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003.Pal O' Mine

 夜半、学園寮の大浴場にて。


 漸く寮のメンバー全員に挨拶が済んだリラは、初めて入ったニホンの温泉で寛いでいた。

 ニホン風の温泉作法はセルカークと同様にアラスカの大浴場でも浸透しているので、全裸で湯船に入るのも彼女は全く抵抗が無いようである。


「あの……此処って、大分空き部屋が多いみたいですけど。

 それに学生さん以外も、住んでるんですか?」

 彼女は在籍している人数が少ないのと、学生には見えないケイとパピの存在に驚いていた様である。


「ああ、私は世話役として最近来たばかりだけどね。

 ケイとパピはニホンの政府職員なんだけど、まぁ警備員兼務の非常勤講師といった感じかな」


「警備員ですか?

 トーキョーは、特に治安が良いって聞いてましたけど」


「一時期中華連邦の残党が、跋扈(ばっこ)しててね。

 ここの生徒を狙って、誘拐未遂とか色んな事件を起こしてたからね」


 スリムで優しげな印象のピアは、他のグラマラスな指令クラスのメトセラと比べても威圧感が無い。

 もっとも成長途上のリラは既に胸もかなり大きくなっているので、年齢の割にはトーコとあまり変わらない女性らしい体形なのであるが。


「それに管理人さん以外の男性は、シンさんだけなんですよね?

 なんか不思議な感じがします」


「別に此処はシンのハーレムでは無いんだけど、彼の周りには女の子が集まってくるのが宿命なんだろうな。

 生徒数を抑えてるのは校長の方針だから、まぁ時期が来ればまた増えるんじゃないかと思うけど」


「パピさんも、シンさんに引き寄せられた一人なんですか?」


「ははは、私はシンが子供の頃から見てるからね。

 母親とまではいかないが、まぁ年上のお姉さん位の気持ちで見ているよ」



                ☆


 一週間後。

 人見知りで男性恐怖症という前評判だったリラは、集団生活が初めてとは思えないスピードで環境に適応していた。

 日本語はまだたどたどしいが、同じような背格好のマイラとは英語でコミュニケーションを行いかなり仲良くなっているようだ。


「僕も経験があるけど、人混みは大変じゃない?」


 ニホン語を学習しながら既に学園に通い始めているリラは、まだ行き帰りに他のメンバーのサポートを受けている。

 今日はシンが帰路に同行し、隣にはカリキュラムが重複しているマイラがリラと手をつないで歩いている。


 マイラは目鼻立ちがくっきりとした美少女だが、リラもタイプが違うが人目を惹く美形であるのは間違いない。

 二人ともどう見てもニホン人には見えないので、手をつないでいる二人が注目されてしまうのは仕方が無いだろう。


「私は平気ですけど、何故か道行く女性がシンさんに注目してるような気がするんですが?」


「シンは格好良いから!モテモテなんだよ!」


 学園に通っている時のシンは、ベースボールキャップとサングラスの変装をしていない。

 CDをリリースしているミュージシャンとしては素顔を公表していないので、何もしないことが逆に変装に当たるのかも知れない。

 もっとも国籍不明の整った顔立ちと均整の取れた長身は、道行く女性たちから注目を浴びてしまうのは避けられないのであるが。


「ちょっと遅くなったけど、今日はお昼を外食しようか?

 今日は寮に居残りは、誰も居ない筈だから」


「賛成!」


「マイラ、何が良いかな?」

 真っ先に声を上げた彼女に、シンは食べたい物を尋ねる。


「う~ん、もりそばとカツ丼!」

 マイラはシンの作るものなら何でも食べるが、寮の食事では出てこないメニューを当然指定する。

 ニホン蕎麦の手打ちの技術はユウと違ってシンはまだ身につけていないし、カツ丼は人数分の調理の関係で寮で出される事が無いのである。


「リラは何か食べたいものはあるかな?」


「私は以前ネットで見た、オムライスを食べてみたいです」


「ああ、なるほど。

 ということは長崎庵かな」


 時間が経過してだんだんと余裕が出てきた彼女は、食事に関しても生来の食いしん坊気質(GOLOSA)を発揮しつつあった。

 もともと味噌汁を美味しそうに飲み干す位なので、和風出汁が多用されている蕎麦屋に連れ行っても問題無いだろうとシンは判断したのである。


「うん!あそこのオムライスはマリ姉のお勧めだからね!」


 長崎庵は、寮の近隣商店街にある家族経営の蕎麦屋だ。

 入口は年期の入った引き戸で、床はコンクリート打ちっ放しの昔ながらの風情である。

 ガラガラと音を立てる引き戸から、一行は店内に入っていく。


「うわぁ、すごい数のメニューがあるんですね」

 短冊で壁一面に掛けられたメニューが珍しいのか、リラは入店するなり声を上げる。


「うん。ただこういう店では英語は通じないから、一人で来るにはニホン語を学ばないとね。

 僕もこういう店の人達と会話をして、ニホン語を鍛えたから」

 シンは奥の4人掛けテーブルに着席すると、英語でリラに説明をする。


「マイラはもりそばとカツ丼で良いのかな?」


「うん!もりは2枚でカツ丼は大盛りで!」


 注文を取りに来た顔なじみの店員さんは、マイラの注文をそのまま伝票に書いている。

 須田食堂と違ってこの店はCongohが経営に関わっていないので、いまだに伝票はハンディターミナルでは無く昔ながらの手書きである。

 ちなみにTokyoオフィスや寮のメンバーが常連であるこの店は、見かけによらない大食い美少女に慣れているのでオーダーはそのまま通ってしまうのである。

 尤ももう一つの常連店である須田食堂とは違って、マリー対応メガ盛りメニューが無いので何を頼んでも安心なのはここだけの話なのであるが。


「シンさん、私はオムライスと、ちょっとカツ丼も食べてみたいかも」

 リラは相変わらず米帝語だが、Tokyoオフィスや雫谷学園の生徒で慣れているので店員さんは動揺する素振りも無い。


「じゃぁ、あとはオムライスとカツ丼を二つ、一つは小盛にして下さい」


「はぁい、それで飲み物は要らないのかい?」

 シンはルーとこの店を訪れると必ず瓶ビールを注文するので、既に覚えられてしまったようである。


「ははは、この二人にビールを飲ませるのは無理なんで、お茶で大丈夫です」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「なんか出汁の匂いが漂っていて、お腹が空いてきますね」

