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030.Thank You For A Being Friend

 ユウはまる一日仔猫の様子を見ていたが、世話をエイミーに任せて引き上げていった。

 既にウエットタイプのキャットフードを元気に食べている仔猫は、心配無用だと判断したのだろう。


 何故か救出?してくれたシリウスに懐いてしまった仔猫は、彼女の後を片時も離れずに付いてまわっている。

 寝るときにも仔猫用の寝床では無くシリウスの毛皮に埋もれて寝ているので、これは懐いているというレヴェルでは無いのかも知れないが。


 午前中は朝のジョギングの後に、ブレードと体術のトレーニング。

 午後は仔猫の世話をしているエイミーとのんびり過ごし、夜はバーベキューかアイラと一緒の夕食。

 シンの骨休めの10日間は、仔猫の急速な成長とともにあっという間に過ぎていった。


「この仔はどうしましょうか?」

 シンはパタパタ動くシリウスの尻尾にじゃれている仔猫を見ながら、アイラと話をしていた。

 十分な栄養を取ったおかげで健康状態は良好に見えるが、念のために近々ナナの健康診断を受ける予定である。


「もともと自然に返すという選択肢は無いから、誰かが飼う予定だったんだけどね。

 こうもシリウスに懐いているを見ると、君達に任せるしかないかな」


「でもそれで良いんですかね?

 みなさんこの子を気に入ってて、入れ替わり立ち代わり見に来てますけど」


「ああ、ちょっと複雑な経緯があって、皆この仔猫には特別な感情を持っているんだ。

 ただこの島はゆったりと時間が流れる良い環境だけど、仔猫のうちだと刺激が少なすぎるかも知れないな」


「……」

 シンは複雑な経緯については元々の飼い主絡みであると見当を付けていたが、敢えて詳細を尋ねていない。


「それに皆自分の仕事が忙しいから、一頭だけ飼うとほったらかしになっちゃうからね。

 寮には世話を頼めそうな、君のガールフレンドが沢山居るんだろ?」


「ええ、ほとんど皆動物好きですから、世話要員としては良いと思います。

 ただイケブクロとは言っても都会ですからね、環境としてはこことは比べ物にならないと思いますけど」


 シンとしてはトーコ以外の誰でも、仔猫の世話ができると考えていた。

 ハナやパピは犬を飼った経験があるし、ケイやルーは猫を飼ったことがあると聞いていたからだ。


「元々はペットとして飼われていた品種らしいから、室内飼いでも問題ないんじゃないかな。

 ただし愛情を注いでくれる人間が、周りに沢山居るのが条件だけどね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 先にシリウスとエイミーを寮に送り届けてから、シンはアイラに去り際の挨拶をしていた。

 足元にはすやすやと眠る仔猫が入った、猫用のキャリーバックが置いてある。

 

「いやぁ、何かここ数日は亡くなった母と過ごしてる感じでしたね」

 シンの表情に珍しく照れが入っているのは、普段は決して口に出さない素直な感想が入っているからだろう。


「ああ、私は息子は居ないからシン君と過ごせてとっても嬉しかったよ。

 ナナが仔猫を見に訪ねてくるかと思ったけど、私に遠慮したみたいだね」


「次の休暇は、家の見取り図でも作りに来ますよ。

 あと緊急で人とか物を運ばなければならない場合は、呼んで下さいね」


「ああ、楽しみに待ってるよ。

 あとブレードの訓練は、アンキレーの『成長』にも必要だから、続けるようにね」


「あの……アイラさんは、僕の母親を良く知ってるんですよね?」

 曾おばあちゃんなどとメトセラの女性に呼びかけるのは自殺行為なので、シンは最後に確認したかった事を尋ねる。


「うん。

 もちろん昔、君のオム……」


「ストップ!お願いですから、オムツの話は勘弁して下さい!

 訪問する先々で、何度も言われてるんで……」


「出来れば一緒に温泉でも入って、成長を確認したかったんだけどなぁ。

 まぁこんど温泉完備の君達の寮を訪ねるから、その時にでもね」

 アイラは別れ際に、大きくウインクをしながらシンに微笑んだのであった。



                 ☆



 都内某所の研究所。


「へえっ、これが例の仔猫かい?

