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047.Travelers Waltz

 引き続いて道の駅フードコート。


「もうトーコとは話をしちゃったんですよね?」

 まるで昔からの知り合いに接するようにシンはピアに話し掛けるが、もちろん彼女との間に直接の面識は無い。

 いや正確に言うと面識はあるのだが、長年の相互不干渉によってシンにとって彼女は空気のような存在になっていたのである。


「……」

 直接話しかけられる想定外の事態に、ピアはラーメンの麺を箸で持ち上げたままフリーズしている。

 その姿は、まるで『ラーメン大好き小●さん』の様である。


「トーコがお世話になったのに御礼しない訳にはいきませんから、寮まで同行して貰えませんか?

 せめて夕食でもご馳走させて下さい」


 セルカークでの長期滞在後、トーコは島で何かとお世話になった人物についてシンと話をしていた。

 各拠点の司令官クラスとは殆ど顔見知りであるシンならば、知っている人物かとトーコが考えたのは自然の成り行きであろう。


「ピアさん、一緒に温泉に入りましょう!」

 シンの横から顔を出したトーコも、笑顔で賛同する。

 人見知りの彼女にしては、普段からは考えられない積極的な行動である。


「……」

 ピアは相変わらずシンに対しては無言を貫いているが、トーコの一言に躊躇いながらも頷いたのであった。



                 ☆


 数時間後の学園寮。


「トーコさん、食事の支度はもうちょっと掛かりますから、先にピアさんを温泉にご案内して下さい」

 来客用に常備してある『お泊りセット』を手渡しながら、エイミーはピアにウインクする。

 不意の来客が多い学園寮ではこういう事態が頻繁に起こるので、新品のジャージや下着等がパッキングされた『お泊りセット』は欠かせない必需品なのである。


 ちなみにセルカークでお世話になっているので、エイミーとピアは既に知り合いである。


「了解です。

 さぁピアさん行きましょう!」



「シン、あの人がセルカークで釣果を分けてくれた人ですよ」

 温泉に向かった二人を見送り、エイミーはキッチンで仕込みをしているシンに説明する。

 シンは手馴れている中華料理では無く、違う種類の料理を準備しているようだ。


「やっぱり僕がセルカークに居る間も、顔を合わせないように注意してたんだろうね」


「何故かシンにだけは、無言なんですね」


「ああ、機嫌が悪い訳じゃなくて、きっと禁足事項なんだろうね」


「???」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ピアさん、セルカークではお世話になりました!」

 大浴場で一緒にかけ湯をしながら、トーコは親し気に語り掛ける。

 壁面に設置されているヴァーチャルウインドには、ライブ中継されているオワフ島のビーチが表示されている。


「トーコちゃんも、地道なトレーニングの効果が出てきたみたいだね」

 シンが居ないこの場では、ピアの口調もフランクでとても滑らかである。

 彼女は直接のトレーナーでは無かったが、島での生活を色々とサポートしてくれたのである。


「セルカークの塩化物泉とは違って、ここは単純泉ですから入りやすいですよ」


「うわぁ、かなり温度が高いんだね」


「ええ、源泉の温度が高いので暖め直しはやっていないそうです」


「ふぁ~っ……」

 司令官クラスのグラマーなメトセラと違って、ピアは小柄で均整が取れたテニスプレイヤーのような体型をしている。

 おまけに彼女には周囲を萎縮させてしまう押しの強さが感じられないので、トーコは彼女と一緒に居てもリラックスできるのである。


「ピアさんが、シンに話し掛けられないのは理由があるんですか?」


「ああ、理由というか掟があったんだけど……」


「過去形なんですか?」


「多分シン君に対しては、もう見守る必要が無いのは分かってるんだけどね。

 今や彼は、バステトのガーディアン(守護神)に指名されるほど立派になったし」


「ああ、ピアさんの役目もガーディアン(守護神)だったんですね」


「シン君に対しては亡くなった母君の要望で、そうなっているかな。

 実際には口を出してアドバイスする場合もあるし、相手によって接し方が違うんだけどね」


「それじゃぁ、Mentor(指導者)という感じなんですか?」


「うん。それが一番適切な表現かも知れないね」


「それで、今日は何で私たちを尾行してたんですか?」


「私たちじゃなくて、バイク乗りたてのトーコちゃんが心配だったから」


「えっ、私ですか?」


「そう。シン君と同じで、君の事も昔から見ているからね。

 SIDから同行するように、リクエストが出ていたし」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 温泉上がりのピアは、ルーにビールを注いで貰って喉を潤している。

