002.Right With You
「ルー、ノエル、次に行くよ」
お代わりご飯を綺麗に平らげた後、マリーはそそくさとレジで3人分の会計を済ませる。
どうやら自分の食べ歩きに、強引に2人を同行させたいようだ。
昔は財布の持ち歩きを嫌っていた彼女だが、最近は現金で決済する事も厭わなくなっている。
カード決済可能な店やツケが効く店しか利用出来ないと、メニューが限られてしまうのに漸く気がついたのであろう。
イケブクロとは言ってもこの辺りは繁華街では無いので、特有の緊迫感は無い。
連れ立って歩く美少女?3人組は、不思議と地元の雰囲気に溶け込んでいる。
「あいかわず姐さんの食欲は、底無しだなぁ。
あれっ、此処って新しく出来たパスタ屋さんだよね?」
同行者の要望を一切聞かずに食券を4枚購入したマリーは、奥の4人掛けテーブルに慣れた様子で腰掛ける。
茹で置きパスタを加熱調理するこの店は、一回の注文分としてはメガ盛り4人前が限界なのをマリーは何故か知っているようである。
ノエルは無言ではあるが、マリーと一緒に居るのが楽しいのか表情は柔らかくリラックスしているのが分かる。ルーも同じ経験があるが、メトセラの場合は血の繋がりが会った瞬間に理屈抜きで分かってしまうのである。
「私の分は食券2枚分の合盛りで」
食券を確認した店員さんに、マリーが念を押している。
店員さんは以前にマリーを接客した経験があるのか、小さく頷いて厨房に戻っていく。
「姐さんの食べ歩きに、無理に付き合わなくても大丈夫なのに」
セルフサービスの冷水機で人数分のコップにお冷を注ぎながら、ルーはノエルに声を掛ける。
「Tout va bien」
即答したノエルは、ルーの喋るニホン語を完全に理解しているようだ。
「へえっ、頑丈な胃袋をしてるんだね」
自分の事を棚に上げてルーが感心していると、今度はノエルから話し掛けてくる。
「Je teconnais」
「ああ、学園のカフェテリアでね」
「Voussentez lapoudre a canon」
「C´estla meme chose que toi」
ルーとノエルに配膳されたメガ盛りスパゲティは、他店の大盛りの2倍以上の分量があるだろう。
マリーに配膳された食券2枚分の皿はさらに大きく、パーティー用の取り分けメニューのようである。
フライパンで馴染ませたミート・ソースは極太のパスタにしっかりと絡んで、湯気が立ち上りかなり美味しそうである。
「本場のラグーソースとは、全く違うね。
これはやっぱり、ニホン料理と言うべきなのかな」
ルーは卓上の粉チーズを自分の皿に盛大に掛けながら呟く。
シンが作るスパゲティとは全く違うこのメニューは、ユウが作るニホン式?のナポリタンに近い仕上がりである。
イタリア人なら顔を顰めそうなメニューだが、ノエルはフォークだけで2ミリ以上の太いパスタを器用に丸めて頬張っている。
「C´est tres bon!」
超大盛りの定食を食べた後にも関わらず、躊躇無く食べ続けるノエルの姿はマリーの食べっぷりと重なって見える。
それは見掛けの印象以上に、血の繋がりを感じさせる不思議な光景である。
「姐さん、またお気に入りの店が近所に見つかって良かったね!」
ルーの一言に、マリーはしっかりとサムアップを返したのであった。
☆
夜半の学園寮。
「ピアさん、例の子に偶然会いましたよ」
いつものように風呂上がりのビールを煽りながら、ルーが仕事中?のピアに話し掛ける。
「……へえっ、何処で?」
「須田食堂で、姐さんと一緒に食事をしてました」
「ええっ、マリーと?
