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047.Come Clean

 翌日。

 2週間ぶりに学園寮に戻ったシンは、真っ先に大浴場の清掃を行っていた。


「♪♪ふふ〜ん♪」


 高圧洗浄機のノズルを3つ重ねて持ったシンは縦横無尽に動き回りながら、幼少時に覚えた賛美歌を大浴場に響かせている。

 業務用の高圧洗浄機はかなりの反動があるのだが、重力制御をフルに使っているシンにとっては水鉄砲と変わらない。

 それはまるで映画の中でランボーがM60を軽々と振り回しているような姿だが、血飛沫の代わりに水飛沫が飛び散る浴室はあっという間に綺麗になっていく。


 学園寮では業務用のロボット掃除機以外にも家事用ロボットであるアイザックが稼働しているが、流石にSIDがコントロールしたとしても大浴場の清掃は不可能である。

 滑る床をブラシや高圧洗浄機で器用に清掃するロボットは、現在でもまだ実用化されていないのである。


 清掃を驚くべき短時間で済ませたシンは、単純泉の湯質をチェックした後リビングで寛いでいた。

 エイミーは授業のスケジュールを調整して早めに帰宅し、シンと一緒に談笑している。


「帰ってきたばかりで、お風呂掃除をさせて申し訳ないですね」


「あれはアノーマリーが有効に使える家事だからね。

 他のメンバーに任せると、一日仕事になっちゃうから仕方がないんじゃない?」


 二週間ご無沙汰だったマグカップを手に、シンは濃厚すぎないルンゴの味を楽しんでいる。

 アリゾナの隊員食堂にもカプセルコーヒーマシンは当然設置されているのだが、さすがにシンが愛飲しているリニツィオ・ルンゴは在庫していなかったのである。


「それよりも、2週間一人で食事の世話は大変だったでしょ?」


「いざとなれば、外食できる美味しい店が沢山ありますからね。

 それにシンの不在の間は、色んな人が手伝ってくれましたし」


 エイミーは煎茶が入った湯呑みを手に、商店街で手に入れた塩大福を頬張っている。

 ユウにニホン料理を教わっている関係もあり、彼女は朝生菓子を食べる機会が多いようだ。


「えっ、ユウさんやマイラ以外にも手伝ってくれるメンバーが居たんだ?」


「タルサさんは、適合力が高いですね。

 料理全般がお上手なので、米帝の郷土料理も教わりましたよ」


「衣が付いた牛肉のステーキは、とっても美味しかった!」

 エイミーと一緒に帰宅したマイラも、タルサの料理を絶賛している。

 彼女は最近のお気に入りである厚く切った芋羊羹を、はむはむと頬張っている。


「ああ、チキン・フライドステーキだね。

 まぁサラさんの娘だから、子供の頃から料理も厳しく仕込まれてるんだろうなぁ」


「それでまた寮生が増えるのかと思ってましたけど、今回は誰も憑いてこなかったんですか?」

 エイミーが言う処の『憑いてこなかった』というのは比喩的な表現だが、寮のメンバーはこうして増えているのであながち間違いとは言えないのであろう。


「此処じゃなくてTokyoオフィスに来たがってる子が一人居たんだけど、フウさん次第じゃないかな」



                 ☆



「LM●の視察に同行ですか?」


 深夜に掛かって来た大統領(アンジー)からの音声連絡を、シンはリビングで受けている。

 2週間ご無沙汰だった温泉にゆったりと浸かったばかりなので、ビールを片手に実にリラックスした表情である。


「ええ。シン君も行きたいんじゃないかと思って」


「もうD(デブリ)の多脚ロボット脱走の件は、ご存知なんですね」

 サラから分けて貰った地元産のジャーキーの袋を開封すると、強烈なブラックペッパー

の香りが漂ってくる。

 


「もちろん!

