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034.If You Lead Me

 シンのジャンプで寮に戻ってきたジョディは、いつものように温泉に直行している。


 今日は珍しく業務が早く終わったケイとパピ、お手隙だったルーも一緒に温泉に入っているので、まるで女子会の入浴風景のようである。

 尤もこの一団は全員何らかの軍務経験者なので、雑談の内容は普通の女子会とはかけ離れたものになっているのは当然なのであるが。


「しかし、これだけの人数が入ってると観光地の温泉みたいだな」


 壁際の巨大なバーチャルウインドにはオワフ島の海辺の映像が表示されているが、薄暮なので細かい部分は判別出来ない。

 これはアタミの風景だと言われれば、納得してしまう人も居るであろう。


「ジョディは、ほんとに此処の温泉が気に入ってるんだな!」


 湯船に浸かっているケイは、すっかり顔なじみになったジョディに米帝語で話しかける。

 腹筋に綺麗な縦線が入っているケイは、巨乳とは言えないがバランスが取れたプロポーションの持ち主である。

 ニホン育ちなので過剰な脱毛処理はしていないので、アンダーヘアも薄いながらしっかりと残っている。


「……ああ、ミサワに居たときもオフには地元の温泉巡りをしてたからな。

 ここは単純泉で刺激が少ないから、湯あたりしないで長時間入れるのが良いよな」


 ジョディはカナダ出身にしては豊満な体型では無いが、この女性陣の中では文句無しに一番のグラマーだろう。

 全身綺麗に脱毛処理されているのは、米帝軍の女性パイロットに共通する特徴なのであろうか。


「当時は結構珍しがられたでしょ?」

 パピは全身に筋肉がバランス良く付いているが、胸は小さくヒップも小さめである。

 良く言えばスリムなモデル体型なのだが、背丈も低めなので少女体型と言われても否定は出来ないであろう。


「いや、駐屯地の軍人は観光客と違うからな。

 地元の人達は米帝軍の人間として歓迎してくれて、悪い思い出は全くないよ」


「それでニホンの習慣に、こんなに馴染んでるんだ。

 でもミサワでの軍隊暮らしは気に入ってたのに、なんで空軍を除隊したの?」


 ニホンの生活習慣に馴染むのが大変だったルーとしては、言葉が不自由な割に適合能力が高いジョディに感心しているのだろう。

 ちなみにパピと背格好が似ているルーだが、胸は彼女の方が明らかに育っている。


「私は空軍士官学校からの叩き上げだからな。

 軍隊という狭い世界しか知らないのに、自分自身で疑問を感じてたのかも知れないな」


「ユウと知り合ったのは、ミサワだったんだろ?」

 同じ防衛隊学校の先輩であり飲み仲間であるケイは、ユウの経歴をかなり詳しく知っている。


「ああ。

 あいつは空防のパイロットの中では唯一人米帝語が堪能だったし、通訳的な仕事も押し付けられてたからな」


「でも所属が違うから、あんまり接点は無かったんじゃないの?」

 パピは足湯の縁に腰掛けて、身体を冷ましている。

 この足湯はお湯が完全に循環するようになっているので、普段はシリウスの専用浴槽になっている。

 無防備な体制で足をブラブラとさせているので、彼女の大事な部分もしっかりと見えてしまっている。


「いや。

 あいつは空軍司令に気に入られてたから、米帝側の施設はフリーパスだったからな。

 もっとも米帝の国籍を当時はまだ放棄してなかったから、目くじらを立てる必要は全く無いんだが」


「なるほど」


