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034.Baby Please Don't Go

 コンサート前日のサウンドチェック。


 CityLimitに入ったシン達は、ステージに立っていた。

 シンは前日に下見していたのだが、伝説になっているステージに立ったヌマさんは感慨深げな様子である。


「おいおい、それしか機材が無いのか?

 まるでアマチュアバンドみたいだな」


 ジョーを幼少の頃からサポートしていたというヴェテランのローディーは、最近のジョーの押しメン(Favorite)であるシンに対して興味津々である。


「HaHaHa。

 ギターの生音が小さいんで、PAでしっかりバランスを取って下さいね」


 ミネラルウォーターで喉を潤しながら、シンはキツイ口調の南部訛りを受け流しあくまでもマイペースである。長尺のシールドをアンプにポチッと繋ぐと、なんとこれだけでシンの準備は完了である。

 今日シンがステージに持参したエフェクターボードは、キッチンで使いそびれていたローズウッドのまな板にエフェクターをネジ止めしただけの簡素なものである。

 スイッチングはおろか外部電源すら付いておらず、今時のアマチュアでもこんな原始的なボードは使っていないだろう。


 ただし背後に置いてあるスーパーチャンプは、ジョーのコレクションから貸し出して貰ったシンの寮に置いてあるものと同じギターアンプである。

 デットストックされていたシンの私物とは違って、長年使われ続けたキャビネットは数段上の艶っぽい音色を醸し出している。


 借り物のヴィンテージ・ラディックに戸惑う事も無く、ヌマさんはいつものタイトなリズムを刻んでいる。

 シンはご機嫌なリズムに載せて、音響やモニターの返しを確認するためにマスターボリュームを低めにしてカッティングを刻み始める。

 完成してから数ヶ月が経過したメタリックブルーのストラトは、ネックのハードメイプルの色が濃くなっているが色だけでは無くその音色も大きく変わりつつあるようだ。


「……スゲー良い音がするストラトじゃないか!

 さすがジョーが推薦するだけはあるな」


 普段からジョーのヴィンテージギターのお世話しているだけあって、彼の耳はかなり肥えているのだろう。

 オーバーワインディングぎりぎりに調整されたシングルコイルは、もちろんマツさんの手がけたカスタム・ピックアップである。


 シンの横でサウンドチェックを始めたタルサが、ミドルレンジを持ち上げた太すぎない音色でベースラインを被せてくる。

 初めて聞く彼女の演奏だが、バークレーを優秀な成績で卒業したのは伊達では無いようだ。


 ドラムを叩きながら、ヌマさんも普段のニヒルな表情では無く口元が緩んでいる。

 彼女のアドリブで奏でているメロディックなベースラインを、文句なしに気に入ったのであろう。

 

