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048.On A Night Like This

 シンは週一回のペースでジョンソン基地に顔を出しているが、主だった業務はアイリーンの助手として行っている雑用である。

 デブリ処理に関してはシンの秘匿すべき特殊能力に依存しているので、表向きはあくまでもインターンとしてのパートタイマーなのである。

 もちろんNASA職員のデータベースには所属部署や正規の身分が記載されているので、機密レヴェルの高い職員であれば閲覧可能なのであるが。


 自己評価が厳しいシン個人としては、年齢にふさわしい立場で社会勉強ができるこの場所(NASA)は嫌いでは無い。

 ホワイトハウスでは年齢にふさわしく無い厚遇を受けているので、ここではバランスが取れた扱いだと思っているのだろう。

 だが本人の思惑はともかく清掃員のバイトと間違われていた当初とは違って、いつの間にかシンは訓練生達から一目置かれる存在になっていた。

 その一因はシンがあのプロメテウス出身であり、大統領(アンジー)の要請でNASAに来ているのが漏れ伝わった影響なのかも知れないが。


 そんなシンは本日、長官とのミーティングの為にワシントン本部へ来ていた。

 ちなみに此処には所属している惑星防衛調整局のデスクもあるのだが、事務処理とは無縁のシンはそれを利用した事が一度も無い。


 現在ミーティングは長官のオフィスで内密に行われているが、同じ部署のメンバーであるジョディはホワイトハウスに缶詰になっているので此処には居ない。

 どうやら何らかのトラブル対応で、本業である分析官の業務で手を離せないのだろう。


「ホワイトハウスに差し入れで寄ってきたんですけど、ジョディさんは目の下にクマを作ってましたね」


 先ほど差し入れしたのと全く同じ缶容器を開けて、シンはローテーブルに甘い香りが漂うビスコッティを並べる。

 参加人数3人だけの会議なので、まるでお茶会のようなお菓子を出しても文句を言う者は誰も居ないだろう。


「特にニュースに出ていないから、まだ内密な段階なんだろうな」

 シンの直接の上司であるアイリーンは、クッキーが大好物なので早速ビスコッティに手を伸ばしている。

 アイの指定した材料をレシピに忠実に作ったこのビスコッティは、シンとしてもかなりの自信作である。


大統領(アンジー)もシチュエーションルームに入ったきりで、なんか作戦が難航してるみたいですね」

 差し入れを筆頭秘書に渡して早々に退散したシンであるが、スタッフの重苦しい雰囲気から何か拙い事態になっているのは察していた。


「彼女はシン君の力を借りたいんじゃないかしら?」

 大統領直属である長官は、シンを見ながらビスコッティを齧っている。

 彼女は日頃の厳しい節制で有名だが、決して甘味が嫌いという訳では無いようだ。


「シチュエーションルームで指揮するような軍事作戦じゃ、僕の出番は無いですよ。

 それに僕は大統領(アンジー)に雇われた個人的なスタッフですけど、米帝の軍属じゃありませんからね」


「そうかな?お前の場合はちょっと事情が違うと思うが……」

 

