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029.Babylon Sisters

 エイミーは洗濯をしたいという理由で、二人のトレーニングには同行せずにシリウスと一緒にコテージへ戻っている。


 この島にはTokyoオフィスや学園寮のようなクリーニング回収システムは存在しないので、洗濯はすべて自前なのである。

 別れ際にエイミーはアイラと小声で話をしていたが、シンには意味深な二人の会話を聞き取る事が出来ていなかったのであった。


 シンと二人きりになったアイラは何故かご機嫌で、隣り合ったシンに腕を絡ませて密着して歩いている。

 アイラは見目麗しい美女でありとても魅力的なのだが、シンはなぜか母親と手を繋いで歩いているような不思議な気分になっていた。

 こうやってゼロ距離で会話をしていると、特に説明を受けていないが彼女との血縁というものを強く感じてしまうのである。


「こんなに土地があるのに建っている家はみんなコンパクトで、何処に居るのか分からなくなりそうですね」

 電柱が一本も見当たらないのを除けば道幅も狭く、此処がニホンの地方都市と言われても違和感は無いであろう。


「ああ、ニホンの会社にプレハブや建材の注文を入れてるからね。

 建築の手間を省くために、プレハブ工法の家も結構多いんだよ」


「へえっ、何か意外ですね。

 土地の制約が無いから、平屋ばかりというのは頷けますけど」

 シンが土地勘があるテキサスやアリゾナでも平屋が多いが、一軒家の場合には見栄えがする大型住宅が多い。


「ここでは家のメンテナンスも全て自前だからね。

 広すぎると毎日の掃除やメンテナンスも大変だし、何より台風が来たときに頑丈じゃないと不味いからね」


「なるほど。

 電柱が無いのもそういう理由ですか」


「暗きょに埋設するのは、当初からの計画だからね。

 ……ここが私の自宅なんだ。

 トレーニングは裏庭でやろうか」


「うわぁ、ここの芝生ってサッカースタジアムみたいにフカフカですね」

 アイラの自宅もニホン仕様のこじんまりとした作りだが、庭の面積が広く芝生が丁寧に手入れされている。


「それじゃぁ、さっそく始めよう。

 何ならブレードの技を伝授しようか?」


「それは……ベルさんから聞いたんですか?」


「うん。

 この技術を教えられるのは、特定のヴィルトスを使える者だけだからね」


「でもさすがに、メタリは持ってきていませんよ」


「ああ、勿論此処にもメタリは常備してるけど、訓練には必要無いよ。

 それに単純なブレードは、教えるつもりは無いからね」


「えっ?」


This is it(こういう事だよ)!」


 アイラの周囲の空間が揺らぎ、シンは僅かな重力の変動を感じる。

 ここで彼女の右腕にまるで生えるように、白銀色の刀身がいきなり出現した。


「!!!」


 シンはメタリを使わずに刀身を作り出したアイラに、驚愕の目を向ける。

 それはまるで空間を圧縮して作り出した、ヴィルトスの薄刃の様に見える。

 もちろんシンは、自分以外のメトセラが重力制御を行使しているのを見るのは初めてである。


「重力制御で作った薄い刀身の間に、ヴィルトスを流し込むイメージかな。

 メタリを圧縮できるなら、同じ感覚で出来ると思うんだけどね」


 アイラは刀身の形状を自在に変化させながら、シンに説明を行う。

 メタリ特有の黄金色の発光では無い白銀の刀身は、シンの目にはまるで本物のニホン刀のように見えている。


「それじゃぁ、やってみようか……」

 シンの背後に回りこんだアイラは、シンに抱きつくような姿勢で右の手首を握る。

 アイラの柔らかい肢体とシンの背中が密着するが、シンは説明不明な懐かしさを感じていた。

 まるで幼少時に母親に抱っこされていたような、不思議な安心感なのである。


「ん、何かリラックスしてるね。

 美女に抱き付かれたら、普通はもっとドキドキしないかな?」


「……ええと、何か安心しちゃって。

 すいません」


「ふふふ。それじゃぁいくよ」


 シンの体を通してブレードを作成しその感覚を説明するアイラは、まるで子供にナイフの扱い方を教える母親のようでもある。

 シンが自力では辿り着けない独自の感覚が、彼の体に刻み付けられていく。


「シン、収束が足りないなぁ。

 それじゃぁ、まるでライトセーバーの様だよ」

 漸くブレードを形成できたシンだが、その形状は真っすぐでまるで細くて長いバトンのようである。


「???」


「このままだと燃費が悪すぎるから、長時間の戦闘だと息切れしちゃうよ。

 君は普段から包丁を使ってるだろ?

