プロローグ2
「ところで屋敷はどうだったの?」
「吐きそうだった、怖かった、瞬殺だった……」
思い出しゲンナリしている陽に亜紀はどう返したら良いかわからず、戸惑う。
それもそうだ。彼女のレベルは47と中堅層ぐらいに対して、陽の居た屋敷、正式名称『亡き妃の亡霊屋敷』は推奨レベル110とトッププレイヤー向けのダンジョンだ。必然的に周りのエリアもそれに準ずるようになっている。そのため彼女は一度も足を踏み入れたことのない場所だ。
ただ分かるのは自分よりレベルが低い――ましてや始めたばかりの新人がそのような場所に入ったとならば想像に難くないだろう。
今はこうして亜紀の所属する勢力『蒼の国』の宿舎に居る。宿舎というのは少し違うが、言うなればプライベートゾーン。ゲーム内マネー『ベリー』を一定額支払い続けることでゲーム内で使用することのできるエリア。外見がマンションのようなモノのためプレイヤーの間で宿舎と言われている。
亜紀の使っているプライベートゾーンは中堅にしてみては、それなりに良い部屋だ。年頃の女の子らしく可愛らしい小物などを飾っている。と言うのも『バベル』では女性ユーザーが全体の3割強で、そういう所はかなり凝るようにしていて、月の収入のうち6割をこのプライベートゾーンに費やしているのだ。
「も、もう大丈夫」
「そ、そう?」
いまだに表情はよろしくないが、陽がそう言うので頷く。
「なんか、すんごいボス? がいた」
「どんなの?」
「死神みたいなの」
「攻撃は出来た?」
「い、一応それらしきのは」
あやふやなのは、自分でもあれが攻撃として成功しているか不明なところがあるためだ。だが思い出せば何か突き刺したような、現実では絶対に得たことのない感触。布の奥の何か、硬いようなモノを刺した感覚。
「ならステータスから図鑑開いてみて」
ステータスを開き、メニューから図鑑を選択する。「No0001」と始まりスライドしていくと今までに出会ったMOBたちの情報が出てきた。その中の1つの所でスライドを止めた。『ゴーストエンプレス』だ。
横から亜紀が見ると驚く。
情報は段階的に開示されていく。1つ目は見る。視界に入ったMOBの外見情報を獲得。2つ目は攻撃する、攻撃を受ける。MOBの攻撃手段、スキル、弱点。3つ目は討伐。MOBのドロップアイテムだ。
そのうちの2つ目までクリアしている陽は、あらかたの情報、倒すための方法といってもいいものまでは見ることが出来るが、そこに書かれていた情報が異常なのだ。
「弱点……無し。状態異常耐性……100%、スキル『無残なる鎌』」
「ど、どうしたの?」
陽にとっては初めての図鑑の使用の為、あまり解っていない。分かっているのは単純に強い、ぐらいだ。
「どうしたも、こうしたも……初めてだよ、――弱点の無いボスなんてっ」
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「うし、取りあえず、この復帰クエストとやらでも消化していくか」
ラキ達と別れ、昔利用していたプライベートゾーンへと入って行った。本来ならば月に一定額を納めなければ駄目なのだが、まとまった、金額を払えば購入と言う形で永久的にそのエリアを使用することが出来る。俺のいる、プライベートゾーンは無勢力エリアの最も『塔』に近い、湖と山に囲まれた、人気のエリアだが、その6割を購入したことでほぼ自分のものとして利用することが出来ている。額で言うなれば、各勢力の最も高額なプライベートゾーンが幾つか買えるほどだ。
そのプライベートゾーンで背伸びをしてインベントリとは別でアイテムを保存することのできるプライベートゾーンに備え付けられたアイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出した。その一部はこれから消化するクエストで必要なもので取りに来たのだ。
「えーっと何々――」
ステータス画面よりクエストを押して開き、再確認。復帰クエストは合計で5個あった。その1つ、『アイテムを役所に届けよ』をやろうとしているところだ。
「ここから……役所ってこんなにあんのかよ」
マップを使い役所のルートを調べると約20km。ラキのいる工房ですら、ここから20kmもない。
「ま、まぁとりあえずやるか」
部屋を出て、走るのが面倒だな、と思い。ヴォイスコールを使い魂獣を呼び出す。
「白面金毛九尾の狐、玉藻。召喚」
これは守護獣と呼ばれるものらしく、ゲーム内でプレイヤーと共に戦ってくれる相棒のようなものだ。使えるようになるためにはボスを討伐、もしくは懐かせるなど色々な手段があるが、この玉藻はイベントクエスト限定のボスでかなり強い。守護獣の中でのトップクラスだ。だがこうして守護獣として使えているのは俺だけ。それは玉藻が固有ボス扱いだからだ。文字通り、固有体でイベントで一匹しか出てこない。クエストの攻略方法は撃退もしくは尻尾を切り落とす(部位破壊ということ)のみと言われていた。それは何人もクリアしている。
