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032.Leaving It All Behind

 シンは欧州へ遊説中の大統領(アンジー)に代わり、N●SA本部の長官(クレア)へ報告に来ていた。


 長官にしてはこじんまりした小さなオフィスだが、この辺りも彼女の質実剛健を旨とする信条が現れているのだろう。

 ちなみに衛星の処理作業については米帝の国家予算から費用が捻出されているので、N●SAと言えども長官(クレア)以外はその詳細については知らない極秘事項なのである。


「ええっ、ボランティアのデブリ処理は再開出来ないんですか?

 EMP衛星は無事に処理したのに?」


「申し訳ないけど、ロシア側がまだ誤解をする材料が残っているらしくてね」


「もしかして、まだ自分が知らない極秘衛星があるんですか?

 デブリの総量が減少すれば、ロシアにもかなりのメリットがあるのに」


「……ロシア由来の大型デブリもかなり処理されたから、逆に疑心暗鬼になっているのかも。

 デブリを回収されて分析されると、拙い秘密があるのかも知れないしね」


「善行が理解されないというのは、悲しいですね。

 まぁボランティアとは、元々そういうものだと思いますけど」


女帝(エレーナ)はデブリ処理をボランティアでやってる事自体が、理解できないのかも知れないわね。彼らはシン君の事を、良く知らないし」


「……」

 ロシアで面会した女帝(エレーナ)はシンの事を明確に認識していたようだが、この場で大統領(アンジー)に口止めされている極秘会談について口外するのは難しい。


「まぁあくまでもつなぎのボランティアですからね。

 可児山さんみたいに、衛星でデブリ処理を研究している方々も居ますし」


「J●XAもそこまで予算があるとは思えないけど、我々よりはましかもね。

 まぁカタログに載っている危険なデブリはかなり処理出来たから、シン君には大統領(アンジー)から勲章でも出して貰わないと」


「いや、それは無理ですよ。

 官報に記録が残って目立ちますから、フウさんに怒られちゃいます」



                 ☆



 夜半の学園寮。


 部屋で通話をするとエイミーを起こしてしまうので、いつもの様にシンはリビングで国際電話を受けていた。

 ちなみにこの寮のすべての通信はSIDが制御しているので、固定電話機というデバイスは管理人室以外には存在していないのである。


「オープニングアクトですか?」

 シンはハンズフリーで通話しながら、パイント・グラスにサーバーから生ビールを注いでいる。

 霜が貼っている冷えたグラスに注がれたビールは、見慣れた光景とは言え実に美味しそうである。


「うん。できればツアー全箇所に同行して欲しいんだけど、それが無理なら初日のCityLimitsだけでも参加して欲しいんだ」


 テキサスからの音声通話は、ジョー本人からのものである。

 彼はメールがあまり好きではないようで、折に触れてニホンの深夜に電話を掛けてくるのである。


「ああ、あの有名なホールですか。

 テキサスだけなら、他ならぬジョーさんの頼みならやりますけど。

 歴史のある会場で、盛り上がるかどうか自信がないですけどね」


 冷たいグラスを煽りながら、シンは正直に応える。

 自由に演奏できるTokyoのライブハウスなら兎も角、プロモーションの必要があるコンサートでは選曲が問題になりそうである。


「あのCDに入ってるブルーズのスタンダードナンバーなら、受けるんじゃないかな。

 あとゴスペルっぽい曲とかさ」


「弾き語りならレパートリーは無限なんですけどね、あとメンバーを揃えられるかな」

 シンはつまみを探す為にリビングの冷蔵庫を開けるが、いつの間にか現れたクーメルが扉に手を掛けたシンをじっと見ている。

 彼の気配に気がついたので、トーコの部屋から抜け出しリビングにやって来たのだろう。


「ギャラはそれほど出せないけど、スポンサーに大手航空会社があるからエアのチケットは融通できるよ」


「それじゃ、レイさんの知り合いのプロデューサーに頼んでみますか。

 帰りは自費で観光可能なら、立候補するメンバーも居るでしょうし」


「それじゃ又連絡するよ!」


 音声通話を終えたシンは冷蔵庫からタッパウエアを取り出すと、リビングに常備している給餌用ボウルに中身を盛り付ける。


「クーメル、夜食を食べたのはトーコには内緒だよ」


 彼女の目の前に自家製コンビーフを盛り付けた皿をそっと置いたシンは、言い訳なのか小さな声で呟く。


「ミャウ!」

 食べ始める前に周りを見渡したクーメルは、同意したように小さな鳴き声を上げたのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 翌日の午後。


「あら、シン君ひさしぶりね?

