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031.Danger Zone

「あれっ、またシリウスの食事にくっついて来てるね?」


「さっきご飯を出したばかりなのに……」

 先日のチョコレートの勘違いの件があるので、トーコは仔猫の食事に関してかなり神経質になっているようだ。

 何を食べさせても大丈夫と言われていても、ナナから提供を受けているキャットフード以外は自信を持って与えられないのだろう。

 仔猫の飼育担当としては、予想に反して神経質過ぎるかも知れない。


「シリウスが食べてるものが美味しそうに見えるのかなぁ。

 まだ離乳食以上の固いものは、無理っぽいのにね」


 シリウスはお代わりできるのを理解しているので、自分の食事に割り込んでくる仔猫を追いやったりはしない。

 仔猫が成長期で保護すべき対象なのも、彼女はしっかりと理解しているのだろう。


「なんかシンの手作りコーンビーフが好きみたいですね」

 エイミーがもさもさと食べる仔猫の様子を、観察しながら呟く。


「ああ、穀物や野菜を避けてコーンビーフだけを食べてるみたいだね。

 やっぱり猫科?だけあって、肉食系なのかな。

 どれどれ……」


 シンが冷蔵庫から自家製コーンビーフの保存容器を取り出すと、何故か子猫はつまみ食いをピタリと止めてシンの挙動に注目している。

 コーンビーフのみを盛りつけた食器を目の前に置くと、仔猫はいったんシンを見上げてミヤァと小さい鳴き声を上げる。

 無視せずにしっかりとシンの行動に反応したのは、出会って以来初めてであろう。


「おおっ、すごい食いつきだなぁ。

 トーコ、今度から食事にはこのコンビーフを混ぜてあげれば?」


「ナナさんから頂戴したキャットフードも、グレインフリーなんですけど。

 そういえば、このコーンビーフはエイミーも好物でしたよね?」


「いえ、これに限らず、私はシンの作るものならば何でも好きですよ。

 でも何かこのコーンビーフの味付けは、不思議と懐かしい感じがするんですよね」


「ん~、特に変わった香辛料は使ってないんだけどね。

 僕の味覚がエイミーに引っ張られてる結果なんだろうなぁ。

 あと母星で食べたあの鯨みたいな肉の味!あれに影響を受けちゃったのかも」


 人間の食事に慣れてしまっているシリウスは早々に食べ終え、シンをじっと見てお変わりを要求している。

 仔猫はコーンビーフをひとかけらも残す事無く完食し、シリウスの仕草を真似てお変わりを要求しているようだ。


「このままシリウスと一緒に過ごしてると、犬っぽい猫になりそうだよね」


 シンの一言にリビングの一同は、納得して大きく頷いたのであった。



                 ☆



「ピートの小さい頃を思い出すわね」


 シンの定例訓練で学園寮に立ち寄ったアイは、慣れた手つきで仔猫を抱え上げている。

 胸元に抱っこされた仔猫は初対面にも関わらず、アイの腕の中でリラックスして大きく欠伸をしている。


「ええ。

 何かメトセラの始祖と、由縁がある猫みたいですね」


 シンは腕の中で大人しい様子の仔猫を見て、なんとも複雑な表情をしている。

 コンビーフの件で多少は好感度は上がったのだろうが、未だにシンが抱き上げようとすると仔猫はするっと逃げてしまうのである。


「それで、名前は?」

 リラックスしすぎたのか、仔猫はソファに腰かけたアイの膝の上でいつの間にか寝落ちしそうになっている。


「元気に育ってから付けようと思ってたんですが、もし良ければアイさん名付け親になって貰えますか?」


「うん。

 ……それじゃぁ『クーメル』で」

 仔猫の柔らかい背中を撫でながら、アイは迷う事無く宣言したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 訓練を継続しているブレードをトレーニングルームで披露した後、二人はアイが指定したオワフ島の繁華街に来ていた。