 鍛造された薄い刀身を、もっとしっかりとイメージできる筈だよ」


 芝生の上で、シンの試行錯誤は続く。

 単純なブレードと違って自分の生来の能力を応用しているのでコントロールはし易いが、形状を維持するのが予想以上に難しい。


「おおっ、何とか成功したね。

 まだ厚みがあるけど、鍛錬を繰り返せばもう少しシャープに出来るだろうね」


 シンの頭を背後からくしゃっと撫でながら、アイラは笑顔でシンに呟く。

 昔母親にされたのと全く同じ彼女の仕草に、シンは瞼を潤ませながらも笑顔を浮かべたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 訓練を終えた後リビングでコーヒーをご馳走になっていたシンだが、突然の呼び出し音に何事かと周囲を見渡してしまう。

 もちろん寮やTokyoオフィスでも一般電話回線が使われているが、SIDの取り次ぎによるハンズフリーや携帯電話に慣れているので電話機自体は設置されていないのである。


「シン君、エイミーちゃんから電話だよ」

 米帝スタイルのモーテルフォンの受話器を差し出されたシンは、このタイプの電話機を久しぶりに見たような気がする。 


「で、電話ですか?

 エイミー使い方が良く分かったなぁ。

 もしもし」


「シン、帰り道で釣りたてのお魚をいっぱいもらっちゃって。

 お昼は握り寿司を作ろうと思うんですけど、アイラさんも誘って貰えますか?」


「……という事なんですけど」


 受話器を置いたシンはアイラに提案するが、彼女の意味深な笑いが年上のメトセラ特有のものであるのに気が付く。

 何か悪事を企てている時の表情は、シンが各拠点で見掛けているのとまったく同じなのである。




「おおっ、握り寿司はすごい久しぶりだなぁ!

 あんまり宣伝すると、皆が押しかけて収拾が付かなくなりそうだね」


 シンと一緒に戻ってきたコテージで、リビングに並んでいる大皿を見たアイラは実に嬉しそうである。


「そういえば、寿司の技術を持った人は居ないんですか?」


「うん。ユウ君あたりがここに定住してくれれば、問題は解決なんだけどね。

 ああ、あと君のジャンプで、定期的にギンザの名店まで連れて行って貰うのも良いかな」


 エイミー分けて貰ったのは小振りなキハダと数種類の白身魚だが、活〆されていて寿司ネタとしては極上品である。

 ネタの種類は少ないがタマゴや巻物と一緒に並んだ大皿を僅かな時間で用意するのは、手際の良い彼女としてもかなり大変だったろう。


「巻き寿司用の海苔なんて、どうやって手に入れたの?」

 アイラが持参した大量のビールを冷蔵庫に収納しながら、シンはエイミーに尋ねる。


「スーパーに行ったら、他の食材と一緒に奥から出してくれましたよ。

 高級な浅草海苔なんで、ちょっと驚きましたけど」


「ん~、何か用意が良すぎるような。

 握り寿司食べたさのあまり、裏で糸を引いてる人が居るような気がするなぁ」

 シンはアイラを横目で見ながらコメントするが、彼女は聞こえないふりをしているようだ。


「エイミーちゃん、さすがユウの直弟子だね!」

 アイラはビールを片手に、漬けのまぐろ握りを満足そうに頬張っている。


「自分で握る機会があんまり無いので、こうやって食べて貰えると嬉しいです」

 ちらし寿司にした昼食を食べているシリウスの頭を撫でながら、エイミーは満足そうに呟いた。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 食後。


