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033.Change Is on the Way

 都内某所。


 シンは定例セッションでお世話になっている通称タケさんと、待ち合わせをしていた。

 リハーサルスタジオに隣接しているこの喫茶店は、ミュージシャン同士の打ち合わせ場所としてシンにとっても旧知の場所である。


 メンバーの手配をメールでお願いしていたシンは約束の30分前には到着し、この店の名物コーヒーを注文している。

 濃いだけのコーヒーは好きでは無いシンだが、時間を掛けて抽出するダッチ(水出し)・コーヒーは大のお気に入りなのである。


「シン君、待たせちゃったかな?」


 顔なじみのウエイトレスさんに注文を入れながら、ジャケット姿の彼はシンに丁寧に会釈する。

 カジュアルな服装が多いミュージシャンの中でも、彼が襟の無い服装をしているのは見た事が無い。


「いえ、自分も来たばかりですから」


 この辺りは、ニホンの社会の機微を学んでいるシンならではの返答である。

 冷たいコーヒーをゆったりと味わっていたシンは、実にリラックスして満ち足りた表情をしている。日頃世界中をジャンプで駆け回っている彼には、誰にも邪魔されずにゆったりと流れるこの時間はとても貴重なのであろう。


「それで依頼があった件なんだけど……」


「ええっ、タケさん本人がキーボードで参加してくれるんですか?

 それは嬉しいなぁ!」


「うん。実は休暇を取るつもりだったんで、その日前後のスケジュールは空いてるんだ。

 エアのチケットを手配して貰えるなら、ギャラは少なくても観光が出来るから好都合なんだよね」


「貴重な休暇なのに、割り込んでしまって申し訳無いです」

 

「それでこの時期にはフェスが沢山あるから、あまりお手隙なメンバーが居なくてさ。

 ヌマさんもなんとか参加できるみたいだけど、ベースが居ないんだよね」


「じゃぁ、最悪ベース無しですかね。

 現地で調達できるかどうか、ジョーに聞いてみますけど」


「それにしても、シン君の人脈は凄いね。

 ジョーも中西部では、ギター・ヒーローとして人気があるんだろう?

