033.Morph The Cat
数日後。
シンは空軍OBであるジョディを同行して、デビスモンサン空軍基地に来ていた。
基地司令から紹介された管理担当者が運転するジープで、現在構内を移動中である。
「モスボール置き場は、相変わらずもの悲しいなぁ。
特に自分が乗っていた機体が並んでいると、自分まで骨董品になったような気がするよ」
最初期に製造されたブロック10のF-16は、機体の耐用年数超過でその多くが退役している。
一部はリモート標的機として再利用される予定だが、目張りされた同型の機体が砂漠に整然と並んでいる姿は実に壮観である。
「ジョディさん、
F-16シリーズはまだ現役バリバリの機体なんですから、そんな悲しいことを言わないで下さいよ」
とにかく種類と数が多いファイタージェットのエリアを通過すると、大型の輸送機やB-52のドンガラが並んだ場所に到着する。
多くの機体は着陸脚すら取り外されていて、重要そうな部品が残っている個体は見当たらない。
「この辺にある機体は、部品取りが完了してるんですよね?」
「サー。
あとは素材別に分別して、スクラップ業者の引き取りを待つだけですね」
二人がNASA職員であると紹介された案内役の兵士は、言葉遣いも丁寧でとても几帳面そうである。
年期の入った作業用のツナギには、伍長の階級章が判別できる。
「じゃぁ、派手に破壊しても問題無いんですよね?」
「サー。
ですが機体はかなりの強度がありますから、腕っぷしに自信があっても素手では壊せないと思いますよ。
あと、この近辺では火器類の使用は厳禁です。
残存燃料は気化して残っていない筈ですが、規則はこのエリア全体に適用されますので」
「了解です。
見ての通り、僕たち二人とも丸腰ですよ。
それじゃぁ、帰りに詰所に寄りますね」
「……でもここから詰所までかなりの距離がありますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、場所は覚えましたから問題ありません。
二人とも足腰には自信がありますので」
「それじゃぁ、ごゆっくりどうぞ」
2人を残して伍長は、遠慮無く詰め所に帰っていく。
要らない気遣いのお陰で、軍事機密に首を突っ込む事になったら堪らないからである。
『ドオンッ!ドオンッ!』
伍長が詰所に到着した途端、重量物が倒壊するような大きな音が遠く離れた現場から響く。
この音は間違っても、人力だけで起こすのは不可能だろう。
(おいおい、いつの間に重機を呼んだんだ?
そんなの聞いてないぞ!)
詰所に到着した伍長は正面ゲートに重機が来ているかどうか確認するが、担当者は即座に入構の事実は無いと断言する。
仕方がなく車で確認に向かおうと立ち上がるが、その時詰所のドアがノックされる。
「……えっ???」
「お邪魔しました。
スライスした分は、あとで処理し易いように並べて置きましたから」
「スライス……ですか?」
伍長は、いきなり現れたシンの言っている意味が全く理解出来ていない。
「良い練習になって、とっても助かりました!
それじゃぁ、失礼します」
スライスしたという一言が何故か気になって、伍長は二人が去った後に現場へ急行する。
車を使っても5分ほどかかる距離なのだが、徒歩でゲートに入ってきた二人が車両を使った形跡は無かった。
(……これは、一体どうやって並べたんだ!)