 LM●から州軍の出動要請があったのだけれど、近場にシン君が居るからキャンセルしたのよ」


「でもLM●の視察なら報道が沢山来るから、僕が参加するのは拙いんじゃないですか?」

 ビールのアテとしては最高のジャーキーに、シンのグラスがあっという間に空になっていく。


「機密指定の場所が多いから、マスコミの取材は入り口だけなのよ。

 同行しても目立たないし、シン君が興味ある分野が幾つかあるでしょ?」


「あのD(デブリ)に関しては所有権が移行してますから、見せてくれるかどうかは微妙ですけどね」



 ……


 翌日。

 シンがジャンプで合流したホワイトハウスのヘリポートには、お馴染みのマリーン・ワンが駐機している。


「へえっ、スーツ姿は初めて見たわね。

 ずいぶんと良い仕立てだけど、どこの製品なの?」

 機体に乗り込みながら大統領(アンジー)は、いつもの退屈な視察と違ってご機嫌な様子である。


「ああ、これはCongohのオーダー・メイドですよ。

 ただし僕の体型は3Dスキャンされているので、仮縫い無しにいきなり出来上がるんですけどね」

 シンはコックピットが気になるようで、視線が機体の前方に向いている。


「こうして見ると、雰囲気があって実年齢がますます分からなくなるわね。

 シン君、興味があるならコパイシートに座らせて貰ったら?」

 大統領(アンジー)はシンの仕立ての良いスーツの肩の辺りを撫で回しながら、コックピットに目を向けている。同行している側近達は、いつものように二人の近すぎる距離感に視線をそらして見ないふりをしている。


「大統領、それはセキュリティ規定違反ですのでご容赦を」

 |シークレット・サービス|《SS》の責任者が視線をそらしながら、控え目にクレームを入れる。


「彼は戦闘ヘリのパイロットだから、問題無いわよ。

 カーメリでは最新鋭機(STVOL)のテストもやってたんでしょ?」


大統領(アンジー)それは義勇軍の軍事機密に抵触しますので、ご内密に」

 チームリーダーの口調を真似たシンが、大統領(アンジー)に返答する。


「まぁ私は隣の席に居てもらったほうが、嬉しいし安心なんだけどね」


 ……


 テキサスのLM●ブランチ(支局)は、テスト用の滑走路が完備された広大な拠点である。

 施設に到着後ゴルフカートを使った視察はほぼ完了し、現在は従業員用?の食堂で昼食休憩に入っている。


「大統領、こちらが従業員用のメニューです」

 案内役として同行している重役秘書の女性は、大統領(アンジー)にうやうやしくメニューを渡している。整えられた高級な調度類から見て、此処は一般の従業員食堂では無く重役のための専用食堂なのだろう。


「ありがとう。折角だけど、グリーンティーだけを頂けます?」


「はいっ?」


「今日は、私の側近が用意してくれた軽食があるんですよ」

 シンから渡された綺麗なバンダナに包まれたバスケットを、大統領(アンジー)は嬉しそうに開いていく。

 そこにはラップに包まれた地味な見栄えのお握りが数個並んでいる。


「うん。やっぱり愛情が込められたお握りは美味しいわね!」


大統領(アンジー)、そういう発言が外部に漏れると、またゴシップ誌に書かれますよ」


「ふん、私は紛うこと無い独身なのだから文句を言われる筋合いは無いのよね!

 あら、これは筋子ね!キャビア以外の魚卵は久しぶりに食べたわ!」


「目利きの抜群なエイミーが選んでますから、鮮度を含めて安心して食べられますよ」


「うん、塩加減もちょうど良いわ。

 引退してシン君と一緒に住めば、こういう素朴だけど美味しい食事が毎日食べられるのよね!」


「あのMs.President(閣下)、任期はまだ4年しっかりと残ってますよね?」


「何も無ければ、4年なんてあっという間なのだけれど。

 ……そういう訳には行かないでしょうね」


 何時でも安寧とは無縁であるシンを見ながら、彼女は諦めたように小さく呟いたのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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