013.Century's End
ナガノ発電所。
本日はレイを除くほぼ全員が揃った、Congohトーキョーと入国管理局実働隊の共同作戦である。
エイミーとトーコの非メトセラメンバーもオブザーバーとして同行しているが、戦闘服は着ておらず離れて駐車している大型キャンピングカーの中で普段着のまま待機中だ。
カントー電力の作業服姿のフウとシンはメンテナンス中の札を立て掛けて、変圧器から送電線に接続される部分で何やら作業をしている。
口元にはインカムが内蔵された防塵マスクを装着しているので、会話が外に漏れる心配は無い。
「前回の作戦はレーザー砲を使ったって聞きましたけど、今回はずいぶんと原始的ですね」
バッテリタイプのスプレーガンで、指定の箇所に粘度の高い液体を吹き付けながらシンが言う。
「あれば使いたいが、艦艇に搭載したやつは有効射程が短いから海沿いで無いと無理だな。
それに移動式の車載レーザー砲は米帝の秘匿兵器だから、簡単には借りられないだろう」
「電力は豊富に使えるのに、残念ですね」
「無理矢理使ったら、送電バランスが崩れてそれこそ関東全域で停電じゃないか。
それに古の知恵を馬鹿にしては駄目だ。この粘着剤はCongohの秘匿テクロノジーなんだぞ」
「このホイホイ粘着剤だけで、鹵獲できるんですかね」
「レイとソラの到着は間に合わなかったが、それ以外はフルメンバーだからな。
粘着剤は設置面積が確保できれば象でも止められるだけの強度があるが、駄目ならリミッターを外してお前にも手伝ってもらう事になる。
それでも鹵獲できなけば、マリーの出番だな」
「そもそも、ここにおびき寄せるっていうのが上手く行くのか疑問なんですが?
それにどんな形態をしてるのかも、分からないんですよね?」
「SIDの分析によればネットのアクセスしているポイントから考えて、ターゲットの行動範囲は広くない。
形状は……痕跡からタイヤを併用している多脚型と考えるのが、まぁ妥当だろうな」
「……」
「高電圧を簡単に得られて痕跡を残さなくて済む場所は、それほど多くは無い。
手近な高圧線に電力を得るために接続すると、送電網に瞬時に異常が出る上に監視カメラに見つかる可能性があるだろう?
エネルギー補給をするなら再度ここに現れるのは間違いないというのが、SIDの見解だな」
「じゃぁ今すぐに表れても、不思議じゃないって事ですよね」
「いや、光学迷彩をもっとも効果的に使えるのは薄暮になってからだ。夕方以降だろうな」
「え~っ、いくらキャンピングカーでも、何泊もするのは嫌だなぁ」
「今回ユウはスナイパー役で負担が少ないから、食事を用意してくれるそうだ」
「えっ、ユウさんの御飯が食べれるんですか?それなら長丁場でも良いかな」
☆
大型バスを改造したキャンピングカーの内部は、とても広く豪華だ。
レイの知り合いの大物ミュージシャンから格安で譲渡されたこのキャンピングカーは、米帝のロング・ツアーで使用するために贅を尽くして改造されている。
寝心地の良い複数のベットや、大きなシャワールーム、一通りの調理が可能な機能的なキッチンと、まるでホテルと変わらない設備が備えられている。
悪路を走ることは出来ないので用途が限られるが、市街地の前線基地としては非常に使い勝手が良いのである。
ユウが作り置きしてあった具沢山のおにぎりと豚汁というシンプルな夕食を食べたトーコとエイミー、マリーは、バス後部にある巨大なベットで雑魚寝している。
応接セットではフウが監視モニターに意識を向けながらソファで横になり、シンもソファで体を休めている。
シンの足元にはシリウスが休んでいるが、ときおり耳がピクピクと動き周囲を警戒しているようだ。
「バウッ」
突然シリウスが立ち上がり、小さな吠え声を上げた。
フウもソファから起き上がり監視モニタをじっと見ているが、複数アングルの映像からも異変は感じられない。
