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014.Thank You For Everything

 プロメテウス官舎ブリーフィングルーム。


 イタリア空軍と共同使用しているこのカーメリ基地で、レシプロ機の訓練が行われるのは非常に珍しい。

 もちろん基地では172(セスナ)を複数機所有しているが、主に連絡用としてのみ使用されているのである。


「へえっ、Tokyoでやったシミュレーター訓練は満点か。

 体格のハンデがあるのに、大したもんだね」


 ゾーイから預かった成績表を見ながら、中佐(アンバー)はマイラと訓練フライトについて打ち合わせをしている。

 本来セスナの講習を担当する筈だったレイがロシアから戻ってこないので、シンの依頼により彼女が教官を担当する事になったのである。

 

はいっ(Signorsi)!」


「シミュレーターでこれだけ高得点できるんだから、適性はかなり高いんだろうな」


「適性の高さは自分では分かりませんが、亡くなった父はスペースシッ……いえ航空機のパイロットだったと聞いております」


 幼児用のパイロットスーツ姿のマイラは、少しだけ伸びた髪をポニーテールにして纏めている。

 中佐(アンバー)はシンのテストに立ち会う時とは違って、まるで親戚の子供を見ている様な柔和な表情を浮かべている。


「……そうか、なるほどな。

 ところで、マイラは米帝語の方が得意なんだろ?

 訓練中の会話は米帝語にしようか」


はいっ(YES、MA’AM)

 ご高配感謝致します」


 数日前に宿舎でも見たシュタッと決まるマイラの愛らしい敬礼に、中佐(アンバー)は表情を引き締めるのに苦労しながら敬礼を返したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 数十分後の訓練空域。


 シミュレーターの経験があるとは言え終始落ち着いて操縦桿を握っているマイラは、まるで長年フライトをしてきたヴェテランパイロットの様だ。

 伸びきった足でラダーペダルを操作する無理な体勢にも関わらず、彼女はまったく危なげなく機体をコントロールしている。

 ヴァーチャルの操縦では得られない機体が横風を受けて流れる感覚、スロットル操作でエンジンが息をつく振動……マイラはそれらを容易く察知し、五感を通した経験を体に刻んでいく。

 

 午後から始まったマイラの最初のフライトは、こうしてトラブルも無く終了した。

 本来なら水平飛行から旋回と手順を踏んで習熟していくのだが、いきなり離陸から着陸まで自力で行ったマイラを中佐(アンバー)は殆ど補助する事が無かったのである。

 実年齢が不足しているのでライセンス取得はかなり先の話であるが、滞空時間は記録に残る上にマイラにとっても貴重な経験になったであろう。

 ハンガーから機体のチェックを終えて出てきた彼女は、スキップしそうなほどに足取りも軽くご機嫌である。


 ここで目の前にあるコントロールタワーを、編隊飛行しているF-16がフライバイしていく。

 イタリア軍ならば明らかに軍機違反の超低空飛行だが、ゾーイの機体が編隊に含まれているので誰も文句を言う事が出来ない。

 複数のF110エンジンの轟音が周囲の建物を鈍く振動させるが、当直の管制官は慣れているのか某アクション映画のようにコーヒーを溢してしまう事も無い。


 マイラは思わず立ち止まり、眩しそうな表情で通過していく編隊飛行を目で追っている。


「シンに同行して来たあの二人も、もしかしてマイラみたいに優秀なのか?

 初めて組んだ編隊だろうに、まるで|サンダーバーズ《Thunderbirds》みたいだな」


 マイラと一緒に立ち止まっていた中佐(アンバー)は、綺麗なダイヤモンドを形成しているパイロットの技量を褒め称える。


「お褒めいただいて光栄であります!」


「おいおい、訓練中じゃないんだから、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。

 それで自分自身の訓練はどうだった?」 


中佐(アンバー)が横に居てくれて、とても心強かったです。

 できれば継続して教えていただけると嬉しいです」

 上目遣いで中佐(アンバー)を恥ずかしそうに見るマイラの表情は、破壊力抜群である。


「ああ、シンからもお願いされてるしそのつもりだよ。

 何年先になるかも知れないが、ライセンスを取るまで見届けられたら嬉しいな」


 マイラに器用にウインクしながら、中佐(アンバー)は笑顔のまま呟いたのであった。



                 ☆




 同時間帯の近隣のアウトストラーダ(高速道路)


「どこか行きたい所はあるのかな?