 私と直接話したいって、どういう事なのかしら?」


 モスクワでは早朝なのだが、朝型らしい女帝(エレーナ)はすぐに直通電話に出てくれた。

 フウの許可を得てからSID経由で接続したこの音声通話は、国際電話回線では無く一般には知られていないネットワークを使用している。

 具体的にはデブリ処理や特殊な作戦を依頼する時に使用する、スーパー・エシュロンでも傍受不可能な直通チャンネルなのである。


「なんでもN●SAのデブリ処理について、クレームを出されたようで。

 長官(クレア)はロシアから横槍が入ってると言ってましたけど、本当なんでしょうか?」


 シンは普段使う事が無いロシア語を使っているが、かなり流暢に聞こえる。

 最近はルーが居るので、使用頻度が高いからであろうか。

 リビングに居るそのルー本人は通話している相手が女帝(エレーナ)だとは知らないので、ロシア語の会話が聞こえても特に関心も無さそうである。


「私自身はデブリが減るのは大歓迎なのだけれど、そう思わない人達が大勢居るのよ」


「反対勢力ですか?女帝(エレーナ)さんにしては、意外な発言ですね」


「ふふふっ、私はそれほど強権政治をしている訳じゃないわよ。

 ところでシン君、あるサイズより大きなデブリにはナンバリングがされているのは知ってるよね?」


「はい」


「N●SAとロスコスモス(POCKOCMOC)が共有しているデブリのデータベースの中に、(エックス)ではじまる識別コードがあるのだけど気がついていたかな?」


「ええと、確か未確認飛翔物体っていう奴ですよね?」


「その中には、貴方達と長い付き合いがある衛星も混じってるのよね」


「長い付き合いって……もしかしてEOPの衛星ですか?」


「ご明察。

 それをデブリとして処理されたくない勢力から、圧力が入ってるというわけなのよ」


「そういう絡み手を使ってくるとは、かなり意外ですね」


「そう?

 シン君も良く知っているように、ヒューマノイドタイプの宇宙人は我々の生活に入り込んでいるからね」


「……まだEOPの撮影を推進している勢力が、惑星上に残ってるんですか?」


「まぁ悪意のある行為は自身の破滅を招くから表立っての介入は出来ないけど、圧力を掛ける程度には力を持ってるという事なんでしょうね」


「分かりました。

 貴重な情報を有難うございました!」


「どういたしまして。

 それじゃ次に会える機会を、楽しみにしているわ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎




 寮の夕食時。


 今日はフルメンバーが揃っているので、珍しくカレーがメインである。

 テーブル中央に置かれたオードブル用の大皿には、トッピングに使う揚げたての各種フライが山盛りになっている。

 また普段よりもご飯の消費量が多くなるので、カレールーが置かれたワゴンには業務用炊飯ジャーが2台スタンバイされている。


「えっ、エイミーは参加できないの?頼りにしてたのに」

 大皿に揚げたてのロースカツを補充しながら、シンは自分で盛り付けをしているエイミーに声を掛けている。

 献立がカレーの場合には、配膳は全員がセルフサービスなのが習慣なのである。


「……ごめんなさい。

 この間のような小さな規模なら大丈夫ですけど、さすがにテキサスのコンサートは無理ですね。

 私達はあまり顔が売れるのを、善しとしてませんし」


 特盛りされたエイミーの大皿には、トンカツ以外にもコロッケやエビフライもトッピングされている。

 だがこれでも寮のメンバーとしては特に大食いでは無く、小食のリラを除けばごく当たり前のボリュームなのである。


「私も休暇を取ったばかりだから、無理かなぁ。

 テキサスにはぜひ行きたかったけど、お土産を期待してるよ」


 ルーの大皿には、ロースカツでは無くササミを使った薄いコロモのチキンカツが山盛りになっている。

 ハワイでの暴飲暴食を反省したのか、少しでもヘルシーな揚げ物を選んでいるのだろう。


「シンの役に立てるなら、何でもやるよ!」


 マイラはいつも通りに宣言するが、彼女はこの惑星に来てから音楽教育を受けていないので今回の手助けは難しいだろう。

 ちなみに彼女は肉の脂身が大好物なので、トッピングはロースカツ一択である。

 カレーソースと一緒にウースターソースを掛けているのは、外食で学んだ味付けなのだろう。


「ありがとうマイラ。

 いつも頼りにしてるよ」

 シンはマイラの頬に付いたカレーソースを、そっと拭いながら優しい口調で返答する。


「でも普段から付き合いのあるスタジオ・ミュージシャンは、大勢居るんだろ?」

 ケイはユウを通じてシンの普段の行動を知っているので、至極真っ当なアドバイスをしている。


「ええ。やっぱり重鎮にお願いして、メンバーを融通して貰うしか無いかなと思っています」


「中東まで人助けに行くよりは、幸せになる音楽を届ける方が楽しい仕事だと思うけどな」


「ええ。

 最近は血なまぐさい現場ばかりだったんで、リフレッシュできるように頑張りますよ」


 最近のシンは自分で銃を手にする事は無いが、千切れた亡骸が散乱している戦場よりもコンサートホールの方が楽しいに決まっている。

 平穏な日常を取り戻しつつあるシンは、屈託の無い笑顔をケイに返したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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