024.Too Much
夜半のTokyoオフィス。
SIDに在宅を確認した後、シンは急遽マリーの私室を訪問していた。
いつもならばリビングで話をするのだが、早朝に近い時間帯なのでさすがにそれは躊躇われたのである。
ペアで作戦を行う事が多い二人の間には、友人同士の様なかなり気安い雰囲気が漂っている。
それはシンの作る料理をマリーが気に入っている部分も、かなり大きいのであろう。
「シン、なんか顔色悪い?」
シンがお土産として持参したビーフンを、マリーは巨大なタッパーウエアから直接食べている。
食べ易いとは言えないが、彼女は綺麗な箸使いで底の深い容器をあっという間に空にしている。
通常ならば食事をする時間帯では無いのだが、マリーにとって目の前の好物を食べないという選択肢は存在しないのであろう。
彼女の強靭な胃袋は24時間営業であり、休ませる必要を全く感じていないのであろう。
「うん。ベルさんに付き合って食べ歩きしてるから。
普段の数倍の量を食べてるから、調子が悪くて」
「それは、私には想像出来ない種類の悩み」
最初のビーフンが入っていたタッパーウエアを空にすると、今度は炒飯が詰められた別のタッパーウエアに取り掛かっている。
「ねぇ、厨房に行って温めてこようか?」
Tokyoオフィスの厨房は、業務用の大型レンジがあるので皿に移さなくても温めるのは簡単である。
だがマリーは冷めたままで、大きなレンゲを使って実に美味しそうに炒飯を頬張っている。
「シンの作る中華は、余分な油が無いから冷めていても美味しい!
暖かいのは、また寮にお邪魔した時のお楽しみ」
「ああ、うちは大人数だからいつ来てもらっても大丈夫だよ。
それで今日は、エナジーメイトのゼリーの件で相談があって」
「それなら、在庫がたくさんあるから好きなだけ持っていって大丈夫」
「いや在庫の分じゃなくて、これから発注する分についてなんだけど」
「???」
「あのゼリーの味が無いのを、なんとか出来ないかと思ってさ」
「……なるほど!確かにもう少し味がちゃんと付いてれば、飲みやすくなる」
「それでマリーはどんな味にしたら良いと思う?」
「う〜ん、やっぱりフルーツ系?
でも試作の段階では、味を付けるのは難しいと聞いていた」
「ああ、桁外れに高カロリーだから、その辺が理由なんだろうな。
今ユウさんは留守なの?」
「たぶんアラスカに行ってる。
追加のお手伝いが必要とか」
☆
場所は変わって、こちらは引き続き休暇を満喫中のハワイベース。
ハナとトーコはビーチで日光浴中だが、ケイとパピは室内でのんびりと寛いでいる。
2人は作戦中にどうしても日焼けしてしまうので、態々ビーチで日光浴をする必要性を感じていないのである。
目の前に置いてあるスイーツの山は、ピアがホノルル市内で調達して来たものだが
トーコが最近スイーツを控えるようになったので、在庫は余りがちである。
「バウッ!」
「えっ、ティラミスが欲しいの?」
スイーツの山の中に好物を見つけたのか、シリウスのリクエストが入る。
「バウッ!」
「なんか最近シリウスがとってもグルメ化してるような気が」
さすがにホノルルの店舗だけあって、ティラミスもニホンのコンビニにあるような極小サイズでは無い。
大きめの皿に蓋を取った容器を置くと、シリウスは舌を器用に使って食べ始める。
「バウッ!」
この一吠えは、味を気に入ったという事なのだろう。
Kー9であるシリウスは、地球の犬はおろか普通の人間よりも味覚が発達しているのである。
「そうだな。
お前よりはデザートの味がわかってるみたいだし」
「うっ、否定出来ないのが辛いかも」
「このティラミスはかなり酒精が強いから、シリウスが気に入ってるのかも知れないな」
「バウッ!」
「カーメリ組は、もう寮に戻ったってホント?」
「ああ、ベックも湯治のために寮に入ったみたいだな」
「救出部隊のヘリが撃墜されたのに、あいつだけ助かったなんて。
もしかして星周りが変わったのかな?」
二人はシンから提供された現場画像を既に見ている。
運が良かっただけで無いのは、当然理解しているのであるが。
「シンの話だと、別人みたいになったそうだよ。
ドロップアウトせずに作戦に同行するようになったのなら、まぁ変わってて当然だろうな」
「それで定期便が来るのは来週でしょ?それまでのんびりしていて大丈夫かな?」
「態々ワコージェットを回して貰うのも、手間が大変だからな。
まあ緊急事態なら、シンに迎えに来てもらうって手もあるからな」
「バウッ!」
「うん。そうだよな。
シリウスはシンに会えなくて、寂しいよな」
付き合いが長くなった二人は、シリウスとの意思疎通が出来るようになっている。
最初は単純な吠え声にしか聞こえないが、慣れてくると『特殊な高速言語』として聞き取れるようになるのである。
☆
場所は変わって、大阪の赤い看板のラーメン店。
「残せないって、こんなに辛いんですね」
この店舗には小盛りメニューが無いので、シンは普通のサイズのラーメンを食べている。
博多豚骨より濃縮されたスープは美味しいのだが、連日の食べ歩きで胃が疲れているシンにとってはかなりヘビーなのだろう。
「えっ、そんなに辛そうに見えないけど?」
「いや、不味ければ残す大義名分が出来るのに、どれも食べた事が無い味で美味しいですからね」
アイの食べ歩きに頻繁に付き合っているシンだが、彼女の食べ歩きのジャンルは洋食まででありラーメンは含まれていない。
彼女は特にラーメンに偏見は持っていないのだが、正直なところ店が多すぎてそこまで手が回らないのであろう。
「まぁ胃袋を大きくするには、地道な努力が必要だな。
それで今日は何でジャケットを着用してるんだ?
