012.All The Pretty Little Ponies
カーメリのメイン滑走路。
搭乗していた機体はシンがメインエンジンをカットオフしたので、リフトファン周辺は破損しているが出火を起こしていない。。
だが消化班は機体を遠巻きにして、携帯用サーモグラフィーでエンジン周辺の温度を確認している。
全損の機体ならば迷わずに泡消化剤を散布するのだが、消火作業のお陰で機体や滑走路が傷んでしまっては本末転倒になるからである。
コックピットから降りてきたシンは、出迎えに来た中佐に深刻さを微塵も感じさせない表情で話し掛ける。
「いやぁ、しょっぱなからヘヴィーな体験ですね。
でもエンジンを壊したのは、僕の操縦の所為じゃないですからね」
「それはもちろん分かってるが……
シン、お前一体どうやって機体を下ろしたんだ?」
「えーと、推力が無くなったんで、『|奥の手《The Secrets》』で降ろしました。
さすがに15トンの気体をソフトランディングさせるのは、エネルギーを使いましたけどね」
シンはフライトジャケットの収納ポケットから、マリー専用のエナジーメイトを取り出して慌ただしく口に含んでいる。
明るい口調とは裏腹にシンの顔は血の気が無く頬がこけ、この短時間の間に体重が激減しているように見える。
「どういう意味だ?」
「中佐、それ以上はこの衆人環視の中で発言しないで貰えるかな?
あと着陸の様子が映り込んだ映像は、早急に削除して欲しい」
一緒に滑走路に駆けつけたゾーイが耳元で囁くと、彼女はそれだけで意図を察したのか小さく頷いたのであった。
☆
「シンはそういう能力を持っている」
中佐に対するゾーイの説明はこの一言だけだったが、実際に機体が軟着陸したのを目の当たりにしていたのでそれ以上言葉を重ねる必要は無かった。
もし機体が全損しパイロットがKIAしていたなら、大統領のお墨付きがあっても責任を追及されるのが必至だからであろう。
「一つ借りが出来たな」
中佐はブリーフィングルームから立ち去っていくゾーイの後ろ姿を眺めながら、シンに小声で呟く。
「そういうのは嫌いなんですけど……そういえば中佐はフライト・インストラクターの資格をお持ちなんですよね?」
不味そうに何本かのパウチ飲料を飲んでいた所為か、やっとシンの顔色が回復して来ている。
察しの良い中佐は、シンが急に体調を崩したのは『そういう能力』を発揮したのが原因であると即座に理解したようだ。
「ああ、立場上フライトスクールの臨時講師の業務もあるからな」
「うちのマイラのレシプロ訓練を、お願いしても良いですか?
スケジュールはそちらの都合に合わせますから」
「そっちの講師役が、アサインされてるんじゃないのか?」
「それがですね……講師役がロシアで足止めされてて戻って来れないみたいで。
基地内でレシプロのインストラクター資格を保有してる方は、中級ジェット講習にアサインされている指令と副指令だけなんで時間を取れませんし」
「なるほど」
「せっかくマイラがやる気を見せてるんで、ここで教える側の都合で出鼻を挫くような事をしたくないんですよね」
「わかった。
シンがフライトしてくれるお陰で私のスケジュールにも余裕が出来たから、引き受けよう。
ただし明日以降も、協力はお願いできるんだよな?」
「ああ、勿論です!
あの子、中佐が直々に教えてくれると言ったら、喜びますよ」
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夕食時。
今日の夕食も、食卓の人数がかなり多い。
前日に引き続き指令、副指令、中佐以外にも、なぜかポピーナに勤務しているメンバーがほぼ全員食卓に並んでいる。
中佐はテーブルに着席しようとしているが、ダイニングテーブルの傍に居たシリウスの歓迎に会って彼女から離れる事が出来ない。
かなりの犬好きらしい中佐はちょっと頭を撫でただけなのだが、いつの間にか床にべったりと腰かけてシリウスに顔を舐められている。
「ああ、ずいぶんとシリウスに気に入られてますね。
中佐はもしかして、犬好きなんですか?」
「ああ、子供の頃実家でハスキーを飼っていたからな。
この子は変わった犬種だけど、ハスキーの血が入っているのかい?」
「ええ、クリー・カイの血が入ってるみたいですよ。
あれっ、ルーどうかした?」
「……シン、この凄い量の炒飯はどうしたの?
