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021.I'll Never Be The Same

 シンがベックの為に調理をするのは、差し入れのお握りを作って以来である。


 エイミーが居ない厨房に立ったシンは、使い込んで黒光りしている中華鍋をカッコンカッコンと振っている。Tokyoオフィスの厨房にも無い大火力の中華バーナーは、シンのリクエストで設置された特注品である。


 シンが大盛りにした炒飯を配膳すると、レンゲをしっかりと握ったベックがクーメルに負けない勢いで食べ始める。


「作りすぎた分は保温ジャーに入れてあるから、お代わりは沢山あるよ」


 大人数分の調理に慣れてしまったシンには、2人前丁度を作るのは逆に難しい。

 出来上がった大量の炒飯は、普段炊飯に使っているより小さな炊飯ジャーで保温状態になっている。


(まぁ余ったら、Tokyoオフィスにジャーに入れたまま持っていけば大丈夫かな)

 炒飯ならマリーが喜んで夜食に食べてくれるので、無駄になることは無いのである。


「うん!やっぱりシンが作ってくれる炒飯は薄味だけど旨い!」


 海兵隊の拠点近くに中華料店が全く無いのも考え難いが、ベックの立場だと外食でエネルギーを使う余力が無かったのかも知れない。

 カネオヘなら足を伸ばせば日系コンビニも近場にあるのだが、お握りすら自力調達出来ていなかったのが現実だったのであろう。


「みゃう?」

 ベックの食べっぷりに刺激されたのか、食べ終えたボウルを舐めていたクーメルがシンに向けて何かをアピールするような啼き声を上げる。

 彼女はシリウスほどのコミュニケーション能力は無いが、地球産のネコ科では無いのでかなり知能が高いのである。


「えっ、お代わり?

 クーメルにしては、珍しいね」


「みゃう!」


 シンがクーメルのお代わりを用意している間も、ベックはジャーから自分で追加した炒飯を美味しそうに掻きこんでいる。

 一緒に用意した野菜炒めはトロミを強めにつけてあるので、薄味の炒飯と一緒に食べやすいように工夫されているのである。


「いきなりそんなに食べて大丈夫なの?」


「内臓は一切ダメージは無いから、食事の制限は不要だってさ。

 あっ!この焼き餃子、Tokyoオフィスで食べた事があるよ」


 寮の食材庫にも常備している冷凍餃子は、定期配送便のリストに載っているイケブクロの中華料理店謹製である。

 大ぶりで皮が厚いこの餃子は、主食として食べても違和感が無いボリュームである。


「このお取り寄せジャンボ餃子は、マリーの大のお気に入りだからね。

 中華料理店は世界中にあるけど、焼き餃子はやっぱりニホンが一番かな」



「……シンをこれだけ独占してると、寮のメンバーに怒られそうだね」


「小さな頃は、二人っきりの時間もたくさんあったと思うけど」


 薄味の炒飯も加えた追加の皿をクーメルが再び食べ始めたのを見て、シンはベックとの会話を再開する。



「昔はさぁ、シンの事が嫌いだったからね」


「?」


 年下でちょっかいを出される事が多かったシンは、不意を突かれて首を傾げている。

 確かに優しくされた思い出は無いが、嫌われていたとは思っていなかったのであろう。


「だって年下なのに何をやっても敵わないし、フウさんも私と違ってシンにはしっかりと手を掛けていたし」


「……」


「この間差し入れしてくれたお握りを食べながら、考えていたんだ。

 私はいつも口先だけで、シンみたいに地道に努力する事を避けていたって事をね」


「……お握りで気づいたって?」


「シンはそんなに親しくない私が、いつも食べてるコンビニのお握りの種類まで知っていただろう?

 おまけに手持ちの調理技術を駆使して、私が喜びそうな包装までして届けてくれたじゃない。

 たぶんフウさんに用意しろなんて言われなくても、シンは自分の意思で用意してくれたんだよね?」


「……」


「私がシンの立場だったらそんな気配りは出来ないし、それを可能にする調理技術も長年の積み重ねから手に入れたものなんだろう?

 シンが一人でアラスカ縦断してた頃も、私は訓練をサボってゲームセンターで遊んでいたからね。

 持って生まれた才能じゃなくて、自分自身の所為で差が大きく開いたんだってやっと認められたんだ」


「……」


「海兵隊に研修枠で参加できたのも、自分自身の能力じゃなくてフウさんの強いコネだからね。

 それでも与えられたチャンスを無碍にしないように、ここ数ヶ月はシンの事を思い出して頑張ってきたんだ」


 ベックはいつの間にか、黄金色をした飲み物を口にしている。

 シンがちょっと目を離した隙に、ビールサーバーから自分で注いでいたのだろう。


「ねぇ、アルコールは拙いんじゃないの?」


「いや、ナナさんはビール程度なら飲んでも問題無いって。

 飲まないでストレスが溜まる方が、良くないみたい」


「……」


「それにこれだけ恥かしい話をしてるんだから、ちょっと位はアルコールの力を借りさせてよ」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 引き続き食後のリビング。


「こうやって膝を突き合わせて、長時間話をするのは初めてじゃないかな?

 シンは私の事をいつも敬遠してたもんね」


「あのさぁ……クーメルと会ったのは初めてだよね?」


「えっ、この黒猫の事?

 ピートとそっくりだけど、ずいぶんと人懐っこい子だよね」


 クーメルはいつの間にか、ベックの膝の上で寛いでいる。

 元々女性には懐きやすい性格なのだが、初対面の相手に短時間でここまでリラックスしているのは珍しい。


「暫く管理人さんに預けてたから、人肌が恋しいのかな。

 まぁもともと僕には懐いていないしね」


「へえっ、赤ん坊と動物には好かれるシンとしては、珍しいよね」


「……」



「ねぇ、シンなら地対空ミサイルが飛んできても、簡単に対処できるのかな?」

 ここでベックは自ら遭遇したばかりの、撃墜された体験について語り出す。


「ああ、今なら問題無く処理できると思うよ」


「ユウさんなら、どうするだろう?」


「ユウさんはヴィルトス能力が低いから、ケラウノスで撃ち落とすだろうね。

 あの射撃能力は、技術じゃなくて異能クラスだからね」


「なるほど。

 そういう自分で対処できる能力と自信を兼ね備えてないと、駄目なんだろうなぁ……」


 自らに言い聞かせるような呟きは、紛れもない彼女の本心なのだろう。



「ベック、それじゃ部屋まで連れて行こうか?」


 顔色は変わらないが、多少酔いが回ったように見えるベックにシンは声を掛ける。


「いや……なんか温泉に浸かったら、手足が急に楽になった気がしてさ。

 手助け無しでも、ちゃんと歩けるような気がするよ」


「確かに校長先生は温泉が効果有りって、言ってたけど。

 湯治って、かなり時間がかかる治療法だよね?」


「いや、長年あった蟠り(わだかまり)が無くなったから、体が軽くなったのかもね。

 それにシンのあの入念なマッサージが、効果を上げたのかも知れないな」


 ベックはふらつく事も無く、リビングから廊下へしっかりとした足取りで歩いていく。


「朝食は、和食で大丈夫かな?」


「もちろん!シンが作ってくれるなら、何でも大丈夫だよ!」

 屈託ない笑顔を見せるベックを眺めながら、シンも何故か心が軽くなっているような不思議な思いを感じていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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