ズル剥け美容室
なんだか随分髪を切っていないような気がする。
暇だったし、たまにはイメチェンでも、と思い立った俺は駅前にある小さいが洒落た美容室へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
迎えたのは感じの良い、綺麗な女性だった。ゆるいカーブを描く髪は芸術的ともいえるほど左右が対称で、彼女の美容師としての腕が相当なものであることを物語っている。
面倒くさがって髪を切るのをさぼっていたが、こんな綺麗な女性に切ってもらえるのなら積極的に通いたいものだ。
……面倒くさがって? 俺は面倒くさがって美容院に行くのをやめたんだっけ。
「ではこちらへどうぞ」
女性に案内され、俺は5つほどある椅子の一つに腰を下ろした。俺の髪をサワサワ撫でながら女性は鏡越しに微笑みを向ける。
「今日はどうします――」
そう言いかけたとき、突然電話の音が鳴った。彼女は笑顔のまま俺に少し待つよう伝えると、小走りで電話を取った。
別に急いでいないし時間はたっぷりある。背もたれに寄り掛かりながらなんとなくあたりを見回した。
俺以外に客は二人。一人は年配の女性で、もう一人は高校生らしき男だ。
女性の方は髪を染めているのか、頭に銀色のキャップをかぶっている。高校生は美容師に髪をいじられながら雑誌に夢中だ。
「じゃあ外しちゃいますねー」
美容師は髪を触りながら穏やかな笑顔でそう言った。高校生が頷くと、美容師は高校生の頭を引っ掴んで髪を取った。
「……えっ」
あまりに自然な流れに一瞬スルーしそうになったが、それはあまりにも異常な光景だった。自分の頭が頭蓋むき出しになっているにも関わらず高校生は鏡ではなく雑誌に目を向けている。
美容師はその頭皮ごと剥がした髪を近くにあったマネキンに被らせると、プラスチックの皿のようなものにそれを乗せた。皿は回るようになっているらしく、まるで陶芸家のようにクルクル皿を回しながら鮮やかな手つきで髪を切っていく。
確かに客の周りを美容師が移動しながら切る今までの美容院よりは効率的かもしれない、などと少し思ってしまったがそう言う問題じゃない。
「はーい、お待たせしました」
店の奥から出てきた別の美容師がそんな事を言いながら年配の女性に近付く。その手にはやはりというべきか、頭皮付きの髪の毛が握られていた。
「まさか……」
俺の予感は的中した。
美容師が外した銀色のキャップの下には白い頭蓋骨が丸出しにされていたのだ。
「じゃあ被せますね」
美容師は慣れた手つきで女性の頭に髪の毛を乗せる。女性もそれを躊躇いなく受け入れた。新しい髪型の具合を鏡に映して色々な角度から試したりなんかしている。
髪型が気に入ったのか女性はそのまま席を立ち、会計を済まして出て行った。
「なんなんだこりゃ……」
「お待たせしましたー、じゃあとりあえず取っちゃいますね」
いつの間に電話を終えたのか、先ほどの美容師が俺の背後に周っていた。美容師は俺の言葉を聞く前に慣れた手つきで手を頭に這わせる。
しかし当然だが、みんなと違って俺の髪は取り外し式じゃない。
「……ッ、取れない……? 頭と頭皮が癒着していますね」
訳の分からないことを平然と言いながら、女性は困ったように笑って見せた。
これでようやく普通に髪を切ってもらえる。
と、簡単に思ったのが間違いだった。
「大丈夫ですよ、綺麗に剥がしますからね」
美容師はまるで処刑にでも使うような大きなはさみを抱えてにっこり笑った。
「はっ……!」
俺は慌てて起き上がり、あたりを見回す。見慣れた部屋――いや、考えなくたって分かる。俺の部屋だ。
自分の上に掛かった布団をめくり、大きく伸びをする。
「夢……か」
それにしても、なんて気持ちの悪い夢だったんだろう。寝汗もびっしょりで非常に不快だ。
そう言えば昨日は飲み慣れない酒を飲んで床に就いたんだった。それでこんな悪夢を見たのか。
いや――
「こんなもん買ったからかな」
俺は大きな鏡に自分の姿を映し、その禿げ頭に昨日買ったばかりのカツラを乗せて苦笑した。