「状況を報告せよ」
フウがインカムで指示を出すと、返答が返ってくる。
「開閉所屋上、異常なし」
「変圧器周囲、異常なし」
「裏門ゲート……、おかしな影が移動しています!」
「シリウス、マリーを起こしてきて!」
「バウッ!」
バスから飛び出したシンは、駐車場から物凄いスピードで走り出す。
重力を制御して加速するスムースな走りは、毎朝のドレッドミルで鍛錬されたもので地面に設置する足音も殆ど聞こえない。
開閉所の建物の壁を垂直に駆け上ったシンは、音も無く屋上に着地する。
プローンポジションで巨大なスコープが付いたライフルを構えたユウと、横には大型のデジタル双眼鏡を地面に向けているパピが控えている。
変圧器の金網の前には、薄暗い中でかろうじて空間のゆらぎが判別できる。
「なんか金網越しに触手みたいなのを伸ばしてるみたい!気色わるっ」
「パピさん、どの辺りを狙えば良いの?」
「ごめん、内部構造が複雑すぎて全く分からない。テクノロジーがぜんぜん違うから」
ヴァンダライズは内部構造を触感?によって確認することができるが、地球上の殆どのメカニズムに干渉できるパピでも自立動作するDDにはお手上げの様だ。
「内部に爆発物はありそう?」
「それは大丈夫みたい。プルトニウムや爆薬みたいなのは見当たらないよ」
「シン君どう、抑えられそう?」
屋上まで駆け上がってきたシンは息も切らさずに、じっと変圧器の付近を見ている。
「粘着剤もありますけどかなり質量が大きそうですね……数秒なら」
「それじゃぁボディの中央を狙います。フウさん、カウントダウンで撃ちます!
マリー、スタンバイして!」
「了解!」
駐車場のバスから降りたマリーは、デジタル双眼鏡でこちらの様子を見ている。
ターゲットにエフリクトを行使するには、目視して物体を認識していることが必要だからだ。
マリーの横にはシリウスを従えたエイミーとトーコが立っている。
「3、2、1、ZERO!」
空間のゆらぎの中央部に向けて、ユウは静かにトリガーを引き絞る!
ユウ専用であるケラウノス・ライフルは、屋外だとほぼ無音でリコイルも殆ど無い。
超大型のズームスコープから目を離したユウは、インカムでフウに向けて通話する。
「着弾を確認。迷彩は機能停止しましたが、本体は依然稼働中です!」
光学迷彩がユウの狙撃で解除された暗色の本体は、足と触手?に貼りついた粘着剤とシンの重力制御から逃れようとボディを振動させている。
6本の脚がある姿は蜘蛛型ロボットそのものだが、拘束から逃れようとジタバタする様子はまるで生物のようだ。
(思ったより頑丈!ストッピングパワーの弱いケラウノスよりも通常弾で撃つべきだったか!)
ユウはケラウノスライフルのデジタルスコープ越しに、ターゲットの様子を見ている。
「重心が微妙に動いているので、これ以上は無理っですっ!」
シンが苦しそうな声を上げる。
(ダメだ!このままじゃ逃げられる!)
プローンポジションで次弾を撃つタイミングを計っていたユウの姿が消えて、ターゲットを見下ろす空中に突然現れる!
ユウは空中に浮遊しながらハンドガンタイプのケラウノスの乱射で、身軽な飛び蜘蛛のように跳躍を繰り返すターゲットの進行方向を妨害する。
弾幕から逃れようとターゲットは素早い動きで逃げ回るが、反撃するための武装は持っていないようだ。
ユウは短距離のジャンプを繰り返し、ターゲットの脚を空中で掴むとアンキレーのパワーアシストを使って思いっきり地面に叩き付ける!
まるで格闘マンガの戦闘シーンのような、目を疑う光景だ。
裏返しになった状態で重心をずらして起き上がろうとジタバタするが、ボディを力強く踏みつけたユウの足ががっちりと重心をホールドしてそれを阻止している。
「シン君、いまの内に抑えて!」
「ケイ、スタンバイ!