人数は増えてるけど、いくらなんでも作りすぎじゃない?」
通常の白米以外に、炒飯が満杯になった業務用保温ジャーの中味を見てルーが疑問の声を上げる。
食材の無駄を誰よりも嫌うシンが、調理で作リ過ぎてしまうことは殆ど無いからである。
「いや、これは僕が栄養補給する分なんだ。
普段小食だから、過剰にアノマリアを使うと体重を持っていかれてね」
「そういえば……姉さんが能力を使った後みたいにげっそりしてるよね」
配膳を手伝っているエイミーが、無言ながらシンに心配そうな顔を向ける。
アノマリアの過剰行使でシンが体調を崩したケースは、エイミーが知る限りでは過去に一回だけなのであるが。
「シリウス、おまたせ!」
「バウッ」
シンが白米と各種おかずを盛りつけた大皿をシリウスの前に配膳すると、ようやく中佐は彼女から解放される。
人間の料理がそのまま載っている皿の様子を見て中佐は顔をしかめるが、シリウスが無言でがっつく様子を見て黙っている事にしたようだ。
「へえっ、なんかテストでトラブルがあったんだね。
姉さんみたいに、普段からカロリーを備蓄できると良いのにね」
普段とは香りが違う炒飯を山のように盛り付けながら、ルーは発言する。
「マリーは食べるのが好きだし胃を鍛えてるけど、僕の場合は元々の食が細いからね。
ちょっと味付けを変えないと、口に入っていかないんだよ」
「シン、このチャーハン何時もと味が違う!
ピリ辛でとっても美味しい!」
「うん、たぶんマイラの好きな味付けだと思ってたよ。
普段の炒飯と違って、これはナゴヤ風の『タイワン炒飯』だからね」
「……シン、ナゴヤ風の『タイワン炒飯』ってどういう意味だ?」
ニホン料理について以前に比べると詳しくなったゾーイだが、さすがにナゴヤのローカルフードの知識は無いのであろう。
「ナゴヤではピリ辛の中華メニューを、『タイワンなんとか』という名前で昔から呼んでるみたいで。
実際にタイワンの露店でも辛い炒飯はありますけど、それほどポピュラーでは無いみたいですね」
シンが目線を投げたピアが、こちらもチャーハンを大きく頬張りながら頷く。
どうやら彼女はタイワンに長期滞在した経験があるようで、屋台を含めた現地の外食事情にとても詳しいのである。
今日の夕食も大皿が並んでいるが、ゲストメンバーは大きな取り皿にチャーハンや白米を盛り付けた後、まるで餡かけを追加するように自由に料理を取り分けて楽しんでいる。
白米よりもピリ辛味の炒飯の方が人気が高いので、保温ジャーの中身が予想外にどんどんと減っていく。
シンもお代わりを繰り返して、モソモソとピリ辛の炒飯を胃に収めていく。
普段は小食であるシンが大盛りにしたチャーハンを食べている様子は寮生にとって違和感があるが、急速にエネルギー補給できるパウチ飲料の味付けがシンは苦手なのである。
繰り返し飲むなら味が濃い目のイチゴやブドウ味では無くバナナや洋ナシにして欲しいと思うのであるが、すでに犬塚薬品にオーダーされた在庫が大量にあるので味付けを変更するのは難しいのであろう。
「シン、ジャンプして脱出するのも簡単だった筈ですけど?」
テーブルの指定席であるシンの横に腰かけたエイミーは、炒飯を掬うレンゲを止めてシンにだけ聞こえるように小さな声で呟く。
「うん、確かにそうなんだけど。
過去のトラウマは払拭出来てるけど、自分が操縦していた機体が壊れるシーンは見たくなくてね」
シンは蓮華を動かす手を止めて、エイミーに小声で返答する。
「……」
「バウッ!」
ここでシンにシリウスから、お代わりのリクエストが入る。
「えっ、炒飯の方が食べたいのかい?」
シンはテーブルから立ち上がり新しい大皿を手にしながら、シリウスに尋ねる。
「バウッ」
単純な吠え声を通じて信じられない高度なコミュニケーションしている様に見えるシンを、中佐は怪訝な表情で見てしまう。
だが室内の他のメンバーにとっては当たり前らしく、首を傾げて反応しているのは彼女だけなのであるが。
「バウッ!」
お代わりを食べ始める前の再びの吠え声に、今度はシンが困った表情を浮かべている。
「今日はデザートを用意してないから、困ったなぁ」
「シン、ブーランジェリーからの差し入れのティラミスが、大量に冷蔵庫に入ってますよ」
「……いつの間に。
シリウス、良く見てるなぁ」
「バウッ!」
「シリウスはティラミスが大好物だもんね!」
ここでマイラが、シリウスの好みを指摘する。
「バウッ!」
シリウスの尻尾を横にバタバタと振る様子に、テーブルで食事中の全員が思わず笑顔になったのであった。
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