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005.Love Junkyard

「普通盛りでも、かなりのボリュームだったね」


 シンはジャンクフードに抵抗が無いので、料理としてはシンプル過ぎる豚丼の味もなんとか許容範囲内だったようだ。

 もっとも豚肉や白米の味もコストダウンのためか品質が低く、シンの師匠であるアイがこの店に来たならばかなり辛辣な評価になるのは間違い無いだろう。

 マリーの評価が『まぁまぁ』と甘くなっていたのは、以前に酷い目にあった大手牛丼チェーンとの比較なのであろう。


「味や食感が単調なので、普通盛りでもかなりきつかったですね」

 以前のトーコならば半分も食べれなかっただろうが、最近の彼女は食事量が増えて胃がかなり大きくなっている。


「姉さんは、卓上の調味料を使って味を変えながら食べてたみたいだよ」

 特大メニューのお代わりをして店員を唖然とさせていたルーは、余裕の表情である。


「ああ、フードファイターの得意技の『味変』って奴だね。

 でもあの照り焼きニンニクの味付けなら、魯肉飯(ルーローファン)の方が僕は遥かに好みだけどね」


「シン、そのルーローファン(魯肉飯)って食べたことないよ!」

 こちらも特大メニューを完食したマイラは、お代わりをしなかったのでまだ物足りないといった表情である。


 ちなみにルーとマイラはTokyoでの生活にすっかり適応しているが、料理に関しては許容範囲がシン達と比較しても実に幅広い。

 それはたぶん、過去に飢餓を含めた極限状態を経験しているかどうかの差なのであろう。


魯肉飯(ルーローファン)はタイワンの屋台料理だから、栄養バランスが良くないんだよ。

 それに癖のある八角(スターアニス)を使うから、好き嫌いもはっきりと分かれちゃうしね。

 食べてみたければ、今度夕食にでも用意するけど?」


「うん!楽しみ。

 あれっ、いつの間にかリラが居ないよ!」


 ここで一行は、漸くリラの姿が見えなくなっているのに気が付く。

 食事の前まではマイラと手を繋いで歩いていたのだが、店を出てからの足取りは不明である。


「う~ん、ちょっとこのまま待ってみようか」


「どこに行っちゃったのかな?」


「……SID、リラは今何処にいるの?」

 数分のインターバルの後、シンがコミュニケーターに囁く。


「今街頭カメラの映像をチェックしています。

 ……ああ、かなり離れた骨董品店の中に居るみたいですね」


「ふう~ん、集中しちゃうと周りが見えなくなるタイプなのかな。

 アン、皆を連れて先に駐車場へ戻ってくれる?僕は彼女と合流して連れて帰るから」


「シン、迷子になった時の手順は説明してるのよね?」

 外部からの受け入れが多いTokyoオフィスでは、道に迷った時の手順は定型化されている。

 コミュニケーターを持たせるのが一番の早道なのだが、セキュリティやコストの面で無制限に貸し出すのは難しいのである。


「もちろん。

 でも今まで本当に迷子になった子は、誰も居ないけどね」


 リラは通例通り、単機能の携帯電話を渡されている。

 非常事態の場合はTokyoオフィスか寮に直接連絡が出来るので、ニホン語が出来なくても何の問題は無い筈なのである。


「リラさんは電話をせずに、どうやらアワジチョウの駅方面へ向かっていますね」


 街頭カメラの映像解析で、SIDは彼女の現在位置を把握できているようだ。

 大通りを歩いている限りは追跡可能であるが、裏道や細い路地に入った場合見失う可能性はゼロでは無い。


「それじゃアン宜しく!

