036.From Here
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コンサート終了後の打ち上げ。
「いやぁ、今日のCityLimitsは最高だったなぁ!
特にコーラス隊が強力になったから、演ってても気持ちが良いんだよね!」
パイントグラスに作った濃い目のハイボールをぐいぐいと飲みながら、ジョーは興奮気味である。
結局シンとユウはオープニングアクトどころか、コンサート中盤までコーラスとしてステージに居残る羽目になったのであった。
ジョーのバックバンドは大所帯だが、バックボーカリストとしては何故か専任は女性が一名居るだけである。
メンバー全員にコーラス用としてボーカルマイクが多数設置してあったが、現実的にはコーラスというパートはかなり見劣りしていたのである。
「今日はジョーさんのバンド・メンバーにも冒頭からお世話になったので、出番を終えてさっさと引っ込む訳にはいかなかったでしょ?」
シンはぬるくなったテキサス産の地ビールを、ちびちびと飲んでいる。
ニホン式の冷たいビールに慣れてしまったシンには、残念ながらあまり美味しく感じられないのだが。
ちなみにシンは公の場所では、ビールやワイン以上に強いアルコール飲料を口にする事は無い。
プロメテウスには飲酒を年齢によって制限する法律は一切無いのであるが、この辺りは欧米の習慣や法律に合わせているのだろう。
「ねぇシン、やっぱり他のコンサートにも同行してくれない?
二人のコーラスが入ると、演奏がグレードアップするんだよね」
「ジョーさん、僕はまだ学生なんですから。あんまり無茶を言わないで下さい!」
「う〜ん、レイはすごく年上の感じなんだけど、シンだと同い年位の感覚なんだよね。
それじゃぁ、ツアー最終のニホン公演ならどう?」
「即答は出来ませんけど、タケさんと相談してみます。
でも数ヶ月先なんですよね?」
打ち上げ会場では、ユウもビール瓶を片手に現地メンバーと談笑している。
タケさんは現地のプロモーターに捕まって、なにやら難しそうな表情だ。
もしかして数ヶ月先のニホン公演について、スケジュール調整をしているのかも知れない。
「それにしても、シンは合う度に成長してる感じがするよね?」
「そうですか?
自分では実感は全く無いんですけどね」
「今日驚いたのは、ギターソロがもの凄く良くなった点かな。
なんかレイのギターと一緒で、空を突き抜ける感じというか」
「ああ、ここ数ヶ月でジェットを操縦する機会が何気に多かったですから。
イメージが膨らんだのかも知れないですね」
現実的にはテストフライトよりもジャンプの飛行時間の方が遥かに多いのであるが、シン自身の口からそれを説明する事は無い。
「操縦って?プライベートジェットを持ってる訳じゃないよね?」
「あれっ、ジョーさんは僕が母国の軍隊に所属してるの、知らなかったでしたっけ?」
「なんか欧州の小さい国出身っていうのは、聞いた事があるような気がするけど」
「事業免許はまだ取得できてませんけど、カーメリでも最新鋭機のテストをお手伝いしましたから」
側に居てユウと一緒にジョーの会話を聞いているヌマさんは、英語はかなり堪能なのだが話の内容についてはチンプンカンプンである。
彼にとってシンは、音楽的な才能に溢れた語学堪能な学生に過ぎないからであろう。
ここでユウが、ジョーにリラックスした表情のままで忠告を行う。
右手には普段口にする事が無い、テキサス風の衣が厚いフライドチキンが握られたままである。
「ジョーさん、シン君にあまり内情を聞かない方が良いですよ。
国家規模の極秘情報なんて聞いたら、危ない方々からマークされちゃいますからね」
ヌマさんが聞き取れないように南部訛で発したユウの一言は、笑顔を交えていたが紛うこと無く彼女の本音なのであった。
☆
場所は変わって夕刻の学園寮。
コンサートの疲れも見せず、シンはいつものようにエイミーと夕餉の支度をしている。
