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035.Tiny Life

 数日後、ハワイベースのキッチン。


 NASA長官の尽力で廃棄衛星を使ったリアクションホイールの制御訓練を済ませたシンは、フウを同行してハワイベースに来ていた。

 現存する全ての衛星の姿勢制御が出来る訳では無いので万能とは言えないが、シンにとっては新しい特技を一つ習得出来たのは確かである。


「なんだか此処も、ずいぶんと久しぶりだなぁ」


 寮では滅多に作らない海鮮の炒め物のリクエストを受けて、シンはキッチンに立っている。

 地元のマーケットから仕入れている生牡蠣は色鮮やかで、Tokyoの大型スーパーにも鮮度では全く負けていない。


「ハワイにはちょくちょく来ているのに、私に会いに来てくれないなんて……」


 大きなブラックタイガーの下拵えを手伝いながら、エリーがシンに非難の一言を発する。

 前回会った時と比べると彼女は身長が伸びて、踏み台無しでどの厨房機器も問題無く使用できるようになっている。

 整備主任であるジョンの作る料理は評判が良くないので、最近は彼女が厨房に立つ頻度が増えているらしい。


「ごめんねエリー。

 今度夏休みにでも、Tokyoを観光案内するから機嫌を直してよ」


 以前聞いていた彼女のリクエストを持ち出して、シンはご機嫌取りをしている。

 シンは彼女に負い目は全く無いのであるが、父親の意思の強さを受け継いだエリーは一旦臍を曲げると扱いが難しいのである。


「本当!約束だからね!

 あと料理も色々と教えて欲しいな!」


 シンとシンの作る料理が本当に大好きなエリーは、不機嫌な表情から一転して満面の笑みを浮かべたのであった。

 


                 ☆


 作戦実行日の早朝。


 朝食をしっかりと食べたマリーと、シンはハワイベースの滑走路に立っていた。

 数日前からのハワイ滞在で、エネルギーを十分に蓄えているマリーは元気溌剌である。


 今朝もシンが焼いたニホン風のパンケーキを彼女は繰り返しリクエストし、キッチンのミックス粉と生クリームは既に在庫切れである。

 彼女はコミュニケーター経由でコントロールタワーに居るフウと会話をしているが、その様子にはまったく緊迫感を感じられない。

 尤も、ハミングするほどにリラックスしているのには大きな理由があるからなのだが。


「ドラゴンレディに乗らなくて済むから、今回のミッションはとってもラクチン!」


 宇宙服とほぼ同一の与圧服は、ただ着ているだけで大量に発汗し体重が落ちてしまう。

 おまけに冷却が不十分なフライト前には、服の内部が高温になるので作戦前に食事をするなど不可能だ。

 ヴィルトスの行使で大幅に体重が失われてしまうマリーとしては、予圧服による体への負担も無視出来ないファクターなのである。


「あれっ、今回は護衛機も無しなんですか?」

 パイロットが誰も同行していないので当然であるが、偽装された滑走路にも機体が全く出ていない。


「ああ、だって必要ないだろう?

 最初はユウに頼む予定だったんだが、あいつも忙しくてな。

 それに亜空間飛行中は、どこからも攻撃される訳は無いし」


 コントロールタワーのフウは警戒態勢だが、亜空間飛行を行うシンに邪魔が入る可能性を考慮しているのでは無い。

 地上のレーダーでは無く、大型モニターに表示されている衛星の軌道を注視しているのである。


 中華連合の崩壊後、打ち上げた衛星はメンテナンスされずに放置状態なのでその数をどんどん減らしている。

 幸いな事に大型原子炉を搭載した衛星は皆無なので、大気圏突入後のトラブルは全く起きていない。

 だが衛星破壊を目的とした未知の衛星攻撃兵器(ASAT)が、軌道上にまだ存在している可能性は否定出来ないのである。


「……まぁ、そうなんですけどね」

 シンはフウの懸念している点を理解しているので、護衛機と一緒に管制も不要だとは言えない状況なのである。


「ここは新しいコミュニケーターの、革新的な性能に期待だな」


「……それじゃ、スタートします」

 両手を広げてハグを要求しているポーズのマリーを、軽々と横抱きにしてシンはスタンバイする。

 最近は一緒にジャンプする機会が多いマリーは、今やエイミーと同じ位シンとの呼吸がピッタリである。


「ああ、健闘を期待しているぞ」


 二人の姿は、滑走路から一瞬にして消えたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「シン、飛行中なのに何でSIDと会話できる?」