 新しくオープンしたハワイのレストランを、アイが訪ねてみたいという要望なのである。

 此処は普段ならば観光客が大勢歩いている通りなのだが、なぜか人通りが少なく閑散とした様子である。


「あらっ、随分とオールドファッションな強盗ね。

 レストランの予約は偽名を使ってたのに、PRISMで傍受されたのかしら」


 近道のために脇道に逸れた二人を、あらかじめ待ち伏せしていたように数人のサングラス姿の男達が取り囲む。

 数名はすでに腰に差していた、ピカピカのM9のグリップを握っている。

 観光客相手の武装強盗団など聞いたことが無いので、これはどこかの政府機関による差し金なのだろう。

 特にモンゴロイドの特徴が全く無い面々なので、中華連合の残党では無いのは確実である。


「取り囲まれたのは、数か月前のイケブクロ以来ですね。

 案外ローテクに、ハワイ中に網をはっていたのかも」


 まるで切迫感が無い様子で、シンは周囲を見渡している。

 シン一人なら兎も角、史上最強と言われているアイに対して銃口を向けるなど狂気の沙汰である。


 取り囲まれているにも関わらず全く緊迫感が無い二人の会話を、一団は不思議な表情で見ている。

 会話は英語では無くニホン語なので、内容に関しても全く理解できていないのだろう。


「シン、レストランの予約時間が迫ってるから早く片付けて頂戴。

 新しいブレードを実戦でテストする絶好の機会でしょ?」


 アイの命令を聞きながら、シンは周囲にある監視カメラの位置を確認していた。

 思ったより数があるので、このまま事を起こすと見逃したカメラ経由で手の内を明かす事になり兼ねない。


「こんなのは映画の中だけだと思ってましたよ」


 シンはアイの指示で購入したお土産の包みを、彼女に手渡すと瞬時にその姿を消す。

 アンキレーの空間迷彩は高性能なので、瞬間移動とまるで区別がつかない鮮やかさである。


 今のシンなら全員の首を同時にねじ切る方が簡単だが、それではいかに観光地であっても惨殺事件として大きなニュースになってしまう。

 シンは躊躇なく強盗団?が握っている銃器のすべてを、トリガーガードの前の辺りを狙って切断していく。

 切断した瞬間にすべてのハンドガンはグリップを残してバラバラに分解されるので、監視カメラに映像が残っても何が起こっているか分からないだろう。

 もちろんハンドガン以外に振りかざしているナイフも、すべて刀身を根元から綺麗に切断しているのは言うまでも無い。


 シンが姿を消してから、全員の武装解除が完了するまで僅か数秒しか掛かっていない。

 光学迷彩を解除して再びアイの傍に出現したシンは、何事も無かったかのように大きなショッピングバックを受け取っている。

 その表情は、殺虫剤でゴキブリを撃退するよりも穏やかで静かである。


 一瞬にして武装解除されてしまった強盗団?は、狼狽えたのか喚き声を上げて逃げ去っていく。

 訓練された要員ならば素手で立ち向かってくる筈なので、やはりこの近辺のチンピラか何かなのだろう。


「ロコの不良が持っている武器としては、上等過ぎるわね。

 ああやっぱり、米帝政府の保有マークが入っているわ」


 銃弾に備えて警戒していたアイが、足元に転がっているハンドガンの残骸を見ながら呟く。

 シンは周辺に散らばっている銃器の残骸を重力制御で手早く集め、あっという間にソフトボールサイズの鉄球に圧縮してしまう。

 急激な圧縮で溶けてしまったグリップなどの部品は原型を留めていないので、もはやこの鉄球が銃器の部品だったとは判別出来ないだろう。


「さぁ、急ぎましょう。

 SID,監視カメラの画像は出来るだけ消去処理しておいてね」

 シンが圧縮した鉄球を近くのゴミ箱に放り込んだのを見て、アイは足早に歩きだした。

 