しかし唯一討伐した俺には追加報酬として守護獣設定『白面金毛九尾の狐"玉藻"』が使用できるようになった。
さらさらの白金毛を撫でると、ゲームのAIとは思えないような、気持ちよさそうな声と表情を造り、その整った顔を摺り寄せてくる。主人の復帰を祝ってくれているようだ。
そうして戯れた後は玉藻の上に飛び乗る。
「頼むぜ。玉藻、行先は役所。ルートは分かるな?」
「キューンッ!」
応じる様に、鳴き声を張り上げる。一気に跳躍し、一跳びで10m近く飛ぶ。巨体というほどではないが、3mはある全長をしならせる様に綺麗な弧を描き翔けていく。
「流石だな」
「キューーンッ!」
一層大きくした鳴き声で応え、さらに加速した。
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「なんというか、うん。もうこれ確かにチート」
「確かに?」
「ああ。ごめん。私、ギルド入ってるんだ。『NOTE』ってところに。大きなところみたいに100人も居ないけど和気藹々として楽しい所だよ。そこでギルドマスターたちトップパーティの人達がそのダンジョンに行ったんだけど、瞬殺だったって。誰も攻撃当てられなかったみたい」
改めて認識されたボスの強さに驚く。自分の相手したボスは古参メンバーであるであろう、NOTEのPTですら攻撃できなかった。なら陽の、あの攻撃は偶然だったのだろうか? そう問われれば、いや違う。あれはあの『ゴーストエンプレス』が避けなかった。偶然ではなく必然だったと。
そう思うと、陽は少しばかりショックを受ける。自分の渾身の攻撃は避ける価値も無かったのか、と。たかだかゲーム如き等と思っていたが、意思のないプログラム程度にそんなことをされたとなると、頭に来るものがある。
「そ……っか」
「とりあえずインベントリ見てみたら?」
亜紀の提案に疑問を浮かべていると、彼女は説明をした。
「ボス戦の時、負けるとインベントリのアイテムかベリーのどっちかが減るんだよ」
「なるほど」
そうしてインベントリを開いた。左上から確認をしていると、回復POT、地図等々の中に一つ見慣れないアイコンがあった。形は銃のマーク。
「なに、これ?」
陽が疑問に思い、アイコンをタッチすると、「REALIEZ YES/NO」と表示される。
「それは現実化。言うと地図を出すみたいな感じ。初めて得たアイテムには大体そういう表示が出るんだよ。まぁそれしないと使えないけど」
それを聞き、YESを押す。目の前に光の球体が浮かび上がって行き、ある程度の高さ、大きさまでくると止まり弾けた。中から黒い金属質の拳銃がポップする。幾ばか中空で浮いていると陽の手の上に落ちた。重厚な素材を使っているように見えるが、こうして手に取った時は重みが感じられず、グリップを握ればしっくりくる重み。装飾も綺麗で黒いボディに真紅のラインが入っている。
そして、構えた時、視界中央にウィンドウが上がった。「パッシヴスキル『死線の果て』を習得しました。」と。
「お、おおっ。すごいよ、ほんとすごいよっ!」
「な、なにが?!」
亜紀がいきなり横で叫び声のような興奮をしている。もちろん何か分かっていない陽は構えを解き、銃を握ったまま横を見る。
「そ、それ、ホームページで公開された神器『フィーア』だよっ。装備画面見てみてっ」
ステータスから装備画面、装備品を見ると確かに人型のような絵の右手部、四角内にさっきまでインベントリにあった銃のアイコンが移っている。
この人型は現在装備しているアイテム、使用中の効果アイテムが見られることが出来るもので、銃を手から放せばそのアイコンは無くなる。
銃のアイコンをタッチする。新たにまたウィンドウが立ち上がり、『フィーア』のプロパティが表示された。
「すっご……即死スキルばっかじゃん」
ウィンドウは左に武器の3Dモデルとその下に名称、武器の紹介文。右に武器のスキルツリーがかかれている。
スキルツリーというのは武器のレベルを上げることで解放されていくスキルの事で武器のレベルが上がれば強力なスキルを習得することが出来るのだ。そして各スキルは枝分かれするかのように増えていく。そのツリーはプレイヤーの戦い方次第で決まってくる。
「要は覚えられるスキルと覚えられないスキルってのが出てくるわけ。同じ武器を持っていればわざと戦い方を変えて違うツリーに出来るけど、レアリティの高い武器はそんなことそうそう出来ないからね。戦い方も気をつけた方が良いんだよ」
「な、なるほど」
本来ならば自分の戦い方を極めた者、もしくはそれに近づいた者、が神器を得て、自分の戦い方にあった様に組んでいくのだが陽は始めたばかり、何も知らない。
だから武器をどう扱い、どう自分に合う様に造るか分かっていない状態だった。
「でもさ、今さらだけど、この武器どうやって手に入れたの?」