 横抱きにしているマリーはとても軽く、エイミーとほとんど変わらない感じである。


『マリーさん、新しいコミュニケーターには私のサブセットを置いておけるようになったんです』

 コミュニケーターからは、SIDの発するいつものクリアな声が聞こえる。


「???」


「要するに、SIDの一部がこのコミュニケーターの中に残っているという事だね」


「???

 SIDが分裂したの?」


「いや、通信が出来るようになると、情報を吸い上げて同期されるから分裂はしてないよ」


「すごい!

 この小さな中に入れるようになったんだ!」


 マリーは、横抱きにされているシンの胸元をつんつんする。

 新型のコミュニケーターはサイズは変わっていないが、カメラのレンズが複数装備されているのが特徴である。


「かなり前に、カニのお化けみたいな奴を捕まえただろ?」


「うん。殆ど見てただけだったけど、夜中だったから眠かった」


「あのカニのお化けの頭脳を研究して、すごく小さなAIチップが出来たんだよ」


「ふ~ん」


『……シン、ターゲットに到着しました』

 漆黒の超高高度よりさらに真っ暗な静止軌道には、薄っすらと巨大なシルエットが回転しているのが見える。


「うわっ、やっぱり自由回転してるみたいだね」


『事前準備が役に立ちますね』


「うん。

 Here We Go!」


 シンがグラヴィタスを使用して3軸方向のリアクションホイールを順番に起動していくと、複雑な回転をしていた巨大な衛星の回転が緩やかになっていく。

 最後に渾身の重力制御を使うことで衛星は肉眼でほぼ静止状態になり、巨大な衛星の全貌がはっきりと見えてくる。


「接近すると、桁外れの大きさが見えてくるね」


「ロシアの衛星で、こんなに大きいのは無かった!」


「シン、カットする場所は大丈夫ですか?」


「うん。イメージトレーニングに加えて砂漠で実地練習もしてきたからね。

 マリー、ちょっとだけ右手を離すからしっかりと掴まっててね」


了解(らじゃ)

 

 シンは手首を小さく動かして、重力ブレードを行使する。

 その仕草はまるで飛んでいる藪蚊を払うような動作だが、ヴィルトスを行使するにはこれだけで必要十分なのだろう。


「あっ、分離した!」

 レーザー加工機を使ったように綺麗に分離された機体は、切断された僅かな反作用で軌道上をほんの少しづつ移動していく。


「ふぅ……SID、リフトオフさせるからナビしてくれる?」


「シン、コミュニケーターを胸元から取り出して画面を見ながら操作して下さい」


了解(ラジャ)


 シンはカメラを撮影する体勢で、航空機のヘッドアップディスプレイと同じ様に表示されているナビで微調整を行う。

 数分に渡る悪戦苦闘の末に、画面中央には赤文字で『LOCK ON(ロックオン)』が表示される。


「OK。このまま、静かに射出して下さい」


「……リフトオフ!」


 進行方向がブレないように、シンは徐々に加速力を加えていく。


「……墓場軌道へ向かうコースに乗っています。

 軌道離脱成功です」


「ふうっ……マリー、出番だよ。

 お願い」


了解(ラジャ)


