008.Can We Still Be Friends?
ヒガシイケブクロ某日。
ショッピング街と直結したエレベーターホールでは、シンとトーコ、そしてエイミーが雫谷学園校舎への直通エレベーターを待っていた。
この惑星の基準ではせいぜい6~7才にしか見えないエイミーだが、集中学習の成果で共通学力試験SATで高得点を取得したことから、引っ越しから僅か数日で雫谷学園への入学を許可されたのである。
3人は特殊な無線タグが付いているIDカードを身に付けているが、カードを持たない人物が直通エレベーターを利用する事は出来ない。
人ごみに紛れてエレベーターの乗り込んでも、フロア内のドアには全てセキュリティ・ゲートがあるので教室の中に入る事は出来ないし、天井の目立たない監視カメラを通して校内の様子はSIDによって監視されている。過去に在校生を狙った誘拐事件が発生しているため、現在の校内のセキュリティは通常の学校法人とは違う高いレベルに保たれているのである。
エレベーターから出た一行は事務室でエイミーの仮発行だったカード情報を更新すると、古代史の授業を受けるため教室へ向かう。
この科目は自由選択だが、内容が面白いと評判で聴講者が増えている珍しい授業である。
教室内には既に生徒が10人ほど着席していて、授業が始まるのを待っている。
「こんなに大勢の生徒が一つの教室に揃っているのを、カフェテリア以外では初めて見ました!」
トーコが驚きの声を上げる。
この学校ではどの授業も少人数のマンツーマン形式が殆どなので、生徒が大勢揃っている光景はとても珍しい。
顔見知りの生徒が複数居る傍に着席すると、やはり目線がエイミーに集中する。
集団の中に特に苦手としている女生徒が居たので、シンは小声で挨拶するとエイミーの横で口を開かずに黙って座っている。
「シン、その子だれ?」
シンの苦手にしている相手が、ぞんざいな口調で尋ねてくる。
スリムジーンズと迷彩柄のアーミージャケット、ドックタグを首から下げた中肉中背のポニーテールの女子である。アーミージャケットを盛り上げる綺麗なバストラインの横に、ショルダーホルスターに入ったベレッタらしいグリップがチラリと覗いている。
「はい、エイミーといいます。兄がいつもお世話になっております」
エイミーが愛らしい姿で、ちょこんと頭を下げる。
自分とは似ていないだろうとシンは思っているが、彼女の愛想良い挨拶を否定するまでも無いので曖昧に頷き黙っている。
その横では不機嫌丸出しの表情のトーコが控えているが、話がややこしくなるので彼女も敢えて口を挟んでこない。
「あれっ、お前にこんな可愛い妹がいたんだ?」
「……」
「またぁ、愛想ねえなぁ〜。
幼馴染みなんだから、もうちょっと心を開けよ」
ここで終始無言だったシンが、漸く口を開く。
「……ベック、お前またフウさんの言い付けを無視してるだろ。その胸元から見えるグリップは何?