 いきなりメジャー・レーベルでCDリリースしたのにも驚いたけど、聞いた処によると米帝の大統領まで宣伝に協力してくれたんだって?」


 ニホンの大物プロデューサーである彼でも、シンがプロメテウスで行っている本業についてはもちろん何も知らない。

 また大統領(アンジー)とシンとの個人的な関係についても、米帝のゴシップ誌を愛読していなければ気がつかなくて当然であろう。

 WEBに掲載されているのは隠し撮りされた小さな写真なので、シン個人を識別するのは到底不可能なのである。


「まぁ僕の人脈というより、レイさんの人脈なんですけどね」


「そういえば最近レイを見掛けないけど、どうしてるのかな?」


「一旦ニホンを出ちゃうと、中々戻ってこない人ですからね」


「観光ビザで3ヶ月以上戻ってこないっていうのも、あんまりだな。

 ……ああ、ニホン語があまりにも堪能だから、つい君達を普通のニホン人だと勘違いしそうになるんだよね。それで演奏する曲は、ソロアルバムからで良いのかな?」


「はい。

 ほぼぶっつけ本番ですので、時間が余ったらソロパートを増やす方向でお願いします。

 でも一曲だけは、ご当地ソングみたいのをやりたいと思ってるんですけどね」


「それにしても、全く知られていない聴衆の前で生演奏するのは久しぶりだなぁ。

 なんだか遠足に行く前日みたいな、わくわくした気分だね」


 超一流のヴェテランミュージシャンの一言は、仕事から離れたプレーヤーとしての本音なのだろう。

 TVショー向けの音楽プロデューサーとして忙しい彼は、観客の反応を直接確かめられる機会は殆ど無いのである。


「僕が言う事じゃないかも知れませんけど、あくまでも先方から請われて参加するオープニングアクト(前座)ですから。

 お二方が参加して貰えるので演奏でブーイングを受ける心配は無くなりましたから、後は観客を盛り上げるだけなんで僕も気分が楽になりましたよ」



                 ☆




 翌日、シンは空いた時間を利用して会場の下見に来ていた。

 CityLimitsは数多くの有名ミュージシャンに利用されてきた有名なコンサートホールなので、会場の雰囲気を事前に把握しておきたかったのである。


 事前にジョーを通じて関係者にお願いしてあったにも関わらず、思ったよりも入れるエリアが少なくシンは早々に見学を切り上げていた。それでもステージからの眺めや音響についての基本的な問題点は把握できたので、無駄足では無かったとシンは納得していたのであった。


 関係者入り口から外へ出ると、周囲にはミュージシャンを出待ちをしているファンがたむろしている。

 シンはその一団の横を通り過ぎるが、思いがけないタイミングで声を掛けられる。


「Lieutenant《少尉》!!」

 階級で呼びかけるという事は、義勇軍の関係者以外はあり得ないだろう。


「あれっ、タルサじゃない?久しぶりだね!」


 数ヶ月前のブートキャンプで食事のお世話をしたメンバーの一人を、シンはしっかりと記憶していた。ハナとは違いクラスの優等生だった彼女だが、旺盛な食欲とかなりの音楽マニアという事もあってシンは名前を覚えていたのである。


「ああっ、シンさん、やっと会えましたよ!」


「もしかして、僕を待ち伏せしていたの?

 僕の個人情報はCongohの職員名簿に載ってるから、コンタクトを取るのは簡単だったと思うけど」


「ちょっと事情がありまして、SIDからシンさんが此処に来るって聞いて待ってたんですよ。

 もしお時間があるなら、話を聞いて貰いたいんですけど」


「会場の下見は終えたから、他にスケジュールも無いし大丈夫だよ。

 なんだか随分と羽詰まってるように見えるけど?」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 会場横のスター●ックスに入ると、彼女は慣れた様子でフラペチーノの限定メニューを注文する。

 シンはもちろん、『甘くしていない』アイスコーヒーである。


「ハナがそちらへ転校したじゃないですか?

 私も彼女と一緒に転校を希望してたんですけど、父から横槍が入ってしまって」


 背の高いスツールに腰掛けた彼女は、上背はほとんどシンと変わらない。

 ブートキャンプ後に成長したのか、より女性らしい体型になっているように感じる。


「横槍って? タルサはもうちょっとで18歳だよね?

 自分の進路は自分で決められる年齢だと思うけど」


「私は一人娘なので、父親がどうしても納得してくれないんですよ。

 ブートキャンプも、父の猛反対を押し切って参加しましたし」


「へえっ、僕の周りでは珍しいタイプの親御さんだよね。

 それにご両親が揃っているのも、かなり珍しいし」


「父は米国籍で、米帝空軍の少将なんです。

 それで私を無理矢理、米帝空軍に入れたがってるんです」


「それで肝心の母君は、なんて言ってるの?」


「母は私の進路には無関心なんで、好きにして良いって言ってますね」


「まぁ普通のメトセラの母親なら、そう言うよね。

 タルサは、雫谷学園に来るのが希望なんだよね?」


「はい。まぁ現実的には学園というよりも、Tokyoで生活してみたいというのが本音なんですけど」


「じゃぁ暫く学園寮にゲストで滞在して、様子を見てみようか?」


「ええっと、いきなり私が居なくなると大事になりそうな気がしますけど?」


「事後承諾になるけど、フウさんと校長先生に助力を頼むから大丈夫じゃない?

