023.Beautiful One
「テキサス名物のステーキハウスでも良いんだが、ここは地元では有名なダイナーでどの料理を食べても美味しいんだよ。
君は菜食主義には見えないが、米帝の家庭料理も沢山あるから好きな物を頼んでくれるかな」
シンが想定外の安全運転で案内されたのは、お馴染みであるアイの経営しているダイナーである。
オーダーを取りに来た年配のウエイトレスは勿論顔見知りだが、彼女は長年の経験から空気を呼んでいるのかシンに話しかけて来ない。
それとも地元の名士であるアイリーンに、遠慮しているのだろうか。
「まるで、何度も来ているような注文の仕方だな?」
さすがに持ち帰り用のホールケーキの注文まで行ったので、彼女はシンがこの店を知っているのにようやく気が付いたようだ。
「ええ。
実はここのオーナーは僕の知り合いなんで、常連なんですよ」
「君は見掛けは若いが、かなり世慣れているんだな。
案内した私が気を悪くしないように、黙ってたんだろう?」
「……此処はテキサスにあるダイナーでは、一番ですから。
僕としては、ここでご馳走してもらえるなら大歓迎なんですよ」
大量に注文したオーダーを2人は食べ始めるが、アイリーンはマカロニチーズを頬張りながらもシンの表情を確認するようにじっと見ている。
彼女はわざとらしい仕草で周囲を確認した後、意を決したように際どい発言を投げ掛けてくる。
「それで、君はこの惑星の生まれなのかい?」
NASAの職員の発言としては不穏当だが、彼女は異星人がこの惑星に密かに進出している実情を知っているのだろう。
「もちろん、僕はここで生まれた生粋の現地人ですよ」
シンは彼女の質問の意図を理解し、簡潔に応える。
「あの輸送に使った能力は、ジャンプとかテレポーテーションって言われているものだろう?
超能力研究を政府が行っているのは知っているが、この惑星に正真正銘のジャンパーが居るなんて聞いたことが無いんだが」
「ああ、あれは……」
二人の会話の最中、入り口の両開きドアが開き小柄な少女が入ってきた。
年配のウエイトレスが声を掛けるが彼女はそれに応えずに、待ち合わせ相手を探すように店内を見渡している。
気配に気付いたシンは視線を向けるが、彼女もシンの存在に気が付いたようで4人掛けのテーブルへ真っすぐに歩いてくる。
濃いブロンドのショートカットはつややかに輝き、大きなブラウンの瞳はシンをしっかりと見据えている。。
身長は150cm程で小さいが、そのスリムな肢体は未成熟な少女特有の妖しい魅力を放っている。
着用している不思議な光沢のワンピースはシンにはお馴染みなもので、数か月前にイケブクロの街角で見かけたものと全く同じだろう。
そしてシンは彼女の視線が、自分の右手首のブレスレットに注がれているのを認識した。
「Enoy Shin Atana?」
テーブル横で彼女が発した言語は、同席しているアイリーンにはその種類さえ判別できないだろう。
シンが理解できるのは、彼が他の惑星に短期滞在したという稀有な経験を持っているからである。
「Os」
シンは笑顔を浮かべながら、出来るだけ余計なプレッシャーを与えないように優しい口調で答える。
彼女の瞳の虹彩はエイミーとは違うが、彼女からほんのり漂う良い香りはシンにとってはお馴染みのものである。
「Etesasebat Onuretius Akano!」
「Norihc om」
彼女は表情を変えずにシンの横に滑らかな動作で腰掛けるが、距離を置かずにまるでシンに寄りかかるような距離感である。
シンはまだ手をつけていない、クラブハウスサンドの皿とオレンジジュースをとりあえず彼女の目の前に置く。
サンドイッチは良質なターキーとベーコンが使われている癖の無い味だし、オレンジジュースは店内で搾った本物のフレッシュジュースである。
彼女はシンに倣ってアルコールが入ったウエットティッシュで手を拭うと、手づかみでサンドイッチを食べ始める。
「随分と綺麗な子だけど、シン君の親戚か何かなのかな?」
シンにべったりと寄り添って座る美少女は、確かに無国籍的なシンの容姿と似ている雰囲気がある。
いや厳密に言うとシン個人というよりも、メトセラ特有の特徴を備えていると言うべきだろう。
先ほど地球生まれ?の話題が出ていた割に彼女の出自について疑問が出ないのは、彼女の喋った言語を耳慣れない『島嶼ケルト語』か何かと勘違いしてくれたのだろう。
「いえ、初対面です。
ですが、僕には彼女を保護する義務があるので」
シンは彼女の食べる様子を横目で観察し、彼女がかなりの大食漢でしかも相当な空腹であると判断する。
「義務って?
