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006.Awake My Soul

夕食後のリビング。


「あのお店はショーウインドに珍しいものが沢山あって、思わず見入っちゃったんです」


「ああ、あのスイドウバシのはずれにある店ですね」


 今日の社会見学?に参加できなかったエイミーは、シンと一緒にリラが迷子?になった顛末を聞いていた。

 ネットショッピング以外の買い物の経験が殆ど無いリラにとって、ショーウインドに並んでいる妖しい商品の魅力に(あらが)うのは難しかったのだろう。


「エイミーが馴染みの骨董品店が近くの商店街にもあるから、こんど連れて行って貰えば?」


「はいっ、是非!」


「あのお店は『私の眼』で見ても、掘り出し物の宝庫ですからね。

 リラさんは、もしかして古い美術品とかにも興味があるんですか?」


「はい。写真集とか絵画を見るのも大好きです!」


「美術館とかに一緒に行くのも、楽しいかもね」


「リラさんって、アラスカで初めて会った時からお洒落さんですよね?

 Congoh製なのに、いつもちょっと違う服を着ていますし」


 寮のメンバーは、シンを含めて衣類は全てCongoh製のものを着用している。

 定期配送便のリストに載っている衣類はすべて提携メーカーに特注している小ロット品であり、何より3次元スキャナーで採寸した本人のデータを元に縫製されているのでフィット感が抜群なのである。


「これは……デザインとか生地をカスタマイズ出来るのをベルさんから聞いて。

 ちょっと変えるだけなんですけど、いろいろと考えるのが楽しくて」


「へえっ、服のデザインが好きだなんて、リラはアートのセンスがあるんだね」


「そんなに大袈裟なものじゃないです。

 ……あのシンさん、Tokyoオフィスにレイさんって方が居ると思うんですが?」

 照れ隠しなのか、リラがいきなり話題を転換する。


「あれっ、まだ会ったことは無いよね?

 なんでレイさんの名前を知ってるのかな」


「アラスカベースでは暇さえあれば、Congohのオープンライブラリを見ていましたから。

 その中で私が特に気に入った写真ライブラリがあって、その撮影者がレイさんだったんです」


「それはどんな種類の写真だったのかな?」


「私の良くわからない飛行機の写真が多いですけど、Tokyoの古い街並みやスナップ写真もあって。

 見ていると空気感というか……伝わってくる情報が濃密なんです」


「もしかして学園に来るきっかけは、レイさんの写真だったとか?」


「いえ。それはレイさんじゃなくて、アラスカの食堂でお会いしたシンさんが在籍していたからです。

 でもTokyoという街に興味が湧いたのは、間違い無くレイさんのスナップを見てからですね」


「へえっ、レイさんには長年お世話になってるけど、ライブラリの件は知らなかったよ」


「閲覧数のカウンタはかなりの数になってますから、たぶん私と同様に見ている方も多いと思いますけど」


「写真から気になって、撮影者をデータベースで調べたんだね。

 でも世界中を飛び回ってる人だから、タイミングが合わないと会えないかも」


「その……機会があったら、写真の事について聞いてみたいんです」


「ああ。

 レイさんもきっと君の事は気に入ると思うから、早く会えると良いね」



                 ☆



 数日後。


 シンはリラを連れて、Tokyoオフィスを訪問していた。

 レイが一時帰国しているとアンから連絡があったので、リラの希望を叶える為である。


「へえっ、君がリラちゃんか。

 ……なるほどね」


 マグカップに入ったココアをリラの前に置きながら、フウは彼女の着衣を見て納得した表情である。


「あれっ、フウさん彼女の事は聞いてました?」


「いや、ジーに聞く前から彼女の事は知っていたよ。

 私の『お得意さん』だからね」


「えっ、フウさんって……フローラさんですか?

