027.Little Company
ハワイベース。
来週にも定期配送便で帰国予定の一同だが、メンバーは残り僅かになった休暇を満喫中である。
オワフ島に来ているメンバーは訓練の一貫では無く純然たる休暇で来ているので、カーメリ組のように早期に繰り上げて帰国するという選択肢はあり得ないのである。
「ねぇトーコ、いつの間にか背が伸びてない?」
買い出しのために車に乗り込む姿を見て、ふと気がついたパピが声を上げる。
最近の二人は毎日顔を合わせているので、想定外の成長を認識するのはなかなか難しいのであろう。
「ええ。止まったと思ってた身長が、なぜか急激に伸びてるんですよ」
左ハンドルにもすっかり慣れたトーコは、アイチ自動車製のピックアップトラックをスタートさせる。
道幅も広くせせこましい渋滞が無いオワフ島は、運転に習熟するのには最適な環境なのである。
「10代後半でそんなに成長するなんて羨ましい話だね。
ああ、それで定期配送便で衣類を取り寄せたんだ」
普段からお洒落には無頓着なトーコが衣類を大量発注していたので、パピは不思議に思っていたのである。
「ええ。ジーンズやTシャツも窮屈になっちゃって。
最近は体重計に乗るのが、ちょっと怖いですね」
「いや、あれだけトレーニングした上に背丈も伸びてるから、重くなって当然でしょ。
筋肉もバランス良く付いているし、最近はバイクに乗る姿もさまになってきた感じだよね」
「いつの間にか足つきが楽に出来るようになったんで、背が伸びたのに気がついたんですよ。
この調子で、Tokyoに戻ったら体術もやってみようかと」
「ああ、これで寮メンバーの『ロリ枠』が一人減ったのかな」
前髪パッツンの髪型はそのままだが、ハナとほぼ同じ背丈になったトーコはかなり雰囲気が変わっている。
幼さから脱却して、より女性らしい雰囲気になったのは万人が認める処であろう。
「別にシンがそういう特殊な趣味を、持ってる訳じゃないですよ。
ただ赤ん坊から幼女には、シンはモテモテですけどね」
「育児技術を持ってるのを、本能的に見抜かれてるんだろうね」
☆
場所は変わって学園寮のリビング。
「えっ、今度はアラスカベースに行くって?」
湯治とリハビリによって元気になったベックは、学園寮でフウと面談していた。
フウの強い目線をしっかりと受け止めながら宣言した彼女の言葉に、同席していたシンはかなり驚いている。
「うん。予想外に回復が早いから、前倒しして行動しようかと思ってさ」
「ベルさん、弟子は要らないって言ってましたよね?」
「うん。でも後継者がジョン君だけだと、やっぱり不味いって思ってさ」
同席していたベルは、ここで漸く口を開く。
ベックの宣言に特に驚きも見せていないのは、予め相談を受けていたのであろう。
「ベック、知ってるとは思うけど、アラスカはかなり退屈な場所だぞ」
「はい。ただフードコートはシンの尽力もあって、かなりメニューが良くなったと聞いています」
グルメでは無いベックは食事に拘りが無いので、これは場を和ませるためのジョークであろう。
「まぁベックが好きなお握りなら、いつでも食べられると思うけど。
学園に戻って、暫くのんびり過ごす選択肢もあるのに?」
「私は怠け者だから、そうなると元の木阿弥になっちゃうよ。
それに今のままだと、伸びしろが無いのはシンにも分かってるだろ?」
「まぁ今はシンが居るから、アラスカもそれほど不便な場所では無いかもな」
シンの恩恵を受けて頻繁にカップ麺を受け取っているベルとしては、これが本音なのであろう。
何よりジャンプを使えば、世界中どこの拠点でも数分で移動する事が出来るのだから。
「はい。こんどレシプロの免許を取る時には、ハワイまでシンに送ってもらうつもりです」
シンに向けてウインクするベックは、満面の笑みを浮かべていたのであった。
☆
「ええっ、ベック今度はアラスカベースに行っちゃったの?」
ハワイベースに食事の支度に来たシンは、配膳をしながらベックの近況についてメンバーに説明している。