 ガイドブックとかWEBで、下調べは一応してきたよね?」


 カーメリ所属の連絡車を走らせながら、ピアは助手席のリラに尋ねる。

 高速道路を走る車窓から景色を熱心に眺めている彼女は、カーメリ基地からの初めて外出を楽しんでいるようだ。

 基地内は機密エリアが多く自由に散策できなかったので、かなり退屈していたのだろう。


「はい。

 美術館とかよりも、まずは街を自由にぶらぶらしてみたいです」


「ここ最近のカーメリはセキュリティが煩くなって、息が詰まりそうだからな。

 じゃぁミラノに着いたら何か食べながら、のんびりと見て回ろうか」


「はいっ!」

 ここ数日で最も元気の良い返事を、リラは返したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 ミラノの中心部からちょっと外れた場所に青線(有料)のパーキングスペースを見つけたピアは、僅かの隙間に手際よく車を駐車させる。

 すぐに車外に出るのかと思いきや、彼女は事前に手配してあった駐車券をグローブボックスから取り出しフロントウインドの前に並べていく。

 駐車券にはスクラッチする箇所があって、一枚で一時間の駐車が有効なのである。


「うわっ、随分と面倒(ローテク)なシステムなんですね?」

 入庫から出庫まで全て機械が処理していたトーキョーの駐車場しか知らないリラは、ミラノの実情に驚いているようだ。


「ああ、この辺りは駐車場を作る余裕が無いから、土地柄なんだろうね。

 トーキョーみたいに、黄色い看板のコインパーキングがあれば楽なんだけどね」


 漸く車外に出たピアは、リラを促して歩き始める。

 縦列駐車している車はどこも隙間無く、バンパーが接触しそうなほどびっしりと並んでいる。


「これって大使館用の特殊ナンバーが付いてますよね?

 斟酌されて、レッカー移動は大丈夫なんじゃないですか?」


「そういう細かい気配りは、この国の公務員に期待しても無理だと思うよ。

 それにこの状態だと、ナンバーを見るのも一苦労だしね」

 

「なるほど……ピアさんは、ミラノにも土地勘がありそうですね」


「うん。

 この街は『かなり昔』から知ってるからね」


 車から出て市内の中心部に向かう途中、路上に並んでいるドーナッツの屋台に立ち寄ったピアは何やら注文をしている。

 受け取ったテイクアウト用のビニール袋の中から包み紙を一つリラに手渡すが、出来立てらしくまだほんのりと温かさを感じる。

 

「これは何ですか?」


「アランチーニ。

 ライスコロッケって言った方が、分かりやすいかな」


「なんかドーナツみたいにゴツゴツしてますね。

 ……あれっ、甘そうな見掛けと違ってトマト味なんですね」


「うん。まぁこれはこれで美味しいんだが……比べるとTokyoで食べる肉屋のメンチカツの方が安くて美味しいかも」

 リラと同じアランチーニを頬張りながら、ピアはぽつりと呟く。


「ええ。

 寮に来てから不味い食べ物に当たった事がありませんし、Tokyoの食べ物はレヴェルが高いですよね」


 ライスコロッケを頬張りながらも、リラは器用にカメラを構えてシャッターを切っている。

 以前と比べて重さにも慣れたようで、ハンドグリップを付けたカメラを片手で難なくハンドリングしている。



 中心部から離れて裏道を歩いていくと、いつの間にか周囲に地元のチンピラが近寄ってくる。

 明らかに小柄なリラが持っている高価そうなデジカメを、引っ手繰るのが目的なのだろう。


 ピアは肉眼では見えない鋼糸を使って、近寄ってくる彼等をその都度排除する羽目になっている。

 これがアンによるブレードだと洒落にならない大騒ぎになるのだろうが、いきなり靴が脱げたりズボンがずり落ちたりするのが人為的な出来事であると誰も思わないだろう。

 ドリフのコントのように金タライこそさすがに落ちてこないが、小さな植木鉢が頭上に落ちてきたチンピラは路上にばったりと倒れこんでいる。


「……最近のミラノはこんなに治安が悪いのか」


「はいっ?」


 カメラのファインダーから除いた風景と途中で買った軽食に集中しているリラは、自分の周囲で何が起きているのか全く気が付いて居ない。

 トーキョーならばそれが問題にはならないが、ここはお世辞にも治安が良いとは言えないミラノである。


(まぁアラスカ育ちだから、危険察知能力が足りないんだろうな)


 リラが幼少時から過ごしていたアラスカベースは、Congohの関係者のみが居住する場所なのでTokyo並みに安全な場所である。

 ここで念のために、ピアは彼女に聞いておくことにする。


「Tokyoでは、繁華街で絡まれた経験とかは無いのかな?」


「う~ん、全然ありませんね。

 登下校時には、ルーさんとかエイミーが一緒に居ますし」


 アランチーニを食べ終えたリラは、今度はピアが一緒に買ってあったサラメッラを美味しそうに齧っている。

 その自由気ままに歩いていく足取りは、まるで周囲に溢れている危険の兆候など全く気にしていないように見える。


(もしかしてこの天真爛漫な性格は、やっぱり父親(Old Man)の血なのかなぁ)


 呆れるというよりも、その豪快な立ち振る舞いに感心してしまうピアなのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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