048.All Fall Down
食後に提供されたコーヒーを飲みながら、一行は寛いでいた。
重役食堂に併設されていた有名コーヒーチェーンの『デカフェ・ラテ』は、ホワイトハウスのスタッフにも飲み慣れた味なのであろう。
ただし大統領とシンだけは飲み物をオーダーせずに、持参した魔法瓶の緑茶を飲んでいる。
もちろんお茶請けである和菓子も、忘れずに持参してきたのは言うまでも無いだろう。
「柔らかいわね……この出来たての塩大福は、学園寮の近所で買ってきてくれたの?」
昔ながらの経木で包装された塩大福は、柔らかさを失わずとてもフレッシュな状態である。
同行した女性スタッフも大統領から勧められて頬張るが、その柔らかい食感に驚いているようだ。
「はい。米帝の大統領が召し上がるとは、さすがに言いませんでしたけどね」
「こういう朝生菓子を好きな時に食べれるのは、本当に羨ましいわね」
「うちの会社のアラスカ基地に、朝生菓子を差し入れるととっても喜んで貰えるんですよ」
「まぁ普通の輸送経路じゃ当日中に食べるなんて不可能だから、感激するでしょうね」
大統領がシンが持参した珍しい『差し入れ』を食べていても、もはやスタッフは何も言わなくなっている。激務の大統領にとって、それが多大なストレス解消になっているのを誰もが理解しているからであろう。
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「これから案内するエリアは視察予定には入っていませんが、ご要望があると思いますので」
大統領が案内役に対して切り出す前に、食堂に現れたのはDD回収現場でもシンに応対したエンジニアである。
大統領視察の随員名簿を見て、事前にシンが参加しているのを察知したのであろう。
もしかしてカーメリで最新鋭機のテストに協力したのを、シンが思っている以上に評価してくれたのかも知れない。
ラボに到着するまで複数のセキュリティゲートを通過し、漸く一行は目的のラボに辿り着いた。これだけ厳重なセキュリティに加えて、入り口には金庫室と見紛う分厚い鋼鉄製の扉が付いている。
「こんな状態から、良く脱走できたわね?」
「ええ。弊社のセキュリティ担当者も、いまだに脱出経路を掴めずに頭を抱えています」
「へぇっ、思ったより普通の外見なのね」
雑然としたラボの内部に入ると、多脚ロボットは破損した脚部分を現在修復中のようである。
蟹の外骨格のような滑らかな表面は、アニマトロニクスを駆使して作られたロボットと言われても違和感が無いであろう。
「仰る通り、別の宇宙から来た可能性から考えると、外見はそれほど奇抜ではありませんよね」
DDについて正確に把握しているこの研究者は、かなり上級レベルの職員なのだろう。
「蛛?を模した多脚形態というのは、何かメリットがあるのかしら?」
「やはり敏捷性でしょうか。
複数の人口筋肉を同時に使ったジャンプは、信じられない機動力を生み出しますから」
研究成果を日頃披露する機会が無いエンジニアは、大統領に対してかなり饒舌に説明をしている。
「……」
シンはラボの内部を見渡す事も無く、いきなり立ち止まって何故かフリーズ状態になっている。
「シン君は稼働しているのを何度も見ているわよね?」
「……」
「シン君、どうかした?
大丈夫?」
「すいません。
時差ボケ?でちょっと目眩が……」
目眩というよりも白日夢を見ていたかのように、シンは首を左右に振っている。
見るからに顔色が悪く、呼吸も少し荒くなっているようだ。
「タフな貴方が珍しいわね……うん、特に熱は無いようね」
いきなり自分の額をシンのそれに密着させた大統領の姿を見て、ラボの研究者が呆気に取られている。
SSのチームリーダーが態とらしく咳払いをしているが、彼女はもちろん聞こえないフリをしている。
駐機しているマリーン・ワンに向かう道すがら、大統領は小声でシンの耳もとへ話し掛ける。
「さっき数分に渡って無言だったわよね?
何があったの?」
「SID、周囲の状況は?」
「集音マイクでばっちり拾われてますね」
「大統領、ホワイトハウスに戻ってからお話しますね」
☆
数分後。
執務室のソファに落ち着いたシンは、いつもの穏やかな表情で説明を始める。
「アルマゲドンのイメージ?」
「ええ。
圧倒的な量の情報が、ラボに入った瞬間に一気に脳にプッシュされた感じです」
「それってある種の精神攻撃じゃないの?
ロシアはそういうのを研究していたわよね」
執務室に設置されているカプセルマシンで自らコーヒーをドリップしながら、大統領はかなり心配そうな表情である。
「詳しくは説明出来ないですけど、僕とユウさんは他のメトセラには無い特殊なユニットを装着してるんです。その機能の一部を使って、僕とコミュニケーションを試みたのかも知れませんね」
大統領から笑顔でマグカップを受け取ったシンは、普段と同じようにコーヒーの香りを楽しんでからゆっくりと口に運んでいる。アリゾナの隊員食堂に無かったルンゴのカプセル・フレーバーが、何故ホワイトハウスの執務室に用意されているのかは謎なのであるが。
「具体的にはどういう光景だったの?」
「ええっと、映画みたいな複数の視点では無くて、定点からのイメージですね。
惑星が壊れていって、宇宙空間に放り出されるまでの一部始終という感じです」
「それはショッキング過ぎる光景ね。
普通の人が見たら、一瞬でPTSDになりそうだわ」
「幸い僕は修羅場に遭遇した経験が豊富なので、それほどダメージは無いと思うんですけどね」
「DART計画が上手くいかない場合は、現状ではシン君とお仲間だけが頼りなんだけどね。
惑星が崩壊するほどのサイズの隕石だと、対処できるかどうか難しいところね」
「現状では惑星防衛調整局の、出番が無い事を祈りたいですね」
☆
数時間後のTokyoオフィス。
「あれっシン君、スーツ姿は珍しいわね」
寮に戻らずジャンプで此処へ直行したシンは、両手に膨らんだショッピングバックを持っている。
「ユウさんとマリーに、差し入れです」
「いつも気を使って貰って悪いわね!今マリーを呼び出すから。
あら、スモークソーセージの匂いがするわ」
「ええ。今日はD.C.に用があったので、例の店からテイクアウトして来ました。
チリドックの持ち帰りはベチャベチャになっちゃうので、当然チリは別盛りにして貰ってます」
SIDに呼び出されてリビングに現れたマリーは、満面の笑顔でシンに手渡されたチリドックを頬張る。
珍しくオフィスに居たアンも顔を出して、ラッピングされた大量のホットドックに手を伸ばしている。
「シン、何か心配事?」
アイスペールを持ってキッチンから戻ってきたシンに、アンが先手を打って話し掛ける。
「あはは、アンはいつも鋭いなぁ」
シンは氷を入れたパイントグラスにクラッシック・●ーラを注いで、3人の前に順番に置いていく。
リビングに設置されているドリンク・ディスペンサーはメンバーの好みでフレーバーが選択されているので、ダイエット・●ークはラインアップに入っていない。
「エイミーに真っ先に相談しないという事は、義勇軍絡みの話なんでしょ?」
2本目のチリドックに手を伸ばしながら、アンがシンを上目遣いでじっと見ている。
「うん。
もちろんエイミーにも相談するつもりだけど、まず聞いてくれるかな?」
即断即決であるシンが不安げな表情で相談したいという一言に、アンとユウの二人はかなり身構えてしまったのであった。
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