 どれどれ……」


 シンとしては此処に来るのは気が進まなかったが、この特殊な仔猫を診断できる人物はナナ以外には居ない。

 シリウスの定期健診が数日後に迫っていたが、仔猫の健康状態を真っ先に確認するためにセルカークから直行したのである。


「ミャウ」

 初対面のナナに触られている仔猫は、実に大人しい。

 この暴君に逆らうと後が大変なのを、仔猫ながらも本能で察知しているのだろう。


「うん。健康上の問題は無いみたいだね。

 それに想像してた以上に、人間に慣れてるんだね。

 それでこの子は誰が飼うことになったのかな?」


「救出したシリウスに懐いちゃってるので、寮でしばらく預かる事になったんですよ」


「ああ、なるほど。

 まぁTokyoオフィスで飼うよりは、良いかも知れないな」


「?」


「ピートが臍を曲げちゃうと、拙いからね。

 この子も多分雌だから、先住してるピートと折り合いが悪い可能性があるから」


「相変わらず、僕には全く懐いてませんけど」


「そうかなぁ。威嚇されるって事は、君のことを明確に意識してるからだと思うけど。

 もしシリウスに懐いているなら、君の事を煙たく思うのは当然なんじゃないかな」


「成る程。

 それで食べ物とかの注意点なんですけど?」


「ああこの子もピートと一緒で、過剰に濃い味付けをしなければ何を食べさせても大丈夫だよ。

 とりあえずピート用に手に入れた缶詰がまだ余ってるから、持って帰ってくれるかな」


 なぜか人間に対する普段の酷い扱いと、180度違う優しさをアピールするナナなのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 学園寮に到着したシンは、キャリーバックから取り出した仔猫を抱き上げる。

 シャーッと威嚇されなくはなったが、シンの存在をガン無視している仔猫はまるでぬいぐるみのように躰が硬直している。


「うわぁ、可愛いなぁ!」


「うん。かわいだも!」


 よちよちと覚束ない足取りでシリウスを探す子猫を見たルーとマイラは、満面の笑みで可愛いを連発する。


「トーコは、猫が苦手じゃないよね?」

 ハナはTokyoオフィスに行って不在なので、子猫を横目でチラチラと見ているトーコにシンは声を掛ける。

 たぶん彼女は、この寮でペットを飼ったことが無い唯一のメンバーであろう。


「というよりも、生き物全般が苦手です」


「シリウスを抱き枕にして寝てる癖に、今更それは通らないんじゃないかな」


「シリウスは例外ですっ!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 翌日。

 シリウスは仔猫の襟首をくわえて、トーコの部屋を訪れていた。


「えっ、シリウスどういうこと?

 私に面倒を見ろってこと?」

 ナナのところへ定期健診に向かうシリウスは、どうやら留守中の仔猫の世話をトーコに託したいようである。

 トーコのベットにはシリウスの匂いがしっかりと付いているので、仔猫はいきなりベットの上で腹を見せて脱力しウトウトしている。


「バウッ!」


「……わかったわよ。

 でも貴方が帰るまでですからね」


「バウッ!」


「猫トイレはこれ、お腹がすいた時にはこれを与えて下さい。

 あと水は汚れたらすぐに取り替えて下さいね」

 エイミーは同行しないのだが、在宅率が高いトーコの方が自分より仔猫の世話役にふさわしいと判断したのだろう。


「あれっ、自分から近寄って行くじゃない?

 僕なんかいまだに無視されたままなのに」

 ベットサイドに腰掛けているトーコに、仔猫がよちよちと近寄っていく。


「だからシン、この子は男性が嫌いなんですよ」


「それじゃ、宜しく!」


 生き物を飼った経験が皆無のトーコだが、気が付いた時には仔猫は彼女の膝によじ登りスヤスヤと眠りについている。

 

「あれっ、すっかり懐いてるじゃない!