 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎




「それじゃぁ、場所を変えて何処かでコーヒーを飲み直しましょうか?」


 斬新なパシフィック・リム(ハワイ料理)には満足していたようだが、食後のコーヒーの味に首を傾げていたアイにシンは提案する。

 付き合いが長くなった最近では、シンは彼女の些細な表情の変化を読み取る事が出来るようになっている。


「いや、今日はこの後に予定が入ってるのよ。

 シン、ペンシルバニア通り1600番地までジャンプして頂戴」


「げっ、もしかして大統領(アンジー)のお座敷ですか?」

 シンはハワイには存在しない聞き覚えのある住所に、早速反応している。


「そう。私を交えて公邸でオフレコの相談があるんですって」


「アイさんを交えてという事は、なんか嫌な予感がするな……」


「ご明察。

 さぁ食後のエネルギー消費よ!」



                 ☆



 ホワイトハウスの殆どの警備員と顔見知りであるシンは、手持ちのIDカードを使って簡単にセキュリティゲートを通過した。

 米帝のグリーンカードを持っているアイは正規のヴィジターとして登録されていたので、シンと一緒に問題無く執務室へ向かう事が出来た。

 二人は銃器を持ち歩く習慣が無いので、ゲートの金属探知機はもちろん無反応である。


 執務室から公邸のプライベートキッチンに直行した3人は、粗末な作業用の椅子に座って会話を始める。

 大統領(アンジー)が口にしているのは、シンがお土産として持参した彼女にも馴染み深いマラサダである。


「非公式会談の護衛任務ですか?」


「そう。場所はモスクワだから、移動もシン君にお願いしたいのよ」

 指についたシュガーパウダーを舐めとりながら、大統領(アンジー)はシンに応える。

 普段は見せないお行儀の悪さは、シンに対して心を許しているという証左なのだろう。


「非公式とは言え、単独行動はあまりにも不用心なのでは?」


「現地での所要時間は短いし、君一人居れば一個大隊を引き連れてるより安心できるからね」


「フウさんの了解は取れてるんですか?」


「いや、それはアイを通して話をして貰うわ。

 予定の会談の相手とフウは、犬猿の仲だから」


 アイは勝手知ったる様子で、二人の会話を聞きながら公邸の厨房を何やら点検している。

 もしかして専任コックのクロエへ、ダメ出しをするつもりなのかも知れない。


「?」


「ホットラインを通しての会話も出来ないということは、かなりきな臭い話なんでしょう?

 フウが簡単にOKを出す可能性は、ほとんど無いでしょうね」

 アイは満足げに冷蔵庫の扉を閉めたので、食材のチェックは無事に終了したようだ。


「国家間の謀略に、シン君を巻き込むつもりは無いわよ。

 それで今回の報酬は、ヨコタ基地の補修費用との相殺ね!」


 シンの横に座りなおしたアイが面白そうな表情でシンを見ているが、この程度の不意打ちにダメージを受けるシンでは無い。


「そうきましたか……まぁそんな取引無しでも大統領(アンジー)から頼りにされると断れませんけどね。

 あっそうだ、一つだけお願いしたい事があるんですけど」


「あら、シン君からお願いなんて珍しいわね?」


「黒服機関が定期的に嫌がらせをしてくるんで、大統領命令で止めさせていただきたいんですけど。

 やってくる事が支離滅裂で、付き合いきれないんですよね」


「う~ん、それは無理じゃないかな」


「?」


「あそこは命令系統がおかしな組織だから、トップダウンがとっても難しいのよ。

 何せ今の司令官も、トリッキーな人柄で有名な『奴』だからね」


 アイはコメントの必要も感じないのか、沈黙を守ったまま呆れた表情である。


「大統領直属の秘密機関が、そんな事で大丈夫なんですか?」


「本当に、代替わりした連中は無能な奴ばっかりなのよね。

 入星管理さえ他の部署に変えられるなら、すぐに廃止したいんだけど」


 大統領(アンジー)のため息混じりの一言は、紛うことなき本音なのであろう。

 アイとシンは顔を見合わせて、苦笑いするしか無かったのであった。

 

お読みいただきありがとうございます。

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