現場に到着した伍長は見たことが無い機体の状態を見て、驚きのあまり声も出せない。
数機分の綺麗に分割された胴体が、地面にめり込むように整然と林立している様子は実にシュールな光景なのであった。
☆
「シン、腹が減った!」
ニホンに戻る亜空間飛行の最中、ジョディがシンに宣言する。
当然二人の会話は米帝語なので、ニホン語特有のニュアンスである丁寧さや奥ゆかしさは全く感じられない。
「活動時間から言うともう食事の時間なんですね……何をご所望ですか?」
今日は複数個所を訪問予定だったので夕食は外で食べてくるとエイミーにあらかじめ言ってある上に、まだ寮の夕飯まではかなりの時間があるだろう。
「う~ん、ニホンの生ビールが飲みたいから和風の居酒屋が良いな。
ミサワに居た頃は、良く利用してたからな」
「ああ、確かイケブクロにユウさんから聞いてたやきとんの老舗があった筈ですね。
確か17:00から営業してますから、そこにしましょうか」
ミサワ滞在中の交友関係が多彩だったのか、ジョディは一般の外国人と比べてもニホン食に関してかなり詳しい。
シンが作るニホン風の中華料理は大好物だし、エイミーの作る和風の朝食に関しても米粒一つ残さずに平らげてしまう。
ジャンプで人気の少ないヒガシイケブクロの公園に降りた二人は、地下の食品街でお土産のバームクーヘンを大量に購入してから西口方面へ向かう。
ユウのお勧めの店はかなり歴史があるやきとんの専門店で、居酒屋というよりもセンベロに近い大衆的な店らしい。
提灯が下がった和風の店構えは、ニホンに長期滞在の経験があるジョディとしては懐かしい感じを受けるのだろう。
入店して来た外国人風の二人組みに案内の店員さんは困った顔をしていたが、シンの流暢な日本語に安心したのか隅にある静かなカウンター席に案内してくれた。
「最初は……やきとんの盛り合わせを2人前と、レバカツ、ポテトサラダ、あとベーコンを下さい」
飲み物の後にスラスラと注文したのは、事前にユウに聞いていた一連のメニューである。
ちなみに店員さんが飲み物と一緒に運んで来たお通しは、珍しい蒟蒻玉の煮物である。
ジョディはミサワでおでん屋を含めて蒟蒻を食べ慣れているので、一般的な外国人の反応を期待しても無駄であろう。
「へえっ、最近の居酒屋ではノンアルコールビールが置いてあるんだな」
つまみより先に到着したシンの飲み物を、お通しの蒟蒻よりもジョディは興味深げに見ている。
彼女の注文した飲み物は、当然の事ながらパイントグラスに入った冷たい生ビールである。
「米帝のバーでも、ルートビアーがどこでもあるんじゃないですか?」
シンは瓶から冷えたグラスにノンアルコールビールを注いでいるが、見掛けからアルコールの有無はもちろん判別不可能である。
「シン、一口飲ませろよ」
「どうぞ」
軍隊経験者であるジョディは、間接キスなどという微妙な恥じらいを全く持っていない。
シンが口をつけているグラスを、何の躊躇いも無く口にする。
「へえっ、すっきりした味でアルコールが入って無いなんて分からないな」
今日は車を運転していないのでシンもジョディと同じ生ビールを注文しても構わないのだが、さすがに地元に近い居酒屋でアルコールを堂々と注文するのを躊躇したのであろう。
「この平べったいつくねみたいなのは、コリコリして美味しいなぁ。
レバーも、食べ応えがあるどっしりとしたサイズだし。
シン、冷のニホン酒を飲みたいから注文して貰えるか?」
旺盛な食欲で盛り合わせを横串で平らげるジョディを見て、シンはとても爽快な気分である。
彼にとってニホンの串焼きメニューは冷めないうちに串から直接頬張るものであり、上品を気取った女性が串から外して食べているのを見るととても残念に感じるのである。
「……SID、ユウさんにこの店でニホン酒は何を注文したら良いか聞いてくれる?」
胸元のコミュニケーターに小声で、シンは呟く。
ニホン酒に関しては大雑把な知識しか無いシンは、さすがに当てずっぽうで銘柄を注文する度胸は無い。
SIDからの返答が無いまま数分後、店の入り口付近のいらっしゃいませの掛け声とともに見慣れた女性が入ってくる。
「シン君、私にも声を掛けてくれれば良いのに!」
「あれっ、ユウさん!
