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041.Baby Needs New Shoes

 夜半。


 壁面に設置されているコミュニケーターユニットを通して、明瞭な会話がリビングに響いている。

 ただし指向性を持たせた特殊スピーカーから流れる音声は、傍で聞いていても煩くは感じない。


「シン、今度のブートキャンプなんだが、炊事担当をまた頼めないかな?

 尉官に炊事をさせるのは申し訳ないんだが、適任者が居ないんだよ」


 サラからの音声通話を自室で受けるとエイミーを起こしてしまうので、シンは一旦リビングに出て応対をしている。冷蔵ケースで冷やしてあった空のパイントグラスへ少量の生ビールを注ぐと、シンは喉を潤すために一気にグラスを煽る。


 前回のビールサーバーの清掃後、銘柄変更された黒生ビールの味はシンの好みにピッタリと合っている。学園のカフェテリアで銘柄変更の要望があったので、Tokyoオフィスと寮でも同様にタンクの交換が行われたのであろう。シンよりもヘヴィーユーザーであるルーからも文句が出ていないので、当分銘柄は固定される見込みである。


「尉官って言っても、大した事は何もしてませんけどね。

 でも次回はユウさんに頼むって、言ってませんでしたっけ?」

 今度はグラスを傾けて静かにビールを注いでいくが、6分目になった所でグラスを立てて泡の層を綺麗に被せていく。ニホンの習慣に慣れ親しんだシンは、ビールサーバーの注ぎ方すらニホン仕様になっているのである。


「ああ、打診はしたんだがキッパリと断られたんだ。

 参加者がニホン料理に慣れてないだろうから、シンの方が適任だと言われてしまってね」


「それじゃ僕が不在でも寮の食事に関しては、ユウさんが協力してくれそうですね」

 シンはビールを会話の合間にしっかりと味わっているが、ツマミを用意したい衝動を何とか我慢している。


「うん。シンを推薦する限りは、居残ったエイミーを手伝ってくれるって確約を貰ったよ」


「日程が来月なら、今回は事前準備が出来そうですね。

 前回と同じで昼食は不要なんですか?」


「ああ。

 あと今回も人手不足なんで、教官役としてそっちのケイとパピを借りる事で話が付いてるんだ」


「それは心強いですね。

 そうなると、留守番のユウさんが食事以外の業務でも尚更大変ですね」


「ところでシン、ビールが喉を通る音がしっかりと聞こえるんだが?」


「すいません、銘柄を切り替えたばかりなのでテイスティング中です」


「出来たての生ビールを飲めるのは羨ましいな。此処はかなり辺鄙な場所だから、ソフトドリンク以外のドリンクサーバーの設置は無理みたいなんだ」


「ああ、なるほど。

 周囲数キロは、何もない荒野ですもんね」


「それで別件で相談なんだが、トーコの参加についてどうしようかと思ってね」


「トーコの母君はなんて言ってるんですか?

 まぁ返答は予想が付きますけど」


「ああ、やっぱり本人に任せるって。

 ケイとパピに彼女のコンディションを聞いたら、かなり体が出来てるから参加するのは可能だそうだよ」


「そうすると、後は本人の意欲次第ですかね」


「まぁ彼女が軍事作戦に参加するのは考え難いが、銃器の扱いの基本位は知っていた方が良いからな」



                 ☆


 翌朝、学園寮のリビング。


「はい、その話はフウさんから聞いてます。

 今回は本当に素人さんが多いそうで、私向きのブートキャンプだって言ってましたね」

 トーコはしっかりと大盛りにした丼飯を左手に抱えながら、小鉢に入った魯肉飯(ルーローハン)(あたま)に箸を伸ばす。

 焼き魚がそれほど好きでない彼女は、朝食のメインメニューもハムエッグやソーセージ炒めという肉類メニューを好んでいるのである。


「それでどうするの?」


「私もプロメテウスの国籍を所持して学園で便宜を図って貰ってますから、もちろん参加しますよ」


「へえっ、前向きになったのはやっぱり体力に自信が付いたからなの?」


「……そうですね。それにハナが参加したのに、私が不参加のままというのも癪に障るじゃないですか?」


「それを聞いたら、ハナが憤慨しそうだけどね」


「卒業試験の単独行で、犬と遊んでいて迷子になったと聞きましたけど?」


「ああ、犬じゃなくてカイオーテだけどね」


「……それに、シンが食事担当なら食べ物の心配は無いですし」


「プロメテウスの炊事担当はどこも腕前が凄いから、僕以外が担当しても不味い食事が出て来る事はないけどね。

 イタリア軍の女性隊員も、機会を見つけてはカーメリの隊員食堂にやってくるしね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 朝食後のリビング。


