031.Orbit
Tokyoオフィス。
「今回はジョンが不在だから、僚機としてDragonLadyは出せないな」
シンと作戦打ち合わせ中のフウは、リビングの大画面でターゲットになる衛星の軌道予想図をチェック中である。
今回のターゲットは自律機能があるらしくまだ静止軌道上に居るので、超高高度以上でも到達できるシンの能力を前提とした作戦なのである。
つまり到達高度が足りない僚機は現実的には不要であり、気休めの部分が大きいのである。
「管制が必要無いなら、フウさんもハワイベースまで行く必要はありませんよね?」
「ああ。
それにリアルタイムで通信出来ないから、臨時司令部を作ってもあんまり意味が無いしな。
ところでマリーとの打ち合わせは終わったのか?」
「ええ。
マリーは衛星丸ごとイレース可能だと言ってましたけど、核爆弾部分だけ分離して月への衝突軌道に載せるつもりです」
「おい、それって?
起爆させずに分離する自信があるみたいだな?」
「勿論です。
徹夜でSIDと検討しましたから、大丈夫だと思います。
SIDには軌道計算で、大分無理を掛けたみたいですが」
「一番重要な質量もはっきりしないのに、軌道計算は無理じゃないのか?」
「幸いにも自由回転はしていないので、実際に射出してから微調整が必要になるみたいですよ。
その辺りは、僕の重力制御の出番ですけどね」
☆
オーサカ犬塚のテストキッチン。
「おおシン、待ってたぞ!」
ユウの弟分という事だけで何故か気に入られたシンは、ほぼ初対面にも関わらず総料理長から気安く呼び捨てにされている。
「随分と短時間で完成したんですね」
「そりゃ大阪に住んでて、『ミックスジュース味』を作れないと恥ずかしいからな」
「ああ、確かにバナナを加えるとその味になりそうですよね。
どれどれ」
「うちの内勤の社員にもランダムで協力して貰ったから、かなり完成度は高いと思うぞ。
……どうだ?」
「これは美味しいですね。
まるでウメダ駅のスタンドで飲んでいるような、そのままの味になってますね」
「要望があった大きいサイズのパウチに充填してあるから、他の利用者の意見も聴かせて貰えるか?」
「ええ、大口ユーザーが居ますから、まずその人に感想を聞いてみますよ」
「これだけのカロリーを常時必要とするなら、●ンドレ・ザ・ジャイアントみたいな大男なんだろう?」
「ええっと、その辺りは安全保証に関わる事項なんで極秘でお願いします」
シンは総料理長の言葉で緩んでくる頬を懸命に修正しながら、真面目な口調で返答したのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
早速のTokyoオフィス。
「マリー、どうかな?」
「ん!美味し!」
総料理長から大男だと誤解されているマリーは味付けを気に入ったようで、サムズアップしながら早々にパウチを空にしている。
以前の味が殆ど付いていないものと比べると、飲み干すのもかなり楽になったようである。
「あとこれ、新型のコミュニケーターね」
「???」
「SIDが軌道計算するときに、複数の視点から計算する必要があるんだって。
今後も必要になるかも知れないから、マリーの分も更新してくれって」
「なるほど。
あとシン、帰りにハワイに寄り道したい!」
「了解。
今回はかなりの大仕事だから、無事に終わったらしっかりと付き合っちゃうよ」
☆
作戦当日。
Tokyoオフィスの屋上からジャンプした二人は、寄り道の予定があるので普段着そのままのカジュアルな服装である。
シンによる移動を何度も経験しているフウは、服装については特に文句を言わずに二人を送り出している。
ちなみにマリーは横抱きされたままパウチを咥えて、事前のエネルギー補給を継続している。
「シンあれ!」
ユーラシア大陸を一望したマリーが、パウチの飲み口を外して声を上げている。
今回のターゲットは静止軌道上なので、俯瞰で大陸を一望する事が出来るのである。
「……うん、分かっていた事だけどこうして見ると寂しい光景だよね」
旧中華連邦の領土には、都市の存在を示す明るい部分が全く無い。
漆黒に塗りつぶされたエリアは、人が存在していない文字通りの暗黒の世界である。
シンは偵察飛行で肉眼でも確認した経験があるが、改めて文明から隔絶された光景を目の当たりにすると特別な感情が湧き上がってくる。
(月明かりがあっても、夜間は本当に真っ暗だったからね。
政治信条や宗教は兎も角として、同じような場所を増やさないように頑張る必要があるんだろうな)
「シン?」
「うん。
それじゃ、さっさと片付けてご飯を食べに行こうか!」
「ラジャ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
作戦終了後、ホノルルの繁華街。
ハワイベースの休暇組はすでに定期便に乗って出発しているので、今回は行き違いである。
もし残っていたとしてもパイロットライセンスの所有者は居ないので、作戦に貢献するのは難しかったであろう。
マリーが寄り道したかった店は、シンも未訪問だったロコに愛されている地味なカジュアルレストランである。
年期が入った店内を見渡すと、観光客受けしそうも無い現地風のチャーハンやポークチョップが殆どのテーブルの上に載っている。
予約をしていなかったシンとマリーだが、昼間はまだ客席に余裕があるらしく4人掛けのボックス席にすぐに案内される。
「マリー、ゼリーの味はどうだった?」
注文を手早く済ませると、シンはマリーに栄養補給に使った高カロリーゼリーについて尋ねる。
「とっても飲みやすくて美味しかった!
