049.Every Time We Say Good By
「お三方は、DDの件は聞いてますよね?」
「うん、勿論。
払い下げられたAIが脱走して、ブートキャンプに現れたんでしょ?」
口の周りについたチリソースを拭いながら、アンが即答する。
多忙な彼女はユウと同様に米帝のジャンクフードも大好きだが、シンやユウほど気軽に食べに行く事が出来ないのである。
「結局LM●に回収されたんだけど、今日大統領視察のラボで再会する機会があって。
僕に対してコミュニケーションを取ってきたみたいで」
「コミュニケーションって?」
シンは自分自身に送り込まれて来たアルマゲドンのイメージについて説明を試みるが、客観的な説明になっているかどうかは自信が無い。破壊音や衝撃を口で伝えられるほど、シンのニホン語の語彙は豊富では無いのである。
「タフなシンが動揺するって事は、相当に凄惨な内容なんでしょう?」
アン自身も数々の修羅場を経験しているのだが、幸いにして彼女はシンほどの不幸体質?では無い。
「3大隕石衝突よりも、大規模な衝突のイメージなんだ……そのイメージをシン君みたいに体感できなければ理解するのは難しいかも知れないわね」
空防でパイロット教育を受けていたユウは、数億年前のカタストロフィについても知識があるようだ。
マリーは大好きなチリドックを頬張るのをやめて、首をぶるぶると振っている。
彼女は過去に体の大部分を失うトラブルを経験しているので、アルマゲドンについて深く考えるのは生理的に無理なのであろう。
「シン君の心配は、自律型AIを作れる高度な科学力があっても、アルマゲドンを避けられなかったという事実なんじゃない?」
ユウの発言は、核心をついた一言だったようで、シンは大きく頷いている。
「ええ。僕に送られて来たイメージが過去の実体験だとしたら、その点が一番気になる点なんです」
「何ができるのか……現時点ではアイデアとしても何も思い浮かばないわよね。
N●SAが映画みたいに軍用シャトルを開発するほど、予算があるとは思えないし」
その組織の正規職員でもあるシンは、ここで再び頷く。
ジェット練習機すら更新出来ない現状から見て、潤沢な予算とは縁遠い組織であるのを身近で見ているからであろう。
「考えたくは無いけど……どんなに危険な作戦でも参加するよ!
シン、それをいつでも忘れないで!」
シンの思い詰めた表情を見て、珍しくマリーが饒舌に発言する。
「ありがとう。
いつでもマリーを頼りにしてるよ!」
☆
アリゾナ某所。
「シン、これはお墓ですよね?」
「うん。母さんや妹の墓は無いんだけど、これは僕が幼少の頃に凄くお世話になった人のお墓なんだ」
「もしかしてシンが良く言っていた、中華料理の師匠さんのですか?
アリゾナにお墓があるのは意外ですね」
エイミーは墓標に刻まれた繁体文字を見て、永眠しているのが誰か直ぐに気がついたようである。
「うん。いろいろあって僕が育った街の墓地に、埋葬したんだ。
タイワンだとこの時期にお墓参りをする習慣があるんで、それに合わせて年に一度は訪ねる事にしてるんだ」
墓石は地面に埋め込まれた、周囲と全く同じタイプである。
台湾では小屋のような大きな墓所が普通のようだが、さすがに米帝の墓地で同じものを設置すると周囲から浮いてしまうだろう。
「僕がお世話になった人で、唯一寿命を全うして亡くなった人だからね。
まるで本当の孫みたいに、可愛がってくれた恩人だから」
「タイワンにはこの方の係累が、まだ健在なんじゃないですか?」
「SIDに頼んで調べて貰ったんだけど、手掛かりが綺麗さっぱり無くてね。
かなり裕福な人だったんだけど、相続する人が誰も現れなくて州政府とちょっと揉め事があってね」
「シン、今度タイワンに仕入れに行く時は、私も連れて行って下さいね」
「うん?もしかして何か分かったのかな?」
「ええ。SIDと相談すれば、もっとはっきりすると思いますけど。
……シン、ここ数日なんか不機嫌でしたけど、これでやっと落ち着きましたね」