「へえっ、ベースの彼女も凄いな。

 NOSのジャズベースだけど、まるでヴィンテージみたいな音色をさせてるな。

 これは明日のオープニングアクトが楽しみになって来たぞ!」


 シンはそのベースがどこから来たのかを察しているので、曖昧な笑顔で誤魔化している。

 レイのアラスカの楽器倉庫の事が知れ渡ると、楽器業界に激震が走るのは必至だからである。


 シンと一緒にモニターの返しを確認していた若い女性のローディーは、今にも踊りだしそうなノリノリの雰囲気である。

 前座であるシン達のサウンドチェックにも関わらず、演奏を横で聞いていたジョーのバンドメンバーがいつの間にかステージに乱入している。

 リズム体はヌマさんを含めたツインドラムになり、ホーン隊はウォーミングアップを兼ねてロングトーンでシンのカッティングギターに音を被せてくる。

 ここでシンはポケットからスライドバーを取り出すと、ヌマさんに目配せする。

 それを見ていたタケさんは、手元のシンセのプリセットを切り替えハモンド風の音色で単調なリズムを奏で出す。


 リズムがブレイクし、特徴的なスライドギターのリフが響き渡る。


 さすがジョーのバンドメンバーはイントロを聞いただけで、シンが何を演奏したいか理解したようだ。

 リフのメロディに合わせて、歯切れの良いホーンサウンドを響かせて居る。


♪Stateboro Blues♪


 スライドバーを使っているとは思えない正確な音程は、まるで『スカイ・ドック』本人が蘇ってきたようである。

 ボーカル無しのリフのみの演奏だが、ステージ上は盛り上がり客席の関係者はシンの演奏に聞き惚れている。


 結局サウンドチェックというよりはフリーセッションの様相を呈した演奏は、時間を大幅に超過して終了したのであった。



                 ☆



 いつものテキサスのダイナーには、シンが運転したレンタカーで到着した。

 ニホンから来ている二人はシンの実年齢を知らないので、慣れた様子で運転しているシンに特に疑問を抱かなかったようである。


「あらっ、タルサじゃない?久しぶりね」


 席に案内してくれた顔馴染みのウエイトレスは、シンと一緒に入ってきたタルサに声を掛ける。

 多分この店のオーナーのアイは、タルサの事を幼少の頃から知っているのだろう。

 

「うわぁ、懐かしい雰囲気だね。

 まるで映画のセットみたいに、ピカピカだぁ」


 マニアックなまでに凝っている店内の様子に、ヌマさんが思わず声を上げる。

 エンジンターン仕上げのステンレスを多様したインテリアは、レトロな雰囲気と実用性を兼ね備えた内装なのである。


「ヌマさんは、留学の経験があるって聞きましたけど?」


「うん。当時は苦学生だったから、学校近くの古いダイナーで毎日飯を食ってたんだ。

 此処は、すごいメニューが豊富だよね」


 4人掛けのボックスシートに収まった彼は、分厚いメニューを見ながら感心した様子である。


「基本的に量が多いですから、ハーフサイズのメニューもありますよ」


 テーブルに居る全員の好みを把握しているシンは、ウエイトレスに遠慮無しに次々と注文を入れていく。

 タルサの食べる量はブートキャンプで把握しているので注文しすぎという事は無いだろうが、絶え間なく続くシンのオーダーにタケさんはかなり焦った表情である。


 先に届いたサンドイッチ類におずおずと手を伸ばしたタケさんは、ニホンでもファミレスの食事はあまり好きでは無いとシンは知っている。

 だがシンは本物志向のこの店なら、彼を満足させられると確信しているのだろう。


「シン君、なんかこの店凄いんじゃないか?

 クラブハウスサンドも、クラムチャウダーも米帝らしく無いとっても繊細な味がするよね」


「実は僕の知り合いの料理研究家が経営してる店で、どれを頼んでもハズレは無いと思いますよ」


「タルサちゃん、今日の演奏は凄い良かったね。

 バークレーの卒業生って聞いたけど、今はどんなバンドをやってるの?」


 ヌマさんは見掛けと違って味は米帝風では無いミートボールスパゲティを頬張りながら、彼女に尋ねる。

 目を白黒させているのは予想したケチャップ風の大雑把な味付けでは無く、ソフリットを使った本格的な味付けだったからである。


「今はバンドはやっていないんです。

 Tokyoに暫く滞在する予定なので、そこで活動するつもりです」


 彼女は自ら注文した1ポンドステーキを、黙々と食べ続けている。

 ちなみに添えられているグレーヴィーソースは、A1ソースと違って深い味わいが特徴の自家製である。


「それじゃ、タケさんと会えたのはラッキーだよね。

 彼はニホンでは有名なプロデューサーだから、仕事を沢山貰えそうだよね」


「もちろんJPOPは研究してましたから、高名なお二人の事は存じ上げてます。

 ユニオンの問題が解決したら、ぜひ一緒にお仕事をさせて頂きたいです!」


 タルサは別皿で大盛りにされた白米を、ステーキと一緒に美味しそうに頬張っている。

 付け合せメニューというよりもニホン人と同じ主菜の感覚で食べているので、家庭でも白米を食べ慣れているのだろう。

 現在ではTokyoに進出した有名ステーキ店でも当たり前に提供されているメニューでもあり、ニホンの炊飯器で炊き上げられたコシヒカリは此処でも評判の一皿になっているのである。


「休暇がてらに参加したけど、これは思ったより実りが多いライブになりそうだね」


 日頃からミュージシャン不足を嘆いているタケさんの呟きは、周囲には心からの一言に聞こえたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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