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019. Hills and Valleys

 カーメリのプロメテウス司令官室。


指令(ゾーイ)、只今戻りました」


 作戦(オペレーション)は平穏無事に完了し、シンはルーと一緒にカーメリへ戻ってきていた。

 もちろんシンが解放した人質達は睡眠ガスによって熟睡していたので、ジャンプについては全く見聞きしていない。

 移送時に騒がれる事や説得も必要無く作戦が進行したので、予定時間よりもかなり早めに撤収出来たのである。


「ご苦労さん。

 テストフライトの予定は順延して、明日同じ時間でテストを行うから。

 今日はゆっくりと休んでくれるか」


 シンが研修中という事もあって、在地司令官としてゾーイは作戦を承認している。

 だが作戦(オペレーション)が1時間も経たずに終了したので、さすがの彼女も驚きを隠せなかったようである。


「この迅速な作戦を見せられると、大統領(アンジー)も驚いたんじゃないか?」


 通常の人質奪還作戦は、要員の移動から現地での戦闘、人質の移送と多数のフェイズが存在し省略する事は難しい。

 Congoh謹製の睡眠ガスを使ったにしても、いきなり最終フェイズからスタートできた当作戦は非常識と言うしか無いであろう。


「ホワイトハウスに寄ろうと思ったんですけど、大統領(アンジー)は後始末に忙しそうだったんで挨拶せずに戻ってきちゃいました。今度日を改めて、ルーと一緒に報告に行くつもりです」


「こういう任務を頻繁に依頼されそうだな。

 大使館占拠は、米帝の場合は頻繁に起きてるからな」


「いや、それは無いでしょう。

 このメンバー3人分の正規のギャラだと、米帝政府でも簡単には払えないだろうってフウさんは笑ってましたから」


 義勇軍のギャラについては、業務内容とアサインされるメンバーによってその金額が大きく変動する。

 最高額がマリーなのは当然であるが、シンやユウもほとんど変わらない高額な指名料?が必要となるのである。ルーについては現在は熟練した歩兵という金額であるが、アノマリーを使用する機会があればその金額が大きく跳ね上がるのは間違いないと思われる。


「まぁ今回は海兵隊のメンツも立ったし、早期に解決して良かったな」


 現実的にはベックの作戦参加はあくまでもオブザーバーであり、救出作戦の成否を左右する立場では無かった。

 彼女の能力ではシンやユウのように飛来した空対地ミサイルを阻止する事は不可能であるし、現状では出来る事は殆ど無かったのである。

 だが紙一重の幸運で生還した彼女にとって、自分以外の部隊員が全滅したという事実は永遠に忘れられない十字架になってしまった。

 ユウやルーが作戦参加を即断してくれたのは、自らの過去の体験に重なるベックの心情を思いはかったからであろう。


「……はい。

 それじゃ失礼します」


                 ☆



 急遽オフになったシンは、数日前の約束通りハワイベースの厨房に来ていた。

 シリウスに挨拶を済ませると厨房に籠り、作り置きの魯肉飯ルーローハンと中華風の総菜を手際よくどんどん調理していく。


「作戦で疲れてるのに悪いね」

 シンと話すために態々厨房にやってきたケイは、ベックの容態について詳細を知りたいのであろう。


「いいえ、今回はルーとユウさんが居たので、僕は単なる運搬役でしたから」


「顛末については一応聞いてるけど、シンが欧州に居てくれて助かったよ。

 四肢の骨折が殆どでも、救出まで時間が掛かったら危なかったからね」


「ベックがそういうラッキーな星回りに、変わったのかも知れないですね。

 それに意識が無いままでしたけど、彼女はだいぶ印象が変わってるように見えましたよ」


「ああ、処置に立ち会ったから、身体のコンディションも見たんだろ?」


「ええ。

 数ヶ月前とは全く違う、かなり締まった体つきになってましたね」


「死線を乗り越えた事で、一皮剥けてくれると嬉しいんだがな」


「ああ、それはたぶんご要望の通りになると思いますよ」


「?」


「ヴィルトスでコクーンを作れなければ、彼女は即死してもおかしく無い状態でしたから。

 同僚の方々は、全く身体が判別出来ない状態でしたし」

 豚肉の脂身を調理しながら言う台詞では無いだろうが、シンは明るく呟いたのであった。


「そうか……私はSIDに記録映像を見せて貰う権限が無いから、あとでフウさんにでも頼んで見せて貰う事にするよ」



                 ☆



「ルー、疲れてない?」


 一緒に飛行訓練を行っているリコが、作戦上がりでソファでリラックスしているルーに声を掛ける。

 手にはニホン製の缶ビールがあるが、彼女はアルコールに尋常で無く強いのでミネラルウォーターのような感覚なのだろう。

 

