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045.Desecration Smile

 翌日の朝食。


 訓練生から『ハンサムなコックさん』と呼ばれていたシンは、トーコの発言のお陰で正体が暴露され注目の的になっていた。

 前日のジャンプを使った活躍については司令官(サラ)から具体的な説明が無く、シンも姿を見られていないのでその点は幸いだったのであるが。


「シンさん、このスープほんのりと甘さがあってとっても美味しいですね!

 普通の味噌汁とちがって、豚肉が入ってるんですか?」


「それは豚汁って言って、ちょっと豪華な味噌汁みたいなメニューだよ」


「シンさん、この白っぽい味噌は塩っぱさよりも甘みが強いですね?」


「ユウさんが選んでくれた、麹味噌っていう種類なんだ。

 定期配送便のカタログにも載ってるよ」


 訓練生のリクエストで一緒に食卓を囲むことになったシンは、階級では無く気安く名前を連呼されている。

 食事中は無礼講で良いというシンの言葉を真に受けて、訓練生達は此処で親しくなろうという算段なのだろう。


 そんな人気者のシンを見ながら、トーコは小声でぼそぼそと怨嗟の言葉を呟いている。

「Eloim、Essaim、fugativi et appelavi……」


 今回の訓練生に悪魔語?を理解できるメンバーが居なかったのは、不幸中の幸いである。


「なあんだ、納豆ってウォッシュ・チーズに比べると全然臭くないんですね。

 それに、とってもSteamed Rice(炊いたご飯)と相性が良いんですね!」


「この納豆って地元のマーケットで売ってるのと、味が全然違うね!」


「シンさん、この美味しい納豆って何処で売ってるんですか?」


「これは自家製だけど、種になる納豆菌とか大豆は定期配送便で手に入るよ。

 仕込み済みの納豆は賞味期限が短いから、定期配送便では扱って無いんだよね」


「シンさん、このピラフみたいなご飯、美味しいですね!」


 トーコの不機嫌さは、エスカレートするばかりなのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 朝食後の空き時間。