今日は夕食の支度は大丈夫なんですか?」
「今日は珍しく夕食を食べるメンツが誰も居なくてね。
キャスパーもまだ仕事中だし、どうしようかと思ってたんだ」
「ユウ、早速だけど私の分のニホン酒を注文して貰えるか?」
「ジョディ、ミサワに居たときはニホン酒を結構飲んでたじゃない?
銘柄くらい覚えてるんじゃないの?」
「あの『ビキニ娘』とか『モヒカン娘』なんてニホン酒が、普通の居酒屋にある訳ないだろ?
それに漢字が書いてあるラベルは見分けはつくけど、自分じゃ読めないからな!」
「なるほど。
すいません!久●田の千寿を冷で。あと私にはお通しと生ビールを下さい。
それで仔猫は元気にしてるかな?」
「ええ。
寮にもすっかりと馴染んで、順調に成長していますよ。
僕には全然懐いていませんけど」
「まぁ習性は、普通の猫だからね。
ところでシンはアイラさんに会ったのは、初めてだったよね?」
「ええ。セルカークに行くまでは、会う機会が全く無かったので」
「前から思ってたんだけど、あの人ってシン君にすごく似てるんだよね」
「はい?」
「フウさんとももちろん血筋的に近いから容姿は似てるんだけど、あの人の場合は存在自体がより近い感じがするんだよね」
「……エイミーの話だと、僕は直系の子孫みたいですけど。
似ているかどうかは、自分では良く分かりませんけどね」
先日はセルカークでユウとも顔を合わせていたのだが、さすがにアイラ本人が居る前でこの話題を出すのは控えたのだろう。
「へえっ、シンに似てるって?
写真は無いのかい?」
「ありますよ。
SID、セルカークの集合写真を表示してくれる?」
シンのコミュニケーター画面には、村の沢山の住人と撮った記念写真が表示されている。
シンの肩に親密そうに手を回しているアイラの笑顔は、こうして並んで見るとシンと驚くほど似ているのが分かってしまう。
「どれどれ……ああ、なるほど。
この人なら、シンと母子って言っても不自然じゃないかな」
「母親と死別してから面倒を見てくれたフウさんは、保護者なんですけど姉みたいな感じでしたからね。
自分ではマザコンでは無いと思ってましたけど、頭を撫でて貰っただけで何か感慨深い思いがありましたよ」
「母さんもシン君の事は気に入ってるけど、知り合ったのは最近だからそういう可愛がり方はしないだろうね」
「シンはマザコンじゃなくて、どうみてもシスコンだろ?」
シンの家庭の事情を知らないジョディは、的確にシンのエイミーに対する想いを評価できているようである。
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「ユウさんも寮で、温泉に入っていきます?」
勘定を済ませて店を出ると、シンは横並びに歩いているユウに尋ねる。
以前から温泉に入りたいと言っていた彼女の言葉を、このタイミングで思い出したのである。
「いや、ちょっと飲みすぎたから真っ直ぐに帰るよ。
久々のやきとんをしっかり堪能出来て楽しかったよ」
「じゃぁこれ持って行って下さい」
シンは大きく嵩張る紙袋を一つ、ユウに手渡す。
「これって寮生へのお土産じゃないの?」
「いえ、寮生の分はこっちに別に持ってます。
それはTokyoオフィスに、おすそ分けする為に買った分ですよ」
「それじゃ、遠慮無くいただくね」
「もしかしてマリーは欧州育ちですから、古典的な洋菓子は好物なんじゃないですか?」
「うん。相変わらず幼少時の記憶は無いみたいだけど、味は覚えているみたいで懐かしそうな表情をして食べるからね。
マリーにはシンのお土産だって、しっかりと伝えておくよ」
シンはかなり酔いが回っているジョディを横抱きにすると、一瞬でその姿を消す。
キャスパーからの着信があったユウは、コミュニケーターで静かに会話をしながらTokyoオフィス方面へゆっくりと歩き出したのであった。
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