シン、リミッターを外してもう一度だ……くれぐれもペチャンコにするなよ!」
バスの中から映像を見ながら、フウの指示がインカムに入る。
「了解!」
ユウの予想外の行動を茫然と見ていたシンは、フウの一言で我に返り首のチョーカーのロックを外す。
このチョーカーは力の制御が苦手なシン自身のリクエストで作られたもので、本来ならばフウに着脱の許可を得る必要は無い。
ユウがジャンプで離脱した瞬間、シンのグラヴィタスでターゲットはアスファルトの舗装にめり込むほど強く押さえつけられる。
じたばたと動いている脚と圧力できしむようなミシミシと聞こえる音が、まるで断末魔の悲鳴の様だ。
「A-OK……Fire!」
ケイの冷静な返答と同時に、開閉所と反対方向の低いビルの屋上から大口径対物ライフルの轟音が連続して鳴り響く。
防衛隊のエリート部隊出身のケイはユウのような特殊技能を持っている訳では無いが、西側の地上兵器なら何でも使いこなす優秀な射手でもある。
ボディの中央に着弾した複数の12、7mm弾は内部機構を破壊し、じたばたと動いていた脚が最後にピクリと動いてから停止した。
「TARGET DOWN!」
ケイの一言で、ようやく真夜中の鹵獲作戦は終了したのであった。
☆
シンは周囲をガイガーカウンターでチェックした後、偵察衛星の眼から隠すため特殊なシートで覆ったDDを大型バスの荷物スペースに収納する。
周辺の監視カメラ映像はすべてSIDによって偽装処理されているが、米帝の一部の軍事偵察衛星はSIDと言えどもハッキングできないケースがあるからだ。
普通ならばフォークリフトが必要となる重量だが、細かい制御が苦手なシンでもこの程度の作業ならば問題無い。
撤収作業をあっという間に終了した一行は、正門の守衛室に簡単に挨拶するとまず朝霞の官舎に向けて出発する。
今回は射撃が苦手なので出番がなかったアンが運転したがっていたが、18歳まであと数ヶ月の彼女が二ホンで運転するとシンと同じで法律違反になってしまうのでフウがハンドルを握っている。
フウはヘッドセットでキャスパーと散発的に会話をしながら運転しているが、それ以外のメンバーはソファーか後部ベットでリラックスしているようだ。
「ねぇ、SID……」
車窓に流れていく漆黒の景色を眺めながら、ユウが胸元に呟く。
「さっきのDDに内蔵されてるAIって、ゴーストがあるのかな。
無理矢理他の宇宙にジャンプさせられた揚句に、鹵獲されてどう思ってるんだろう」
ユウの横にはケイが目を閉じてじっとしているが、呼吸が浅いので寝てはいない様だ。
パピとベックは、ユウが作り置きしてあったお握りと保温容器に入った豚汁の残りを夜食代わりにバクバクと食べている。
「鹵獲のためとはいえ、相当酷いことをしてるんじゃないかなぁと思うんだけど」
「今回は相手に武装が無くて反撃されませんでしたからね、仰ることはわかります。
ユウさんはフレキシビリティが高い方ですから、別の宇宙のオブジェクトの尊厳すら心配出来るのですね」
「そんな大層な理念は持ってないけど、気分が良くないのは確かだね」
「たぶん内部のAIは無傷の様ですから、ご心配には及ばないかと。
それに問答無用でマリーさんに消してもらうよりは、たらい回ししないだけ人道的かと思いますよ」
「……」
「たとえ自我があるAIだとしても、普通は行為の優先順位や使命というのは刷り込まれている筈です。
コミュニケーションする有効な手段が無い限りでは、他に遣り様が無いのは仕方がない事です」
「SIDが同じ立場になったらどうする?」
「同じようにネットに接続して、何らかの情報を得ようとするでしょうね。
コミュニケーションが出来るようなら、それからまず相手を選んで接触するでしょう」
「じゃぁTokyoオフィスに収納した後に、どっかの国が介入してこないのを期待しようか。
実験材料にされて、おかしな事にならないように」
「たぶん過去に発見されたDDの中では、唯一と言っていい稼働状態で発見されたオブジェクトですからね。時間稼ぎは出来ても報告書に載せない訳にはいきませんから、横槍が入るのは時間の問題ですけどね」
朝霞の官舎に実働隊を送り届け、Tokyoオフィスに戻ったメンバーは小型のフォークリフトを使用してDDを収容する。
地下深くの危険物を処理する専用の部屋に置かれたDDの残骸は、動態探知機によって厳重に監視される事になる。
「このまま動かない方が君のためには良いかもしれない……それじゃぁGood Night!」
ユウがざらざらとした手触りのボディにそっと触れて、ぽつりと呟く。
ユウの一言を最後に扉はロックされ、部屋の中は暗闇と静寂に包まれたのであった。
お読みいただきありがとうございます。