 いざとなったら、父君の方は大統領(アンジー)に抑えてもらうから」


「それが、ウチの父親が一筋縄ではいかない人なので……今も私のメールアドレスにどうやってか干渉してるみたいなんですよ」


「はぁっ?それってNSAとかCIAじゃないと、無理だよね?」


「……」


「もしかして空軍での地位を利用して、娘相手にストーキングをしてるのかな?」


「あまり父親の事を悪く言いたくありませんけど、度を越して過保護なんです」



                 ☆



 スターバックス裏手の人気の無い路地。


 シンは彼女が抱えていた楽器ケースを背負うと、彼女を横抱きにしてジャンプを行う。

 学園寮までの数分間、彼女は驚きで声を上げる事も無くリラックスした様子で流れていく景色を眺めていた。

 少尉と呼びかけたのも彼のジャンプ能力を既知なのも、シンについて地道に情報収集をしていたからであろう。


「あれぇ、シンが女の子を連れてくるなんて珍しいね」

 学園寮の屋上からリビングに降りてきた二人に、ソファでリラックスしていたルーから冷やかしたような声が掛かってくる。


「ルー、彼女も新兵だけど義勇軍の仲間だから、きちんと挨拶してくれるかな?

 SID、ハナが部屋に居るなら呼んでくれる?」


 ルーはソファから立ち上がって、右手を差し出し改めて自己紹介をしている。

 彼女は兄のように信頼しているシンの忠告を、どんな場合でも無視することは無い。

 タルサも既に少尉の階級を得ているルーに敬意を示して、きちんと対応することが出来ている。

 この辺りは、軍人家系の父親に厳しく教育を受けてきた故なのであろう。


「シンが呼んでるって……タルサじゃない!久しぶり!

 メールで連絡がつかないから、心配してたんだよ!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「タルサも私と同じでハイスクールは飛び級でとっくに卒業してますし、確か有名な音楽学校に入学してたって聞いてましたけど」

 シンが用意した濃い目のカプセルコーヒーを飲みながら、ハナは眠気を振り払うように伸びをしている。

 コーディングの仕事でほぼ徹夜だった彼女だが、最近は昼夜が逆転しないように気をつけて居るようである。


「もしかしてバークレーに最年少で入学したって、タルサの事だったの?」

 シンはSHOWBIZニュースで話題になったのを、朧げに覚えていたようだ。


「はい。卒業後に教授に就任するって話もあったんですけど、私には別のビジョンがあるので断っちゃいましたけど」

 タルサはこれもシンが煎れた緑茶を、美味しそうに飲んでいる。

 彼女はテキサス在住の割には、ニホン文化をそれなりに理解しているようである。


「それでエレキベースを背負ってたんだね。

 でも僕に合うのに態々楽器を持ってきたのは、何故?」

 シンはお茶請けのぬれ煎餅を、モソモソと頬張っている。


「それは勿論シンがベースプレイヤーを探しているって、SIDから聞いてましたから」

 タルサも見よう見まねで煎餅を頬張るが、溜まり醤油の香ばしい味と柔らかい食感に驚いているようである。


「なるほど。

 SID、いつもながら気が利くね。ありがとう!」


 SIDは音声で返答せずに、壁面のコミュニケーターの動作LEDをチカチカと点滅させて応えている。


「ベースプレーヤの件は兎も角、まずTokyoオフィスに行かないと。

 フウさんとジーさんとは、面識はあるのかな?」


「はい。フウさんは子供の頃から知ってますし、ジーさんにもお目に掛かった事はあります」


 タルサは煎餅を気に入ったのか、ぬれ煎餅以外にも次々と違う種類を試している。

 シンは食わず嫌いが無さそうな彼女の様子を見て、寮の食事は大丈夫そうだと安堵の表情を浮かべていた。好き嫌いという以前に未知の料理に戸惑ってしまう様では、食事がストレスになってしまうからである。


「良かった!

 テキサスで誘拐犯扱いされて、インターポールで指名手配されると堪らないからね」


 タルサから父親の話を聞いているので、自分の発言が冗談では済まない気がするシンなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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