 あのいつもお世話になってます」


 どうやらリラは自分自身のワードローブの手配で、フウとはやり取りをした経験があるようだ。

 彼女がTokyoオフィスの総責任者なのを、全く知らなかったのだろう。


「彼女はカーメリの連中よりも、ファッションに拘りがあるからね。

 若い子の意見は参考になるから、こっちも大助かりだよ」


「はぁ……こちらこそ恐縮です」


「それでレイは緊急の予定で、今日は外出中でね。

 せっかくアポを取って貰ったのに、申し訳ないね」


 自分用のルンゴをカプセルマシンでドリップをしながら、アポを取ったシンが申し訳ないような表情をしている。

 レイの急用というのは予備役である米帝空軍に関する事案が多いので、ここで余計な発言をするのは控えているのであるが。


「そうですか……お会い出来なくて残念です」


「それで、これを君宛に預かってるよ」


「???」


 大手カメラ量販店の紙袋を受け取ったリラであるが、入っている複数のパッケージを見ても中身が何か分からない。

 彼女はカメラについては、全く商品知識を持っていないのだろう。


「へえっ、新品の一眼レフデジカメだね。

 ズームじゃなくて、単焦点の標準レンズが入ってるな」


 マグカップを片手に紙袋の中身を覗き込んだシンは、何故か納得したような表情である。

 さすがにレイと付き合いが長いシンは、カメラに関しても一応の知識は持っているようだ。


「いきなりなんですけど、何か言伝はありますか?」


「たぶんメッセージカードが入ってるんじゃないかな?」


 封筒に入っていないカードは、箱の上に無造作に置かれていた。


「ありました!

 ……『SHOOT!(撮れ!)』ですか?」


「ははは、レイさんらしいよね。

 僕がギターを譲ってもらった時も、こんな感じで唐突だったかな」


「レイと直接の面識は無くても、君の母上はCongohでもかなり有名だからね。

 アラスカの母君と相談して、これを用意したんじゃないかな」


 フウは自分でドリップしたエスプレッソに、ブラウンシュガーを入れながらリラの反応を見ている。

 

「……」

 写真に関して強い興味を持っているリラだが、さすがに周囲の過剰なお膳立てに反骨心を隠せないようである。


「リラはアーティストタイプの様な気がするから、表現手段の一つとして撮影を学ぶのは良いんじゃないかな」


 彼女に自分との共通点を感じているのか、シンはさりげなく呟いたのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 その日の寮の夕食。


「今日はリクエストがあったメニューを作ったよ」


 シンはマイラにウインクをしながら、大皿のおかず以外の丼を夕食のテーブルに並べていく。

 通常ご飯は各自が保温ジャーから取り分けるのだが、今日は寮では珍しい丼物メニューである。


「うわっシン、この地味な色合いの料理は何?」


魯肉飯(ルーローハン)

 横にのってる味付け卵は崩して、混ぜながら食べても美味しいよ」


 ちなみに今日の夕食用に用意した丼は、普段のご飯丼より一回りサイズが大きい特盛サイズである。


 本場よりも八角の風味を抑えた魯肉飯(ルーローハン)は、濃厚なそぼろ掛けご飯といった味付けになっている。

 もちろんそのままだと栄養バランスが悪いので、トッピングは味付け玉子以外にも工夫が凝らされている。


「随分と茶色い料理だけど……おおっ、甘辛い味とこの香辛料の風味が食欲をそそるね!」


「シン!これ好きっ!」

 ルーとマイラは真っ先に美味しいと声を上げるが、二人は特に甘辛い味付けが好きなので当然であろう。


「……」

 リラはレンゲを使って、濃い目の汁がかかったご飯を口に運んでいる。

 微かに漂う八角の風味もそれほど気にならないらしく、レンゲを握る手が止まる事は無い。


「ほうほう、これは懐かしい味だなぁ」

 ピアはタイワンに居住した経験があるのか、レンゲと箸両方を器用に操って食べている。


「一緒に乗ってる青菜の炒め物や、沢庵も口がさっぱりして良いですね」

 シンの作る甘目の中華に慣れているハナは、味付を気に入ってくれたようである。


「本場では沢庵はのってないけど、カツ丼とかに付いてくるのと同じ感覚かな」


「味が濃い料理なんで、たまに食べると美味しいですね」

 トーコは慣れた様子で、煮卵を崩しながら食べている。


「あれっ、トーコは以前に食べた事があるの?」

 ここでハナから、彼女の発言に突っ込みが入る。


「当然じゃないですか?

