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043.God Gave Me You

 海沿いに作られた温泉施設は、今日も大勢の島民で賑わっていた。


 一見すると欧州で見られるような温泉(スパ)なのだが、利用者は水着はおろかタオルすら身に着けていない。

 黄色いプラスティックのケロリン(おけ)が使われているのからも分かるが、此処ではニホンと同じ公衆入浴作法が定着しているのである。


「いやぁ、こんな形でSIDと会話ができるなんて想像もしてなかったよ」


「ええ。私もです」


 湯船に浸かりながら、ソラとアイラはリラックスした会話を続けている。

 こうして見ると並んでいる二人は似たような髪形なので、印象がとても良く似ている。

 特に均整の取れた肢体は、まるで同じ金型から作られたように瓜二である。


「相変わらずピアには、目の敵にされてるみたいだね」


「姿が見えると、やはり嫌悪感があるんでしょうね。

 まぁ私に八つ当たりしてストレス解消できるなら、こちらとしても願ったりですが」


「なるほどね。

 ところで、その体の制御にも大分慣れてきたみたいだね」


「ハナが設計した新しいコミュニケーターがあれば、ジャンプも可能になりましたから。

 おかげで行動範囲もかなり広がると思いますよ」


「……ソラさん、綺麗な肌ですねぇ。

 羨ましいです」

 ここでトーコが湯船の二人に接近して、会話に割り込んでくる。


 寮で利用している温泉と同じで、周りの目を気にする必要が無いのでトーコはとてもリラックスしているようだ。

 やはり女性だけしか居ない(更にシンの目が無い)この島は、彼女にとってリラックスできる環境なのであろう。


「ナナさんによると、無駄毛処理とか肌の手入れはほとんど必要無いみたいですね」


「それにしても、シンはこの温泉の事は何も言ってませんでしたね」


「シンは入りたがってたんだけどね、私が止めたんだよ」

 ここでアイラが、二人の会話を遮るように発言する。


「?」


「女だけの温泉に入って、何か起こったら面倒だろ?

 寮の場合は混浴でも知り合いしかいないけど、此処だとシンにとっては不特定多数みたいな状況だからね」


「シンは自制心が強いですし、問題無いような気がしますけど?」


「いや、心配なのはシンじゃなくて周りの女達なんだよね。

 海千山千のはしたない奴も、大勢居るからなぁ」


「はいっ??」

 トーコはかなり際どいシーン(濡れ場)を想像したのか、顔を赤らめながら声を上げる。


「ふふっ、トーコちゃんは初心(うぶ)で可愛いなぁ。

 シンが羨ましいかも」

 湯船の中をアイラの手が動いて、トーコの下半身にさわさわと優しく触れている。


「ああっ、そんな処をいきなり触らないでくださいっ!」


「へえっ、まだシンは手を出して無いみたいだね。

 競争相手が多くて、大変だねぇ」


「……」

 湯気のおかげでぼんやりとしか見えないが、トーコの顔は真っ赤になっているだろう。


「それは兎も角として、ちょっと筋肉が足りないかな」


「えっ?」


「トーコちゃん、日常的に何か運動はしてる?」


「いえ、全くしてません」


「下半身もスリムで骨盤も小さいし、このままだと子供を産むには無理があるよね。

 将来のためにも、少しづつでも体を鍛えないと」


「……」


「しばらく滞在するなら、水泳の手ほどきでもしようか?」


「えっ、あの海でですか?」


「残念ながらこの島には砂浜が無いんだよね。

 その代わり室内プールがあるし、トレーニング機器も揃ってるからね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ソラさん、何で私を同行させたんですか?」

 温泉の脱衣所でいつものフルーツオレを飲みながら、さりげない様子でトーコが尋ねる。

 このフルーツ牛乳と似た味の飲み物は、定期配送リストに載っているCongoh定番の風呂上り飲料である。


 ちなみにニホン製の最新のマッサージ機が並ぶこの場所には、冷たい飲み物が入っている縦型の冷蔵ショーケースやレトロな外見のカップ麺自動販売機も並んでいる。

 この光景を見ていると、此処がニホンで無いのを忘れてしまいそうな雰囲気である。


「……」


「まぁうちの母よりも、SIDには昔からお世話になってますから。

 同行して欲しいって聞けば、私が嫌って言う訳はありませんけどね」


「……」

 トーコの突然の発言に、ソラは咄嗟に言葉を返す事が出来ない。

 AIであるソラの中の人(SID)は、取り繕ったり嘘を付くのがとても苦手なのである。


「私が曲りなりにも此処に居るのは、全部SIDのお陰ですからね」


「……シンから事情を聞いたのですか?」

 搾り出すように言葉を発したソラの表情は、かなり強張っているように見える。


「えっ、それはどういう意味ですか?

