025.This Far
シンとベルが予定を消化し、屋上にジャンプで到着する。
前日に比べるとシンの顔色は悪くないが、やはり慣れない過食に苦労している様子である。
リビングではティータイムで休憩中のエイミーが、労るような優しい笑顔で迎えてくれる。
「シン、ベルさん、耐火煉瓦が地下駐車場に届いてますよ」
「ごめん。運ぼうと思ったんだけど、さすがにまだ筋力が戻ってなくて断念したよ」
どら焼きを頬張ったベックが申し訳なさそうに言うが、さすがに総重量が数百キロになる耐火レンガを運ぶのは容易では無い。
彼女は書籍リーダーで、戦術関連の本を読み込んでいるようだ。
ここ一年弱の経験を無駄にしない為に、空き時間を有効に使っているのだろう。
「いえ。私が止めたんです。
こちらで預かってるベックさんに、何かあったら大変ですから」
一同は建物とは不釣り合いな大型エレベーターで、地下駐車場まで降りていく。
このエレベーターは厨房設備の搬入にも使われるので、高層ビルのようなかなり大型のものが設置されているのである。
耐火煉瓦は地下駐車場の一区画を使って、整然と並べられていた。
最後にエレベーターを出たシンは、ドアを開放した状態にロックしている。
「……ちょっと後ろに下がってくれる?
Here We Go!」
煉瓦の山を検品していたベルからOKが出たので、シンは一気に厨房まで運んでしまうつもりなのだろう。
シンはまずエレベーターの間口に合わせて、煉瓦をグラヴィタスを使って整然と並べ替える。
その様子はテトリスが積み上がっていくような、目にも留まらないスピードである。
次にシンは大きなエレベータードアに向けて、綺麗な直方体に積まれた耐火煉瓦をまとめて『浮遊』させる。
見た目からは数百キロに及ぶその重量は感じられず、まるで発泡スチロールのカタマリを移動しているようにしか見えない。
「シン、このエレベーターはかなり大型だけど、重量オーバーじゃないか?」
横で見学していたベックが、シンに焦った様子で尋ねる。
「ああ、大丈夫。今は重量がゼロになってるから。
アノーマリーが切れると、レンガごとエレベーターホールを真っ逆さまだけどね」
シンは先日15トンの機体を軟着陸させたばかりなので、この程度の重量では全く負荷を感じていない。
日々負荷を増やしていくトレーニングを行えば、旧型のジャンボジェットすら軟着陸させるのが可能であろう。
もっともその場合には、マリーと同じくエネルギー消費が大きな問題になりそうであるが。
「……シンのアノーマリーは初めて見たけど、やっぱ凄いな」
安全の為に他のメンバーは、同乗せずに上昇していくエレベーターを見送っている。
「ベックさんも、実は同じくらい凄い能力を隠し持ってるかも知れないですよ」
「どうかな、私は能力値が低いので有名だからね」
昔のベックならば無条件に突っかかっていくようなエイミーの一言にも、彼女は静かに返答する。
「シンとも近い親戚なんですから、能力が低いというのは単なる思い込みじゃないですか?
きっと、近いうちに明らかになりますよ」
エイミーの確信があるような一言に、ベックは怪訝な表情を浮かべたまま首を傾げたのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
翌日。
厨房では早速、薪窯作りがスタートしている。
本来ならばベックは助手という役割なのだが、どうやらベルは手助けせずに出来るだけベックに作業を任せるつもりのようだ。
「どう、要領は分かった?」
個別の煉瓦の加工について、ベルが最初にお手本を見せている。
アラスカから持参した治具に押し付けた耐火レンガは、まるで粘土のように形を変えている。
治具として使われている金属の枠は、ヴィルトスに反応しない特殊な金属で出来ているのだろう。
「あの、自分は能力に乏しいので、こんな高度な事は……」
「ベック、この間の撃墜された時の事を覚えている?」
ここで様子を見ていたシンが、横から発言する。
「???
いや、気がついたらベットの上だったから、何も」
「トラウマを刺激しそうで申し訳ないけど、この映像を見てくれるかな」
シンは胸元からコミュニケーターを取り出すと、液晶画面に墜落現場の画像を表示させる。
「……これは?」
「ベックが自分自身で作ったコクーンだよ。
多分同じものは、僕には作れないかな」
「……」
「たぶんちょっとした切欠で、この耐火煉瓦の加工はできるようになると私は踏んでるんだ。
締切りも何も無いから、気長にやってみないかい?」
ベルがベックに作業を任せるのは、余計なプレッシャーを掛けずにリハビリして貰う意図があるのだろう。
尤も時間が掛かれば、それだけベルの滞在が長期になるという彼女自身のメリットもあるのだが。
「はい、なんとか頑張ってみます!」
シンですら初めて見るようなベックの熱が篭った様子に、離れて見ていたエイミーは笑顔で頷いたのであった。
☆
カーメリから帰国したルー、マイラ、リラは、学園に通う平常運転に戻っていた。
少しだけ変わったのは、リラが絶えずデジカメを首に下げるようになった点であろう。
マイラが授業中に空腹を訴えたので、一同は飲食店街では無く校内のカフェテリアに来ていた。
昼間の厨房はアラスカのフードコート出身のコックが担当しているので、Tokyoでは食べられないユニークなメニューが並ぶ事も多い。
「カーメリの食事は美味しかったけど、途中で白米が恋しくなったなぁ」
ランチプレートのライスやパスタはセルフサービスであり、ルーはシンガポール風チキンライスを山盛り状態に盛り付けている。
盛り付け終わると、プレートごとマイラと交換して今度は自分の分を同じ分量で盛り付けている。
「カーメリではあのトマトソースの、太いショートパスタが美味しかった!」
「パッケリだろ?そういうのは、シンにリクエストをすると作ってくれるよ」
「あの、シンさんってイタリアンにも詳しいんですか?」
リラのプレートは、同席している二人と比べると盛り付けられた量がとても控えめである。
「ほら、ユウさんの母君に料理を教わってるから、実はイタリア料理のレパートリーはかなりあるんじゃないかな?」
「でもユウさんは、ニホン料理以外は滅多に作らないんですよね?」
「寮にはアンとかフウさんが居るから、遠慮してるんだろうな」
「なるほど」
「シンの作るものなら、何でも好きだよっ!」
「それはマイラがシンの事を大好きって意味だろ?」
「うん!
私と姉さんは、この惑星の男性ではシンが一番好き!」
「なんか趣味嗜好というよりも、生理的に好きって聞こえますよね?」
「うん!できれば子供も一杯作りたいって思ってるんだ!」
「……」
「リラ、この話はここまでにしようか?あんまりカフェテリアでするような話題じゃないし」
「はい、了解です」
リラが構えたファインダーに写るマイラの表情は、授業で議論をする時と全く違う種族としての女性を強く感じさせる。
年に似合わないマイラの強い自己主張は、姉妹の壮絶な過去を知らないリラには到底理解出来ないであろう。
だがそれと同時に子供を作りたいと言い切れる彼女の強い想いに、少しだけ羨ましさを感じてしまうリラなのであった。
お読みいただきありがとうございます。