 初対面の筈の二人だがルーは説明されるまでも無く、彼女が自分と同質のオーラを纏っているのに気がついたのだろう。


 リビングに現れたクーメルも、いつの間にかソファに座っているピアの膝の上に収まっている。

 おまけにマイラまで、ピアの隣に腰掛けて話を熱心に聞いている。


(ああ、これがこの人の本質なんだろうなぁ)

 料理を配膳しているシンは、横目でソファの様子を眺めながら納得していた。

 人見知りのトーコと短期間で親しくなったのも、他人の懐にすんなりと入り込める独特な雰囲気のお陰なのであろう。


「うわぁ!豪勢ですね」

 ピアに少し遅れてリビングに顔を出したトーコが、並んでいる料理を見て声を上げる。

 仕込みの時間が無かったので握り寿司は並んでいないが、エイミーが用意した刺身盛りの大皿が食卓をいつもより豪華に見せている。


「ええ、ユウさんがさっき新鮮な切り身を届けてくれて。

 普段はこんなに刺身の材料も、寮の冷蔵庫にはありませんから」


「シン、それはグラタン?」

 普段は食卓に並ばない大きなオーブン皿に、ルーはまず興味を持ったようだ。


「ああ、これはアイさんから教わったムサカっていう料理なんだ。

 ピアさんの口に合うと良いですけど」


 大きなグラタン皿からたっぷり取り分けた料理を、シンはまずテーブルの中央に腰掛けたピアの前に配膳する。

 相変わらずシンに対しては無言だが、手元におかれたムサカに何故か彼女の視線はしっかりとロックオンされている。

 

「ピアさん、お願いします」

 エイミーがピアに挨拶を促すが、彼女は場の空気を読んで一言だけ呟いた。


「Bon Appetit!」


 今日も学園寮の食卓は、いつもの様に賑やかなのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「なんか賑やかだね?お客さんなのかな」


 ここで漸く帰宅していたケイが、濡れ髪をタオルで拭いながらリビングに顔を出す。

 どんなに空腹であっても硝煙の匂いをさせたまま、シャワーを浴びずに食卓に向かうことはあり得ないからである。

 

「あれっ、ピアさんですよね? 10年ぶり……かなぁ」

 ケイはテーブルの中央に座る彼女を見つけると、驚きの声を上げる。


「……」

 ピアはグラタン皿にお代わりを自分で盛り付けながら、ケイと遅れて現れたパピに会釈している。

 彼女は夢中で食べていた所為か、口の周りにはトマト・ソースがしっかりと残っている。


「あれっ、ケイも彼女の事を知ってるんだ」


「えっ、パピも?」


「お味は如何ですか?」

 シンはムサカをほお張りながら、夢中で食べているピアに声を掛ける。


 彼女は相変わらず声を発しないが、手をすぼめて指先を口に当てるイタリア風ジェスチャーで美味しいと表明しているようだ。


「エイミーとトーコにも接触してるという事は、アンダーカバー業務はもう終了ですよね?」

 ここでご飯茶碗を置いたシンが、ピアに話し掛ける。


「……アイラに何か聞いたの?」

 大きくムサカを頬張ったまま、ここで彼女は不明瞭ながらシンに返答をする。


「いいえ、おばぁ……アイラさんからは何も。

 ただ随分と昔、フウさんに尋ねた事があるんですよ。

 いつも見掛けるあの女の人は誰なの?って」


「……」


「フウさんは、彼女がお前に危害を加える事は絶対に無いから、知らないふりをしていろって。

 他になんの説明も無かったですけど」


「ピアさんは、そういう役目の人なんですよね?」


「……」


「邪魔するよ」


「あれっ噂をすれば……フウさんこんな時間に来るなんて珍しいですね」


「ああ、ユウからピアが此処に来ていると聞いてな。

 もう普通にシンと喋って良いんだぞ、ピア」


「……」


「シン、今部屋は幾つ空いている?」


「ええっと、ケイさんとパピさんの分と武器庫に改造した部屋で3つが埋まりましたけど、まだ空き部屋の方が多いですね」


「ピア、お前当分の間ここに逗留しろ!

 あっちの仕事は出来るだけ回さないようにするから、暫くはシン達の相談役として英気を養ってくれ」


 彼女はフウの一言に何も返さないが、隣に座っているマイラが嬉しそうに呟く。

「おねえさん、ここに住んでくれるの?」


「そうだね……シン君の作る食事も美味しいし、しばらく厄介になろうかな」

 万感の思いが篭った彼女の一言だったが、口の周りについたソースのお陰もあってまるでシリアスに聞こえなかったのは此処だけの話である。

お読みいただきありがとうございます。

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