028.Your Are I Am
ホワイトハウス。
「お邪魔します!」
大統領専任秘書のオフィスから、シンとルーは扉で繋がっている執務室に入っていく。
専任秘書である年配の女性は、シンにいつものように微笑みを返してくれる。
彼女は数ヶ月前に臨時秘書として雇われたシンにとても良くしてくれたので、現在でもシンは彼女との交流を大切にしている。
ふだんエキセントリックな司令官クラスを相手にしているシンとしては、上品に年を重ね叡智を感じさせる彼女のようなタイプにはとても弱いのである。
(僕が変装したテロリストなら、破壊工作なんて簡単なんだろうな。
もちろん大統領が不在だという、前提条件だけどね)
シンに同行しているルーも、セキュリティのあまりのお粗末さに呆れた表情を浮かべている。
二人が両手に抱えている荷物はもちろんセキュリティゲートを通過しているが、大統領の個人的な知り合いとして優遇され過ぎているのは問題であろう。
「ああ、いらっしゃい!
今日はエイミーちゃん同伴じゃないのね?」
大統領はシンが初めて出会った時と同じバランスが取れた立ち姿で、シンを出迎えてくれる。
格闘技の経験がある者が見れば、彼女が尋常では無い力量の持ち主であるのが直ぐに分かるだろう。
ホワイトハウスの信じられないセキュリティの甘さは、この大統領の存在故であるのをシンはしっかりと理解している。
意表を突いたハンドガンやナイフの襲撃であっても、セキュリティサービスが手を出すまでも無く彼女なら即座に制圧が可能だからである。
「ええ。今日は僕の兄妹分を連れてきました。
先日の作戦は、彼女の貢献のお陰で無事に終わりましたから」
シンの後ろからおずおずと出てきたルーは、荷物をいったん応接テーブルに置いて大統領と対面する。
さすがに物怖じしないルーであっても、米帝の最高権力者との面会は緊張を伴うようである。
「うん、本当に強そうね。
シン君が背中を預けられるなんて、かなりの腕っこきなんでしょう?」
大統領は握った手にじりじりと握力を加えているが、ルーは涼しい顔でそれを受け流している。
ルーの胆力に関心した大統領と同様に、ルー本人も握手したばかりの自分の手を眺めながら不思議そうな表情をしている。
なぜなら彼女が握った手のひらの感触が、ホワイトカラーにはあり得ないゴツゴツした『仕事をしている手』だったからである。
「今後は、マリーと僕のコンビと同じ位、ルーとのコンビも増えていくかも知れません」
「それは頼もしいわね。
それで、その大量のピッザ箱は何なの?」
無地のピッザ箱には、ブランド名が何も記載されていない。
近隣の店舗で入手したならば、派手なプリントがされている筈である。
「うちの厨房で薪窯を導入したので、お土産です。
いつも通り、警備主任を呼んで貰えます?」
シンが差し入れを持参するのは珍しく無いので、顔馴染みの警備主任はいつものようにランダムに箱を選ぶとまだ熱々のピッザの毒味?をする。
普段ならばピッザにカットを入れないのだが、お土産用にエイミーが米帝風に事前カットをしてくれていたようだ。
「大統領、お先に失礼します。
これは……生地が香ばしくて美味しいですね!」
Congohの特殊素材を使ったピッザ箱は必要に迫られて作られたもので、保温性が通常の段ボールに比べると桁違いに高い。
「大統領が味見する分以外は、皆さんに配って貰えますか?」
「へえっ、これってミラノの有名店みたいな焼き加減ね」
待ちきれない様子でピッザを頬張った大統領は、的確な感想を口にする。
「ああ、やっぱりご存知でしたか。
生地作りから、焼き上げまで全てエイミーが作ったんですよ」
「ああ、お忍びでシン君の寮に行けたら、楽しそうなのになぁ。
温泉まであるんでしょ?」
「……あの大統領、警備主任の顔が青くなってますからその辺で勘弁して上げて下さい。
任期を満了した後なら、いくらでも滞在して構いませんから」
「ふふふっ。
今の約束を忘れないようにね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「それで中断していたデブリ処理の件なんだけど、やっと交渉がまとまったから話をさせて貰うわ」
「……交渉ですか?」
「相変わらず女帝は交渉事にはシビアだから、時間が掛かっちゃってね」
「交渉相手はロシアだったんですか?」
「そう。
ところでEMPについて、シン君はどの位知ってるのかしら?」
「電子機器を破壊する、電磁パルス攻撃ですよね?
実用化はされていても、実戦で使われた事は無いと聞いていますが」
「実は中華連合の置き土産のEMP衛星があってね、それの後始末が問題になってるのよ。
こちらが無関係なデブリ処理をしてるのを、どうやらこの衛星絡みで不穏な動きをしていると誤解されてしまって」
「中華連合の衛星は、鹵獲して再利用しない協定があると聞いてますけど」
「こちらは協定を破る気なんて全く無いのだけれど、女帝がその辺りを誤解して抗議してきたのよ」
「ああ、それでルーティンになっているデブリ処理を、急遽中断したんですね」
「これはプロメテウスに対する正規の依頼なのだけれど、ターゲットのEMP衛星を出来るだけ迅速に処理して欲しいのよ」
「えっと、それだと通常の衛星デブリ処理と同じですよね?
僕に直接話すという事は、何か問題でもあるんですか?」
「大きさが、通常の衛星とは桁違いなのよ。
過去に処理した最大サイズの、4倍位の質量があるの」
「中華連合の打ち上げロケットって、そんなにペイロードに余裕がありましたっけ?」
「分割して打ち上げて、極秘裏に軌道上で組み上げたんでしょうね」
「……」
「おまけに内部構造が不明だから、以前ロシアの軍事衛星で使った分割して処理する手も使えないのよ。
ねっ、課題が山積みでしょ?」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
寄り道予定のテキサスへのジャンプの最中。
「大統領って、随分とシンを気に入ってるんだね。
それにホワイトハウスの人達も、皆仕事を中断して歓迎してくれるし」
シンに横抱きされたままのルーは、一緒にジャンプする事が多いので実にリラックスしている。
「最高権力者という立場はともかく、尊敬できる立派な人だからね。
ああいう人の周りには、やっぱり善良な人達が集まってくるんだろうな」
「フウさんに接するのと、シンの態度がちょっと違ったのが面白かったな」
「そう?」
「フウさんよりも、なんか距離が近いように感じたのは気の所為なのかな?」
「大統領は僕たちと同じ血筋を持っているのと同時に、米帝のフロンティアスピリットを忘れていない立派な人だからね。
彼女の手助けをしないという選択は、今の僕には難しいかな」
「それで、さっきの兄妹の下りなんだけど。
さすがに言いすぎじゃないかな?」
「そうかな。
マリーのアノマリアは強力だけど、彼女は教練を受けてないし軍事作戦には馴染まないからね。
その点歩兵やパイロットとしての能力が高いルーとのコンビは、色んな事が出来ると思うんだ」
「背中を任せてくれるってこと?」
「この間の作戦が、まさにそうだったじゃない?
まぁ参加するかどうかはルーの判断に任せるけど、居てくれるととっても心強いよ」
「そういう断れない言い方は、ズルいと思う」
ルーの顔色は変わらなかったが、ここでシンの首に回された腕の圧力が少し強くなった。
横抱きされて密着している上半身越しに、シンは彼女の少しだけ早くなった鼓動をしっかりと感じていたのであった。
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