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009.Home

 リビングでは食事を終えた寮生が、ピアを中央に囲んで駄弁っている。


 最近は早寝して早朝に仕事をする生活パターンに変わっているトーコやハナも、自室に戻らずに会話の輪の中に入ってリラックスしている。


 ピアはあっという間に寮の生活に適合し、しかも寮生全員から頼りにされるようになった。

 各拠点に居るピアと同じようなキャリアの司令官達は頼りにはされているが、それと同時に恐れられているパーソナリティの持ち主である。

 その点ピアは押しの強さを周囲に感じさせないので、学園寮におけるカウンセラーという役割に最適な人材なのであろう。

 シンとしてもピアが此処に居てくれるお陰で、寮生に対する気配りの点でかなり負担が減っているのを実感しているのである。

 

 レイから譲って貰ったL-00を抱えたシンは、会話を邪魔しないように静かにギターを爪弾き始める。

 そのヴィンテージギター特有の深く柔らかい音色は、会話を遮らずリヴィングの広い空間に心地良く響く。

 ジャンプで世界中を飛び回る多忙なシンにとっても、このゆったりと流れる時間は何ものにも代え難い大切なものなのであろう。


「シンさんは、子供の頃から歌手(シンガー)になるのが夢だったんですか?」


 ソファの左隣に座り直したリラは、おずおずと彼に話し掛ける。

 ギターのヘッドがあるので二人の距離は近くは無いが、これ位が彼女にとっては安心できる距離感なのであろう。彼女はシンがCDをリリースしているのを、既に寮生の誰かから聞き及んでいるようである。


「う~ん、歌うのは職業じゃなくて趣味の一つだからね」

 左隣でシンに密着しているエイミーは、一瞬シンと視線を合わせただけで特に何もコメントせずに微笑んでいる。


「?」


「僕が歌い始めたのは近所の教会だったんだけど、日曜礼拝で一曲歌う毎にギャラが貰えてね」


「小遣い稼ぎですか?

 その時点でプロだったんですね」


「まだ6才になる前だったから、他にアルバイトとかやりようが無かったから」


「シンさんって、もしかして厳しい家庭環境で育ったんですか?」


「ううん。

 母親と死別するまで、世界中を回ったけど生活に苦労した事は無かったかな」


「……」


「僕の歌を目当てに、どんどん教会に人が集まってくるのが嬉しくてね。

 洗礼すら受けてないけど、福音歌手のアルバイトは結構長く続けてたんだ」


「あくまでも『奉仕』では無くて、アルバイトだったんですね」


「それに音楽マニアの牧師さんに、色んな音楽を教わるのも楽しくてね。

 讃美歌以外にも、CCMのヒットチャートとか、古いブルーズとか色んな音楽をそこで覚えたんだ」


「シンはそう言ってますけど、実はその教会には多額の寄付をしてるんですよ」


「まぁ僕が横道に逸れなかったのは、牧師さんと中華料理の師匠のお陰だからね」


 柔らかなフィンガーピッキングの音色の中で、会話は続く。


「シンさんは大変ですよね。

 私を含めて我侭言いたい放題のメンバーに囲まれて、お世話をしてるんですから」


「そうかな?大変だと思った事は一度も無いけど」


「食べ物に関しても、みんな好き嫌いが激しくて」


「……リラにはそう見えるのかな?」


「はい。

 もっともマイラみたいに、好き嫌いが無い子も居るとは思いますが」


 リラは初対面でシンに食材の好き嫌いを聞かれた事が、強い印象として残っているのだろう。

 実際には寮のメンバーは好き嫌いやアレルギーが殆ど無いので、気を使っているという事は無いのであるが。


「僕を含めた殆どの寮のメンバーは、飢えっていうのは経験してないでしょ?