「ちょっとシン君に頼みがあるんだけど」


「えっ、何でしょうか?」


「この島でペットが全く飼われていないのを、不思議に思わなかったかい?」


「ええ。

 皆さんシリウスをとっても可愛がってくれるので、ペット好きなのに変だなぁと思ってましたけど」


「寿命の問題で普通のペットは飼い辛いというのが大きいのだけれど、他にも理由があってね。

 実はもうちょっと内陸寄りの場所に、ヤマネコ一家が住み着いていてね」


「ああ、イリオモテヤマネコみたいな状況なんですね。

 もしかして天然記念物で、近場にイエネコが居るといろんな点で好ましくないとか?」


「いや違うんだ。

 そのヤマネコっていうのが、特殊な種類でね……簡単に言うとこの惑星産じゃないんだよ」


「はいっ?」


「色んな複雑な事情があって今まで捕獲せずに放置してきたんだけど、先日アクシデントでつがいが死んでしまってね」


「???」


「滅多に起きない交通事故だったので誰も責められないんだけど、問題は仔猫が残されている可能性があるって点なんだよ」


「この森の中に仔猫だけじゃ、生存は難しいんじゃないですかね」


「住人総掛かりで島全域を捜索したんだけど、発見できなくてね。

 シリウスを連れてるシン君なら、仔猫が隠れていてもなんとか見つけられそうな気がするんだよね」


「なるほど、くわえているのは仔猫みたいですね。

 どれくらい前の画像なんですか?」

 シンはプリントアウトされた衛星画像を渡されて、横に居るシリウスと一緒にじっと見ている。


「事故の起きた前日だから、まだ一週間は経ってないね」


「これって、ヤマネコっていうのはちょっと無理があるみたいですね。

 チーター……いや大型のクロネコにしか見えないですし、もっと言えばユウさんの飼い猫ピートともそっくりですよね」


「バウッ!」

 どうやらピートとそっくりというのは、シリウスも同意しているようである。


「ああ、それはナナに確認済みだよ。

 あのピートは、このヤマネコ?と同じ生物の遺伝子を使って再構築されているみたいだから」


「此処に持ち込まれた顛末も気になりますけど、生息数はどれ位居るんでしょうか?」


「つがいが亡くなったから、もうその仔猫しか残っていないと思うよ

 メトセラの始祖とも『ゆかり』があるらしい生物なんで、このまま放置は出来ないんだよね」


「あの、発見するのは僕たちで出来ると思いますけど、その後はヘルプが必要だと思うんですが。

 ユウさんに連絡して良いですかね?」


「ああ、生命に関する事だから、構わないよ。

 それにユウ君はこの島の場所も知ってるしね」


 ……


「もしピートと同じ種類の猫なら、きっとしぶとく生きているでしょうね。

 でもどうやって見つけるの?土地勘がある人たちでも発見できなかったんでしょ?」


 シンとエイミーが滞在しているコテージに、急遽ユウは呼び出されていた。

 ユウのジャンプは移動時間ゼロではあるが、食事の支度で忙しい最中に呼び出されたので困惑した表情である。

 ちなみに久しぶりにユウに会ったシリウスは、尻尾をバタバタさせて嬉しさを表現している。


「まぁ見ていて下さい。

 シリウス、この匂いが目印なんだ」

 ユウに持参して貰ったピートの匂いがついたクッションを、シンはシリウスの鼻先にもっていく。

 本来ならば仔猫の匂いが付いたものをターゲットにするのが望ましいが、痕跡すら発見出来ていない現状では他に手が無いのである。


「さっきの画像の子猫なんだけど、生きていたならここまで連れてきてくれる?」


「バウッ!」

 シリウスは室内から飛び出して、山沿いの道へ駆け出していく。

 そのスピードは探しているというよりも、居場所が分かっていて其処へ急行している様な感じである。


「えっ、それだけ?

 付いていかなくて良いの?」

 ユウはシリウスの並外れた知性の高さを知っているが、まさか彼女だけに捜索させるとは思っていなかったのだろう。


「ユウさん、私達じゃ足手纏いですから、結局は任せた方が早く見つかるんですよ」

 エイミーは過去の経験から、シリウスの探索能力の異常な高さを知っている。

 迷子の子猫など、匂いの痕跡があればわずか数分で見つけてしまうのである。


「ユウさん、見つかったらお世話をお願いして良いですか?

 僕は子猫を育てた経験がありませんから」


「うん勿論。

 ナナさんが指定した仔猫用のミルクとか、フードとか一式用意して来たけど……ええっ!!」


 ここでシリウスが仔猫の襟首をくわえて、目の前に出現する。

 捜索を始めてわずか10分ほどである。


 仔猫は首筋をシリウスの大きな口でくわえらえれているので、実に大人しい。

 漆黒の色と瞳が綺麗なブルーなのは、ピートと共通する特徴である。

 仔猫だけで放置されていた割には薄汚れた感じは無いので、動かずにじっと同じ場所に隠れていたのだろう。


「シリウスご苦労さん!良く見つけてくれたね!」


 シリウスから解放されて優しく床に下ろされた仔猫はピーピー泣いているが、鳴き声は大きくかなり元気に見える。

 シンが近づこうとすると仔猫ながらもシャーっと威嚇するが、ユウやエイミーが近づいても大人しいままなのがとても不思議である。


「ここ数日雨も降ってないし、弱ってないみたいだね。

 ピーピー泣いているってことは、結構元気なのかな」

 近づくと威嚇されるので、距離を置いて仔猫を眺めているシンはなぜか寂しそうである。


「……仔猫だけど、ホントにピートそっくりでビックリだよ。

 まだ歯が生えたばかりみたいだし、とりあえず仔猫用のミルクかな」


 ピートが使っていたクッションと一緒にユウが仔猫を抱えると、途端に鳴き声が止んで大人しくなった。

 ハワイに近いここの気候では、体温調節機能が十分ではない仔猫でも弱ってしまう心配は不要なのだろう。

 ユウが与えるシリンジに入れた幼猫用ミルクを、仔猫はすごい勢いで飲み込んでいく。


「ああ、この勢いなら哺乳瓶からミルクを与えられそうだね。

 思ったよりも元気だから、安心したよ」


「ねぇ、エイミー?

 なんでユウさんにはシャーって威嚇しないのかな……」


 Tokyoオフィスでもピートに嫌われていないシンは、自分だけ仔猫の威嚇に会っているのでかなりショックを受けているようだ。


「それはやっぱりユウさんが、猫好きのする女性(ひと)だからですよ」

 エイミーは満面の笑みで、シンに応えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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