ニホンの銃刀法を知らないとは言わせないぞ」
「うっせーなぁ、胸元をじろじろ見るなよセクハラだぞ。
これはトレーニング用のモデル……ガンじゃなく本物持ってきちまったぜ」
頬を染めたテヘペロのポーズは様になっているが、ポニーテールの美少女が無骨なベレッタを可愛らしく持って笑う様はとてもシュールな光景だ。
こんな時にでもマズルはしっかりと天井を向きトリガーに指がかかっていない事から、ハンドガンの扱いは素人レヴェルでは無いのだろう。
「……とりあえずアンロードして、カバンに仕舞っとけよ」
エイミーに自己紹介している彼女を横目で見ながら、シンが諦めの表情で呟く。
「皆さん、おはようございます」
ここでニホン語の流暢な挨拶と共に、講師らしき人物が入室して来た。
くすんだ金髪と彫りの深い顔立ち、サイケ調のTシャツに締まった長身はまるで欧州出身のロック・ミュージシャンのように見える。
彼はハンドガンを持った生徒に特に注意を払わずに、手にしていた重そうなジュラルミンのトランクをエイミーが腰掛けている横のテーブルの上に静かに置いた。
「今日は、ちょっと本題から外れた特殊な話題をやってみようと思います」
ジュラルミンのトランクのラッチを開けると、中身を見せるようにテーブルの上でトランクの向きを変える。
その中には変った形の造形物や、レトロなデザインの機械?のようなもの、その他色々なモノが雑然と入っている。
「これらはオーパーツと呼ばれるものです。ところでオーパーツを定義できる人は?」
「Out-Of-Place Artifacts」
エイミーが目の前のトランクの中身を眺めながら、声を上げて答える。
「正解です。場違いというのは、その時代に相応しくない技術や形状を指しています。
ただし技術に関する解析が進んでいる今日、本当にオーパーツと呼ばれるものは非常に少ない事も判ってきました」
「このトランクの中は資料として利用するための精巧な複製品が入っています。興味のある人は手にとってみても問題ありませんよ」
興味深げにトランクを見ているエイミーに気がついたのか、講師らしくない姿の男性はエイミーに声を掛ける。
おずおずと目の前のトランクに手を伸ばしたエイミーが、ビニール袋に入った小さな金属片のようなものを手に取った。
他の模造品と違って目立つ点は何も無く、ただ単なる素材のように見える其れをエイミーは興味深げにじっと見つめている。
「エイミー、それを手に取ったのは何故ですか?」
初対面?のはずの講師は、当然のように彼女をファーストネームで呼んでいる。
「ええと、なぜかこれだけが気になって……」
「なるほど」
教師は小さく頷くと、声を少し小さくして芝居がかった様子で話を続ける。
「実は彼女が手に取った金属片は、この複製品が入っているトランクの中では唯一の本物です」
教室内の生徒から、一様にざわめきが起きる。
「この金属片は合金としては未知の組成で作られていますが、製法自体は比較的簡単に地球上でも模倣できるものです。
既存のどの合金よりも軽量でしかも堅牢で、しかも廉価な材料の組み合わせで出来ています」
「先生、惑星外から手に入れたテクノロジーを使う事は禁止されていると思いますが?」
ラップトップを広げてタイピングしていた女生徒が、挙手をしてから発言する。
「うん、良い質問ですね。オーバーテクノロジーの禁則事項によって惑星外で作られたオリジナル・デバイスは使用する事は出来ませんし、使用した場合には即座にその存在自体がパージされてしまいます。
ただしそれは同一の宇宙内という但し書きが付きます。つまり別次元の宇宙から勝手に送りつけられてきたモノについては、適用されないという事ですね」
「それは詭弁ではないのでしょうか?」
トーコがいつもの辛辣な口調で呟く。
「うん、確かにそうですね。
ただしそれを判定するのは私達ではありませんから、現実に存在しているオーパーツについて存在の善悪を気にする必要は無いでしょう」
「私達は、オーパーツはCRACKと呼ばれる次元の裂け目からこの惑星にランダムに落ちて来ると考えています。
その中には価値の無い単なるゴミも含まれていますから総称して、『Dimension Debris(DD)』と呼んでいます」
「よって合法的にオーバーテクノロジーを入手できる可能性があるこれらのDDの探索は、様々な国家や機関が躍起になって行っています」
「DDの出現を確実に探知する方法は、現在でも確立されていません。
