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002.Already Free

 リラを迎えに行く当日、シンは約束の時間よりかなり前にアラスカベースに到着した。

 地下施設へ向かうエレベーターの前に降り立ったシンは、荷物で膨らんだバックパックを背負い更に両手には大きなショッピングバックをぶら下げている。


「ベルさん、ご無沙汰です!

 あれっ、何か見慣れない機体ですね?」


 シンが訪問したレストア専用のハンガーでは、ベルが早朝にも関わらず作業をしている。

 この時間に早起きしたというより、いつものようにカップラーメンを食べながら徹夜で作業していたのだろう。

 義勇軍標準であるF-16ではないその機体は、サイズも大きくどうやらイレギュラーで入手した物の様だ。


「これはレイ絡みで、到着したばかりの機体なんだ。

 突然現れたけど、何か緊急事態なのかな?」

 ベルが広げている分厚い紙の整備マニュアルはキリル文字なので、たぶんロシア製の機体なのだろう。

 足元に散乱している東側仕様のケーブルコネクターは、この機体が作られた背景を示している様である。


「いえ、今日は新入生の子を迎えに来ただけで緊急では無いです。

 これ、いつものお土産です。

 今度来る時のリクエスト分は、メールに入れておいて下さいね!」


 シンが手渡したのは、両手に持っていたショッピングバックである。

 中身は言うまでも無いが、コンビニ数軒を回って入手した新製品や限定品のカップ麺である。


「サンキュー!いつも悪いね」


「それじゃ、まだ数箇所回らなきゃいけないので!

 その機体は今度時間がある時にでも、ゆっくりと拝見させて下さい」


 余裕が無いとは言え室内の亜空間ジャンプは問題があるので、シンは構内の移動にカートを使っている。

 ちなみにカートにはリミッターが付いているので、どんなに急いでいても速度が過剰に上がらないようになっている。


「ええっと、司令とベルさんは済んだから、次は……」

 ハンドルを握りながら、シンは研究棟へ向けてカートを走らせたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 約束の時間、漸くお土産や頼まれ物を配り終えたシンは指定されたフードコートに来ていた。

 そこにはリラの母子と、顔なじみであるレーコも同席している。


「あらぁ、写真で見るよりずっとハンサムだわね!

 娘が面倒掛けるけど、宜しくお願いします」


 リラの母親は、やはり司令官クラスと同様のグラマラスで年齢不詳の美女である。

 つまり、シンとは遠くない血縁関係にある可能性が高いという事になる。


「うちのトーコは面倒見れないと思うけど、彼に任せておけば大丈夫よ」


 こちらは東洋系の美熟女であトーコの母親が、シンにウインクしながら補足をしてくれる。

 トーコをかなり若い頃に出産したのは知っているが、見た目が20代後半にしか見えないのは今更であろう。

 Congoh職員は世界最先端のアンチエイジング技術の恩恵を受けているので、実年齢を当てることは非常に難しいのである。


「いえ、レーコさん。

 最近トーコはエネルギッシュになって、早朝トレーニングをしたりバイクでツーリングをしてますよ」


「へえっ、それは予想外の進化だわね。

 筋金入りのインドア派だったのに!」


「それに寮で預かってるマイラの面倒も良く見てますし、かなり社交的になって来てると思います」


「うちのリラも、トーコちゃんと同じように扱ってくれると嬉しいのだけれど」


「はい。しっかりお預かりしますので、ご心配無く。

 あれっ、数ヶ月会わない間に、だいぶ背が伸びたんだね!」


「……私のこと、覚えていてくれたんですか?」


 蚊の鳴くような小さい声で、彼女はシンに返答する。

 視線も下を向いたままで、なぜかシンと目を合わせるのが恥ずかしそうな表情である。

 以前に食堂で話した時には、もうちょっと堂々としていた記憶があるのだが。


「そりゃそうだよ!

 僕はここで育った先輩だから、君の事はずっと気になっていたからね」


「……」

 気になっていたという一言を深読みしたのか、リラの顔が真っ赤になっている。

 その様子を見て、シンは彼女を横抱きして運ぶのに一抹の不安を感じてしまう。


「手荷物はこれだけ?」


「はい。あとは定期配送便に乗るように手配済みです」

 二人はフードコートで挨拶を済ませて、地上に向かうエレベーターホールに向けて歩き出す。

 シンのジャンプで簡単に戻る事が出来るので、別れの挨拶も実にあっさりとした様子である。


「ところであの部屋には、新しいパスワードは設定して来たかな?」

 エレベーターのボタンを押しながら、シンはさりげない口調で彼女に尋ねる。


「……はい。もちろんです!