「うん。不機嫌では無かったんだけど、頭が混乱していてね。
やっと現実と記憶の整理が付いた感じかな」
「私にも、就寝後にはシンのイメージが流れ込んで来るんですから、遠慮無く相談して下さいね」
☆
数日後、台北の夜市。
エイミーが見つけた高級中華料理店から出た二人は、夜市を巡っていた。
「あの店の炒飯や炒めものの味付けは、シンが作るのと同じでしたね」
「うん。自分で作ってるのと、区別がつかない味だったね」
オーナーらしき人物が居なかったので特に話をしなかったのだが、この店にはシンの師匠にゆかりの料理人が居る可能性が高いのであろう。
「まぁ別に急いで調べる事も無いけど、阿媽ゆかりの人が居れば嬉しいかな」
店では口を付ける程度の量しか注文しなかったので、エイミーはまだ胃袋の余裕があるようだ。
彼女は台湾語を駆使して続けざまに屋台料理を購入しているが、お店の人は流暢に現地語を操るエイミーを不思議そうな表情で見ている。
「シンの中華料理のルーツが、食べれば食べるほど理解できるような気がします。
このフライドチキンは、米帝風とはちょっと違いますよね?」
エイミーが半分ほど食べた残したフライドチキンを、シンは受け取って残りを齧っている。
普段から料理をシェアして味見するのに慣れているので当たり前になっているが、周りから見ていると仲の良すぎる年の差アベックにしか見えないであろう。
「料理を習ってた頃はこういう屋台料理の存在は知らなかったんだけど、改めて食べてみると僕の師匠はかなり凄い人だったのが実感できるんだよね」
「今の師匠のアイさんは、シンの中華料理をどう評価してるんですか?」
「ああ、何度か機会があって食べて貰ったんだけど、コメントは一切無かったなぁ。
でも残さずに食べてくれてるから、不味くは無いと思ってくれてるんだろうな」
「シン、このサンドイッチも台湾料理なんですか?」
「いや、これはどちらかと言えばベトナム料理なんじゃないかな?」
「フランスパンが美味しいですね。
あっ、たこ焼きや、ハンバーガーみたいなメニューもありますね」
「色んな国の料理を取り込んでるから、此処の料理はニホンに近い感じがあるんだろうね」
「今回は何を買って帰るんですか?」
「うん、いつもの調味料とビーフン、それとチマキかな」
「チマキは、皆大好きですもんね」
タイペーの夜市はニホンのお祭りの屋台のような華やいだ雰囲気がありながら、余所者を許容してくれる大らかさが感じられる。シンのざわついていた心は、街の穏やかな空気の中でしっかりと癒やされていたのであった。
☆
数日後、学園寮の屋上。
ノーナの依頼で母星に向かうシンに、エイミーとシリウスが見送りに出ていた。
ロングジャンプは時間を置かないと出来ないので、往復には最低でも2週間以上掛かるのである。
「シン、だいぶ前にアンキレーについてフウさんに言われた事を覚えてます?」
「ああ、惑星破壊兵器って話だよね」
「使うかどうかは別問題ですけど、きっとそれは可能だと思うんです」
「どうしたの、いきなり?」
エイミーはお喋りなタイプでは無いので、唐突に無駄な発言をする事はあり得ない。
シンはこの場でエイミーが言い出した内容について、どういう意味があるのか深慮する必要を感じていた。
「もし使わないといけない場合、躊躇せずにそれは使うべきだと思うんです。
アルマゲドンに備えるなんて、大袈裟な事じゃないですけど」
「使えるにしても、テストが出来ないからぶっつけ本番なんだよね。
その点が大きな不安点かな」
「何となくなんですけど、それも時間や機会が解決してくれると思うんです」
「うん。今の一言は忘れずに心に留めておくよ。
それじゃシリウス、ちょっとの間留守にするけど、エイミーや皆の事を頼んだよ!」
「バウッ!」
「それじゃ!直ぐに戻るよ!」
「いってらっしゃい!」
「バウッ!」
屋上から舞い上がったシンの姿は、星が煌めく夜空に溶け込むように消えたのであった。
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