やっぱり親戚なのかな」
「……すいません、追加オーダーをお願いします。
フライドチキンとフレンチフライ、フィッシュサンドとシーザーサラダを。
それとオレンジジュースを2つと、ティラミスのクォーターカットを1つ」
シンが大量オーダーするのに慣れているので、年配のウエイトレスは手元のターミナルに黙々と注文を入力している。
それにこの店では持ち帰り容器も常備されているので、食べ残しても特に問題は無い。
「Onan Ihca Domot On Amy Ahimik?」
「Os!」
「Onatik Inia?」
「Os!!」
追加で大量の皿が運ばれて来たが、彼女はゆったりとしたスピードで確実に料理を平らげていく。
好き嫌いは全く無いらしく、付け合わせの葉物野菜やピクルスも欠片一つ残さずに綺麗に食べ切っている。
最後にデザートのティラミスを皿を舐めるように完食した彼女は、やっと一息付けたのかシンに納得したような顔で頷くと彼の太腿を枕にして寝息を立て始める。
まるで電池が切れたような様子は、食事中に寝てしまう幼児の様でもある。
「アイリーンさん、非常事態なんで僕はこれで失礼しますね。
SID、今までの画像を入国管理局とフウさん、あとエイミーに送ってくれる?」
シンは胸元のコミュニケーターに、独り言を装って小声で指示を送る。
「シン君、それでこの子はいったい誰なんだ?」
「う~ん、仰る通り親戚みたいなものでしょうね。
僕の事は事前に聞いていて、困ったら頼るように言われていたみたいです」
シンは自分のカードを使ってテーブルで全ての支払いを済ませると、チップの20ドル札を数枚テーブルに置く。
「じゃぁ空港まで送ろうか?」
当然のように会計を済ませてしまったシンに、先手を取られてしまった彼女は面目丸つぶれの状態である。
「余計な気を使わせてすいません。
でも自前の足がありますので、大丈夫ですよ」
シンは熟睡している少女を横抱きにすると、器用にケーキのテイクアウトの袋を肘にかけて入口へ向かう。
少女一人と手荷物やバックパックまで背負っているのだが、その足取りはいつもと同じで軽やかである。
「彼女の件は外交も関わってくるデリケートな問題なんで、口外しないでいただけると助かります。
それじゃぁ、また!」
シンは周囲の人通りを確認すると、ISSの中でのようにアイリーンの目の前から忽然と消えたのであった。
☆
「あらら、またシンは変わったお土産を持ってきましたね!」
フウから召集が掛かったのか、エイミーがTokyoオフィスのリビングでシンを出迎える。
シンの腕の中にはダイナーで出会った少女が安らかに寝息を立てていて、目覚める気配は全く無い。
今まで何人もの女性を横抱きにして運んで来たシンだが、亜空間飛行中も熟睡していたのはこの少女が始めてである。
「食事をしたら気が緩んだのかこてっと寝ちゃって、それ以来ぜんぜん起きなくてね。
やっぱりこの子は、エイミーの知り合いなの?」
「ええ。送られて来た画像は、アイさんのダイナーですよね?」
「うん。NASAの関係者と会食中に、いきなり銀河標準言語で話しかけて来たからね。
僕は数日しか学習してないけど、大体の意味は理解できるから」
シンは横抱きしていた少女を応接セットのソファにそっと横たえると、自分はエイミーの横に座り直す。
普段ならば見知らぬ人物に警戒してリビングに出てこないピートが、エイミーと初めて会った時のように彼女をソファの下からじっと観察している。
ピートの飼い主であるユウの姿が見えないのは、たぶん進行中の業務から抜けれなかったのだろう。
「それにこの子が着てるワンピースって、エイミーと初めて会った時と同じ服装でしょ?」
「ええ。この服はPROHETAのユニフォームみたいなものですから」
「シン君、申し訳ないけど、ノーナから伝言があるんだ」
こちらもフウから招集が掛かって駆けつけていたキャスパーが、シンに低い声で話し掛けてくる。
