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026.Live Like You Loved

 数日後、学園寮の厨房。


「シンプルだけど、素晴らしい出来栄えですね」


 ベックが短期間で完成させた薪窯を見て、シンは感心しきりである。

 シンはモノ作りについての見識は無いが、調理器具に関してはアイから指導を受けているだけあってかなり煩いのである。

 

「ああ、薪窯としては文句無い完成度だな」

 肉眼とレーザー水準器を使って最終チェックをしているベルは、満足気に頷いている。


 一般的な耐火煉瓦の接合方法を使っていないこの薪釜は、ヴィルトスで癒合されているので繋ぎ目が無い。

 構成部品である耐火煉瓦も削るのでは無く複雑な形状に『曲げて』作られているので、蓄熱性能に直結する質量も失われていない。

 もちろんピッザを焼くだけの薪釜が、宇宙船の気密構造並の品質で作られているのは見ただけでは分からないだろう。


「いえ、自分はベルさんに指導して貰って、図面通りに組んだだけですから」

 ベックはベルが細部をチェックしているのを、心配そうに見ている。


「エイミーから使い勝手について聞き取りして、色々と調整して貰ったって聞いてるよ。

 細部まで手を抜かない完成度は、やっぱり作り手の個性が出てるんだろうな」


「……評価いただけるのは素直に嬉しいですけど。

 ただエイミーとは作業中に世間話をしてただけで、調整というほど大した事はやってませんよ」


 ヴィルトスを使った薪釜作りでは、通常の煉瓦を扱う場合に問題になる粉塵が全く発生しない。

 おまけに吸気ダクトの真下で作業していたので、厨房の空気は作業中でも実にクリーンだったのである。

 エイミーは作業を監督していた訳では無いが、ここ数日は仕込みで厨房に居る時間が特に長くなっていた。数日寮を空けていたので、空になっていた常備菜のストックに精を出していたのだろう。

 

「装飾は後から追加するつもりだったんだけど、この光沢のある仕上げを見ると要らないみたいだね。

 熱効率が良すぎるから使い方も難しいけど、暫くはエイミーに試行錯誤して貰おうかな」


 白地の耐火レンガは最近開発された新素材のようで、硬度も高く表面がかなりの光沢を帯びている。

 シンが厳選した厨房機器の中でも、ベックの組み上げた薪釜は異質な存在感を示していたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 午後。