「ゴホンッ、しかし減らないなぁ……一回で処理出来てるのは数百単位なんですけどね」

 ワザとらしい咳払いの後、NORADのマンスリー・レポートを見ながらシンは落胆の声を上げている。

 ボランティア活動から始まったスペースデブリの除去であるが、現時点で既に複数回の作戦が実行されていた。


「大っぴらに作戦実行出来ないから、成果としては申し分無いと思うけどな。

 それにこのペースでデブリが減ってるのは、この惑星史上初めてだと思うよ」


 同席しているアイリーンは、シンの成果をお世辞抜きで評価しているようだ。

 現役の宇宙飛行士である彼女にとっては、僅かであってもデブリが除去されるのは実務上の大きなメリットがあるのだ。


「いままで処理する手段が無かったのだから、大したものだと思うわよ。

 ただしこの成果を大統領(アンジー)以外に報告出来ないのは、悔しいけどね」


「NORADの面々への説明は、大統領に任せないといけませんからね。

 でもこのペースだと、残念ながら新たなデブリが出来るのに追いつかないような気がします」


「衝突回避出来ない衛星が作り出すデブリは、思ったより多いのよね」


「放棄されている中華連合の衛星は、どんどん消去してしまいたい気分ですね」


「残念ながら、正規のルートで消去処理を頼むのは予算的には難しいわね」

 現状でCongohに依頼があるのは、米帝軍絡みの衛星処理が殆どである。

 その費用は衛星打ち上げ一回分に匹敵するので、緊縮財政のNASAから依頼が来ることは滅多に無い。


「可児山先生みたいな研究者が居るから、将来的にはデブリを含めて半自動で処理できるとは思うけどな。

 それにここ最近数千単位でデブリの量が減ってるから、うちにも関係機関から問い合わせが来てるらしいぞ」


「もうちょっと効率的に処理できる方法を、何とか考え出さないといけないですね」


「宇宙空間は本当に広いからな」


「I hate space(広すぎて嫌いっ)!」


「いつでも星間移動が出来る奴が、何を言ってるんだか……」

 エンドレスで食べ続けたアイリーンのお陰で、いつの間にか大量のビスコッティは半分ほど無くなっていたのであった。


 ……


 ミーティングの流れで近所にあるメキシコ料理の店に入った3人は、昼間からコロナビールを飲みながら歓談を続けていた。

 グラスにスライスされたライムを入れて飲むメキシカンスタイルは、癖が無くとても飲みやすい。


「シン、候補生たちは最近T-38の操縦訓練に入ってるんだが、お前はどうする?」

 大量のビスコッティの後に食べたランチプレートが物足りなかったのか、今度はトルティーヤ・チップスをバリバリ食べながらアイリーンはビールをぐいぐいと飲んでいる。

 40代に近い彼女だが、胃袋の若さは学園寮の面々に匹敵する健啖ぶりである。


 「単発のレシプロや戦闘ヘリも操縦出来ますから、操縦自体は問題無いと思うんですけどね。

 あんまり必要性が無いというのが、本音ですかね」


「所属している軍務絡みで、飛行訓練の話は無いのかい?」


「イタリアのカーメリに行く機会があれば、ジェットの講習を受けても良いとは思ってるんですが。

 あそこの基地は最新鋭機種の導入で、今ごたごたしてますから」


「ああ、イタリア版のアビオニクスが正常に動くまで、かなり大変だったと聞いているよ」


「ソフトウエア万能主義がエスカレートして、コードが大きくなりすぎたんでしょうね。

 おっと、これは勿論僕の意見では無くて、コードを書いているエンジニアの意見ですけどね」


「人伝に聞いたんだが、基地の中にピッザテリアがあるんだって?」


「ええ。ミラノ市内の名物店に匹敵する味ですよ。

 特に厚くて底がカリカリのクラストは、他では味わえない絶品だと思います」


「へえっ、一回食べてみたいもんだな」


「いいですよ。

 今度ジョンソン基地に行くタイミングで、テイクアウトして貰ってきます」


『お話中すいません、フウさんから緊急連絡です!

 座標は指示しますので、現場へ急行して下さい』


 コミュニケーターから前触れも無くSIDの指示が入ったので、これはかなりの緊急事態なのだろう。


「シン君、どうやらお座敷が入ったみたいよ」


「すいません。また連絡します!」

 シンの姿は、レストランのテーブルから一瞬にして消失したのであった。




                 ☆



 シンはホワイトハウスに戻る事も無く、亜空間飛行で指定された座標へ向かっていた。

 新しいコミュニケーターでもリアルタイムの通話は出来ないが、直前の指示に従ってSIDにナビゲーションをして貰えるのは大きなメリットである。

 どうやらホワイトハウスでミーティングしている猶予すら無い、本当の緊急事態なのだろう。


 通常の重力飛行に移行したシンは、ターゲットになる旅客機に追従飛行しながらホワイトハウスとミーティングを開始する。

 最新型の787には、州軍のF-16が2機ピッタリと追尾している。

 シンは通常の旅客機に比べてサイズが小さいので、この状態でもFー16のレーダーに映る事は無いだろう。

 尤も光学迷彩のお陰で、視力良いパイロットであってもその姿を見ることは不可能なのであるが。


「こういう軍事作戦はシン君にお願いしないというフウとの約束だったのだけれど……

 今回は特例という事で了解してくれたの」

 コミュニケーターからハンズフリーで通話する大統領(アンジー)の声が入ってくる。


「軍事作戦ということは、今回の相手は前と違ってテロリストなんですよね?