「私も参加して、シンの手助けをしたかったです」

 食後の習慣であるほうじ茶を飲みながら、エイミーは残念そうに呟く。


「年齢制限は無いけど、ブートキャンプに参加するのはまだ無理かな。

 居残りでマイラやリラの面倒を見てくれた方が、僕も安心できるし」


「でも今回はシリウスも一緒なんですよね?」


「2週間放っておくと、機嫌を取るのが大変だし。

 シリウスもたまには広い場所で走り回って、ストレスを発散して欲しいからね」


「寮の人員が減るので、ユウさんと相談してTokyoオフィスに滞在するのも良いかも」


「ああ、そうすればエイミーの負担も減るかな。

 それと、今回は事前準備でエイミーに手助けして欲しいから宜しくね」


「ああ、そういえばノーナも何かシンにお願いがあるらしいですよ

 後でメールを確認しておいて下さいね」


「お願いかぁ……なんか不吉な予感がしてきたね」


「ジャンプで運びたい何か緊急性が高いものがあるんでしょうね」


「戻ってくるまでに一週間掛かるから、エイミーも今回は里帰りしてみる?」


「いいえ。私のホームは此処ですから……特に帰りたい用事もありませんし」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ええっ、また輸送機に乗るの?ジャンプで移動の方が楽なのに!」

 業務でのアリゾナ出張を告げられたパピは、長時間フライトに対して文句タラタラである。


「今回はブートキャンプ用の食材の輸送があるからな。

 それともアリゾナ現地の食材庫にある冷凍食品だけで、過ごしたいのかな?」


 運転中のケイは、助手席のパピに呆れたような目線を投げる。

 前回のハワイ訪問でも、輸送機で熟睡していたパピの様子を見ているからであろう。


「前回はシンが工夫して、何とか乗り切ったんでしょ?

 まぁ折角シンが専任で腕を振るうんだから、メニューが一杯あった方が嬉しいけど」


「義勇軍は、食事がフランス軍よりも美味しいのが自慢らしいからな。

 その矜持を守りたいんで、シンが担当なんだろう」


「でもシンを呼んだのは、本当にそれだけなのかな?」


「うん?何かきな臭い話でもあるのか?」


「もともと米帝の中心部で、他国のブートキャンプをやるっていうのが無理があるんじゃない?

 今まで横槍が入らなかったのが、不思議だと思うけどね」


 海兵隊で世界中を巡っていたパピは、他国の軍隊駐留が引き起こすトラブルについては身を持って体験している。


「……確かに」


「そういう場合は、一個大隊位の戦力が見込めるシンが居れば安心できるんじゃない?」


「いやそれは、かなり控えめな戦力分析みたいだぞ。

 フウさんの話だと、現状でも戦略兵器位の能力があると想定してるみたいだし」


「先月は最新鋭機のテストフライトで今度は炊事担当っていうのも、振り幅が大きいよね。

 本人は全然気にしてないけど」


「ああ、本人の自覚が無い所が、シンらしい点なんだろうな」


                 ☆



 シンは空き時間はひたすら厨房に篭って、準備作業に没頭している。


「シン、冷凍するとは言え作りすぎじゃないですか?

 航空便で運べる量も、限界がありますし」


 冷凍バットに並べた四角く整形されたピッザは、アリゾナベースの電気窯に合わせたサイズである。

 イメージとしてはイタリアの街角にある、切り売りするピッザのような仕上がりである。


「いや、前回の経験から言うとこれでも足りない感じかな。

 ピッザはカットした状態で朝夕出しておくと、絶対に売り切れるからね」


「ピッザやパスタは日頃から食べてるから、飽きてるんじゃないですか?」


「それがさ、米帝在住の子だと大雑把な味に慣れてるから、美味しいのが分かるとあっという間に無くなるんだよね」


魯肉飯(ルーローハン)は食べやすい味に改良してますけど、こういう丼ものはどうなんでしょう?」


「これも美味しさに気がつくと、あっという間に無くなるんだよ。

 タルサみたいに主食としてのライスに慣れてる子も多いから、違和感が無いみたい。

 結局は食べ物万博みたいな状態になるから、ユウさんが担当しても大丈夫だと思うんだけどね」


「結局寮で出ている食事と、殆ど変わらないですよね?」


「うん、僕は寿司が作れないから中日で寿司カウンターでもやってみる?」


「握りを披露するのは準備があるので無理でしょうけど、ちらし寿司なら用意できると思いますけど」


「ああ、最終日の夕食には彩りが綺麗だから良いかも知れないなぁ。

 もっともケイさんとパピが居るから、二人に食べられちゃうのは間違い無いと思うけどね」


「今回も、参加者は全員女性なんですか?」


「まだリストを貰ってる段階だけど、やっぱり男子は居ないみたいだね」


「男性が産まれ難いというのは、やっぱり事実なんでしょうね」


「……父親がメトセラっていうパターンは、何人か居るみたいなんだけどね」


「シン?もしかして見に覚えがあるんですか?」


「僕の子供は年齢的にあり得無いけど、その辺りを掘り下げるとあまり好ましい結果にはならないみたいだから。

 エイミーもTokyoベースではこの話題は控えてね」


「なるほど。了解です」


 シンの憂いを帯びた表情に、思わず納得してしまったエイミーなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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