 シリウス以外の生き物は嫌いじゃなかったっけ?」


「シン、この子は存在そのものが反則です!

 この様子を見ていて、嫌いになれる訳が無いじゃないですか!」


「トーコさんの部屋にはシリウスの匂いが付いてますから、ここは安心できるんでしょうね。

 それじゃぁ当面の飼育担当は、トーコさんですね」


「もう普通のフードを食べれるし、心配があったらナナさんに聞けば何でも教えてくれるからね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 今日はエイミーの体術の訓練をTokyoオフィスで行う日だが、珍しくシンが同行していた。


 寮のトレーニングルームには準備が無い、真剣の試し切りに使う巻き藁を使わせて貰う為である。

 ユウとエイミーがスパーリングをしている離れたスペースで、シンは巻き藁のスタンドを並べてブレードを使う準備をしていた。


「シン、トーコさんから緊急連絡が入ってますよ」

 ここで天井のコミュニケーターから、SID経由の連絡が入った。


「えっ、何だろ?

 トーコ、シンだけど大丈夫?何かあったの?」


「シ、シ、シン大変ですっ!!

 子猫が、子猫がぁ……置いてあったチョコを食べちゃいました!!」

 普段は感情の動きが少ないトーコが、大きなボリュームで叫んでいるのがコミュニケーター越しでも分かる。


「トーコ、落ち着いて!

 それで子猫の状態はどうなってるの?」


「ぐっすり寝てて、目を覚ましません!」


「泡か何かを吹いてる?それとも声を出して泣いてるのかな?」


「いえ……ただ静かに寝てるだけです……もしかして私の勘違いですか?

 猫にチョコは猛毒だってネットに書いてあって……それで私動転してしまって!」


「ナナさんからは、特に食べさせちゃいけない食品の注意は無いから大丈夫だよ!

 トーコ、その猫はピートと一緒で普通の猫じゃないのを思い出して!」


「……すいません。取り乱してしまって」


「大丈夫だと思うけど、一応ナナさんに連絡してみてくれるかな?

 そうすれば、トーコも安心でしょ?」


「はい。すぐに連絡してみます!」



「……シン君、何かあったの?」


「ああ、ユウさん騒いじゃってすいません。

 なんかあの仔猫がチョコを食べちゃって、トーコがビックリして連絡があったんですよ」


「ああ、一般的な猫だとチョコレートは猛毒だからね。

 ピートは普通に、ビターなチョコレートケーキとかを美味しそうに食べてるけどね」


「最近は人間の食べ物も与えてるんですか?」


「うん。シリウスほどでは無いけど、キャットフードに飽きちゃってるから変わったメニューも食べてみたいんだろうね。

 あれっ、最近はブレードを練習してるって聞いてたけど本当だったんだ」


「ええ。とりあえず試し切りするために来たんですよ」


 シンは中断していた試し切りを再開する。

 実践空手のような手刀を振り切ると、巻き藁は綺麗な切り口を見せてバサッと床に落下する。


 シンは数日の鍛錬の後に、アイラと相談して剣術スタイルで新しいブレードを使うのを断念している。

 あくまでも体術の延長として手刀スタイルで使った方が、シンの場合には動きの無駄が少ないのに気が付いたからである。


「うわっ、なんか横で見ていると手刀で巻き藁を切っているようにしか見えないね。

 でも間合いが近くないと使えないのは、ブレードの利点がスポイルされているような気がするけど」


「実は物理的な距離は関係ないんですよ」

 今度は物理的には届いていない間合いから、シンは試し切りを続ける。

 これは力点を直接作用させる圧縮空気弾と同じ要領なので、シンとしては手馴れたものである。


「うわぁ、もしかして飛行中の機体とか地対空ミサイルも切れちゃいそうだよね」


「ええ。でもリモートコントロールしているF-16で実験したいなんて言ったら、ジョンさんからえらく怒られそうですけどね」

 

 シンは普段は絶対に見せない、悪戯を企んでいるような表情で笑ったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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