さすがに顔を顰めたりはしていないが、普段より低い声色は想定外の厄介事の連続でストレスが溜まっているのだろう。
「はい?」
「『お世話は他の人に任せて良いから、私と一緒に巡った美術館は出来るだけ見せて上げてね』だって」
「お世話しなくて良いって、どういう意味なんですか?」
「それは……シンは私の正式な護士ですから、ノーナであっても彼女のお世話を強制できないんですよ」
シンの隣に座るエイミーが、当然のように説明する。
「……まぁお世話の件は兎も角、なんで突然彼女が飛ばされて来たのかなんだけど?」
「私の場合と同じで、それは誰にも説明出来ないと思いますよ。
Practicaは、本人の深層意識を反映しているという説もありますが」
「そう。
シン君には申し訳ないけど、『That’s The Way It Is』だと思って貰うしかないわね」
ここで揺すっても一向に目を覚まさない少女に業を煮やしたキャスパーが、いきなり頬をピシピシと平手で叩きはじめる。
日常生活では荒事に無縁の彼女としてはかなり珍しい光景であり、シンは初めて見たキャスパーの乱暴な姿にかなり驚いている。
漸く目を覚ました少女は、目の前に居るキャスパーとエイミーの姿をぼんやりと認識したようだ。
キャスパーは銀河標準言語とも違う言語で会話を始めたが、さすがに母星に滞在経験のあるシンであってもその内容を理解する事は不可能である。
彼女はエイミーの聡明な雰囲気と比べると、かなり緩い印象を周囲に与えている。
キャスパーの早口に間をおいて答えているが、その口調もゆったりと柔らかい感じで瞼がまた落ちてしまいそうな様子である。
そんな穏やかな様子を気に入ったのか、ピートはいつの間にか彼女の膝の上によじ登って甘えるような声を出している。
「こうして並んでいると、マリーとも良く似てるよね」
リビングに様子見に現れていたマリーは、真横のソファに座ってピートの背中や頭を優しく撫でている彼女をじっと見ている。
背の高さや髪色もマリーとほとんど同じなので、双子とまではいかないが姉妹と言っても全く違和感は無いであろう。
「ええ。この子はバステトとメトセラのハーフですから」
以前からの知り合いであるエイミーが、彼女の出自をさりげなく暴露する。
「メトセラって、この惑星に現存する誰かって事は無いよね?」
「それは聞いていませんけど、その可能性はゼロでは無いかも知れませんね」
エイミーの一言は、全てを知っているが話せないという意味なのだろう。
「ああ、なるほど。
シンとエイミーの間に子供が出来ると、彼女みたいな感じになるんだな」
ここでリビングでずっと沈黙していたフウが、微笑を浮かべながら余計な一言を投下する。
シンはキャスパーから遺伝子調整の話は聞いていたが、可能性では無く現実を目の当たりにして不思議な気分になっている。
確かに彼女はバステト特有の虹彩は持っていないし、身体的にはこの惑星のヒューマノイドと何ら変わりなく見えるのである。
キャスパーはフウの発言をスルーして考え込んでいるが、彼女の処遇についてはかなり困っている様子だ。
普段のTokyoオフィスならユウに宜しくと頼めるので簡単なのだが、彼女が不在の上にシンに頼らないようにとノーナから釘を刺されているからである。
「私が面倒を見る!」
「えっ?」
マリーの威勢の良い声に驚いたキャスパーはフウに無言で目線を投げるが、フウが小さく頷いたのを見てマリーに向き直る。
「マリー、彼女はまだ来たばかりで言葉もわからないけど大丈夫?」
「マイラも寮に入ったし、手も空いてるから。
それに、メトセラの血が入っているなら、ちゃんとお世話しないとボナに怒られそうだし」
マリーの気負いの無い態度は、彼女の最近の成長?を周囲に改めて認識させるのであった。
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