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007.Welcome To The New

 リビングでは2人のリラックスした会話が続いている。


「ところでカーメリには、ピアさんも同行してくれるんですか?」


 フードコートでカプセルマシンの扱いに慣れているリラは、自分用にココアをドリップしながら尋ねる。

 普段は無表情の彼女だが、ピアと一緒に居る時にはリラックス出来ている所為か表情も豊かに感じられる。


「ちょっと迷ったんだけど、今回はハワイベースが優先かな。

 シンに余裕があれば、カーメリに顔を出すかも知れないけどね」


 オワフでのバイクツーリングで大事が起きるとは考え辛いが、シンが同行しない寮のメンバーを引率するのは相談役として当然の選択なのであろう。


「ミラノは観光地なんで、撮影の練習にはちょうど良いかも知れませんね」


「カメラをストラップで首に掛けてると、あそこでは引ったくりの可能性があるからね。

 ハンドスラップで手首に固定して撮影して、普段はウエストポーチに入れておくのがお勧めかな」


「はい。気を付けて行ってきます!」


 ここで学園から戻って来たシン達が加わり、商店街で買って来た大量の和菓子を摘みながら雑談が続く。

 ただしルーはカーメリ出発前の準備作業で、リコと一緒にTokyoオフィスでシミュレーター訓練中なので不在である。


「マイラはイタリア語は出来るんだっけ?」


うん(Si)。日常会話程度は大丈夫だよ」


 彼女が手にしている甘辛いみたらし団子は、寮生全員の好物だ。

 老舗ながら此処の商品は、価格も手ごろで大ぶりな昔ながらの朝生菓子である。


「リラは確かイタリア語は得意だったよね?」


「はい」

 新品のデジカメの説明書を読みながら、リラはニホン語一言だけでシンに返答する。

 シンとマンツーマンで話す時と比べて、何故かリビングでの会話は素っ気無く口調も硬く感じられる。

 やはり彼女は男性恐怖症というより、集団生活に慣れていない点が大きいのかも知れない。


「それじゃぁ、今度の長期休暇はマイラとリラはカーメリに同行できるかな」


「シン、私はその期間はハワイベースに行きます」


 塩大福を齧りながら、トーコが先手を打って宣言する。

 ハワイでバイクツーリングするのは、彼女の長年の懸案事項である。


 シンが目線を投げると、いなりをほお張りながらピアが大きく頷いている。


「ああ、ピアさんが同行してくれるみたいだから、安心だよね。

 それでハナはどうするの?」


「ミラノはそんなに好きじゃないので、私もハワイにします。

 SP●NTINIのピッザを食べられないのは、とっても残念ですけど」


 ハナは醤油の焼き団子を横ぐわえしながら、アンの大好きな老舗ピッザ店について言及する。


「あそこは店舗が増えたみたいだし、余裕があればハワイベースまでデリバリーするけどどうなるかな。

 カーメリでは予想外の事態が、頻繁に起きるからね」


「それに私もバイクツーリングには、同行可能ですから」


「えっ!ハナってバイクに乗れたの?」

 トーコが心底意外そうな口調で尋ねる。


「もちろん!

 私の住んでたところはテキサスでも結構田舎ですから、車もバイクも限定免許で早くから運転してましたよ。

 そうじゃないと、キャンプにも行けませんからね」


「Beep!Beep!」

 ここで団子の竹串をスロットルに見立てておかしな擬音を出すハナを見て、リビングの全員が爆笑したのであった。



                 ☆


 翌日の学園。


「目的地無しで歩くのも疲れるから、とりあえずオーツカ辺りまでと決めておこうか」


 午前中に授業を終えたハナは、下校が一緒になったマイラとリラに散策しようと提案していた。

 これはもちろんシンからリラの事を聞いていたからであるが、先日の遊園地の件で迷惑を掛けたので挽回の機会でもあるのだろう。


「はい。まだ土地勘が無いので色々と見てみたいです」


「WOW! これから歩くの?