 マイラが何でも美味しく食べられるのは、やっぱり過去の経験による処が大きいんじゃないかと思うんだよね」


「……まるで見てきたみたいですね」


 年に似合わないリラのシニカルな発言を全く斟酌せずに、シンは笑顔で会話を続ける。


「それがさ、彼女のお姉さんの記録映像が残ってるんだよ。

 それにはマイラは登場しないけど、彼女達が廃墟になった『惑星』でどんな暮らしをして来たかが映像で見れちゃうんだよね」


「……悪趣味な映像ですね」


 リラがこの時点で、シンの言う処の『惑星』という言葉の意味を正確に把握しているとは考え難いだろう。

 またEOPという映像取得システムについて知識が無ければ、映像で見れるという意味も理解出来ないかも知れない。

 だがこの食後のゆったりとした雰囲気の中で、あの映像を大画面で寮生に見せるのは相応しく無いタイミングであろう。


「私は毎日お腹が空いていたの以外、何も覚えていないんだ!」


 自分の名前が聞こえたので、マイラは横から会話に参加する。

 彼女の呆気らかんとした表情は、悲壮感も無くまるで他人事のような発言である。


「僕と一緒に生活している限りはそういう思いは2度とさせたくないし、家族として守りたいんだよね」


「それでシンさんの周囲には、どんどん女の子が集まってくるんですね」


「僕自身も母親を早くに亡くしてるから、縁があって身近に居てくれる人は大切にしたいんだ。

 それに寮のメンバーは、僕にとって全員家族だと思っているよ」




                 ☆



 数日後。


 ナリタ空港、滑走路のC-130機内。

 ライトグレイに塗装されたCongohのこの機体は、定期配送便で世界中を巡っている主力輸送機である。


「あれっ、今日のパイロットはサラさんだったんですか」


 ハワイベースに滞在予定のハナとトーコは、輸送機の小さなシートに腰を下ろしながらニホン語で挨拶する。

 民間機の予約が取れなかったので急遽定期配送便に同乗する事になったのだが、パイロットが誰かは事前情報が無かったのである。


 サラはアンの経営するジェラートショップの初代店長であり、ニホン語やニホンの食文化に精通している。

 おまけに休暇中には度々寮の温泉に入りにくるので、二人は彼女とは当然知り合いなのである。


「うん。二人とも久しぶり!

 おやおや、ニホン政府の公務員さんもご一緒ですか?」


 サラは慣れた様子で輸送機のシートベルトに腰掛ける、パピとケイに咎めるような目線を投げる。

 二人はトーコとハナの護衛に立候補し、キャスパーの許可を出発直前に受けて同行している。

 ピアの行き先が急遽ハワイベースからカーメリに変更になったのは、そういう理由なのであった。


「サラ、相変わらず嫌味ったらしいなぁ。

 私達も雫谷学園の臨時講師なんだから、そう邪険にしないで貰いたいな」

 以前からの知り合いらしく、パピはサラに遠慮無い口調で反論する。


「今日は宜しくお願いします」

 ニホン育ちで防衛隊出身のケイはサラと初対面らしく、右手を差し出し丁寧な口調で挨拶する。

 サラが訪れるのは平日の日中が多かったので、ケイとはタイミングが合わずに会った事が無かったのであろう。

 

「貴方がケイさんですね。

 シンやユウからも、良く話しを聞いています。

 こんな性根の悪い奴が部下で、大変ですよね」


 力強い握手を返しながら、サラは流暢なニホン語で返答する。

 具体的なコメントを返せないケイは苦笑いしながらも、力強い握手を返したのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 場所は変わってちょっと離れた駐機場のワコージェット機内。


「コパイシートには誰が座る?」

 離陸前のチェックシートを記入しながら、アンは後部座席に声を掛ける。

 シンとエイミーはジャンプでカーメリまで行くので、当然機内には荷物だけを積んで貰っている。

 

「私はシリウスと一緒に客席に居るから、リコに譲るよ」


「はい。それじゃあお言葉に甘えさせて下さい」


 リコは客席でリラックスしているピアに会釈しながら、コックピットのコパイシートに腰を下ろす。

 ヘッドセットを付けてフライトプランを確認しているが、彼女はこの機体を操縦した経験が無い。

 最新式のグラスコックピットとサイドスティックは、セスナとA-4(Skyhawk)しか経験が無い彼女にとって強い興味の対象なのであろう。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 場所は変わってハワイベースへ向けて飛行中のC-130機内。


「サラさん、シンが作った弁当があるので食べませんか?」

 巨大な弁当用バスケットをシンから預かってきたハナは、あらかじめ乗務員と一緒に食べるように言い含められていたようだ。


「おおっ、待ってました!