「それにあいつは幸運の女神みたいに崇められていて、米帝のパイロットの中でも特に人気があったからな」


「???」


「駐屯地で大きな顔をしてた海兵隊のインストラクターを、デモンストレーションであっという間にノックアウトしてな。

 あいつが強制的にイチガヤに移動させられた時には、基地司令はかなり憤慨してたみたいだぞ」


「……でも背中を守ってくれる仲間が沢山いるのは、ホントに心強いよね」

 過酷な人生を送ってきたルーの一言は、年齢(とし)に見合わない説得力が感じられる。


「だがさっきの集合写真に写ったシンの表情は、ちょっと見物だったな。

 母親に叱られてるような、あんな神妙な顔をしてる奴は初めて見たかも」


「「「母親?」」」

 寮のメンバー3人はシンの身の上について知っているので、当然母親とは飛行機事故で生き別れになったのを知っている。


「ああ、なんでもアイラさんっていう人らしいけど」


「アイラって……シンはセルカークに行ったのか?」


「ケイは、そのアイラさんって人を知ってるの?」

 メトセラのコミュニティの事情に特に疎いパピが、ケイに尋ねる。


「ああ、ユウから聞いた事があるんだが。

 表に出ているメトセラの中では、最長老にあたる人らしいんだ」


「最長老って……写真ではせいぜい30歳くらいにしか見えなかったぞ」


「ジョディもきっと、会ってみるとわかるんじゃないかな。

 メトセラの年長者はカリスマっていうのか、積み重ねた経験が自然と滲み出ているような雰囲気があるんだよね」


「ああ、それは分かるぞ。

 私はカナダ出身だから、メープルシロップは大好物だからな」


「「「???」」」


 滲み出ているという一言からおかしな連想をしていたジョディを、温泉に浸かっていた全員が疑問符を浮かべた表情で見ていたのであった。



                 ☆



 翌日午前中。


「二回目の訪問ですけど、相変わらずセキュリティが緩いなぁ。

 MITでももうちょっとシビアな感じですよね?」


 前日に僅かな時間で切り離しの練習(プラクティス)を終わらせたシンは、早朝からジョディを抱えてワコー研究所を訪問していた。

 デビスモンサン空軍基地と同様に、ここでの二人の身分はNASAの職員である。


 今度は正面ゲートからの道すがら誰にも会わず、二人は情報基盤棟の居室のドアをノックする。

 宵っ張りが多い研究機関らしく、この時間帯は研究室が並んでいる室内にも人の気配が殆ど無い。


「おおっ、魔術師のお出ましだね。

 今日は技術的な相談があるんだって?」


 ソファで寝ていたのか、盛大な寝癖を付けた研究室の主がドアを開ける。

 数日はシャワーを浴びていないような可児山を見てジョディは顔を顰めているが、本人は周りの反応を全く気にしていないようだ。


 研究室の中はかなり混沌とした状態だが、助手が掃除をしているのかゴミが床に落ちているような事は無い。

 だが、最新型のMacProと大型モニターが置かれた机以外には、所構わず書類と謎のハードウエアが山積みになっている。


「はい。

 デブリ専門家としての、可児山先生の忌憚なきご意見を頂戴したいと思いまして」


 シンは近場のコンビニで調達した食料とウーロン茶が入った大きなレジ袋を、無言で彼女に手渡す。

 研究室の積み上げられた書類の上には前回持参した和菓子の箱が開封もされずに置かれているので、手土産としてはこれが正解なのだろう。


「忌憚なきご意見って、君は難しいニホン語も知ってるんだな。

 それで……墓場軌道への手動での投入?

