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027.Big Boy Now

「ティアの様子はどうですか?」


 エイミーの体術訓練後、いつもの休憩時間(クールダウン)中にシンがユウに尋ねる。

 頻繁に顔を合わせている年齢が近い二人は、まるで姉弟のような遠慮の無い間柄である。


「うん?やっぱり気になるのかな」


「そりゃぁ、僕達とも濃い血のつながりがある親戚ですからね。

 レイさんとの続柄は兎も角、当然気になりますよ」


 シンは冷蔵庫で冷やしてあったフルーツトライフルを、カットしてデザート皿に載せている。

 このデザートはエイミーが練習用に焼いた大量のスポンジケーキを、無駄にしないようにシンがアレンジしたものである。


「彼女はプロメテウスの戸籍に記載されたから、黒服機関のちょっかいは無くなると思うよ。

 最近はマリーだけじゃなくてアンも面倒を見ているから、此処での居心地は悪くないんじゃないかな」


 Tokyoオフィスでは調理専門のユウだが、実はシンが作るデザートを密かに楽しみにしている。

 実母であるアイから薫陶を受けているシンの作るデザートは、ユウにとっても懐かしさを感じるものが多い。


「……」

 エイミーはトライフルを食べながら、ティアについての話を黙って聞いている。

 ユウやシンに対しては全く遠慮が無い彼女が、コメントをしないというのはかなり特殊な状況である。


 バステト同士は横の繋がりが弱いのか、ティアが現れて以来エイミーは我関せずの突き放した態度が続いている。

 もしかしてシンの関心を集めている彼女に対して、複雑な思いがあるのかも知れない。


「それよりもあの建物を破壊した兵器について、フウさんが情報開示を要求されて大変みたいなんだけど」


「……」

 今度はエイミーに代わって、シンが沈黙する番らしい。


「圧縮空気弾とは桁違いの威力だけど、建物からは火薬類や放射能の反応が無いし。

 おまけに地表に空いた穴は、深さが数百メートルに達していたみたいだよ」


「……あれは以前試してみようとして、中断したメソッドなんですよ。

 惑星破壊兵器は開発しないようにとフウさんに釘を刺されていたのを、ティアの怒りに触発されて思い出してしまって」


「基地の中だから、水道管やガス管が破損しなかったのはラッキーだったかな。

 これから使う機会があったら、マリーが市街地でエフリクトを行使するのと同じ注意が必要だね」


「ええ。東京メトロのトンネルを直撃して、大惨事になるのは御免ですからね」



                 ☆



「えっ、休暇を取って良いんですか?」

 翌日Tokyoオフィスに呼び出されたシンとエイミーは、フウから意外な提案を受けていた。


「ああ。お前達は学園の必須科目を受ける必要も無いし、ほとぼりを冷ます意味もあるから暫くエイミーと一緒に骨休みして来い。

 寮の食事は、メンバーをこちらへ呼んでユウにカバーして貰うから」


「でもハワイベースは、駄目なんですよね?」


「黒服機関の拠点が近くにあるし、あそこでは人目に付きすぎるからな」


「シリウスが居なければ、ノーナさんの処へ行くって手もあるんですけどね。

 でも里帰りは、エイミーがあんまり乗り気じゃないんで」


「今回はSelkirk(セルカーク)から、滞在しないかというお誘いが来ているぞ」


「えっ、あそこって短期滞在は認められないって聞いてますけど?」


「そうだ。ただし住人の推薦がある場合は別だがな。

 どうもお前の顔を見てみたいという、要望が多数あったみたいだな」


「其処って、ハワイみたいなリゾートなんですか?」

 数回に渡ってハワイに行っているエイミーは、何故か南の島が大好きである。


「ああ、ただし観光地では無いから遥かに静かな場所だけどな。

 部外者は一切立ち入り出来ないから、喧騒から程遠い落ち着いたコロニーだよ」


「シン?」

 エイミーはいつもの上目遣いで、シンをじっと見る。