 シンは私の幼少の頃の話は、知らないと思いますけど」


「???」


「シンが事情を知っているにしても、余計な事を私に言ったりはしませんよ。

 SIDが話し相手になってくれてるのは、かなり小さい頃に気が付いていましたし」


「……」


「別に改まって言う訳じゃないですけど、私はSIDに育てられた娘みたいなものですからね。

 出来が悪くて申し訳ないですけど」


「……いいえ。

 貴方は私の、本当に自慢できる……娘ですよ」


 ソラの一言は呟くように小さな声だったが、トーコはその一言を聞き逃す事は無かったのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 トーコは、結局滞在中にソラと一緒にトレーニングに励むことになった。

 彼女にとっては成長期のうちに筋肉量を増やすためであるし、ソラにとってはボディコントロールの訓練になるからである。

 アイラの案内で室内プールがある建物に入館したトーコとソラは、最初にトレーニングルームに案内される。


「この建物は図書館のすぐ傍だったんですね。

 迂闊にも気が付きませんでした!」


「この島の大きな建物は、地味な色合いで上空から見えないようにデジタル迷彩されているからね」

 二人を迎えに来たアイラは、今日はCongoh謹製のトレーニングウエア姿である。


 「デジタル迷彩ですか?」

 トーコはハワイベースの滑走路がデジタル迷彩されているのを知っているが、この島の場所については知識が無い。

 シンのジャンプで運ばれて来たので、位置情報を知らないのは当然なのであろう。


「この島は結構微妙な位置にあるから、軍事拠点と勘違いされると厄介なんだよ。

 それじゃぁ最初は、低速のランからやって貰おうかな」


 トーコはトレッドミルの操作を教えてもらい、徒歩と変わらない速度で走り始める。

 寮のトレーニングルームよりも、多数のトレッドミルが並んだこの部屋にはノーチラスを含めた一通りの器具が並んでいる。

 実際には外でジョキングする島民が殆どなので、この室内の器具は殆ど使われていないのであるが。


 トーコの横では、かなり高速の設定でソラがランをしている。

 息を乱すことも無い綺麗なフォームは、かなりトレッドミルを使い慣れているのが分かる。


「君の母君は筋肉が付きにくいタイプだったから、トーコちゃんも同じだろうね。

 過剰なウエイトは必要ないから、とりあえずバランスを考えてメニューを消化して貰おうかな」


 ソラに見られていることで、簡単に音を上げられなくなっているのは予想外の効果であろう。

 だが久々に流した運動による汗は、彼女に忘れていた爽快感をもたらしていたのであった。


⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 夕刻。


「ソラさん、そんなにぐいぐい飲んで大丈夫なんですか?」


 食後にオンザロックの晩酌を始めたソラを、トーコは心配そうに見ている。

 飲んでいるのはユウが愛飲しているのと同じバーボンなので、トーコもそのボトルの形から強い酒であるのを認識しているのである。


「食べ物の味はまだ良く分かりませんけど、ハードリカー(強い酒)は好きなんですよ。

 酔いっていう感覚は、私が最初に覚えた人間らしい反応ですから」


「……」

 トーコは付き合いで開けた缶ビール半分ほど口にすると、あっという間に眠りに入ってしまった。

 慣れないトレーニングで、日中にかなり体力を消耗していたのだろう。

 寝落ちした彼女に薄いブランケットを掛けると、ソラは乱れてしまったトーコの黒髪をまるで母親のように優しい手つきで整える。

 じっと見つめるソラの顔は以前よりも表情が豊かになり、まるで微笑みを浮かべているようにも見える。


 暫くトーコの寝顔を見続けていたソラだが、ここで見えない相手に語りかけるように小声を発する。


『シン、ちょっとこっちに来れますか?』


「えっ、何か非常事態ですか?」

 このコミュニケーター経由で返されたシンの肉声は、もちろん寝落ちしてしまったトーコの耳には届かない。


『いいえ。

 ……トーコさんが早々に寝ちゃったので、晩酌の相手が居なくて』


「ふふっ、その台詞はまるでユウさんみたいですね。

 今手が空いてますから、すぐに行きますよ」


 ソラから晩酌に付き合って欲しいなどと言われるのは、シンとしては予想外のリクエストである。

 だがSIDをAIとしてでは無く独立したパーソナリティとして接しているシン達には、それを無碍に断ることは出来ない。

 二人の会話を横で聞いていたエイミーは、無言で冷蔵庫の中からつまみになりそうな物をタッパウエアに詰め込んでいる。

 この阿吽の呼吸は、まるで長年連れ添った老夫婦のようなコンビネーションであろう。


 シンは無言で彼女に頷くと、今度は滅多に使わない固定電話でTokyoオフィスに連絡を入れる。


「あっユウさん?シンですけど……」


 ジャンプが可能なシンとユウにとっては、数千キロ離れた遠隔地と近所の立ち飲み屋には違いが無い。

 

「トーコの様子も見たいから、ちょっと行ってくるね!

 出来るだけ早く帰ってくるから」


「行ってらっしゃい!」

 手を振って見送ってくれるエイミーの目の前から、シンの姿は忽然と消えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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