 私お腹が空いちゃった!」

 しっかりと朝食を食べていたマイラだが、代謝が高い彼女は既に空腹状態になっているようだ。


「途中で美味しい店もありそうだけど、目移りしそうだから先に軽く食べておこうか。

 フードフロアももう営業開始しているし」


 学園は高層オフィスビルに入っているので、飲食店がある低層階のショッピングエリアと直結している。

 カフェテリアに飽きた在校生もたまに利用しているが、それは寮やカフェテリアで提供されていない和食メニューに偏っているのは当然なのであろう。


「蕎麦に興味があるみたいだから、此処にしようか」


 ここのフロアにある蕎麦店は、イケブクロ駅前にも支店がある『重ねそば』が特徴のファミレス風の店舗だ。

 大人数でも問題無く利用できるので、蕎麦好きの寮のメンバーも良く利用しているのである。


「私は、カツ丼セットで重ね蕎麦2枚追加で!」

 マイラはお品書きも見ずに、席についてすぐに注文を入れる。


「じゃぁ、全く同じ組み合わせを3人前お願いします」


 店のお姉さんは、ニホン語が流暢で良く食べるマイラとハナを覚えていたようだ。

 特に聞き返される事も無く、すんなりとオーダーが通っている。


「マイラはホントにカツ丼が好きだよね」


「うん!寮だと滅多に食べれないから。

 シンの作るカツ丼はとっても美味しいんだけど、寮だと人数が多いから調理が大変なんだって」


「ああ、卵でとじる作業があるからね」


 間もなく4人掛けテーブル一杯に配膳された料理を、一同は食べ始める。

 リラの箸使いはかなり上達しているが、さすがにマイラのように蕎麦を音を立ててすするのは難しいようである。


「ここのお蕎麦は、この間長崎庵で食べたのと味がだいぶ違いますね。

 蕎麦粉の風味が強い気がします」


 ズルズルと蕎麦を食べているマイラを複雑な表情で見ながら、リラは冷静な口調で味を表現している。


「うん!カツ丼と違って店によって味がぜんぜん違うよ」


「ほらフランスだとバゲットって法律で材料とか重さが決まってるでしょ?

 でもニホンの蕎麦は、蕎麦粉と小麦粉の配合比率が店によって違うから」


「汁を付けた冷たいお蕎麦も、美味しいですね」


 シンの予想は大幅に外れ、リラはニホンの食生活に順調に適合しているようである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「へえっ、今日一日でずいぶん沢山撮ったね」


 寮の夕食後、一同はマイラがライブラリに上げたスナップを鑑賞していた。

 大画面で表示しても細部が潰れないのは、画素数が大きい最近の一眼デジカメの特徴なのであろう。


「ハナさんとマイラが付き合ってくれましたから」


「へえっ、水平が完全に取れてるし、ブレてる写真が一枚も無いね」


 寮では唯一カメラに関して薀蓄があるピアが、感心したような声を上げる。


「それはピアさんに基本を習いましたし、カメラが良いからでは?」


「でもどの写真も撮りたいものがはっきりしてるし、撮りはじめにしては良い出来栄えだと私は思うな」


「ありがとうございます」

 ピアからのお褒めの言葉がよほど嬉しかったのか、珍しくリラの顔がほんのりと赤くなっている。


「なんか途中から、食べ歩きツアーみたいになっちゃいましたけどね」

 今日の引率担当?である、ハナは正直に感想を述べる。


「みんな美味しかったよ!」


「あれっ、オオツカのお握り屋さんまで行ったんですか?

 私も行きたかったなぁ」


 エイミーは愛飲している緑茶をすすりながら、白くて地味な看板の画像にいち早く反応する。


 リラも好奇心が強く刺激されたのか、お握り専門店での写真は撮影枚数がとても多い。


「此処って、エイミーと一緒に行った事があったっけ?」


「いえ。ユウさんに連れて行って貰ったんです」


「マイラは行った事があったの?」


「うん!マリ姉とルーに連れて行って貰ったよ」


「マイラがこの店で、注文を連発して凄かったですよ!

 私が知らない具のお握りを、延々と食べ続けて」

 ハナはニホン食にはかなり精通しているが、魚介類についてはまだ知識が足りないようである。


「普段食べれない具が沢山あるんだもん!

 数の子とか焼きタラコとか筋子が、大好きなんだもん!」


 マイラが変わったお握りを注文する度に、中身を割ってリラに見せている写真が続いている。

 リラはシーフードは好きであるが、当然魚卵を食べる習慣が無いのでその味についても分かっていないだろう。


「魚卵が本当に好きみたいですね。

 マイラって本当に好き嫌いが無くて、ユウさんに匹敵するかも」


 ユウの直弟子であるエイミーは、今では寿司も握るので魚介類に関する知識は寮随一なのである。


「マイラは魚卵に限らず、卵料理全般が好きだもんね。

 そう言えばバロットを平気で食べるのは、ユウさんとマイラだけだったなぁ」


 ここでトーコはシンに向けて、普段は見せることが無い非難するような表情を見せている。


「うん。あれって親子丼みたいな味で美味しいよ!

 海老の殻みたいな、歯ごたえもあるし」


 正直なマイラの感想に、ここでハナが俯いて黙ってしまう。

 孵化直前のアヒルの卵を加熱したバロットは、どちらかと言えば珍味(ゲテモノ)に分類される嗜好品なのである。


「先入観が無いから、躊躇無く食べれるんだろうな。

 僕もニホンに来た当初は、卵かけご飯とか生卵を食べてるのを見て驚いたし」


 この一言で、トーコがシンに向ける表情が更に厳しくなっている。

 彼女も卵かけご飯を食べない事は無いが、バロットは当たり前に守備範囲外である。


「バロットって何ですか?」

 ここで好奇心を刺激されたのか、リラから質問が入る。

 

「リラは変わった食べ物は苦手みたいだから、無理に知らなくても良いんじゃない?」

 顔を上げたハナの知らない方が幸せだよという意味を込めた一言に、マイラとリラを除く全員が何故か納得しているようだ。


「……後で調べてみます」


「「「「「……」」」」」


 賑やかだったリビングが、一瞬にしておかしな雰囲気になったのにリラは気がついた。

 何か地雷を踏んでしまった事に、ここで漸く気がついたリラなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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