 店内には蕎麦つゆを仕込み中なのか、本がえしの良い香りが漂っている。


「リラは、鰹出汁の匂いが最初から大丈夫だったよね。

 欧州出身の子だと、あの匂いが苦手って言われる事も多いんだけど」


「はい。魚介類はもともと大好きなので。

 あのアラスカで最初に食べた味噌汁は、とっても美味しかったです!」


 先に配膳されたもりをずるずると食べているマイラを見て、リラはちょっと羨ましそうだ。

 だが箸使いにまだ自信が持てないので、彼女がそばを味わうのはもうちょっと先になりそうである。


 漸く彼女に配膳されたオムライスはスプーンが付いているので、食べやすさの点からは問題無い。

 早々にオムライスを食べ終えた彼女は、スプーンのままどんぶりの小カツ丼を食べ始めている。

 卵とじの甘じょっぱい味付けにも違和感が無いのか、彼女はカツ丼を美味しそうに頬張っている。


 マイラが注文した大盛カツ丼は、あまりに量が多いので蓋が完全に締まっていない。

 (あたま)を少しだけ蓋に移動したマイラは、隙間からつゆの味が染みたごはんを器用に掻き込んでいる。


「アラスカベースは、地元で獲れる魚介類が美味しいからなぁ」

 シンはカツ丼をゆっくりと食べながら、マイラの箸使いの上達に関心していた。


「ネットで情報は沢山入りますけど、手が届かないもどかしさがあって。

 物ならば時間を掛ければ手に入りますけど、料理はお取り寄せが出来ないですからね」

 アラスカベースの定期配送便は週一回なので、食材に関しては制限が多いのである。


「日持ちしないお菓子とかは、定期配送便でお取り寄せできないしね。

 朝生菓子とか生クリームの洋菓子は、個人的に持ってきて欲しいとリクエストされるのが多いかも」


「ベル姉さんがいつも食べてるカップ麺は、シンさんが都合してるって聞きましたけど?」


「ああ、ベルさんはインスタントラーメン・マニアだからね。

 配送便リストに載る前に、いち早く新製品を食べてみたいんだろうね」


「そういえば、『あの部屋』にも料理の本がかなりありましたよね?」


「うん。僕が居た頃のフードコートは、今よりもずっとメニューが少なくてね。

 毎日同じようなメニューで、もう飽き飽きしてたんだよ。

 上級の研究者は食べ物に興味が無くて、毎日同じ物を食べてる人も多いからね」


「今のバリエーションメニューでも飽きちゃうのに、それは悲惨ですね」


「今思うと、アラスカを離れて自分で家事をやるようになってからその反動が出たのかも知れないなぁ」


「……私も料理を習った方が、良いのでしょうか?」


「ああ、それはリラが自分で決める事だね。

 寮では僕かエイミーが調理担当だけど、当番でも何でも無いから」


「私も料理を習ってるよ!」


「マイラは包丁使いが、かなり上手になったよね」


「えっへん!」


「学園のカリキュラムとか、他に学びたい事とか、決めるのは全て自分自身だから。

 それに色んなものを自分の舌で味わっていないと、料理のレパートリーも増えないからね」


「あの……」

 ここで小カツ丼をスプーンで食べ終えたリラが、シンに向けて遠慮がちに声を掛ける。

 行儀としてはあまり褒められた食べ方では無いが、丼には米粒一つ残っていない。

 もちろん先に食べていたオムライスの皿も、付け合せで乗っていた福神漬けを含めてきれいに食べきっている。

 彼女は一見小柄ではあるが、マイラと匹敵するような大食漢なのである。


「ん、何かな?」


「そばを食べてみたいので、何か追加注文して貰えませんか?」


「初めてのチャレンジだね。

 それじゃぁまずは……すいません!かけそばを追加で」


 手間が掛からないメニューだけあって、薬味のネギだけが載っているかけ蕎麦は直ぐに配膳された。

 慣れない箸使いで蕎麦を手繰ると、音を立てずにリラはゆっくりと食べ始める。


「……シンさん、この麺が美味しいです!

 でもどこかで食べたことがあるような」


「ああ、アラスカのフードコートではブリヌイが出てたでしょ?

 ほらちょっと色が濃い目のパンケーキ」


「ああ、なるほど!

 この麺って、私の大好物のパンケーキと同じ材料だったんですね」


「蕎麦粉と小麦粉を混ぜて焼いた生地だから、基本的にニホンの蕎麦と味が似てるんだろうね」


 彼女は汁を一滴も残さずにかけそばを完食し、何故かとても満足気である。


 この一杯のかけそばが切欠となって彼女は大の蕎麦好きになり、後日マイラと一緒に食べ歩きをするようになったのはシンにとって予想外の出来事なのであった。


 

お読みいただきありがとうございます。

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