017.Help Me Find A Way To Your Heart
引き続いてのハワイベース。
「それで、この中でご飯をちゃんと炊ける人?」
ユウは、厨房で食器を洗っているメンバー全員に質問する。
もちろんメインの調理を担当したエリーは、皿洗いを免除されているので此処には居ない。
ケイとパピについては陸防の寮で数日一緒に生活したので料理音痴なのは知っているが、トーコとハナの料理スキルについてはユウも全くの未知数なのである。
「あれっ、全滅?
普段寮の厨房で、お手伝いはしていないのかな?」
「マイラは良く手伝ってますけど、彼女はカーメリ組ですからね」
トーコは、食洗器に予備洗いした食器を手際良く並べながら応える。
つまり此処に揃っている寮のメンバーは調理技術は持っていないが、洗い物だけは問題無くできるという事なのだろう。
「このメンバーの偏りは偶然なのか……それじゃぁ今日の夕食分のご飯は誰かにセットして貰おうかな」
白米の研ぎ方や水加減、業務用炊飯ジャーのセットの仕方を全員にレクチャーしたユウは、次に持参してきた差し入れを説明する。
「ご飯がちゃんと炊けてれば食材庫にレトルトのカレーもあるし、今日は試作品のレトルト牛丼とその他も持ってきたから」
「あれっ、ユウってチェーン店の牛丼が苦手だったよね?」
ユウと飲みに行く機会が多いケイは、彼女が〆の牛丼を拒否したのを覚えていた。
付き合いの良いユウとしては、珍しい出来事だったからである。
「うん。あのショートプレートの酸化した肉が駄目なんですよ。
だから犬塚の料理長と、試行錯誤してるんです」
「これって、カレーと相がけにすると美味しそうですよね」
電子レンジで温めた牛丼のサンプルを味見したハナは、その味に相好を崩している。
脂の多い屑肉であるショートプレートを使わずに下処理をしたすじ肉を加えた牛丼は、チェーン店の牛丼の味と比較してもすっきりした後味がとても素晴らしい。
「あれっ、ハナは随分と食べ歩きしてるんだね。
『牛丼とカレーの相がけ』なんて、普通は知らないよね?」
「食べ歩きしてると、スタンドのカレー屋さんのメニューで良く見掛けるんですよね」
「ああ、そういえばシンも最近良く魯肉飯を作ってるよね」
「豚肉ならまだ製品化しやすいんですけどね。
牛丼だとコストの問題があるし、和牛を使うと特に」
「でもこれだけ美味しい試作品があるという事は、問題は解決してるんじゃない?」
「味はマリーのOKが出たけど、製品化する場合にはコストを含めてまだ問題が山積みだから。
Congohには納品可能だけど、料理長が製品化するって張り切っているので」
マリーは過去にチェーン店の牛丼に嫌な思い出があるので、彼女が美味しく食べられるというのも製品化の一つの目標なのだろう。
「……あとトーコちゃんの好物も持ってきたよ」
「あっ、ユウさん有難うございます!」
「これは、永井食堂のおみやげもつ煮だね」
「さすがに飲兵衛のケイさんは知ってますね。
あとマリーのお勧めの漬物も、沢山持ってきましたから」
「これでご飯があれば、外食しないで済むかな。
バリエーションがあるとは言え、プレートランチにもいい加減飽きてきたからね」
この時から数日間ハワイベースでは、夕食が相がけのカレーになったのはここだけの話である。
☆
翌朝のハワイベース。
ジョギングを終えて帰って来た一同を、今度はシリウスを連れたシンが出迎える。
シリウスは数日ぶりに寮のメンバーと会えたのが嬉しいのか、尻尾を左右に大きく振っている。
「あれっ、シン?