「わかんない。ダンジョンでそれらしきものなんて無かったし」
「宝箱みたいなの開けた?」
「ううん。逃げるのに必至だったから、そういうのは開けられないよ」
「だよねー」
亜紀は唸っているがこれ以上の考えが無い――こともなかった。
「まさかだけど、陽のジョブってシーフ?」
「うん。そうだよ。シーフってあれでしょ、風の精霊だよね」
自信満々に言うが、亜紀は呆れていた。もうそれは顔に、声に出るくらいに。
「いや、違うから、それ。…………シーフは盗賊だよ」
「……え」
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「ふむ。これで終わりか」
役所に届けるクエストから始まり、討伐クエ、素材集めクエをクリアして残り2つとなった。2つはなんやら面倒なもので、1つは連続ログイン日数クエスト。1つは、「新規加入者とボス討伐……だと」
玉藻に乗って走りながら確認していると、そんなクエストがあった。スライドするまで確認できなかったのでかなりやる気が起きない。
考えてみよう。こういうクエストは復帰した者しか、無い。要はかなりの人数が知らないクエストだ。そこから言える事はナンパか、カツアゲに間違われること。
そしてこの5つのクエストをクリアすると追加報酬が得られる。ゲーマーとして、それは揃えておきたいのだ。
「だが……だが……くっ」
とりあえずは蒼の国に行こう、となり、玉藻に告げた。
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「ハァ~」
「まぁまぁ」
気分転換のためプレイベートゾーンを出て、2人は『蒼の国』内にある露店通りに入った。飲食物がメニュー表に書かれ、多くのプレイヤー達が和気藹々とそれらを買うと食べ、飲みと楽しんでいる。
露店通りにある飲食物は『翠の国』のプレイヤーと合同で開発した物で、品質、値段共に良く、新人から古参まで多くのプレイヤーが利用している。そのためかなりごった返しになっていた。
だが、陽のテンションはその中でも浮かんで見えるほど下がっている。それは自分のジョブがシーフだったこと、元あった武器のダガーが無くなっていたこと、所持ベリーが全てなくなったこと、だった。後者の2つはボスによるデスペナルティによるもので、しょうがないと割り切っているのだが、ジョブが勘違いで泥棒になったことには自分の性分上、なりたくなかったもののようだ。
「ベリーは私があげるからさ」
「う、うん。ありがとう」
「ほら。食べよ食べよ」
『翠の国』のプレイヤーが開いている露店で売っていた『コルシ肉の串焼き』を2本購入し1つを陽に渡す。それをちびちびと食べ進めていく。
肉汁と柔らかい肉質が口の中を包む。ゲームとは思えないその食感に食べるスピード、量は次第に増していく。ものの30秒足らずで残ったのは串だけだったが、それもポリゴンとなって消えて行った。
「え? 串が??」
「凄いでしょう~、それ」
「うん」
「刺した物が無くなると耐久値0するようになってるの。ってそっちじゃなくてお肉の感想が先でしょっ!」
「柔らかくて、ジューシーでスパイスの良い香りと丁度良い味付けがゲームで表現出来てるのがすごい」
今だ口の中には肉の味が微かに残っているのを感じながら、何もなくなった右手を見る。
「そりゃそうよ。あの店『ケソタッキー』なんだから」
「…………え?」
『バベル』は他のVRMMOと違い完全な無料制を取っている。課金アイテムや課金会員などは存在しない。それは圧倒的な、他の追随を許さないほどの完成された特殊エンジンを使うことであらゆる現実にあるものをほぼ狂いなく作ることが出来る。
そのため服屋、飲食チェーン店等が広告としてこのゲームにスポンサーというかたちで協力している。だから露店の6割強は現実で開いている店と同じ名前なのだ。ただ作るための素材などはゲーム内での表記なため同じ名前を使うことはできない。
その一部、先ほどの店で売っていた『コルシ肉』は姿は鶏に似ているが全く別物でMOBとしてプレイヤー達を襲う。だがその味は淡白で現実の鶏と酷似している。(そう似せているのだが)故に、調理され名前は違うが『ケソタッキー』の味として、オリジナルとして販売されている。
その説明を受けた陽は目を輝かせている。
「お、おおおっ。――――じゃ、じゃあ『ミセスドーナツ』もあるの!?」
「あった気がするよ」
「おっしゃあっ。やる気出て来たよっ」
ゲームのやる気がまさか食べ物で出るとは思っていなかった友人は呆れつつも、そういえば、そうだった。などと改めて認識して友人を暖かく見る。
「の前に、あれ買っていい?」
目視10mほど先にあるこれまた『ケソタッキー』の看板を見てそう言った。
「ハァ……良いよ」
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