シンが食事の世話をしているのはメンバーの為というよりは、実はシリウスへの配慮なのである。
シリウスはペアで行動するKー9なので、長期間シンと離れていると精神的に不安定になり易いのである。
シリウスは専用の平皿に山盛りになった、シンの手作りご飯をすごい勢いで食べている。
最近は出来合いのコンビニ飯が多く、食いつきが全く違うのはやはり出来たての食事が格別なのだろう。
尤もシンが身近に居てくれるだけで、シリウスはいつでも元気なのであるが。
「ええ、お二人にはくれぐれも宜しくとの事です」
今日シンがメインで作ったのは、珍しい純和風の炊き込みご飯である。
具材は保存できるジャコや手に入りやすい油揚げであるが、大味な日系コンビニ弁当では期待出来ない繊細な味に仕上がっている。
「ベック姉ちゃん、元気になってた?」
綺麗な箸使いで、エリーは炊き込みご飯を頬張っている。
普段は大雑把な父親が調理担当なので、シンやユウが作る食事はどんなメニューであっても大好きなのである。
「うん。以前よりは頼りがいがある雰囲気になったかな」
シンは学園寮の時間帯で行動しているので、食事はせずに配膳のみ行っている。
リビングのソファに配膳のために座っている彼の前で、何故かトーコが空の平皿を手にして何度も往復している。
そのおかしな様子を見てエリーやケイは、吹き出しそうになるのを懸命に堪えている。
「あれっトーコ、この短期間で随分と背が伸びてるような気がするんだけど?」
ここ数ヶ月の運動の成果で身長や体型が変わりつつあるトーコのアピールに、シンが漸く気がついた様だ。
「ふんっ、今頃気が付きましたか。
髪型と背丈が変わった乙女には、すぐに声を掛けないとダメダメですよ!」
「トーコ姉ちゃん、自分で乙女なんて言ってると女子力だだ下がりだよ」
「……」
年下のエリーに指摘されたトーコは、席に戻っておとなしく食事を再開する。
俯き気味なので、赤くなった顔色はそれほど目立っていないだろう。
「……来週定期便で帰る予定だよね?
今日は先に、シリウスを連れて帰るよ」
「バウッ!」
シリウスはシンの言葉に反応して、食事中ながら尻尾を左右にブンブン振っている。
「ねぇシン兄ちゃん、私も定期配送便でTokyoに行っちゃ駄目かな?」
「……ジョンさんがまだ帰らないから、一緒に来た方が良いかな。
帰りはジャンプで送ってあげられるしね」
「やったっ!」
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夜半の学園寮、シンとエイミーの私室。
「うわっ、シリウスもう寝ちゃってますよ。
シンの匂いが近くにあるから、安心なんでしょうね」
「ああ、それを言うと、僕もエイミーの匂いがすると安心して寝れるからね」
「ふふふっ。
シンに悪い虫が付かないように、毎晩マーキングしてるんですよ」
「そういえば、ノーナさんとかティアも同じような香りがするんだよね」
「多分バステト特有の体臭だと思いますけど、同じベットで寝ているのに他の女の話をするなんて」
「ごめんごめん。
ふあぁ、久しぶりに熟睡できそうだな」
ジャンプを繰り返していたシンは、体内時計が何度もリセットされ体に負担が掛かっていたのだろう。
巨大なベットに横になった瞬間、まるで電池が切れたように寝息を立て始める。
「あれっ、もう寝ちゃったんですか……。
本当に安らかな寝顔ですね」
エイミーはシンの伸ばした腕を枕にして、腋の下にくっつくように丸くなる。
シンは体臭が殆ど無いが、それでもエイミーはシンの匂いをしっかりと認識する事ができる。
それは懐かしいような、不思議な安心感を彼女にもたらすのである。
(……久しぶりに熟睡できるのは、私も同じかも知れませんね)
シンに抱きついた姿勢のまま、エイミーもいつの間にか静かな寝息を立てていたのであった。
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