 あまり遭遇しそうも無いシチュエーションだよね?」


 ビニール袋から目に付いた昆布のおにぎりを取り出した彼女は、シンに礼も言わずに食べ始める。

 研究室に引き籠って、ここ数日はまともな食事を採っていなかったのだろう。


 シン自身はコンビニを利用することは殆ど無いが、ベルのお土産に購入するカップ麺や、マリーがいつも食べている定番の菓子パンについてはそれなりに知識がある。

 大雑把に選んでカゴに入れた食品は、すべてマリーが食べていたものばかりである。


「大型の衛星なんですが、原子炉の切り離しに失敗していて手動で切り離す予定なんですけど」


「おいおい、いきなり突っ込み所が満載だなぁ。

 大型の原子炉っていうと一世代前のロシア製なんだろうけど、手動で切り離すってどうやるつもりなんだ?」


 袋から定番商品であるスペシャルサンドを取り出した彼女は、満面の笑顔でバタークリームがはさまれたコッペパンを頬張る。

 シンには全く理解できないが、どうやらこの地味な外見の菓子パンは彼女の好物らしい。

 以前なぜこのパンが好きなのかマリーに尋ねた事があったが、中央に赤いゼリー玉が入っているから好きなどと言われた気がする。


「それはもちろん外殻の固定されている部分をカットして、分離する予定ですけど」


「地上で静止してる状態をレーザー切断機でカットするほど、簡単にはいかないぞ。

 姿勢制御が出来ていない自由回転してる衛星を外部からの応力で切り離すなんて、空中に放り投げた大根をジャンプしながら真っ二つにするような神業が必要になるんじゃないか?」


「外部からリアクションホイールを動かして、ある程度の姿勢制御は可能だと思います。

 これはNASAの専門家に確認済みです」


「……君達は大型の軍事衛星処理のエキスパートなんだろ?

 だから私が知らない処理方法があるとしても、その切り離した原子炉部分をどうにかするっていう相談なのかい?」


 リアクションホイールの話題が出た後に、可児山は袋の底に平べったいプレミアムロールケーキを発見して目を輝かせている。

 大量の生クリームがサンドされたこの商品も、スペシャルサンドと同じく彼女の好物らしい。


「ええ。

 サイズが大きすぎて、地表へ落下処理させるのが不可能ですので」


「姿勢制御はともかく、スラスタ代わりの推力を確保できるのかい?

 あと相対速度とか方位の決定をするのは、目視では無理だと思うが」


 口のまわりと鼻の頭にクリームを付けながら、彼女はロールケーキをはむはむと食べている。

 会話とともに口の中から生クリームが飛び散っているが、彼女は全く気にしていないようである。


 ソファに座っているジョディは会話の内容が聞き取れないのか、下を向いていつの間にか熟睡している。

 これでは何故同行したのか、まったく分からない状況である。


「いえ。それは胡椒瓶と同じですよ」


「……おいおい、いくら無重力状態とはいえ質量が違い過ぎるだろ?

 ミニカーと10トントラック位の差があるだろ」


「ええ。実はサイズは問題無いとしても、高軌道へ投入するために必要な手順を教えていただきたいんです。

 飛ばしすぎて、おかしな長周期軌道になるのは拙いですから」


「一応その衛星のスペックから概算重量を割り出して重心の位置や必要なエネルギーを算出するのは可能だろうが、これを実際に軌道上で行うのは感覚頼りでは無理だと思うんだけどね」

 ロールケーキを食べ終えた可児山は、口直しに三角形のサンドイッチのようなものを取り出している。

 これもマリーの好物の、シベリアという羊羹をカステラでサンドした菓子パンである。


「スパコンに接続されたナビについては、何とか手配出来そうです」

 非常に甘い菓子パンばかりを続けざまに食べている様子に、シンは自分の口の中も甘ったるくなったような錯覚に陥っている。

 シンはここで自分のバックパックから水筒を取り出して、ごくりと喉を潤した。


「君達は理詰めで全て理解しているように見えるのに、何で態々私に意見を求めに来てるのかな?

 私からは、目新しい意見は何も出てないだろ?」


 可児山はまだ食べ足りないのか、平べったいデニッシュ生地に砂糖がストライプ状にコーティングされた菓子パンの袋を開けている。

 この菓子パンはミニスナック●ールドという商品名だが、どこがミニなのか理解に苦しむところではある。


「内部の意見だけだと、基本的な見落としがある可能性が高いんですよ。

 客観的な第三者の意見は、自分自身を守るための保険みたいなものですかね」


 菓子パンをはむはむと幸せそうに咀嚼する彼女を見ながら、シンは可児山の発言を反芻している。

 たしかに分離についての練習は行ったが、複雑な自由回転を止められなかった場合、原子炉を分離でなく破壊してしまう可能性もあるだろう。


(一旦リアクションホイールのコントロールに、軌道に上がってテストする必要があるかな)


 レジ袋を空にして満足そうな表情の可児山を見ながら、シンは今後の手順を考えていたのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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