いつの間に知り合ったのかな」
「商店街の飲食店で偶然出会って、注文方法が分からなかった彼に姐さんが話しかけたそうです」
「へえっ。
マリーとしては珍しい行動だけど、これが『血縁』っていう奴なのかも知れないなぁ」
「ああ見えて姐さんは、同胞の面倒見が良いですからね。
それにしても、経歴から考えられない位明るくて知的な印象でしたね」
「普段はあんな穏やかな感じなんだけどな……おかしなちょっかいを出されると豹変するんだよ。法律が無いような紛争地域で育ったから、暴力に対する忌避感が全く無いし」
「普段の穏やかな雰囲気は、シンとそっくりでしたね」
「紛争地帯で育ったから、お前と同じで表面上の人付き会いは上手なんだろうな」
ルーはパピの冷徹な評価を否定せずに、言葉を続ける。
「まさかハンドガンとか、持ち歩いては無いですよね?」
ルーは自分がニホンに来たばかりの頃に、380口径のPPK/Sを隠し持っていたのを思い出していた。
「完全に丸腰という事は無いだろうが、さすがにハンドガンは持ってないと思うよ。
ニホンの世界一厳しい銃刀法に関しては、念を押して説明したからさ」
☆
数日後。
カフェテリアで偶然再会したルーとノエルは、連れ立って学園寮に来ていた。
雫谷学園に正式に在籍しているノエルは、部外者厳禁である学園寮に足を踏み入れても何の問題も無いのである。
「ピアさん、彼にビールを飲ませても良いですか?」
「ああ、此処ならビールやワインをいくら飲んでも大丈夫だろう」
ちらりとノエルを見たピアは、無関心を装ってラップトップで仕事をしている。
だが前触れなくルーと一緒に現れたので、内心驚いているのは確実であろう。
ノエルの方はピアが居るのに平然とした様子で、視線を会わせる事も無くだんまりを決め込んでいる。
ちなみに学園寮では欧州の年齢制限に倣って、蒸留酒以外の飲酒を禁止していない。
ビールサーバー以外にも、ワイン迄ならば大量に飲んでも問題にはならないのである。
「ここはpensionではないの?」
日々の学習のお陰か、ノエルは既にニホン語の会話に参加できるレベルに到達している。
ルーが彼を学園寮に誘ったのは、寮ならば気軽に会話のトレーニングが出来ると思ったからである。
「うん。間違いなく雫谷学園の学園寮だよ」
「なんでUn soldatばかりがいるの?」
普段着のケイとパピを見たノエルは、二人を見てその職業を迷わずに言い当てている。
やはり二人からも、硝煙の匂いを感じられたのであろう。
「兵隊が居ると、不愉快かな?」
ケイが静かな口調でノエルに尋ねる。
彼女はノエルの詳しい経歴は知らないが、普通の学園生とは違うのは瞬時に理解したようだ。
「いや。Pas de probleme」
ノエルは学園や街中で見るよりも、リラックスした表情をしている。
リビングに揃っているメンバーが民間人であるかよりも、血の繋がっている同胞であると完全に理解したのであろう。
「ここの寮長みたいな奴は、今出張中で不在だけどね」
「しっている。カフェテリアでいちどだけあった。
……あのterrible」
「恐ろしいって?」
あまり聞いた事が無いシンに対する評価に、ケイは興味を持ったようで身を乗り出している。
「ねえさんもおそろしいけど、あのひとはもっともっとこわい。
……ちかよるとあぶないとつよくかんじる」
「ああ『彼』は、シンの本質を良く分かってるんですね」
ここでキッチンからいきなり登場したエイミーは、大きなオードブル皿をリビングのテーブルに置く。
大皿にはチーズの盛り合わせ以外にも、サンドイッチやお握りなどのボリュームがあるツマミがしっかりと並んでいる。
「エイミー、わざわざ用意してくれたの?
手間を掛けて悪いね」
ルーがエイミーに恐縮した様子で、謝意を伝えている。
「いえ。
お客さんが来てるのに、おもてなしをしないとシンに怒られちゃいますから」
「Merci beaucoup」
リビングから去っていくエイミーに笑顔で礼をしたノエルは、稲荷寿司を手に取って躊躇無く頬張っている。どうやらニホン独特の甘辛い味付けは、彼の嗜好にしっかりと合っているようだ。
「稲荷寿司を知ってるんだ?」
いきなり稲荷寿司から手を付けたノエルに、パピは感心したような声を上げる。
見た目が地味でしかも中身が見えないメニューは、外国人にとっては敷居が高いメニューだからであろう。
「ねえさんからおそわったから」
「なるほど。マリーも稲荷寿司が大好物だったね。
ところでノエル、日雇いのアルバイトをしてみない?」
「Non。
おかねには、ぜんぜんこまっていない」
「そうじゃなくて。
ニホンは平和過ぎて退屈だろ?
警察の特殊部隊の、訓練相手の要請が来てるんだ」
「あんだーどっくって……そういうのはイヤ。
まけるのはキライ」
「ああ、もちろん。
ここに居る全員が、負けるつもりは全然無いけどね」
ここでケイが、パピの説明に補足を加える。
「???」
「シンが居ないからユウにも声を掛けるつもりだったけど、それでも頭数が足りなくてね」
「ユウって……あのカフェテリアにいるおねえさん?」
「今は当直は週一回だけど、彼女に会った事があるんだ?」
「それならやる。
おいしいごはんをよういしてくれるから、あのおねえさんだいすき!」
「大好き!か。
ルーと一緒で、さっそく餌付けされてるんだね」
「その『えづけ』ってなに?」
ルーを含めた全員が笑顔になる中、ノエル一人だけが不思議な表情で首を傾げていたのであった。
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