 なんとか改札前で掴まえないと、路線に乗ってから迷子になると追跡が難しいからね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 地下鉄アワジチョウの駅。


 リラは狼狽える事も無く、券売機の前でイケブクロまでのルートを思案している。

 アルファベット表記はされているのだが、その文字が小さくかなり見辛いのである。

 財布から千円札を取り出し券売機に入れようとしたその時、背後から優しく肩を叩かれて漸くシンの存在に気が付く。


「シンさん!」

 彼女は動揺した様子が見られない、いつもの淡々とした表情である。

 一行から離れて不安を感じているどころか、単独で行動するのを楽しんでいるような雰囲気である。


「折角だから、自分で切符を買って一緒にイケブクロまで戻ってみようか。

 これも街に慣れるのに、必要な勉強だからね」

 迷子になった事を叱責もせずに、シンは優しい口調で彼女に言う。


「はい!」


「なんで教わった通りに、タクシーに乗らなかったの?」

 切符を購入して改札を通過すると、シンはマイラの耳元に小声で尋ねる。

 地下鉄の構内で米帝語で会話すると、不要な注目を集めてしまうからであろう。


「私のあやふやなニホン語では、どこに連れていかれるのかわかりませんから。

 自分で行き先を選択できる、公共交通機関の方が確実だと思いました」


「ふう~ん、リラは僕が若い頃と似たタイプなのかな」


「???」


「無条件にマニュアル通りに行動するのが、苦手なタイプなんだね」


「はい。良くPerverse(天邪鬼)って言われてました」

 シンは苦笑しながら、彼女の説明を納得して聞いていたのであった。



                 ☆


「大丈夫かなぁ」

 複雑なイケブクロの路地をスイスイと歩き回るマイラは、方向感覚が人一倍優れているので迷子になった経験が無い。

 地図が無くても一旦通った道は忘れないし、土地勘を得るまでの所要時間が兎に角短いのである。


「SIDが場所を把握してるみたいだから、もうシンが合流してると思うわよ。

 ところで、食後にジェラートを食べたい人は居るかな?」

 お嬢様言葉をやっと矯正できた最近のアンは、実に流暢にニホン語を操っている。

 

 ワゴン車を運転しながら後部座席に向けて声を掛けると、ほぼ全員が賛同の声を上げる。

 平日で道も空いているので、車はすでにイケブクロに到着しそうな位置である。


「ああ、良かった!それじゃぁ、ちょっと寄り道するわね」


 アンがオーナーであるイケブクロのジェラートショップは、ニシグチ公園のすぐ傍にある。

 近くに借りている駐車スペースにワゴン車を停めると、アンは4人を引き連れて店内に入っていく。


 平日という事もあって人通りは疎らだが、最近はリピーターが付いているので客席は程よく埋まっていた。

 カウンター前にに立った一行は、アンに促されて各々が好みのフレーバーを注文していく。


「私はバナナとチョコレート!」

 Tokyoオフィスのメンバーはアンが経営するジェラートショップの余剰在庫を良く食べているが、寮のメンバーにそのおこぼれが回ってくるのは稀である。

 マイラはジェラートを食べるのは初めてなので、普通のアイスクリームショップと似たような注文をしたのだろう。

 

「お子ちゃまだなぁ、やっぱペーラ(洋梨)でしょ?」


クレーマ(バニラ)を下さい」


「私はさっぱりとしたリモーネで」


 ルーとハナは本場イタリアのジェラテリアで食べた経験があるのか、注文が手馴れている。

 以前から利用する機会が多いトーコも、いつものフルーツ系フレーバーを注文する。


「私の知らない子も居ますけど、新入生さんですか?」

 ここで店のマネージャーであるクリハラさんが、コーンをほお張っている4人を見ながらオーナーであるアンに尋ねる。

 トーコとは何度も会っているので顔見知りだが、ハナとルーに関しては顔を知っている程度でマイラに至っては初対面であろう。


「ええ。マイラは寮に入ってからまだ日が浅いから。

 マイラはお代わりは要る?」


「う~ん、まだ味が良く分からないからお店のお姉さんのお勧めを頂戴!」


「はい。ちょっとお待ち下さいね。

 ……どうぞ、ノッチョーラ(Nocciola)です」


「Nocciolaって、確か木の実の事だよね?」

 イタリア語も勉強しているマイラは、単語の大雑把な意味は理解しているようだ。


「ええ、ニホンではヘーゼルナッツと言うんですよ。

 イタリアでは、これが一番人気の味なんです」


「ん~、美味しいっ!!