 やっぱり私が使ってたのを、知ってたんですね!」

 彼女はフードコートでのおどおどした態度から一変し、悪巧みの共犯者のように口元に笑顔を浮かべながら返答したのであった。



                 ☆



 二人はまず寮では無く、イケブクロの高層オフィスビルに入っている雫谷学園に来ていた。

 リラは横抱きされても緊張することも無くリラックスしていたので、昔のトーコより遥かに男性に免疫があるようにシンは感じていた。


「君がリラちゃんか、お母さんと良く似ているね」

 初対面である校長先生の60年代ヒッピー風の服装に、リラは今日初めて見る驚いた表情をしている。

 フラワーチルドレンは古い音楽の愛好家でも無い限り、その実情を知らないのが当然なのであろう。


「あの……母をご存じなんですか?」


「もちろん!かなり小さい頃から知っているよ。

 それでリラちゃんはニホン語はどの程度出来るのかな?」

 勿論ここまでの会話はリラに合わせて、米帝語を使っている。

 ちなみに校長の話す英語は、米帝語というよりはクイーンズイングリッシュ風の格調高い発音である。


「えっと、料理の名前を知っている程度でほとんど話せません」


「Congohの規定で、現地法人はその国の標準言語を使うのが決まってるからね。

 まずは日常生活とニホン語に慣れてもらってから、登校して貰おうかな」


「あの……学園には出来るだけ早く通いたいんですが」


「もちろん米帝語だけでも学業に支障は無いけど、他の生徒の負担になっちゃうからね。

 それとも君は、学園と寮を往復するだけの禁欲的な生活が望みなのかい?」


「……いえ、違います」


「シン君、学園寮でも今はニホン語以外は使われていないよね?」


「ええ。マイラもかなり流暢になりましたし、彼女が米帝語を使っているのは学園の一部の授業だけでしょうね」


「米帝語以外には、フランス語とかイタリア語も出来ると聞いているけど?」


「はい。……でもニホン語ってなんか難しそうで、不安です」


「今は寮に常駐してるピアさんが居るから、心配は要らないと思うよ。

 Tokyoオフィスにしか無かった日本語学習用の教材も、寮に導入されたしね」

 シンは不安そうな表情のリラに、笑顔で返答したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 面談を終えたシンとリラは校内を一通り廻ってから、カフェテリアで休憩していた。

 アラスカから数分後にイケブクロに到着した慌ただしさにも関わらず、リラは飛行酔いもしていないので見掛けよりも体力があるのかも知れない。


「ここのカフェテリアは、なんかアラスカのフードコートと雰囲気が似てますね。

 ドリンクバーに入っている飲料の種類も、ほとんど同じですし」


 彼女は母親が同席していた時と違い、はきはきと大きな声で会話をしている。

 シンは自分が母親と暮らしていた頃を思い出し、リラは母親のプレッシャーから漸く解放された状態なのだろうと推察する。


「うん。ここは同じCongohの施設だからね。

 それで面倒で申し訳ないんだけど、ここ一週間で食べたものを出来るだけ詳細に教えてくれる?」


「えっ、食べたものをですか?」


「ほら、新しい環境に慣れる必要があるのに、食事でストレスを溜め込んじゃうのは大変だからさ。

 食べたことが無いメニューばかりだと、いくら美味しくても体調を崩したりするからね」


「えっと、今朝はブリオッシュとカフェオレ、昨夜はサラダと……」

 彼女はつかえる事も無く、一週間に食べたメニューをスラスラと挙げていく。

 身上書に記載されていた通り、彼女のIQが高いのは一目瞭然である。



(メニューの呼び方も正確だし、彼女は年に似合わないグルメなのかも。

 まぁあの環境だと毎日の娯楽は、食事だけだからね)

 

「……ありがとう、参考になったよ。

 好きなものだけ食べられるフードコートの食事としては、バランスが取れてるね」


「かなり無理を言って、作って貰ったのも多いので。

 ずいぶん前にはシンさんに、ご面倒をおかけしましたし」


「いや、トンカツ程度なら材料があれば手間も掛からないしね。

 それで刺身とかタルタルとかの生ものが一切無いんだね……あとは野菜の好き嫌いが無さそうなのは助かるかな」


 ここでシンが再び思い浮かべていたのは、数か月前のトーコの事である。

 今は好き嫌いが殆ど無い彼女だが、日常のメニューの工夫で少しづつ矯正をしていたのはシンだけが知っている事実である。


「はい。最近は体が要求するのか、セロリとかパクチーとか香りの強い野菜もなんとか食べられるようになりました!」


「握り寿司を食べ慣れれば、たぶん刺身とかの生ものも克服できると思うんだけど。

 まぁゆっくり慣れていけば良いかな」


「生ものは嫌いというよりも、カルパッチョ以外は食べた事が無いです。

 その……回転寿司にはぜひ行ってみたいと思ってますが」


「ああ、寿司については食べ放題の機会があるから、ちょっとの我慢だね。

 顔見世にも絶好のイベントがあるから」


「???」

 Tokyoオフィスで定期的に開催されている『寿司の日』は、あくまでもローカルイベントなのでリラが知らなくても当然である。

 だが後日参加したこのイベントで、握り寿司が彼女の大好物になってしまったのは予想外の出来事なのであるが。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 午後。


 シンはリラと連れ立って学園寮へ戻ってきた。

 ジャンプで移動すると周辺の案内にならないので、帰路はもちろんタクシーを利用せずに徒歩である。

 彼女は生まれて初めて見る繁華街の街並みや人の流れに緊張していたようだが、平静を装ってなんとかシンの横を歩いていた。

 シンはそんな彼女の適合力の高さを、横で見ていて感心しきりである。


「ああ、いらっしゃい!」

 事前にリラの身上書を見ていたピアは、寮の正面玄関で二人が帰ってくるのを待っていてくれたようだ。


「バウッ!」

 ピアの足元で伏せていたシリウスが、リラの姿を見て嬉しそうにブンブン尻尾を振っている。


「ああ、シリウスは私の事覚えていてくれたのね!」


「バウッ!」

 シリウスに抱きついたリラは、数ヶ月ぶりの再会に実に嬉しそうだ。


「それじゃぁ、皆に紹介しようか!」


「はいっ。宜しくお願いします!」


 事前に聞いていたのとは違う覇気のある彼女の様子に、ピアはシンと顔を見合わせて笑顔を浮かべている。

 母親の前で目が泳いでいた様子から一変した彼女は、しっかりと前を向いているようにシンにも感じられたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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