 僕が救出できるのは、一度に一人だけですよ」


副大統領(ジェシカ)とは何度か会っているわよね?」


「ええ。何度も顔を合わせてますし、レイさんのテストパイロット・スクール時代の最後の生徒さんと聞いていますけど」


「エアフォース2が故障して民間機を利用したのだけれど、彼女が唯一の人質になっているの」


「ああ、他の乗客が居ないのは好都合ですね」


「トイレに行くタイミングで確保して、エクゼクティブツーの機内から救出するというシンプルな手順でお願いするわ。

 彼女は場数を踏んでいるし並じゃない胆力の持ち主だから、シンプルな作戦の方が上手く行くと思うのよ」


「了解です。

 SID,旅客機のモニター管理システムはハッキングできている?」


「すでにスタンバイしています。

 機内の監視カメラ経由でチェックすると、彼女は目隠しも拘束もされていませんね」


「モニターを見てトイレに入ったら、個室の端に移動するように指示してくれる?」


「了解です」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 経由地ですべての乗客や乗務員は解放されたので、機内にはハイジャック犯数名と唯一の人質である副大統領(ジェシカ)だけが搭乗している。

 エアフォース2(副大統領専用機)の予期しないエンジントラブルにより民間機での移動になった彼女は、シークレットサービスが全く想定できなかった厄介事に巻き込まれてしまったようだ。

 床にはSS要員が撃たれた血痕がしっかりと残っているが、現在のところ副大統領(ジェシカ)は全くの無傷である。


 「トイレに行かせて頂戴」

 突然点灯したシートの背面のLCDを見ていた彼女は、監視に付いているハイジャック犯の一人に要求する。


 この機内を占拠している一団は、中東のテロリスト集団にしては錬度が高い洗練された武装集団のように見える。

 無駄口を叩かず小さく頷いた男は、耳に付けたインカムに何やら囁くと、MP3の銃口を向けながら立ち上がるように彼女を促す。


 トイレの扉を閉めると彼女は数時間ぶりに緊張から開放されたが、ため息を付く間もなく目の前の空間に突然シンが出現する。

 さすがに最新鋭機のトイレだけあって空間には余裕があるが、それでもシンと彼女の距離は30センチも離れていない。

 

「あら、シン君レディの個室に失礼じゃないの?」

 シンに向けた彼女の囁き声は、機内に響いているエンジン音のお陰でドアの外からは聞こえないだろう。

 感情を抑えていたために無表情だった彼女の顔が、ようやくいつもの柔らかいものに戻っていく。


副大統領(ジェシカ)、僕に掴まって貰えますか?」

 彼女が頷くと同時に、シンは彼女を横抱きにして抱えあげる。


「それじゃ、帰りますか」

 ピクニックの最中のようなシンのお気楽な一言の後、二人の姿はトイレの中から忽然と消失したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 飛行中の787の更に数百メートル上空。


「あらら、ずいぶんと簡単な救出作戦だったわね。

 それにしても、この光景は凄いわね!」

 キャノピーや窓に隔てられない高度1万メートル上空の景色は、高高度を見慣れている筈の彼女にも印象深いようである。


「機内には民間人は誰も残ってないんですよね?」


「ええ。操縦も一味の人間が担当していたから、もう機体を撃墜しても構わないわ。

 まさか飛行中の機内から、人質を奪還されるなんて想像もして無かったんでしょうね」


「SID、ホワイトハウスと音声通話を繋いでくれる?

 ……こちらシン。作戦完了しましたのでこのまま帰等します。

 以上」

 一方的に通話を終了したシンは、瞬時に亜空間飛行に移行する。


「それじゃ後始末は州軍に任せて、このままホワイトハウスまでお送りしますね」

 787を撃墜するのは今のシンならば簡単であるが、それは追尾しているF-16の空対空ミサイルでも同様に可能である。

 彼の今回の役目は副大統領(ジェシカ)の解放であり、テロリストの後始末は依頼事項に含まれていないのである。


「やっぱりシン君には、こんな能力があったのね。

 只者では無いと思ってはいたけど」


「いえ、僕はちょっとした特技があるだけの、普通のハイスクールの学生ですよ」


「はいはい。余計な口外はしないから、安心なさい。

 それにしてもどの位のスピードで移動できるの?」


「マッハ換算すると70位らしいですよ。

 折角この高度まで登ってますから、一瞬だけ『宇宙の渚』を見てリフレッシュしてから帰りましょうか」


 SR-71を操縦した経験がある副大統領(ジェシカ)は、超高高度の光景やビデオの早送りのような亜空間飛行のスピードでも酔ったりはしないだろう。

 そう判断したシンはどんどん高度を上げていく。


「うわぁ、これは宇宙飛行士しか見れなかった光景だわね!」


 世代的に宇宙飛行士の選考から洩れてしまった彼女は、政治家に転身したがやはり宇宙(そら)に対して未練があったのだろう。

 

「感動していただいて良かったです。

 それじゃぁ戻りますよ!」


「うん。有難う!」

 ここで頬に何故か柔らかい感触を感じたが、あえて目線を向けないように注意していたシンなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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