食べ歩きなのに、堅苦しい格好をする必要も無いだろうに?」
スープまですっかり飲み干したベルは、カウンターに丼を戻すとすぐに席を立つ。
「せっかくオーサカまで来てますから、犬塚製薬まで顔を出そうと思いまして」
スープを残したシンは、同じようにカウンターに丼を戻すと席を立つ。
「ああ、美味しかった!
やっぱりカップ麺になる元ネタを知らないと駄目だな」
「カップ麺の方の味は知りませんでしたけど、豚骨ラーメンとしてはかなり濃い感じでしたね。
それで犬塚の件なんですけど」
「あのゼリーの味付けの件だろ?」
「これを食べ終えたら、暫く自由行動にしますから。
ミーティングが終わったら、迎えに来ますので」
「いや、面白そうだから付いていくよ。
幸い今日は、私も襟付きの服装だから失礼に当たらないだろう?」
ベルは普段のジーンズ姿では無く、フウが好みそうなシックなワンピース姿である。
「ああ、同行いただけると心強いですね。
ベルさんほどの迫力があれば、あのコワモテの料理長相手でも押し切れると思いますよ」
「シン君、レディ相手に失礼じゃないかしら」
「ふふふ。
そういうニホン語口調も、なかなか様になっていますね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「美味しくないっていうのは、こっちも把握してるが。
一回で消費する分はせいぜいパウチ1袋分だろ?
これ以上コストを掛けるのは、無駄なような気がするんだが」
ユウから事前連絡があったので邪険にされてはいないが、犬塚食品の総料理長はいつもの不機嫌な様子である。
「先日緊急事態がありまして、僕自身が3袋目で喉を通らなくなったんですよ。
味が付いていれば、もう少しいけたと思うんですよね」
「これを3袋飲むなんて、どういう緊急事態なんだ?
だが原材料との兼ね合いで、香料でちょっと味を付けるって訳にはいかないからな。
特に天然原料を使うなら分量が必要だから、かなりのコスト高になっちまうんだよ」
「もうちょっと飲みやすければ、防衛隊とかの需要も見込めるんじゃないですか?」
「ああ。自衛省の担当者が不味いって評価したんで、高カロリーゼリーの売り込みは失敗してるがな」
「……もし開発が成功したら、米帝の将軍クラスに紹介しても良いですよ」
「おまえにそんな伝手がある訳……いや、ユウの関係者ならばあり得るか」
「何なら現職の大統領から、推薦して貰うのも可能ですよ」
「お前下手な冗談……本当なのか?」
「ええ。
その辺りはユウさんに確認して貰っても、大丈夫ですよ」
シンは財布から米帝政府職員のIDカードを取り出して、総料理長に手渡す。
米帝語も堪能な総料理長は、上級職員であるシンの職名に驚いた表情になっている。
「お前、いや君は、米帝政府の職員だったのか?」
「いえ。僕は米帝国籍は持ってませんので、大統領からお願いされた特別嘱託職員です。
そんな訳で、米帝政府には少しだけコネがあるんですよ」
「市場規模が小さいから、リベートは出せないぞ」
「そんなもの要らないですよ。
それに無事に製品化して貰えるなら、多少の単価アップは容認すると了解は取ってありますから」
「なんでギャラのメリットが無いのに、そんなに一生懸命なんだ?」
「そりゃぁ自分が美味しく飲めるようになるのが、一番大きなメリットです!
緊急事態にカロリーをちゃんと摂取できないと、自分の生死に関わりますからね」
料理長の目を見ながら躊躇無く言い切ったシンに、彼は何も言い返せなかったのであった。
お読みいただきありがとうございます。