044.Cold Shot
翌朝。
「ケイさん、いつも早いですね」
「そういうシンも、十分に睡眠時間を取れてるのか?
ああ、なんか朝食メニューも学園寮みたいになってきたな」
早朝の隊員食堂に現れたケイは、ビュッフェテーブルを見て苦笑いしている。
「僕は食事の支度以外には何もしてませんから、とっても楽をさせて貰ってますよ」
夕食ビュッフェとは逆に、朝についてはインストラクター達が早い時間に朝食を摂るスケジュールになっている。シンは上官には個別にリクエストされた朝食を用意しているのだが、殆どは『シンにおまかせ』なので訓練生のビュッフェと同じメニューを食べているメンバーが殆どである。
今朝のビュッフェテーブルに並んでいるのは、大型の炊飯ジャー2台と、豚汁が入ったスープポット。
おかず類は、ハムエッグやソーセージに加えて、生姜焼きや魚の照り焼きなど和風のメニューが多い。
教官を入れても15人前ほどなので、シンとしては学園寮の食事の支度とあまり変わらない規模なのである。
「ただし炊飯する白米の量が増えていて、早くも予想の倍以上になってますからね。
それに豚汁とか納豆を訓練生から個別にリクエストされるのは、実は想定外なんですよ」
シンはケイの為に配膳をしながら、ご飯の量を彼女に見せて確認している。
「ブリオッシュやクラブハウスサンドも、少量だけ用意してるんだな」
「食欲が無い子用なんですけどね。
でもまるごと余っちゃう日もあるので、朝食で出すのはもう止めようと思ってます」
冷凍から焼き上げた小振りのブリオッシュはオヤツとしても人気だが、余ったサンドイッチは殆どがシンの昼食になっている。レーションが苦手なメンバーが居ても弁当として持たせるのは禁止されているので、基地に残っているメンバーが消費する必要があるのだ。
「シンの作るニホン食は、ブートキャンプが終了すると食べれなくなるから当然かもな」
「いきなり卵かけご飯をリクエストされたのには、かなり驚きましたけどね。
ニホンから冷蔵の卵を持参したのは、正解でした」
「もしかしたらメトセラっていうのは、ニホン食と親和性が高いのかも。
ユウにニホン食を専門に学ばせたのは、アイに先見の明があったかも知れないな」
「やっぱり世界各国で成功した、ラーメンチェーンの影響が大きいみたいですよ。
寿司天ぷらのステレオ・タイプのニホン食から、カツカレーやラーメンが世界中で食べられるようになってニホン食に対する許容範囲が広がってるんでしょうね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「シン、シリウスを暫く屋外演習に同行させたいんだが、どうだろう?」
訓練生の食事を見届けていたケイが、キッチンで作業をしているシンに話しかける。
シンは訓練生の個別のリクエストに応える為に、追加でオムライスを作っているようだ。
ケイの隣に立っているシリウスは、同意を求めるようにシンに視線を向けている。
「了解です。
シリウス、暫く演習の時に周囲を警戒してくれるかな?」
皿の上に盛り付けたオムライスに、シンはトマトソースを掛けてから訓練生に配膳する。
彼女はシンの作るオムライスを気に入ったようで、毎食のようにリクエストしてくるのである。
「バウッ!バウッ!」
「なるほど。
オムライスは夕飯に出してあげるから、昼のレーションはトーコに用意して貰ってね」
「バウッ!」
☆
「本日のスケジュールは、行軍と途中での射撃訓練だ。
昼食は前日と同じ1300時の予定だ」
行軍のスタート前にケイが予定を発表しているが、ここで訓練生の一人が口を開く。
彼女は行軍の装備に訓練生が全員携帯しているM4カービン以外に、私物らしいハンドガンを追加している。
重量増は自らの体力を消耗するのだが、そのハンドガンは彼女にとっては最も信頼できる装備なのかも知れない。
「教官殿、発言をして宜しいでしょうか?」
「ん、何かな?