 この香ばしい風味は癖になりそう!」


「あっ、私にも同じのを下さい」


「私はダブルで!」


 カウンター前でコーンを美味しそうに頬張る美少女4人組は、ガラス越しに見ても店の雰囲気を華やかにしている。

 彼女達の楽しそうな姿を見た通行人が、店内に次々と入ってくるのはアンの目論見通りなのだろう。



                 ☆



 イケブクロ駅に到着し、リラとシンは東口改札から寮に向けて歩き始めた。

 今回は地下鉄経由なのでカオスなイケブクロ地下街は通過していないが、それは次回のリラの宿題であろう。


 途中で寄り道した古めかしい甘味処で、シンは大量にたい焼きを購入する。

 このたい焼きは一本焼きでは無いが、薄皮で餡子が大量に入った評判の一品である。


「ところでシンさん、なんでそんなに大量にたい焼きを買ったんですか?」


 二人は近くの公園のベンチに腰掛け、小分けにして貰った分のたい焼きを頬張っている。

 購入したたい焼きは3桁に届きそうな分量であり、寮に持ち込むお土産としてはあまりに量が多いのである。


「エイミーのお土産はそんなに数は要らないけど、Tokyoオフィスにはこれが大好物の子が居るからね」


「???」

 リラはまだマリーと会った事が無いので、彼女の食事量は当然把握していない。


「今日一日で、ずいぶんと行動範囲が広がったでしょ?」


「はい!イケブクロからスイドウバシ、カンダ、アワジチョウ……。

 地下鉄にも乗れたし、トーキョーってホントに色んな場所があるんですね」

 最初は黒い餡子の色合いに驚いていたリラだが、香ばしい皮と上品な甘さの餡子のバランスが気に入ったようで既に2匹目を頬張っている。


「僕はその感覚がとっても大事だと思ってるんだ。

 ジャンプでアラスカから此処に来ても、違う土地に来た現実感が無いからね」


「……」


「それにリラの臨機応変な行動にも、今日は感心したなぁ」


「???」

 自分勝手な行動をしたという自覚があるリラは、シンから叱責で無くお褒め言葉を貰って意外そうな表情である。


「突然迷子になっても、パニックにならずに頭がフル回転してたでしょ?

 治安が良いニホンだから過剰な心配は不必要だけど、一人で歩き回るのは楽しかったかな?」


「……正直言うと、冒険してるみたいで楽しかったです」


「寮の近辺やイケブクロはハナとかマイラがとっても詳しいから、一緒に歩くと参考になるかもね。

 あとハナも蕎麦が好きだから、食べ歩きも楽しいかも」


「ハナさんは忙しいのか、寮でも食事時以外は姿をお見受けしませんね。

 今朝も話す機会がありませんでしたし」


「彼女の母上もアラスカベースに居るし、まぁリラと似たような境遇なのかな。

 プログラマーとしてトーコと一緒に仕事をしてるから、締め切り間際はいつもあんな感じだよね」


「皆さん学生なのに、とっても忙しそうですよね?」


「マイラはまだ具体的に動いてないから、余裕があるんじゃないかな?

 エイミーは学園以外にもユウさんに体術や料理を教わってるから、それなりに忙しいけどね」


 暖かい日差しの公園では、首輪をしていない三毛猫が植え込みの傍で日向ぼっこをしている。

 野良の割には毛並みが艶々としているので、大事にされている地域猫なのかも知れない。


「日差しがとっても気持ち良いですね」


「うん。欧州と比較しても、この国はテロが起きない平和な場所だからね。

 さぁそろそろ行こうか?」


「はい。あの……鯛焼きもうちょっと食べて良いですか?」


「まだ小分けにした分があるよ。自販機でウーロン茶でも買っておこうかな」


 二人のイケブクロでの一日は、あくまでも平穏に過ぎていくのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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