 普段は分別があって我侭を言わない彼女の懇願は、シンにとっては優先順位が限りなく高い。


「エイミーが乗り気みたいですから。

 特にシリウスは最近放置気味なんで、あの南の島に連れていけば大喜びでしょう」



                  ☆



 その島はオワフにとても似ている。

 中央には火山島特有の起伏があるが、その両側にまたがる平原は美しい海岸線を持っている。

 上空から見て大きく違うのは、ビルディングのように大きな人工物が全く見当たらない点にある。

 実は島内にはハワイベースと同じ技術を用いた滑走路があるのだが、巧妙な偽装により肉眼ではその存在を確認出来ないのである。


「ようこそ、Selkirk(セルカーク)へ!」


 2往復目にシリウスを連れて到着したシンを、ビーチサンダルのラフな服装の女性が歓迎する。

 先に到着していたエイミーはコロニーの責任者らしい彼女と話し込んでいたらしく、並んでシンを出迎えている。


「あの……どこかでお目に掛かった事がありましたっけ?」


 アイラと名乗った女性にシンが掛けた台詞(せりふ)はまるで下手なナンパのようだが、確かに彼女の容姿が強い既視感(デジャブ)を感じさせるのは間違いない。

 エイミーは思わず自分の生来の能力を使って彼女を視てしまうが、すぐにその既視感の理由に納得する。

 過去にメトセラの家系図チャートを見たことがあるエイミーは、シンよりもメトセラの歴史を詳細に把握しているのである。


「いや、間違い無く初対面だよ。

 ただ君達に会ってみたいというリクエストがあまりにも多かったので、今回は招待という形で来て貰ったんだ。このコロニーを代表して、来訪のお礼を言わせてもらうよ」


 初対面の筈のシリウスが、いつの間にか彼女に近づいて頭を撫でられている。

 普段なら警戒モードに入るべき状況なのだが、シンと同じ『匂い』がする彼女に疑いの目を向けるのは不可能なのだろう。


「このコテージは、此処に来たばかりの人が短期滞在するための施設なんだ。

 新しい住人はここで島の生活を始めながら、自分の住居を建築する場合が多いね」


「あの……僕達はべつに移住を前提にして来ていませんけど」


「ああ、それはもちろん分かっているけど、ここにはリゾートのように短期滞在する制度が無くてね。

 だから君達は、好きな場所にいつでも自由に建物を作る資格を得たと考えて欲しいんだ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 当面の生活用に割り当てられているコテージで、シンとエイミーは早速キッチンを点検していた。

 厨房機器や浄水器はCongohの標準設備なので問題無いが、常備されている食材に関しては何の予備知識も持っていないのである。


「米とかパスタは在庫があるけど、冷蔵庫の中はほとんど空だね。

 調味料は揃ってるけど、あとは飲み物と卵くらいしか入ってないなぁ」


「シン、たしかスーパーが一軒だけあるって聞きましたけど。

 島内の散歩がてらに、行ってみませんか?」


「そうだね。

 シリウス用の缶詰以外には何も持ってきていないから、このままだと炒飯だけの昼食になっちゃうからね」


 リードをしていないシリウスをお供にして、二人は石畳の道を歩き始める。

 リードが不要なのは、この島内では犬や猫などのペットが全く飼育されていないからである。

 また島内には軽トラックが数台停められているが、実際に走行している姿は一度も見ていない。


「うわぁ、これは商品数が少ないね。

 スーパーというよりは、田舎の雑貨屋っていう感じだね」


 エイミーが事前に聞いていたスーパーは、看板すら出ていない小さな店である。

 薄暗い店内の雰囲気に、シンは幼少時に良く通った欧州の個人商店を思い出していた。

 日用雑貨から食料品まで一通り揃ってはいるが、銘柄や種類を選べないのは陳列できるスペースに限りがあるからだろう。


「失礼な!せめて田舎のコンビニ位に評価はしてよ!