どうしたの?」
パピはシリウスの頭を撫でながら、首を傾げている。
シンの訪問は兎も角、シリウスを同行しているのを不審がっているのだろう。
「それがシリウスが運動不足でストレスが溜まってるみたいなんですよ。
カーメリにもトレッドミルがあるんですけど、警備が厳しい構内を自由に駆け回るのも無理だし」
カーメリでは基本的にシンやエイミーに構って貰える時間が少ないので、シリウスは必然的に室内に篭りがちになっている。
プロメテウスの官舎では他のペットが居ないので人気者なのであるが、基地内を自由に歩き回るのが不可能なのでかなりストレスが溜まっているようだ。
さすがに首輪をしたシリウスをいきなり拘束したりしないと思われるが、イタリア空軍側の警備担当者に徹底するのも難しい。
温厚なシリウスがいきなり攻撃するとは考え難いが、いったん行動に移った場合戦車が出動しても制止するのは不可能なのである。
「アラスカ基地だと雪原を毎日駆け回っていて、元気だったんですけどね。
トーコ、シリウスをこっちに置いていくから宜しく!」
「私はシリウスが居てくれて嬉しいですけど、彼女の食事はどうするんですか?」
早速シリウスを相手にモフモフしているトーコは、とても嬉しそうな表情である。
「ああ、ご飯は炊けるようになったってユウさんが言ってたから、数日に一回何か作り置きで食べれるメニューを用意するよ」
「さっきユウも差し入れを持ってきてくれたから、これで何とか食生活もまともになるな」
「エリーがミートソースを作ってくれたんだって?」
シリウスの吼え声を聞いて表に出てきたエリーが、トーコのモフモフに急遽参加している。
彼女も久しぶりにシリウスに会えたので、満面の笑顔である。
「うん!とっても美味しいって皆褒めてくれたよ!」
「それじゃ、暫くの間シリウスも宜しくね。
カーメリだと警備が厳しくて窮屈だから、砂浜とかで自由に遊ばせてくれると嬉しいな」
☆
翌日、ハワイベースのゲート前。
「シリウス、バイクでちょっと出かけて来るから、留守番を宜しく!」
2台のバイクに分乗したケイとパピ、トーコは、借用したジョンの私物であるニホン製バイクに跨っている。
ケイとパピはタンデムだが、トーコは経験が浅いので当然一人乗りである。
「バウッ、バウッ!」
トーコの一言に、シリウスが即座に反応する。
「ええっ、一緒に乗れるかな?」
「たしかそのバイク用のタンクバックがあるから、中身が空ならシート代わりになるんじゃない?」
パピが急遽タンクバックを取り付けると、丁度トーコの前には追加シートのような空間が出来上がる。
中型犬のサイズであるシリウスなら、なんとか前脚を伸ばせば身体を固定できそうである。
トーコが促すと、シリウスはまるで玉乗りの曲芸をするようにタンクに飛び乗り身体をシートに落とし込む。
「股関節を傷めないかなぁ。
ねぇシリウス、疲れたら言ってね」
「バウッ!」
こうして3人と一匹の変則的なツーリングがスタートしたのであった。
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シート高が低いニホン製のバイクは低速からトルクがあるので、トーコの運転はとてもスムースである。
日本ではかなりピーキーなVツインに乗っているので、運転も楽に感じるのだろう。
トーコの懐のポジションで風を切っているシリウスも、流れる景色を見ながらとてもご機嫌な様子だ。
海岸線をひたすら走り続けた一行は、海兵隊の基地のゲート前で停車する。
歩哨の兵隊が強い目線を送ってくるが、ケイの緩い敬礼に会釈を返してくる。
どうやら国は違っても体に纏っている独自の雰囲気で、軍関係者であるのは分かってしまうのだろう。
「カネオヘかぁ……ここは来たことがなかったなぁ」
パピが海兵隊に在籍していたのは大統領が所属していたのと同じかなり昔なので、この基地にも知り合いは残っていないであろう。
「あれっ、私はあるよ」
「えっ、何で?
もしかしたら陸防の研修?」
「うん。
スナイパースクールに派遣されてね」
「そういえば、ベックは今何処に居るのかなぁ?」
数か月前に此処でスナイパースクールに参加した彼女を、フウとシンがこっそりと視察に行った話は皆知っている。
落第もせずにスクールを無事終了したと後ほど聞いた二人は、他人事ながらもとても安堵したものである。
「フウさんが時々チェックしてるみたいだけど、特にトラブル無くやってるみたいだね」
「フォース・リーコンの出動地域は、かなり危険度が高い中東が多いからなぁ。
なんとか無事でいると嬉しいけど」
二人のベックに対する評価は経験不足で軽率というシビアなものであるが、決して妹分として可愛がっていない訳では無い。
無事に戻ってきて欲しいという思いは強いが、実戦経験が豊富なパピからすれば彼女が死線を越えるにはかなりの幸運が必要だと思えるのである。
「あいつは修羅場になると、途端に悲観主義者になるからな。
なんとか自分の手で運命を切り開いて欲しいんだけど」
学園やTokyoオフィスでしか顔を合わせた事が無く軍歴が無いトーコは、二人の辛辣な評価について意見を言える立場では無い。
ただ学園でベックの投げやりな態度を見た時に、シンやアンとあまりにも違う印象に戸惑ったのは確かである。
「私ごときが言うべき事じゃないかも知れませんが、人は何か切欠があると変われるんじゃないですか?」
「うん。やっぱり年頃の子にとっては、ボーイフレンドの存在が大きいんだろうな」
「確かに!」
トーコを見ながら何故かにやにやと笑っている二人は絶対に勘違いしているのだが、それを口に出して指摘出来ないトーコなのであった。
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