 あれっ、この分厚い黄色いのは卵サンドなのかい?」


 操縦を同僚にまかせてコックピットを離れたサラは、大好物であるカツサンド以外のメニューも気になるようだ。


 ケイとトーコはシートベルトをしたまま熟睡しているので、起きてくる気配が無い。

 パピは一緒にバスケットに入っている五目稲荷を、続けざまに頬張っている。


「ええ、カツサンド以外でシンが作る最近の定番ですね。

 この分厚い卵焼きは、エイミーが焼いてくれたんですよ」


「おおっ、これは!

 フンワリとしていて、ボリューム感がすごいね」


「寿司用の玉子焼きと同じ焼き方で、白身魚のすり身とか入ってるみたいです。

 オーサカとかキョートでは、こういうオムレツ風の卵サンドも昔から食べられていたみたいですね」


「これは、柔らかいパンドゥミとの組み合わせが絶妙だね。

 私がトーキョーに居た頃は、こういうサンドイッチは無かったかも」


「私もキョートで始めて食べた時には、驚きましたもん。

 シンにリクエストしたら、寮生全員が気に入ったんでレパートリーになったみたいです」


「ふぅ~ん、相変わらずハーレムの主は気配りで大変なんだねぇ」


「……」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「アンさん、EICASからエンジンアラートが出てます!

 左側エンジンの動作が不安定みたいです」


「エンジン音はまだ問題ないか……SID、シンを呼び出せる?」


 アンはコックピットに接続されている戦術ネットワークでは無く、胸元のコミュニケーターに向けて呟く。


「……すでに亜空間飛行中なので、連絡が付かないですね」


「リコちゃん、EICASを詳細表示にして、障害箇所を特定出来ないかな?」

 後部座席からピアが、コパイシートに腰かけているリコに声を掛ける。


「はいっ?詳細表示ですか?」


「これはG●rmineをレイがカスタマイズしたアビオニクスだから、故障部分の自己診断機能が付いている筈」


「……分かりました!燃料ポンプユニットに障害があると出ています」


 パイロットシートに座っているアンは、非常事態に備えるために自動操縦を切って機体の状況を把握しようとしている。


 コパイシートの真後ろまで移動したピアは、続けざまにリコに指示を出す。


「キーボードを引き出して、メインメニューからこの機体の整備マニュアルを表示させてくれる?

 ……それの燃料ポンプのセクションを」


 フローチャートと構造図面をじっと凝視していたピアは、機体の後部へ向かうと壁面のアクセスパネルに手を当てる。


「いったい何を?」


「しっ!」


 思わず声を上げたリコを、アンは指を唇に当てるジェスターで強く制止する。




 ……数分後、EICASに表示されていたアラートがいつの間にか消えていた。


「アン、カーメリに到着したらワコーのエンジニアに聞いてみないとね」


「ええ。今日は燃料をチャージした会社が違うので、そっちの品質の問題かも知れませんけど」


「内部機構にアクセスするなんて、まるでパピさんみたいな事が出来るんですね!」

 

 リコはパピとも面識があるので、彼女の特殊能力の一端は知っているようである。


「ああ、だって彼女に『壊し方』を教えたのは私だからね」


「今回はどうやって直したんですか?」


「そりゃぁ古来から、調子が悪い機器は叩いて直すがのが王道でしょ?」


 ピアの一言にアンは微笑みを浮かべ、リコは唖然とした表情を浮かべたのであった。

お読みいただき有難うございます。

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