020.Always Will Be
寮の大浴場。
定期的に行っている清掃を短時間で済ませて、シンは一人温泉を堪能していた。
電動ポリッシャーを2本並べて清掃をあっという間に完了出来たのは、もちろん重力制御を駆使しているからである。
「シン、邪魔するよ!」
タオルで前を隠す事も無く、ベックがすっぽんぽんで大浴場に入ってきた。
彼女はたぶん此処の温泉を、利用するのは初めてであろう。
「おいっ、ベック!まだ一人で入浴は拙いだろ!」
シンは前も隠す余裕も無く、慌てて湯船から飛び出した。
まだ足元がふらついている彼女がここで転倒でもしたら、受身を取れずに怪我するのが必至だからである。
「一人じゃないよ。シンが入ってるって管理人さんに聞いてたから。
ねぇ、髪と身体を洗ってくれるかな?」
浴槽の傍にしゃがみこんで掛け湯をしようとしたベックだが、黄色いケロリン桶をしっかりと持つ事が出来ない。
湯船から上がったシンは、壁面のシャワー前に置いてある黄色い風呂椅子にふらついている彼女をまず座らせる。
米帝の習慣にならったベックは、全身脱毛しているので現実感が乏しいマネキンのような全裸である。更にジーの施術によって細かい傷跡も消えているので、まるで写真を修正したピンナップガールのような滑らかな肌色をしているのである。
「全く……なんでわざわざ男の僕に頼むのかな?」
シンはケロリン桶を使って、静かに肩口からかけ湯を行う。
ショートカットの髪は邪魔にならないが作戦と怪我のために数日シャワーを浴びていないので、女性らしい甘い体臭を強く感じてしまう。
「だって、今寮に居るのはシンだけだもの。
それに昔から一緒に風呂に入ってる仲だし、今更だと思うなぁ」
シンは脱衣所の備品棚から新品のボディスポンジを取り出すと、ボディシャンプーを泡立ててベックを洗い始める。
うなじから綺麗なお椀型の両乳房そして脇腹と、慣れた手付きには躊躇が全く感じられない。
もちろんムダ毛が全く無い股間も、スポンジを使ってしっかりと洗っているのは言うまでも無いだろう。
シンにとっては飛行機事故に遭うまで妹を入浴させるのは毎日の習慣だったので、興奮もしなければ気恥しさも全く感じていないのである。
「一緒に風呂に入ってたのは、僕がフウさんの所に来たばかりの頃だろ?
フェルマさんが介護要員で来るって聞いてたのに」
しゃがみこんだ体制でシンは彼女の足指もしっかりと洗っていく。
軍務に従事している兵隊は性別に関わらず、気密性の高いブーツのお陰で足指の間が傷んでいる場合が多い。
デリケートな部分も低い姿勢のシンにははっきりと見えているが、シンはそれを意識した素振りを見せていない。
「彼女はマイラが到着する頃に、こっちに合流するってさ」
ほんの少し顔を赤くしながら、ベックは応える。
全裸で堂々と浴場に入ってきた割には、今更ながら恥ずかしさが出てきたのだろう。
「まったく……余計な仕込みをしたのはナナさんだね」
「ねえシン、スポンジじゃなくて今度は素手で洗ってよ!」
この甘えたような声色は、シンがベックの口から聞いたことが無い種類のものである。
「No way!
背中を流すんじゃなくて、違う行為になっちゃうからね」
「ちぇっ、ケチ!
おまけにシンはぜんぜん興奮してないじゃん!」
ベックの顔がほんのりと赤く見えるのは、自らの見られているという羞恥心だけでは無いのだろう。
全裸で前を隠していないシンの股間は、ベックからもしっかりと丸見えなのである。
「普段から混浴してるし、この程度で興奮してたら体がもたないって。
それにベックだと遺伝子が近すぎるから、興奮するのも難しいんじゃないかな」
「こんなに魅力的な女の子を前にして、その台詞は酷くない?
でも普段から選り取り見取りの、ハーレム生活だからなぁ」
「誰がそんなデマを!まだ子供を作るような行為は誰ともしてないよ」
「へえっ、それは意外だなぁ。
ケイさんなんか、シンとなら子作りしても良いかななんて言ってたのに」
「……」
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「う~ん、気持ち良いなぁ。
髪を洗うのも上手だね」
「そりゃぁ、妹のお世話で慣れてるからね」
さすがにシャンプーハットは使っていないが、泡立ったシャンプーをシンは静かに流していく。
軍隊仕様であるベックのショートカットは、シャンプーをするのもとても楽なのである。
「シン、湯船につかりたいなぁ」
「全く……今日だけの特別サービスだからね」
椅子に座っているベックを横抱きにしたシンは、そのまま湯船に入り静かに彼女を浮かべる。
全裸で横抱きをすると、見掛けよりは柔らかい太腿や乳房に手が触れてしまうが、ベックはそれを気にした様子も無い。
「うわっ、最高!
久しぶりの温泉は、やっぱり帰ってきたという気持ちになるよね。
海兵隊じゃバスタブに浸かるなんて、夢のまた夢だったからね」
湯船に背中を預けて、ベックは手足をぎこちなく伸ばして大の字になっている。
突然溺れられても困るので、シンは彼女に手の届く範囲から離れる事が出来ない。
「生きてて良かったぁ~」
ベックの小さな呟きは、大浴場の中でもシンにしっかりと聴き取れたのであった。
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夕食前のリビング。
ソファでリラックスしているベックは、入浴前に比べて顔色も良くスッキリとした表情をしている。
管理人室から数日ぶりに自由になったクーメルは、ベックの近くのカーペットの上でウトウトとしている。
初対面のベックに興味はあるのだが、まだ膝の上によじ登るほど警戒を緩めていないのだろう。
「今日は仕込みの時間が取れなかったから、簡単なメニューしか出来ないけど。
食欲はある?」
「うん、もちろん!
海兵隊の隊員食堂は不味くは無いけど、米帝風の大味のメニューが多くてさ。
それに大好きな白米も、滅多にメニューに登場しないし」
シンがリビングの冷蔵庫からコンビーフを取り出したのを見たクーメルは、跳ね起きて足元に纏わりつきミャーミャー声を上げている。
寮のメンバーの留守中は管理人さんが与えるキャットフード以外食べていないので、好物の手作りコンビーフが待ち遠しいのであろう。
床にボウルを置くと、クーメルは間髪を入れずにガツガツと食べ始めている。
「炒飯と餃子と、野菜炒めなんかで大丈夫かな?」
クーメルが臍を曲げて食べてくれないかと心配していたシンは、安堵した表情で今度はベックに確認する。
深読みするとゲストよりペットの世話を優先しているのでかなり失礼なのであるが、ベックは猫好きなようで不自然さを感じていないようである。
「もちろん!
なんか想像しただけで、涎が出てきたよ!」
海兵隊の隊員食堂は、米帝の軍隊の中ではかなり評価が高いとシンは聞いている。
だが訪問した事があるカネオヘ基地では、飲み物だけで食事をご馳走になる機会は無かったのである。
「それじゃ準備するから、リビングでゆっくりしててね」
食欲が出てきたという事は、順調に回復しているという事なのだろう。
シンは久しぶりに横にエイミーが居ない厨房で、調理を開始したのであった。
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