 漆黒の空間に数分前まで存在した邪悪な姿の衛星の片割れは、何の痕跡も残さずに消え去った。

 いつもの事ながらマリーのイレースは、前触れも轟音も無くただ静かに対象を消去するのみである。


「シン、終了した。

 帰ろう!」


 横抱きされたままのマリーは、慣れた様子でシンの背負っているバックパックのサイドジッパーを開く。

 詰め込まれているゼリー飲料のパウチを取り出すと、慌ただしい様子で口に含んでいく。

 手を差し込んでいる時に見つけたのか、一緒に入っていた硬いサラミ棒もいつの間にかその小さな手に握られている。


「シン!このサラミとっても美味しい!」

 超高カロリーのゼリー飲料は非常に不味いので、旨み成分が濃いサラミ棒は口直しには丁度良いのだろう。

 かなりの硬さがあるサラミ棒を、マリーはまるでチョコバーを食べるように頬張っている。


「うん。

 皆気に入ってるんだけど、アイさんの手作りなんでそれが最後の一本かな」


「それは、残念!」


 シンはもはや見慣れてしまった『宇宙の渚』の景色を一瞥し、頭上にあるオワフ島の位置を確認すると最短の帰還コースへ向かったのであった。



                  ☆



 翌日ロイヤルハワイアンセンター。


「それでロシアの依頼はうまく片付いたのかな?

 できれば私も立ち会いたかったけど」


 シンがジョンソン基地でピックアップしたジョディは、合同演習以来久々に訪れたハワイにご機嫌である。

 おまけにシンに招待されたこのステーキハウスは、米帝でも有数の高級店なので猶更であろう。


 ハワイベースのメンバーはジョンと娘のエリーだけだが、今回はマリーが居るので事前注文してあった料理の量が凄まじい。

 4人前ステーキの大皿が複数枚とリブアイステーキやその他各種の料理が並んでいるテーブルを、回りの客達が唖然とした表情で見ている。

 まるでプロレス団体の為のテーブルだが、座っているのは小柄でスリムな女性を含む少人数なのでギャップが激しいのだろう。

 尤も、いったんマリーが食べ始めると、ステーキやライスを直ぐに追加注文する必要が出てくるのであるが。


「あれっ、ジョンソンのMCC(管制センター)で見てたんじゃないですか?」


 普段は小食のシンだが、任務が終わった開放感のお陰でいつもより旺盛な食欲を示している。

 もしかして過剰なヴィルトスの行使によって、マリーと同様の飢餓感を感じているのかも知れないが。

 この店のプライムビーフはニホンの和牛のような細かいサシは入っていないので、シンとしてもかなり好みの味なのは確かである。


 ジョディは最近ニホン食が続いているが、米帝産の高級ステーキはもちろん大好物である。

 マリーに倣って大盛りライスを掻きこんでいるのは、最近気に入っているニホン風の食生活の習慣なのであろう。


「原子炉の分離から墓場起動への移動、衛星の消去まで一瞬だろ?

 あまりにも展開が早くて、見てても何が何だかさっぱりだったよ」


 作戦中にシンとマリーの姿は亜空間上にあるので、ミッションを観察していても何が起こっているのか正確に把握するのは難しいのである。


「うちの司令官の解説を聞ければ良かったんですけど、ハワイベースは軍事拠点なので部外者は管制に立ち入り出来ないんですよ」


「でもシンのガールフレンドは、しょっちゅう滞在してるんだろ?」


「お姉さん、シンのガールフレンド枠は年齢制限があるのよ」

 突如話に割り込んで来たエリーは、シンの隣の席をしっかり確保している。

 普段ならばエイミーの指定席であるが、今回彼女はシンのミッションに同行していないのである。


「……」


「ははは、一応寮生はトーコを含めてプロメテウス国籍を持ってますからね。

 その点は問題無いんですよ」


「まぁ高級ステーキ店に招待してくれたんだから、これ以上文句を付けるのは止めておこうかな。

 此処の話をしてたら大統領(アンジー)が私も行きたいってごねてたし」


「この間お忍びでロシアに行ってから、また何処かへ行きたいって我儘なんですよ。

 まだ任期はかなり残してるんで、退任したら欧州を案内しようかなんて話をしてるんですけどね」


「お前、それじゃ本当に大統領の若いツバメ(Toy Boy)だぞ」


 ジョディの一言にエリーは首を傾げていたが、シンはただ苦笑いを浮かべるのみなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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