比率がこの学園においては非常に高いのである。

 その所為か出入りする教職員の数は非常に多く、非常勤を加えると在籍生徒数の数倍の規模になるのは間違いない。

 生徒の学費や生活費まで負担してこれだけコストを掛けて学校運営をしているのは一重にCongohが優秀な人材を確保するためであり、連綿と続く企業文化の一端であると言えるだろう。


 最近やっとシンと一緒に通学するようになったルーはまだニホン語を流暢に喋ることが出来ないが、コミュニケーションに難がある姉貴分のマリーと違って彼女はとても意思伝達能力が高い。

 マリーと同様に誰もが息をのむ美少女だが、笑顔になると急に親しみやすい雰囲気に変わり一緒に行うジェスチャーも実に可愛らしい。

 決して愛想が良いとは言えないシリウスですら、初対面でいきなり彼女に懐いてしまったほどである。

 今ではカフェテリアの会話にも積極的に参加して、ニホン語の学習に役立てている様だ。


 これまで真っ当な学校教育を受けた経験が無いルーはエイミーと一緒に一般常識の特別授業を受講しているが、彼女ともすぐに打ち解け今では姉妹のように仲良くしている。

 語学習得能力がずば抜けているエイミーもさすがにまだスペイン語は習得していないが、ニホン語のみの拙い会話でもコミュニケーションには全く問題が無いようである。



                 ☆



 週一回のユウが担当している格闘技の授業。

 シンはいつものようにJOBER(やられ役)として、エイミーと一緒に授業に参加していた。

 小柄なルーも初めて授業に参加しているが、何故か彼女はトレーニングウエアの上にプロテクター一式を付けてユウと楽しそうに談笑している。

 

「シン君、今日はルーと組手をやってみてくれる?」

 なにか含むところがあるようなユウの笑顔に、シンは警戒感を強くする。

 Congohトーキョーの女性陣がこういう表情をする時には、かならず裏があってシンは何度も酷い目に会っているからである。


「いきなり組手ですか?」


「うん」

 シンと目線を合わせているユウの含み笑いが、ますます強くなる。


 プロテクターを付けて柔軟体操をしているルーは、マラソンランナーのように細くて柔軟そうな筋肉を纏っているがとても格闘技に精通しているようには見えない。

 だがそれはいつも組手をしている講師役のユウも全く同じだから、油断は出来ないとシンは経験から思い知らされている。

 それに何度も授業の組手で衆人の目がある中で、失神させられては堪らない。


「それじゃぁ、始め!」


 組手用のマットの上で相対しているルーは、普段のにこやかな表情とは一変して無表情で感情を伺う事が出来ない。

 それはシンにとってお馴染みの空気感であり、実戦経験が豊富な相手が発する共通の『アイドリング状態』とも呼ぶべきものだろう。


「Ура!」


 聞きなれない掛け声とともに、シンの懐に間合いを詰めたルーのミドルキックが入ってくる。

 蹴り上げた膝から捩じるように入ってくる右足の衝撃は、軽い体重のルーにしては信じられないほどに重く鋭い。

 思わずぐらついたシンはガードの姿勢を取り直すが、ルーは体重差のあるシンの腰を横からフックして低い軌道で投げ飛ばす。

 小柄な体躯から信じられないほどの筋力だ。


(やっぱり見かけと違う!)


 投げ飛ばされながらシンは、自分の体重を相殺して柔らかくマットに背中から落ちる。

 毎朝のランニングから日常的に鍛えている細かい重力制御が、思わぬシーンで役に立った。

 マットに強く叩き付けた手応えがあったルーは、首をひねって不思議そうな表情をしている。


 跳ね起きるように立ち上がったシンはルーと正対しようとするが、すでにルーの姿は視線の先に無い。

 静止しているとまたタックルの餌食になってしまうので、シンは重心を下げた姿勢のまま体を瞬時にスライドさせる。


 やっと視野に入ったルーは既にタックルに入る態勢だったが、シンは一気に間合いを詰めてマットの上で組み合う。

 身長が違うのでシンにとっては窮屈な姿勢だが、渾身の圧力をかけてもルーはぴくりとも動かない。


(小柄なのに、腕力も強い!)


 シンは身体をねじって組み合いから逃れると、腰が引けた態勢のままでルーの足もとに向けてローキックを放つ。

 ルーは軽くダッキングしただけで蹴りを回避し、重心が安定していないシンの側面に瞬時に回り込む。


 側面へ低い姿勢でタックルしたルーは簡単にシンを押し倒すと、顔面を打つフェイントを挟んで上腕の関節を逆方向に極めて締め上げる。

 体の重心を的確に押さえられた上に、関節から伝わる激痛でシンは全く身動きが出来ない。

 シンはたまらず床を左手でタップして、組手はあっけなく終了したのであった。



                 ☆



 ユウが各所で行っている組み手に対する指導を見ながら、シンはエイミーが持ってきた氷嚢で関節を冷やしていた。

 JOBERとして授業に参加しているとはいえ、こう頻繁にやられてばかりいると見かけ倒しで弱いという評判が広まってしまいそうだ。


 床に座り込んでうなだれているシンの近くにユウがやって来て、シンと余裕の表情で授業を見ているルー双方に聞こえるように話しかける。

「ルー、シンが組手のトレーニングパートナーになってくれるなら、その代わりに寮に居る時は食事の世話をしてくれるって」


「ほんとに?」

 ルーは期待がこもった眼差しで、シンに目を向ける。


「シンは私よりレパートリーも広いし、すごく料理上手だよ」

 ユウはシンにウインクしながら呟くが、シンはしてやられたという表情を浮かべている。


「一緒に食べる人が多いと、食事の時間が楽しいですよね!」

 エイミーの朗らかな一言に、シンは止めを刺されたように言い返せない。


「ん、それじゃ今後とも宜しく!」

 笑顔で差し出したルーの小さいながらも力強い手を、苦笑いしながら握り返すシンなのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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