「タルサさんって、好き嫌いが無いんですか?」
既に寮で数回食事をして食べ残しが無いのを確認しているが、エイミーは改めてシンに確認している。ブートキャンプで炊事を担当したのは知っているので、アレルギーがあればシンが記憶している筈だからである。
「うん。どんなジャンルでも大丈夫みたい。
もっとも刺し身とか生卵は土地柄で食べる機会が無かったろうから、徐々に慣れていけば良いんじゃないかな」
ハナと並んでテーブルに座ったタルサは、自分でジャーから特盛りにしたご飯を美味しそうに頬張っている。
エイミーが用意した純和風の佃煮やお新香類にも頻繁に手をつけているので、かなり適応力が高いのであろう。
今日もメインのおかずは大皿の炒め物だが、その姿は食欲旺盛なメンバーの中にあっても全く違和感が無い。
寮に来て僅か2日なのだが、流石の馴染み方である。
「タルサ、あなた昆布の佃煮とかお新香とか、テキサスでも食べた事があったの?」
「ううん。でもご飯と良く合うから、とっても美味しい!」
黒い昆布は欧米人には見かけで敬遠されがちだが、彼女は食わず嫌いという習慣が無いのであろう。
「私より、遥かに適合力が高いわ……」
「タルサは、箸の使い方も上手だよね」
ここで一緒に食卓についているルーが、感心した様子で呟く。
「うちの母親はニホンに長期滞在した経験があるみたいで、実家の食卓では毎日白米を食べていたんですよ。それに、ここのご飯は甘みが強くてとっても美味しいです!」
「定期配送便のお米を選んでるのはコンサートでも会ったユウさんだから、今のを聞いたら喜ぶだろうね。
それにニホンのお米は、やっぱりニホンの軟水で炊くと美味しさが違うんだよね」
「あっ……言い忘れてましたけど、母がシンさんに宜しくって言ってました」
「一度はお会いして、話す機会があれば良いんだけどね」
「ええっと、シンさんは母の事を良くご存知だと思いますけど?」
来歴を見通す事が出来るエイミーや、タルサの母親を良く知っているらしいピアは思わせぶりな笑顔で話を聞いている。
ハナはタルサと長い付き合いなので当然母親についても面識があるのだろう、シンの顔を見ながら口もとが緩んでいる。
ここでシンはタルサの顔を、改めて見直している。
メトセラは無国籍的な容姿に大きな共通点があるが、その表情から付き合いのある司令官クラスの女性がすぐに脳裏に浮かんでくる。
顔を間近でじっと見られているタルサは、箸を止めて少し恥ずかしそうな表情である。
「……もしかして、タルサってリサさんの娘だったの?
なんか雰囲気が似てるって思ってたんだけど」
「はい。シンは母さんの大のお気に入りですから、学園に転校するのも最初から大賛成だったんです。
父があれなので、ちょっと話がこじれてしまいましたけど」
「じゃぁブートキャンプの時は、ちょっとやり辛かったよね」
「はい。まぁ新兵の私が、司令官と直接話をする機会は出てこないと思いましたし。
母は私の事よりも、シンさんが作る美味しい食事を楽しむのに一生懸命でしたから」
「タルサは知らないでしょうけど、実は迷子になった私をシンは一人で探してくれたんですよ」
ここでハナは、タルサに向かってブートキャンプでの出来事を自慢げに紹介する。
「まぁここの寮の全員が、シンには世話になってるから張り合うのもほどほどにね」
ルーの一言に、全員が納得した表情で頷いている。
「それを言うなら、黙って話を聞いているピアさんには全員が頭が上がらないと思うな。
タルサの事も小さい頃から、ピアさんは見てるんでしょ?」
「それは勿論。
でも個人情報は、簡単には明かせないけどね」
ピアのウインクを受けて、なぜかタルサの顔が真っ赤になっている。
何やらいわく有りげなピアの一言に、食卓のメンバーは首を傾げたのであった。
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