 これでもちゃんとPOSレジで、商品管理をしてるんだから」


 またしてもシリウスは初対面の彼女に捕獲されて、いきなりモフモフされている。

 島内で犬猫は飼育されていないが、どうやら居住者がペット嫌いという訳では無さそうである。


「あれっ、ベルさん……じゃないですよね?」


「ああ、ベルからは君の事は良く聞いてるよ。

 細かい所まで気配りできる、珍しいタイプだって褒めてたよ」


 スーパー?の従業員は、ベルの親戚か何かなのだろうか。

 髪型も含めて、シンには見分けが付かないほどソックリである。

 よって話し掛けている口調も、必要以上にフランクになっているかも知れないが。

 

「生鮮食品って、殆ど置いてないですね?」


「ああ、店に出してある分は値札を付けられるものだけだから。

 何が欲しいのかな?」


「とりあえず豚肉と、中華に使う野菜が色々と欲しいんですが」


「ちょっと待ってて……」

 両開きのバックヤードへ向かうドアを通ると、すぐに食材を両手に抱えた彼女が戻ってくる。


「これで良いかな?

 豚肉や野菜類はここで生産されたものだから、新鮮だしとっても質が高いんだよ」


 シュリンクパックされた豚肉のブロックは、鮮やかなピンク色の銘柄豚である。

 青梗菜や人参も、形は不揃いだが一目で鮮度が高いのが見て取れる。


「ありがとうございます。

 御代はいくらになりますか?」


「これ全部で$20かな。君のCongohの口座からチャージしておくね」


「あの……豚肉も2Kg近くありますし、野菜の量から考えて安すぎませんか?」


「地産地消で、流通経路や余計な経費が掛かってないからね。

 基本的に自分達の食べる分だけしか、作らないというのが基本方針だから」


「……なるほど」


「あと滞在中に必要なものがあれば、仕入れるから言ってね。

 注文を受ければ殆どの物は手に入るけど、個人宅から定期配送便を使わないのがここのルールなんだ」


「あっそうだ、パン類とかは置いてませんか?」

 定期配送便では賞味期限の問題でパンドゥミやバケットは扱っていないが、冷凍状態のパン種やケーキはリストに載っているのである。


「焼きたてのブリオッシュは、隣の店で早朝から買えるから。

 カーメリ基地のブーランジェリー出身者が焼いてるから、とっても美味しいよ」


「ああ、それは助かりますね。

 僕はパン作りの経験が無いので、どうしようかと思ってましたから」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 分厚いクラフトの紙袋を抱えて、二人と一匹でのんびりと歩く帰路。

 タイミングを計っていたように、エイミーが周囲を見渡した後に言葉を発する。


「シン、気が付きましたか?」


「うん。ここにはコミュニケーター端末が、全く設置されてないね。

 監視カメラは沢山あるけど、どれも目立たないようにカモフラージュされてるし」


「此処に来てから住人の方が歩いているのを全く見かけませんから、かなり住んでいる方が少数なんでしょうね」


「ああ、3桁は行かないってフウさんは言ってたかな。

 まぁメトセラの隠れ里みたいな場所だから、こういう静謐な環境なんだろうね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 昼食時。


「シン……なんかご飯の炊きあがりの香りが、いつもと違うような気がするんですが?」

 炊き立てのIH炊飯ジャーの蓋を開けたエイミーが、ぽつりと呟く。


「ああ、定期配送便の銘柄と違うお米なんだろうね。

 ……普段の味に不満は無かったけど、これは期待できそうだね」

 まるで香り米のような炊き立ての匂いに、シンは顔を綻ばせる。


 シンとエイミーの二人きりの食事というのは、非常に珍しい。

 シリウスは平皿に盛り付けられた白米と各種のおかずを、尻尾をバタバタと振りながら一心不乱に食べ続けている。


「うわっ、すごく美味しいですね!」


「このピーマンや玉ねぎも、味が濃い感じがするね。

 豚肉も普段食べているのと、かなり違うなぁ」


「バウッ!」


「うわぁ、シリウス、普段と食い付きが違うなぁ。

 味の違いを分かってるんだね」

 シリウスの催促に、自分の食事を中断してシンは平皿に再び盛り付けをしている。

  