ジル訓練生」
「その……出過ぎた発言かも知れませんが
そのクリー・カイの子を同行して、跳弾で危険な目に会いませんでしょうか?」
「君は自然と周囲に気配りが出来るタイプなんだね。
大丈夫だ。彼女はとても優秀な『K−9』なので、跳弾に当たるような事はあり得ない。
そうだな、シリウス?」
「バウッ!」
シリウスは進言した直立不動のジルに向かって、尻尾を大きく振りながら体をこすり付ける。
どうやら気を遣って貰った相手に、お礼をしているようである。
犬好きらしい彼女は小さくシリウスの頭に手を置いたが、訓練中なのを思い出し可愛がるのを自重している。
「よし。行軍を開始する」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「シリウス、義勇軍のレーションは美味しいけど、これだけで足りる?」
「バウッ!バウッ!」
「そうか、夕飯を沢山食べるなら問題ないわね」
「トーコはその子の事を良く知っているようですね?」
「うん。この子はシン少尉の相棒だからね」
「シン少尉?って、あの噂になってる?」
「何?毎日ご飯を作ってくれてる相手を知らないの?」
「「「ええっ!!!」」」
会話を聞いていた訓練生全員が、驚きの声を上げる。
「あの格好良いコックさんが、シン少尉だったんですか?」
「会う度に敬礼されてたら、厨房で仕事にならないでしょ?
ブートキャンプが終わるまで、知らないフリをしていて大丈夫よ」
「とんでも無い!折角近くに居るんだから、知り合いにならないと!」
☆
「大尉!シリウスが、何かに反応してるみたいです!」
退屈な行軍の最中で、いきなり立ち止まったシリウスが前方に目を凝らしている。
「SID、演習地の周囲を確認して貰えるか?」
「現在地から、2Km北東にUnknownを発見。
光学迷彩は起動されていません」
「総員、伏せろ!
何だ?光学迷彩は故障したままなのか?」
自らも地面に伏せ電子双眼鏡で索敵しているケイは、モソモソと移動している多脚ロボットを直ぐに発見する。
「鹵獲した過去の映像と比較すると、後付の武装らしきものが見えます」
「おいおい、余計な事をしてくれてるな!
コントロールできていないAIに、普通武装を追加するか?」
「……大尉、発砲の許可を下さい」
訓練生の一人がホルスターから抜き出したハンドガンは、ケイにもお馴染みである量産型ケラウノスである。
「ジル……お前2Km先が目視できるのか?」
ケイとパピは手持ちのMP5にマガジンを装填し、既に肩付けで構えている。
二人のSMGにはダットサイトしか装着されていないので、遠距離射撃はほとんど不可能である。
「はい、ハッキリと見えます」
「お前が如何にハンドガンが上手でも、2Kmで命中させるのは無理だろ!
まぁユウが使う専用のケラウノスならば、簡単に当てるだろうが」
「……了解」
どうやらユウの特殊能力知っているらしい彼女は、おとなしくケラウノスをホルスターに収める。
いくら殆ど無尽蔵に撃ち続けるのが可能なケラウノスでも、ターゲットに当たらなければ無意味なのである。
「ジル、こちらからの発砲は出来るだけ引きつけてから行う。
SID、シンを呼び出してこっちに来るように言ってくれるか?」
「……すでにこちらへ向かっています」
『ドンッッツ!』
ケイが電子双眼鏡を向けていた方角から、白煙が立ち上る。
どうやらシンが先手を打って、攻撃を行ったようだ。
「ありゃぁ、仕事が早いな!
SID、この回線をシンに繋げてくれ。
……シン、現状はどうなってる?」
「ケイさん、食事の仕込みで忙しいので、手近にあった『重石』で潰しちゃいました。
あとはLM●に連絡して下さい……以上」
(をい!ゴキブリじゃないんだから潰しちゃったは無いだろう?)
電子双眼鏡でターゲットを再度確認したケイは、ターゲットのあった場所に巨大な岩塊がまるで墓標のように出現したのに気が付く。数十トンの質量がありそうな岩塊に潰されては、いくら頑丈に出来ている多脚ロボットでも無事には済まないだろう。
「ああ、潰れ過ぎて回収が不可能にならなきゃ良いが。
それにしても、どうやってあの岩塊を退けるんだ?」
荒野に突然現れた摩訶不思議な光景をLM●の回収班?にどう説明しようか、ケイは偏頭痛を感じていたのであった。
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