小さな質量しかないものが殆どなので、質量探知やレーダーも殆ど役に立ちませんから。
現状では重力変動とオゾン濃度の変化からスパコンが計算して出現予想地域を算出していますが、確率性が低く人手に頼っている部分が大きいのです」
☆
雫谷学園の広いカフェテリアは、在校生ならば何時でも無料で利用することが出来る。
24時間開いているので朝食や夕食もここで済ませる生徒や職員も多く、全てのメニューが持ち帰りできるのでテイクアウトでの利用者も多い。
トーコはこのカフェテリアにつられて入学したと言えなくも無いが、シンと知り合ってからは寮のキッチンで調理した彼の料理を食べる事が多くなり、ランチ以外に利用することは殆ど無くなっている。
特に食べ物にアレルギーの無い生徒は、黙ってプレートランチを受け取り好きな席に着席していく。
主菜と副菜が綺麗に盛り付けられたプレートを受け取り、大型炊飯ジャーや保温バットから好みの量で主食を盛り付ける。
外見はいたって普通のワンプレートランチだが、ユウが評価するところの凄腕料理人がすべて手作りで調理しているので味は抜群に良い。
ちなみにエイミーがシンに盛りつけてもらった主食のライスの量が、爆盛になっているのは本人の希望である。
食材にアレルギーがある生徒と午前中に特別注文を出していた生徒は、カウンターで別途注文を受け取っている。特定の食材を加減したり特に食べたいメニューがある時には、調理担当者が柔軟に対応する事になっているのである。
以前ユウが臨時でカフェテリアの調理に入った時には、普段は入らない握りずしの特注が殺到したのは彼女の料理の腕前が広く周知されているという事なのだろう。
シンたち3人は、プレートランチを受け取るとドリンクバーへ飲み物を取りに行く。
最近のエイミーは、ドクター●ッパーやチェリー●ーク等の変わった味付けの炭酸飲料を好んで飲んでいる様だ。
料理全般は薄味が好みのエイミーだが、飲料だけは変わった味が珍しく飲んでいて楽しいらしい。
ビールやワインのドリンク・サーバーもあるが、流石に昼間からビールを飲んでいる在校生は居ない。
ただし職員は平気な顔をしてビールやワインをぐびぐびと飲んでいるが、この学園ではそれが問題になるような事は無い。
ニホン語を公用語として使う義務は現地での円滑なコミュニケーションを実現する為だが、プライベートの習慣まで現地に倣う必要は無いからだ。
生まれ育った地域によっては在校生の年齢でも軽いアルコールに慣れている生徒が多いので、人に迷惑を掛けなければ煩く注意されたりしないのがこの学園の特徴でもある。
学生寮の部屋も性別関係なしに部屋割りされているし、何事も自己責任が浸透している環境なのである。
食堂にも用意されている背の高い椅子に腰かけると、エイミーは慣れた様子で食べ始める。
今日のメニューは、米帝出身者なら馴染みが深いだろうチキンフライドステーキだ。
衣をつけてソテーした牛肉のメニューだが、フライド・チキン風の衣が付いているのでこういう風に呼ばれているらしい。
エイミーはナイフとフォークを器用に使って、実においしそうに食べ進めていく。
彼女は味覚の許容範囲がユウと同じでかなり広いのか食事に関して文句一つ言ったことはないし、いつも米粒一つ残さず綺麗に平らげる。
キャスパーによればこれはバステトの種族としての特徴で、ヒューマノイドの食事なら何でも食べれるように進化してきたのだと事もなげに言う。
シンと暮らし始めてエイミーはまだ数週間だが、身近で見ていると身体的にも彼女が日々成長しているように感じる。実際に服のサイズが短期間でワンサイズ大きくなったので、身長もかなり伸びているのだろう。シンの視線を感じたのか、エイミーがにっこりとシンに笑いかける。
初めて合った時と変わらない笑顔は、シンを含めた周囲の人間をとても穏やかにする不思議な力を感じさせる。
勿論天使のような美少女の笑顔は男性にとっては抗えないほど魅力的だが、この学園には男子生徒は殆ど在籍していない。
現にカフェテリアに居る女生徒達は、初対面の筈のエイミーの周りに集中して座っている。
彼女の笑顔のお裾分けで、幸せな気分で食事をしている生徒も沢山居るようである。
(彼女が特別だっていう理由が、良く分かるような気がするな)
こうしてカフェテリアの午後は、穏やかに過ぎていくのであった。
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