 私がシンとの付き合いが一番長いんですから」


「寮に入ったばかりのトーコは野菜が嫌いでね、矯正するのに苦労してたんだ。

 この料理も、出会った頃に良く作ってたかな」


「でも本当は、鶏肉飯(チーロウファン)の方が好きですけどね」


「何それっ!トーコばっかり美味しいのを食べてるのはズルいよ!

 シン、そっちも作って!」


 ここでマイラから再びリクエストが入る。


「了解。

 鶏肉飯(チーロウファン)の方が仕込みが楽だから、今度作るよ」


 テーブルでシンの横に腰掛けているエイミーは、何も発言せずにゆっくりと魯肉飯(ルーローハン)を食べ続けている。

 実は彼女の方がシンのレパートリーには詳しく、トーコが食べた事が無い料理も沢山試食しているのであるが勿論それを口に出す事は無い。

 いつものように寮の賑やかな食事の時間は、こうして過ぎていくのであった。



                 ☆



 翌日。


 リビングでラップトップを広げて何やら事務処理?をしているピアに、ソファに座っているリラが話し掛けるタイミングを計っている。

 ピアは自室に籠っている事が殆ど無く、作業をするのでもリビングで行っている場合が多い。


「ピアさんは、カメラに詳しいですか?」


 ピアがマグカップを手に取ったタイミングで、おずおずとリラが話し掛ける。

 年齢に見合わない気遣いは、やはり母親が研究職であるのが大きいのだろう。


「ああ、レイみたいに専門では無いけど仕事で使う事も多いからね」


 ピアはマグカップに入ったルンゴに口をつけながら、リラの方へ向き直る。

 彼女もシンと同様に、エスプレッソがあまり好きでは無いのだろう。


「お仕事中申し訳ありませんけど、ちょっと基本的な事を教えて貰って良いですか?」


「そういえば、マニュアルを一生懸命読んでたみたいだよね」


「操作は一通り覚えたんですけど、マニュアルだけだと基本的な知識が足りないみたいなんで。

 ハウツー本も何冊か読んだんですけど、本当に基本的な事を教えて欲しいんです」


「そうだなぁ……

 まずデジカメは、銀塩のカメラとは撮り方が違うのを意識して欲しいかな」


「?」


「バッテリとメモリの残量がある限りは、殆どコストを掛けずに何枚でも撮れるだろ?

 撮影の基本は変わらないにしても、考えないでまずシャッターを押すっていうのが重要なんだよね」


「?」


「ちょっとカメラを構えてみてくれる?」


「あ、はいっ」


「手振れ補正があるにしても、ちゃんとファインダーを覗いて肘を畳んでカメラを固定して……

 そう、そんな感じかな」


「私一眼レフって、もっと大きなものだと思ってました。

 重さはありますけど、私の手のサイズでもなんとか扱えそうですね」


「レイは軽量でサイズの小さいモデルを選んだんだろうね。

 撮った写真は片っ端からライブラリにアップしておけば、レイ以外からも寸評が貰えるかも」


「そうですね。

 やっぱり写真は人に見て貰うのが重要なのかも」


「とにかくどんどん数を撮影して、自分の撮影した画像をどんどん見る事だと思うよ。

 構図とか撮影に使う効果は、少しづつ試していけば身に付くものだしね」


 ピアの穏やかな雰囲気は、捻くれた部分があるリラにもなぜか安心感を与えてくれる。

 それは母親というより年が離れた姉のような、微妙な距離感の所為かも知れない。


 アドバイスに頷きながら、彼女は新しい経験を楽しんでいる素直な自分に驚いていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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