030.Taste The Pain
夜半、シンとエイミーの私室。
「今回の衛星処理は、なんか面倒だと聞いていますけど?」
ショートカットの髪を給水タオルで拭いながら、エイミーはシンに尋ねる。
ドライヤーを使えば一瞬で乾くショートカットの髪だが、あの騒音が好きでは無いので部屋にはあえてドライヤーは置いていないのである。
ちなみにシリウスは温泉上がりにシンに掛けてもらうドライヤーが大好きなので、あの騒音も全く気にならない様である。
「うん。
サイズが大きすぎて、マリーが処理できるギリギリのサイズみたいなんだよね」
「……」
「マリーは大丈夫だと言ってるんだけど、あの搾り取られるような体重減っていうのは自分で体験してみて辛さがわかったからさ。
単純に任せるという風には割り切れないんだよね」
「墓場軌道に投入して、終了という具合には行かないんですか?」
「かなり凶悪な軍事衛星だから、絶対に再利用できないように処理するのが最優先事項なんだ。
その点は大袈裟じゃなくて、同意できる点なんだよね」
「いつかのように、分割する手は使えないんですか?」
「中華連合の置き土産だから、設計図とか詳細情報が全く無いんだよ。
多分複数に分割できるような、構造だと思うんだけど」
「まるごとマリーさんに任せるのが不安なら、シン自身の能力で切り離すしかないですよね。
ところでシン、自分の能力を忘れているのでは無いですか?」
「???」
「私が選んだアンキレー・ユニットは、シン次第でどんどん成長するんですよ。
これから試してみましょうか?」
エイミーはいつものパジャマとスリッパ姿だが、シンの腕を引っ張って躊躇すること無く屋上へ上がっていく。
シンは彼女を横抱きにすると、いつものように一瞬にして上空へ登っていく。
シン自身もTシャツと短パン姿だが、アンキレーの保護能力は完璧なので何を着ていても問題にはならないのである。
「SID、一番近くにある衛星でサイズが大きいのに誘導して下さい」
エイミーは、パジャマの胸ポケットに差してある新型コミュニケーターに呟く。
「了解
そのまま仰角2度で直進すると、米帝の気象衛星に接近します」
「シン、あの衛星の透視画像を出すように強く意識して下さい」
「えっ、いきなり出来るかな?
……うわっ、ホントに透視画像に変わったよ!」
シン自身は先日までの最新鋭機の操縦で、バイザーに投影される透視画像などの最新インターフェイスを体験している。
アンキレーが成長するための明確なイメージは、すでにシンの脳の中にしっかりと用意されていたのである。
「シン、この惑星にある最新鋭兵器に出来る事が、アンキレーで出来ても不思議じゃないですよね。
アンキレーは、ロストテクノロジー満載の超科学デバイスですから」
「ありがとう。やっぱりエイミーには敵わないな」
シンは高速で旋回しながら、光点が集中している関東平野へ向かっている。
「いいえ。パートナーを補佐するのは当たり前の事ですよ!
……あれっ、スリッパの片側が無いな」
「それじゃ本番までに、EMP兵器の基本構造を調査しないといけないな」
☆
翌日、オーサカにある犬塚のテストキッチン。
「どうも満足できる味が出せなくてな。
比較的まともに出来たのは、フルーツ味かな」
他に新製品の開発が無いようで、総料理長は掛り切りでエナジー・ゼリーの試作を行っていた様だ。
市場拡大の可能性があるので、それなりに工数を掛けても問題無いという事なのだろう。
「フルーツ味というのは、オレンジと牛乳味ですよね」
「ああ。
市販品の固形エナジーメイト用の原材料を流用して、最初に作ってみたんだけどな。
ちょっとエグミが残ってるんだけど、まぁ気にならない程度かな」
高カロリーにする為の油脂成分が、やはり味付けには大きなネックになっているのだろう。
料理長はパウチパックに充填した試作品を、シンに手渡す。
空気に触れた状態で試飲するのと、パウチから飲むのとでは大きく味が変わるからであろう。
「……普通に美味しいですね」
「そう言ってもらえると助かるが、万人受けする味じゃないと売り込みも難しいからな」
「これにバナナ味を足して、バナナオレみたいな味に出来ないですかね?」
シンが思い出していたのは、セルカークの公衆浴場での経験である。
待合室に設置された冷蔵ショーケースでは、ニホンの定番のフルーツ牛乳よりもバナナオレが大きく減っていたのである。
「そりゃぁ、バナナオレじゃなくて『ミックスジュース味』だろ?
単純なバナナ味は難しいが、それなら何とかなりそうだな。
米帝の軍隊なら、そっちの方が受けるかも知れないし」
「そうですね。
この特異なフルーツ味っていうのは、ニホンほど認知されてませんから」
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オーサカからジャンプで戻ってきたシンは、お土産のたこ焼き以外にも超高カロリーゼリーを大量に持ち帰っていた。
衛星処理の本番では改良した『ミックスジュース味』は間に合いそうに無いので、試作品であっても飲みやすさは変わらないフルーツ味が有用だからである。
リビングでは在宅していたメンバーが、発泡スチロールの持ち帰り容器を囲んでたこ焼きを味わっている。
「ねぇ、シン。これ何?」
大量のたこ焼きの容器以外にスーパーのレジ袋に無造作に詰められた無印のパウチ飲料に、マイラは興味を持ったようである。
「マイラ、それは特殊用途品だから飲んじゃ駄目だよ
……あぁ、遅かったか」
「駄目だったの?オレンジっぽい味で、とっても美味しいよ
……あれっ、なんか急に満腹になっちゃった!」
「それは緊急事態にエネルギー補給をする分だからね。
マイラ、今日の夕食は食べられないかも知れないね」
「大丈夫!
シンの作ってくれるご飯は『別腹』だから!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
夜半。
リビングの大画面の前で、シンはSIDにレクチャーを受けていた。
「衛星として軌道上にあるという事は、ある程度の安定性は確保できていると考えられます」
シンがコミュニケーターで撮影して来たEMP衛星の透視画像を元にして、SIDが内部構造について解説を続けている。
「そりゃ軌道上にある核爆弾が、前触れ無く起動したら洒落じゃすまないからね。
それにあの国はフェイルセーフが甘くて、破滅を招いたんだよね?」
「原子力発電所と、カスタムメイドの衛星はかなり事情が違うでしょう。
起爆装置や容器の形状は手堅くまとめられていますから、分離のショックで起爆する可能性は低いと思われます」
「亜空間に居る限りは被爆の心配も無いから、結局中央部以外はどこを切っても大丈夫そうだね」
「想像より衛星の経年劣化がありませんし、かなり力を入れて建造されていたんですね」
「外装はオール・チタニウムだから、そうみたいだね。
こういう優秀なエンジニアが発電所の基本設計を担当していれば、ああいう事態は避けられたのかも知れないな」
シンは中華連合の旧領土をほぼ全域に渡って撮影飛行をしたので、現状についてはその目で見て認識している。
ナノマシンや細菌を使った最新の放射能除去技術は確かに効果を上げているが、一部の生物や植物以外が生存するのは困難な状況であるのは変わりがない。
「置き土産を適切に処理してあげれば、これを設計したエンジニアにも感謝されるでしょう。
それじゃぁ、もうちょっと細部を検討しましょうか?」
手元に置いたパイントグラスを飲む間も無く、シンはSIDとの会話を続けるのであった。
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