「バウッ!」


「調理方法は同じなのに、素材が違うと味がこれだけ違うんですね」


「うん。定期配送便の食材は質が高いけど、上には上があるもんだね」


 ここで玄関ドアが開く音がする。

 部外者が出入りしないこの島では、基本的に錠前というのは使われない習慣なのである。


「こんにちは!お邪魔するよ」


「あれっ、アイラさんどうしたんですか?」


「冷蔵庫は空っぽだろうから、ちょっと差し入れを持ってきたよ」

 彼女はシックスパックで束ねられたビールの小瓶を両手に持っている。


「あれっ、そのビールって見たことが無いラヴェルですよね?」


「ここの醸造所で、私が作ってる自家製のビールだからね。

 おおっ、旨そうな中華料理が並んでいるね!」


「いつもの調子で作りすぎちゃったので、食べていきません?

 普段は寮のメンバーの分も作ってるので、量の加減が難しくて」


 ここでエイミーが食事を中断して、ご飯茶碗と箸を追加で用意する。

 炊飯ジャーで5合も炊いてしまったので、シリウスの分を入れてもご飯の量にはかなり余裕がある。


「ああ、喜んでご馳走になるよ」

 綺麗な箸使いで小皿に料理を取り分けた彼女は、早速食べ始める。

 基本的には現地調達食材の中華だが、八角を使った独特の味付けにも彼女は慣れているような感じだ。


「シン君の作る中華は、ちょっと台湾風なのかな。

 甘みが強くて、癖が少ない味付けだね」


「ええ。調理を教わったのが、台湾出身の方だったので。

 最近はニホン風中華の味も混ざってますので、ますます国籍不明の料理になりつつありますけど」


「この島には中華料理が得意な奴が居ないから、皆声をかければ喜んで寄ってくるよ。

 どれも素材の味を生かしていて、とっても美味しいな!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「アイラさんって、かなり前の世代ですよね?」

 急須から食後のほうじ茶を注ぎながら、エイミーが質問する。


「ああ、エイミーちゃんにはやっぱり分かっちゃうんだ。

 まぁここでは曽おばあちゃんなんて、呼ぶ人は居ないけどね」


「ジーさんより長生きされているメトセラには、初めてお会いしました!」


「ここは何度目かの人生を、静かに暮らすための特別な場所だからね。

 主に農業や畜産に従事するのが好きな連中が集まっているので、ほとんど自給自足に近い生活が出来るんだ。

 あと家具や楽器を作っている職人も居るよ」


「木工の職人さんですか……でもこの島だと材料の調達が大変そうですよね」


「ああ、この島はハワイ産の苗木から育てた良質なコア材が採れるんだよ。

 ここで使われている家具も、ほとんどは無垢のコア材を使っているしね」


「でもハワイの家具屋さんで見たら、テーブルでも数万ドルの値札が付いてましたけど。

 外販して商売した方が、儲かるんじゃないですか?」


「外に出した家具や楽器はここに戻ってこないけど、島の中で修理しながら使えば数百年は使えるからね」


 彼女は目の前のテーブルの天板に指を滑らせる。

 特徴的な杢が入ったコア材の表面は、経年変化で飴色に変色し丁寧に使い込まれているのがわかる。


「僕の知り合いの楽器職人さんも言ってましたけど、百年も使える木製の道具というのは凄いですよね。

 古い楽器を触ってると、何か魂が宿っているような雰囲気がありますし」


「ふ〜ん。

 シン君は噂通り、とても優しくて実直な人柄なんだな。

 エイミーちゃん、良い相棒を見つけられて良かったね」


「はい!」

 彼女は満面の笑みを浮かべながら、元気な声を返したのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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