「ううん、全然。

 久しぶりに歩兵としての仕事をしたから、ストレスを発散できて楽しかったよ」


「ケイさんとかも、リコは凄いって言ってるもんね。

 私はこういう作戦だと、全く役に立てなくて……」


「そりゃぁ、物心付いた時には玩具じゃなくて本物の銃で遊んでたからね。

 それにシン直々に頼まれた案件だから、遣り甲斐があったのは確かだけど」


「私もちょっと前に防衛隊のブートキャンプに参加させて貰ったんだけど、歩兵としてはあんまり適正が無いみたいに言われちゃって」


「でもリコはヴィルトスを使えるんだよね」


「うん。アノマリアも使えるよ」


「へえっ、それは凄いね」


「……私のアノマリアは捉えどころのない能力だから、あんまり実戦で役に立つ気がしないんだけどね」


「?」


「う~ん、じゃぁちょっとだけ披露しようかな。

 『あっちむいてほい』ってやった事がある?」


「うん、もちろん!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「最初は勝負に強い『確率の偏り』の持ち主かと思ったけど、そんなアノマリアは聞いた事が無いもんね。

 でも、これでリコがドックファイトで強い理由が分かったよ!」


 ジャンケンの勝率はほぼ五分五分だったが、あっちむいてほいの指差しではルーはリコに一度も勝てなかった。

 反応時間は明らかにルーの方が高速なので、リコの能力は近い未来の予測に関するものなのだろう。


「?」


「飛行中に相手の挙動を正確に予測できるなら、強いのも頷けるよね。

 ハワイの時からドックファイトで一度も勝てないから、不思議に思ってたんだ」


「分岐予測は判断できる範囲が狭いから、使い方が難しいんだけどね」


「でも、リコってもしかしてギャンブルは負けた事が無いんじゃない?」


「私はギャンブルに応用した事は無いけど、母さんはラスベガスで大暴れした経験があるみたいだよ。

 この間レイさんから聞き出したんだ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 翌日のカーメリ。


「えっ、ベックを入寮させるんですか?」

 リビングのコミュニケーターを使った音声通話で、シンはフウと業務連絡中である。

 アサインされたフライトテストは午前中でほぼ消化したので、シンは昼間からビールを片手にリラックスした表情である。


「ああ。松葉杖があれば歩けるし数日後にはそれも必要なくなるだろうが、まだ看護が必要な状態だからな」


「看護婦さんもついてくるんですか?

 それなら一般の病院でも良くないですか?」


「看護担当はフェルマだし、マイラも居るから丁度良いだろ?」


「ああ、なるほど。

 たまには姉妹水いらずで過ごすのも、悪くないですね」


「それにジーによると、ゆったりと湯治すると完治が早くなるみたいだし」


「分かりました。

 休暇もほぼ終了ですし、テストもひと段落したんで僕が研究所に迎えにいきますよ。

 抱えて連れて来た方が、身体にダメージが少ないでしょうし」



                 ☆



 翌日。


 シンは満身創痍であるベックを迎えに来ていた。

 ちなみにカーメリ滞在メンバーの撤収は、燃料ポンプの修理が完了次第ワコージェットで行われる事になっている。


「シン、色々とありがとう」


 ジャージ姿でベットに横座りしていたベックは、シンの目を真っ直ぐに見つめている。

 その態度は以前のような傲慢さは微塵も無く、ここ一年程の経験に裏打ちされた落ち着きが感じられる。


「どういたしまして。

 友軍の皆さんは残念だったけど、ベックが助かったのは運じゃなくて自分自身の能力だからね」


 以前ならば素っ気なく返答を返す相手だが、シンの口調も彼女の態度に合わせて自然と丁寧なものになっている。


「いや、すべて無意識に行った事だから。

 本当に運が良かったとしか言えないと思うよ」


「……」


「助けてくれただけじゃなくて、中途だった作戦も実行してくれたって海兵隊の方から連絡があったよ。

 私は作戦中に負傷したからO-1(少尉)に特進して名誉除隊だって……何もしてないのにね」


「ああそれなら、元気になったらホワイトハウスに挨拶に行けば良いんじゃない?

 海兵隊OBの大統領(アンジー)とは面識が無いでしょ?」


「えっ、シンってそんな簡単に大統領(アンジー)と面会できるの?」


「うん。僕はホワイトハウスの上級職員だから、ちょっとした空き時間に割り込むのは簡単だよ」


「それは凄いな。

 さすが大統領(アンジー)お気に入りのTOYBOY(若いツバメ)だね」


 軽い冗談を交えて話すベックは、精神にダメージを受けているようには見えない。

 もし以前のままの彼女ならば、冷静に会話など出来ずに錯乱状態に陥っていたかも知れない。


「出会った頃のシンは辛気臭い奴って思ってたけど、同じ立場になってみると見方が変わるよね。

 あんなに小さい頃に酷い目にあっても、辛い素振りも無かったし」


「いや、そんなに恰好良い状態じゃなかったよ。

 数か月の間は、息をするだけで何もする気が起きなかったしね」


「……」


「リハビリに数か月は掛かるだろうから、まぁ暫くノンビリしていたら?」


「うん。お言葉に甘えてお世話になります」


 明るい口調と同様に、微笑みを浮かべたベックの眼差しは迷いが感じられず明るく澄んでいるように見える。

 シンはこの短い会話だけで、見掛けだけでは無いベックの大きな成長を感じられたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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