 多忙なサラは遅い朝食を摂るために、漸く食堂に顔を出していた。


「昨日の件の連絡に手間取ってしまって、時間がずれて申し訳ないな」


「いいえ、一人前なら殆ど手間は掛かりませんから。

 何か希望はありますか?」


「久しぶりに、シンが作ったチャーハンをガッツリ食べたいな。

 スタミナを補充しないと!」


「それなら仕込み済みの魯肉飯(ルーローハン)の餡も、上に掛けちゃいましょうか。

 ところでLM●とは、連絡が取れたんですか?」


 手慣れた様子でカッコンカッコンと中華鍋を振りながら、シンはサラに尋ねる。


「ああ、現場の画像を送ったら絶句してたぞ。

 どうやってあの岩塊を移動したのか、質問攻めだったよ。

 ところで、今朝は訓練生から大人気だったみたいだな?」


 朝食の席でシンを訓練生が取り囲んでいたのを、サラは遠目で見ていたのだろう。


「いえ、そういうのは日頃から慣れてますから大丈夫ですよ。

 彼女達は訓練で強いストレスが掛かってますから、食事の時くらいはリラックスして貰いたいですからね」


 大量の白米を投入した鍋を振りながら、シンは明るい表情で返答する。

 出来上がった炒飯に、魯肉飯(ルーローハン)の餡をたっぷりかけて、サラ用の朝食は完成である。


「さすがハーレムの主は、対応力が凄いんだな。

 うん!美味いっ!」


 大皿に盛り付けた餡掛け炒飯はまるでチャレンジメニューのようなボリュームだが、サラはかなりの健啖家なので問題は無いだろう。


「でも量産型のケラウノスを持ってる子が居たのには、驚きましたよ」


 これもサラ用に用意したアスパラガスのサラダを配膳し、シンは彼女と向かい合わせの席に腰掛ける。


あの子(ジル)は、州のIPSCチャンプだからな。

 ユウと同じような経歴だから、モニターして貰うには最適の人材なんだよ」

 大ぶりのレンゲを使って炒飯を頬張るサラは、あっという間に半分を食べ終えている。


「もしかしてあの子、ユウさんと知り合いだったりしますか?」


「ああ、量産型を手渡す時に、開発者としてユウにレクチャーして貰ったからな。

 ユウもかなり熱心に教えてたから、彼女を気に入ったんじゃないかな」

 餡掛け炒飯を綺麗に完食したサラは、続けて朝食ビュッフェで余っていたクラブハウスサンドを頬張っている。


「まぁユウさんの場合は、『特技』じゃなくて『異能』ですからね。

 それでLM●の回収班の方々は、どういう状況なんですか?」


「今日は重機を手配して、地面を掘る予定みたいだな。

 あの岩塊をクレーンで移動するのは、現実的には不可能だろうし」


 サラがフォークで突き刺しているアスパラガスは、地元で手に入れたものなのでとても新鮮である。

 ドレッシングでは無くニホン製のマヨネーズをたっぷり掛けているのは、彼女の好みなのであろう。


「ははは……」


「それにしてもお前の能力(ヴィルトス)は、凄まじいな。

 あの岩塊の重量は、数十トンはありそうだよな?」


「ここ最近飛行中の機体を持ち上げたりしてたら、能力の限界値が上がったみたいで。

 でも能力(ヴィルトス)を過剰に使った後には、猛烈に体重が落ちるんですよ」


「それでゼリーを一生懸命飲んでたのか。

 マリーと同じ状況なんだな」


「ええ。痩せ細って地獄からの使者(ゴーストライダー)みたいな容貌になるのは、御免ですからね。ゼリーの味についても、マリーと相談して改良を進めてるんです」


 カプセルマシンにカップをセットして、シンはドリップを開始する。

 サラはシンと同じで濃いコーヒーは好きでは無いので、セットしたカプセルの種類は当然アメリカーノである。残念ながらシンの好みであるルンゴのカプセルは無いので、シンはしばらくコーヒーを飲んでいない。


「それで回収されている多脚ロボットなんだが、施設ではとっても従順なAIだったんで脱走は想定外だったらしいぞ」


「でも此処に来たのは、偶然じゃないですよね?」


「お前か、他の関係者を追って来たのかもな」


「ああ、鹵獲した現場に居たケイさんとパピさん、それにトーコも居ますからね」


「まぁ言うまでも無いが、やはりシンを追って来たんだろうな」

 シンがドリップしてくれたアメリカーノに、サラは口を付ける。

 ブラウンシュガーやミルクを入れないのは、イタリアナイズされている義勇軍では少数派であろう。


「サラさんもそう思います?」


「アラスカに移送するのも、お前がやったんだろう?

 女の子以外にも好かれてるなんて、人気者は大変だな」


「どちらかと言えば、好かれているというよりストーカーされているような気がしますけど」



                 ☆



「へえっ、岩塊に潰されたと思ったら、脚が壊れただけなんだ」


 夕食の仕込みが一段落したので、シンはシリウスと一緒にジャンプして昨日の現場に来ていた。

 ジャンプでいきなり現れると問題になるので、LM●の移動車の影からそっと顔を出している。

 ちなみに服装はLM●の作業者に判別が付くように、エプロン姿では無く階級章を付けた野戦服姿である。


「こいつは、信じられないほど頑丈ですからね。

 外骨格のフレームは、今の技術では作れない合金ですし」


 回収の音頭を取っているエンジニアは、気さくな感じで軍服姿のシンに話しかけてくる。

 シリウスは動かなくなっている多脚ロボットを、胡散臭そうな表情で遠巻きに見ている。


「ええっと、シン少尉ですよね?」


「あれっ、自己紹介もしてないのに何で自分の名前をご存知なんですか?」


「カーメリでテストにご協力いただいたようで、社内でも貴方は有名なんですよ」


「ええっと、航空機部門とロボット部門は、違う事業部ですよね?」


「LM●は社内でも人的交流があるんで、そんなに硬直した縦割りの組織では無いんですよ。

 プロメテウス義勇軍は史上最強と呼ばれる軍隊ですから、軍需産業に従事する我々にとっても畏敬の対象なんです」


「ははは。僕はそういう対象とは掛け離れた、単なる若造(PUNK)ですけどね」


「とんでもない。あのRay少将の推薦ですからね、空軍関係者も凄く注目していたと思いますよ」


「はぁ……まぁお世辞でも注目いただけるのは光栄ですね」


「貴方の空中機動のお陰で、改善点がかなり出てきたとチームリーダーも言ってましたよ。

 できれば本社のシミュレーターでも、操縦をお願いしたいみたいです」


「……それで肝心の多脚ロボットですけど、動いていないという事は故障したんですかね」


「いいえ。多分バッテリーが切れて、サスペンドモード?に入ってるんでしょう」


「ところで、立ち入った事を聞いても良いですか?」


「はい?」


「内蔵しているAIとは、入手した後にコミュニケーションは取れたんですかね?」


「貴方は、もしかして鹵獲した現場にもいらっしゃいましたか?」


「ええ。僕もその時の当事者の一人です」


「このAIはとてもユニークで、自己保存の欲求がとても高いんですよ」


「はい?それはどういう意味なんでしょう?」


「コミュニケーションを取ろうとする行動は無いんですが、バッテリ切れで機能停止するのを回避するためには積極的に行動するんですよね」


「そういえば、鹵獲前には真っ先に発電所に来ていましたものね。

 つまり、電力を餌にして飼い慣らそうとしていた?」


「動けなくなってもサスペンド状態になっているみたいで、完全に停止している訳では無いと思うんですけどね。微量に電流が検出されるので」


「それにしても、何で此処に現れたんでしょうかね?」


「それはご自身でも、何となく見当が付くのではありません?」


(外惑星の知り合いは居るけど、正体不明のAIに付きまとわれるのは想定外だなぁ)


 少しだけ考え込んだ様子のシンに、シリウスが近寄ってきて顔を見上げている。


「バウッ!」


「ああ、退屈だったね。

 それじゃ、ちょっと走ってから帰ろうか」


「バウッ!」


 以心伝心であるシリウスと違い、未だ物言わぬ『金属の塊』を見ながらシンは複雑な表情を浮かべていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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