でも飽きないように、もう一種類位別の味があると嬉しい」
オーサカ由来のミックス・ジュース味を知らないマリーだが、飲みやすい味付けなのですぐに気に入ったのだろう。
「まぁ一般市場に外販される事はないだろうけど、同じ味を飲みつづけると飽きちゃうからなぁ。
別の味が完成したら、またテストで協力をお願いするね」
「喜んで!」
「それにしても、こういう雰囲気の店はニホンにはあんまり無いよね」
薄暗い店内は米帝の飲食店の常であるが、木目の装飾を多様したダークな雰囲気はまるでStripteaseのようである。
実はニホンでも似たような雰囲気のスポーツバーは全国にあるのだが、プロスポーツに関心の無いシンは当然未訪問なのである。
ここで漸く、シンが注文した大量の料理が配膳される。
年配のウエイトレスの女性はテーブルに二人しか居ない事に訝しい表情をしながら、具材が違うフライド・ライスの大皿をどんどん並べていく。
「しっとりとしたチャーハンも、具材によっては美味しいんだね」
シンが食べ始めたのは、ごくスタンダードな叉焼が入ったチャーハンである。
カットされた青ねぎがトッピングのように上に散らされている以外は、味も商店街の中華料理屋で食べるのと大きな違いは無い。
ただし一皿の分量は、ニホンのデカ盛り店以上である。
ロコの人達は取り分けて食べているので、この店では複数人でシェアするのが普通なのだろう。
マリーは味を気に入ったのかキムチ入りのチャーハンを一人で平らげると、スライスされた腸詰めが大量に入った二皿目に突入している。
「マリーにとって祖国と呼べるのはどこなの?」
通りがかったウエイトレスに更に追加注文を出しながら、シンは一心不乱に食べ続けているマリーに尋ねる。
注文を受けているウエイトレスは、小柄なマリーの食べっぷりから彼女がTVに出ているフードファイターだと勘違いしたのだろう。
先ほどの怪訝な表情から打って変わって、笑顔で厨房へ追加オーダーを通している。
「欧州。でも今ならニホン!」
一瞬首を傾げたマリーだが、その返答はシンの予想した通りである。
「なるほど。
やっぱり外食するなら、ニホンが一番だよね」
「それに、ニホンにはユウとシンが居るから!
二人が揃っていれば、世界中の美味しいものが食べれるし」
シンが頬張っているポークチョップは、ニホンでは珍しいメニューである。
豚肉の質が良いのか、ぱさついた感じも無くとてもジューシーである。
「トンカツの本場のニホンじゃ受けないだろうけど、このポークチョップもかなり美味しいね。
下味がしっかり付いているから、ケチャップ以外で食べても美味しいかも」
マリーは箸休めにシンがランダムに注文した、マッシュルームの炒め物を頬張っている。
こういうメニューはニホンの食堂で出される事が無いので、珍しく感じているのだろう。
「シン、フライド・ヌードルも注文して」
「ラジャ」
マリーのいつもの食べっぷりを見て、シンは気分が明るくなっているのを感じていた。
アルコールを提供する飲食店特有の賑わいの中、シンは店内をまるで衛星のように規則正しく巡回しているウエイトレスの女性を呼び止めたのであった。
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