 完成した薪窯を見学に訪れたユウは、巨大なクーラーバックを肩に掛けていた。

 このクーラーバックは冷蔵や冷凍の食材を、ユウが持参する時に使っている専用バックである。


「そうそう、シン君これを頼めるかな?」


「ユウさんにしては、珍しいですね」

 シュリンクされた大量のA4ランクのフィレ肉は、確かに消費期限が迫っている。

 ユウやシンは表示期限を鵜呑みにする事は無いが、ドリップの様子から熟成が進んでいるのは一目瞭然である。


「うん。予定外のキャンセルが続いちゃってね。

 アンも北米に出張中だし、レイさんも戻って来ないし。

 シチューにしてから冷凍するのも考えたんだけど、デミグラスを仕込む時間が無くてさ」


「マリーもステーキばかりじゃ飽きちゃうでしょうしね。

 じゃぁ、保存し易いローストビーフにでもしますか。

 丼にしたり、サンドイッチにしたりと応用も効きますし」


 NASAから諸事情で暫くデブリ処理が出来ないと言われているシンは、ここ数日はスケジュールに余裕がある。

 救出作戦から戻って以来ホワイトハウスからの緊急呼び出しもないので、実に平和な状況なのである。


「うん。無駄にしないで使って貰えると助かるよ」


「あっそうだ!折角クーラーバックがあるから、肉入りチマキを持っていって下さいよ」

 シンはハウス冷凍庫から、シュリンクパックされた大量のチマキを取り出してくる。


「これは……タイワンまで行って仕入れて来たの?」


「ええ。

 悔しいですけど、僕が仕込むよりも既製品の方が美味しいですから」


「さすがに母さんでも、中華チマキの調理は難しいかもね」


「いえ。前にレシピを教えて貰った時に、調理した分のオーケーが出なくて。

 それからはタイワンの評判の店をまわって、研究中なんですよ」


「それは……シン君らしいというか。

 本場のチマキなんて、寮のメンバーは食べた事が無いだろうに」


「当然、僕の個人的な拘りですね。

 中華料理の師匠が、昔良くご馳走してくれた思い出の味なんですよ」


「母さんは香辛料の使い方に厳しいからなぁ。

 八角を効かせすぎると、必ず文句を言うんだよね」



                 ☆


 夕方。


 薪釜のテストを兼ねて、今日の夕食メニューはピッザがメインである。


「へえっ、この厚い生地(クラスト)はTokyoオフィスのピッザと同じだね。

 底が香ばしいのも一緒だけど、焼きムラはこっちの方が無いかな」


 エイミーが新しい釜で焼き上げたピッザを、シンは美味しそうに頬張っている。

 今日の夕食のメインはピッザなので、テーブルの上には焼きあがった大皿が大量に並んでいる。

 寮でもピッザはイタリア風に一人一枚でサーブされるので、テーブルやワゴンの上は大変な状態になっている。


 「ピッザ窯の熱価はこっちの方が高いんで、焼きムラは少ないみたいですね。

 このアルミの焼型は、借り物なんですけどね」


 一気に焼き上げたピッザを前にして、エイミーも味を確認中である。

 表情が柔らかいので、初回にしては満足できる仕上がりなのだろう。


 ミラノの有名店と同じ焼型を使ったピッザは、ニホンでは食べられる場所が限られる。

 米帝風のパンピザと違って、生地の底も揚げたようにクリスピーなのが特徴である。


「何でマルゲリータだけなの?」


 ルーはピッザを休む事無く頬張りながら、エイミーに尋ねる。

 既に彼女の前には食べ終えた平皿が、しっかりと数枚重ねられている。


「まだ他の具材を、上手に焼けるだけテスト出来ていないので。

 味に飽きたら、追加の具材を載せても美味しいですよ」


 熱価の高い薪釜で焼かれたピッザは、生地までしっかりと熱が伝わっているので簡単には冷たくならないようだ。


「この薄いお肉を載せると、とっても美味しいよ!」


 美味しいものに対する嗅覚が鋭いマイラは、プロシュートをピッザに大量にトッピングしている。

 基本的にトマトとチーズ、フレッシュバジルだけの組み合わせなので、肉類との相性も抜群なのだろう。


「このプロシュートも、ニホンで買うとかなりの高級品だからね」


「このアンチョビも、すごく美味しいなぁ。

 もしかしてこれもエイミーの自家製なの?」


 ルーは塩辛いアンチョビを気に入ったようで、マイラと同じように大量にトッピングしている。

 ロシア滞在が長かった彼女は、癖のあるニシンも大好物なのである。


「いいえ。

 これはカーメリのポピーナで、分けて貰った分ですね。

 寮の厨房でも仕込みましたけど、熟成するまでに時間が掛かりますから」


「これはミラノ風の焼き方なの?」

 シェアしていない何枚目かの皿を片付けながら、ベックはまだ食べ足りないようである。

 これだけ食欲があるという事は、体調もかなり回復しているのだろう。


「ええ。カーメリにあるポピーナでも、これはレギュラーメニューですね」


「米帝を含めて、いままで食べたピッザで一番美味しいよ!

 エイミーはやっぱりすごいんだな」


「ふふふ。美味しいって言ってもらえるのが、一番嬉しいですね!」



「シンとしては珍しく、フライドポテトとマカロニチーズも作ったんだ」


 ルーは普段の食卓に並ばない、グラタン風の大皿に驚いているようだ。

 米帝の家庭料理であるマカロニチーズは、大雑把な味なのでシンの好みで無いのは当然であろう。


「うっかり、まだハナが戻ってないのを忘れててさ。

 ベルさんはマカロニチーズが好きみたいですね」


「これは本物のパルミジャーノを使ってるから、米帝風のMac’n Cheeseとは全然違うよね。

 どっちかと言えば、ちゃんとしたイタリア料理の味だな」


「アイさんがインスタントが嫌いなんで、教わった通りに作ったんですよ。

 フライドポテトの方はプリフライの既製品ですから、街のハンバーショップと同じ味ですけど」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 夜半、寮のリビング。


 ユウがベックと久々に話したいというリクエストで、急遽飲み会が開かれていた。

 ピアとベルは気を利かせたのか、リビングには現れず早々に自室に引っ込んでしまっている。


「ユウさん、つまみが冷めてるピッザとフレンチフライで申し訳ないですけど」


「いや、酒のつまみとしては、こっちの方が良いかな。

 さすがカーメリで修行してきた成果は、しっかりと出てるような気がするね」


 Tokyoオフィスではピッザを食べる機会が多いので、ユウの評価は就寝中のエイミーにとっても掛け値なしに嬉しいものだろう。


 ほぼ1年ぶりにユウと再会したベックは、静かにグラスの生ビールを飲んでいる。

 ピッザは十分に堪能したので、つまみはシンがカーメリから大量に持ってきた切り落としのチーズである。

 以前のベックのおどおどした態度を覚えているユウから見ると、同じ人物とは思えない落ち着きが感じられる。


「ベックの元気そうな顔を見て、安心したよ。

 それに雰囲気がかなり変わったよね」


 ここで暫く無言だったベックがビールで喉を潤した後、意を決したように口を開く。


「ユウさんには自信を持てるように親身になって助力して貰いましたし、本当に感謝しています」


「海兵隊の空気が、ベックには合っていたのかもね」

 駐屯地で海兵隊の隊員との交流があったユウは、プライドが高く結束力が強いその気風を思い出していた。


「一年経っても私自信は情けないままですけど、ただ一人だけ生き残れたのは大きな意味がある筈だとエイミーは言ってくれました。自分ではそれが何か見当もつきませんけど、それを探し続けるのも人生の目標なのかも知れませんね」


「うん。

 私達の回りには『彷徨い人』が沢山居るけど、まぁメトセラの人生は長いからね。

 シン君みたいに若くして身を落ち着けなくても、先は長いからさ」


「……あのユウさん、自分は身を落ち着けたつもりはありませんけど?」


「へえっ、今居る(ハーレム)のメンバーから逃げられると本気で思ってるのかな?」


「いえ、そんなつもりは微塵もありませんけど。

 皆僕の大切な家族ですから」


「ベック、こういうのをニホン語で『身を落ち着ける』っていうんだよ」


「はい。しっかりと覚えておきます!」


 シンは満面の笑みを浮かべる二人を見ながら、自身もいつの間にか微笑みを浮かべているのに気がついたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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